戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい 作:牛☆大権現
蓬莱機関が脈動する。
世界は静止し始めていた。
風は吹かず。
雲は流れず。
鳥は空で羽ばたいた姿のまま止まり、
滝は水晶の柱のように固まっている。
永遠。
徐福が二千年追い求めた世界が、確かに現実になろうとしていた。
七人の装者は動けなかった。
身体ではない。
心が。
徐福の歌は戦う歌ではない。
願いの歌だ。
「失いたくない。」
そのたった一つの願いを、二千年間歌い続けた男の祈りだった。
だから否定できない。
クリスも。
響も。
誰も。
その想いだけは否定できなかった。
「……なんでだよ」
クリスが小さく呟く。
「なんでそんな歌、歌いやがる」
怒鳴りたかった。
否定したかった。
でもできない。
自分も同じだから。
玄十郎を失いたくない。
レイを失いたくない。
仲間を失いたくない。
その想いだけなら、徐福と何も変わらない。
イチイバルが震える。
新型シンフォギアが、奏者の迷いを拾ってしまう。
エルフナインが叫ぶ。
「駄目です!」
「そのままではまた共鳴が!」
しかしクリスには届かない。
徐福を見つめたまま、立ち尽くしていた。
その時。
玄十郎が静かに前へ出る。
「司令!」
響が呼ぶ。
玄十郎は振り返らない。
ただ徐福を見る。
「……お前は」
徐福が初めて玄十郎へ視線を向けた。
「何だ」
玄十郎はゆっくり答える。
「守れなかったことを悔やむ気持ちは分かる」
静寂。
李天華も顔を上げる。
「俺にもある」
玄十郎の脳裏に、一瞬だけ防人として散っていった部下たちの顔が浮かぶ。
奏。
そして、数え切れない名前。
「だが」
玄十郎は拳を握る。
「守れなかったからといって」
「生きている者の時間まで止めることはできない」
徐福は静かに目を閉じる。
「だから、お前はまた失う」
「何度でも」
「その痛みに耐えられるのか」
玄十郎は少し笑った。
「ああ」
迷いなく答える。
「耐える」
その一言は。
叫びではなかった。
誇示でもなかった。
ただ、生きてきた男の答えだった。
「失う痛みは消えない」
「忘れもしない」
「だが」
玄十郎はクリスを見る。
「だからこそ」
「今を守る」
その言葉。
クリスの胸に深く落ちた。
今。
守る。
永遠じゃない。
今日を。
明日を。
笑える時間を。
それだけでいい。
その時だった。
脳裏に、一つの記憶が蘇る。
廃墟のアパートの一室
飢えで倒れそうだった自分。
差し出されたパンと牛乳。
戦えなかった自分を、命懸けで庇ってくれた大きな背。
クリスの瞳が大きく開く。
「……そうか」
誰に言うでもなく呟く。
「アタシ」
笑う。
涙を流しながら。
「ずっと助けられてたんだ」
玄十郎だけじゃない。
響にも。
翼にも。
未来にも。
レイにも。
自分は何度も手を引かれてきた。
だから今ここに立っている。
徐福は違った。
二千年前。
誰にも手を掴んでもらえなかった。
だから一人で永遠を目指した。
クリスはゆっくりとイチイバルを握り締める。
その手はもう震えていなかった。
「徐福」
老人が顔を上げる。
「アンタは一人だったんだな」
その言葉に。
徐福は初めて表情を崩した。
驚いたように。
悲しいように。
少しだけ笑った。
「そうだ」
それだけだった。
二千年間。
誰にも言われなかった一言。
クリスは銃を構える。
しかし撃たない。
「アンタの歌は」
静かに言う。
「もう終わらせる」
「否定するためじゃねぇ」
「これから歌う奴らのために」
神獣鏡が共鳴する。
未来の歌。
ひまりの歌。
地下で歌い続けるレイたちの歌。
響たちの歌。
少しずつ。
徐福の歌とは違う旋律が重なり始める。
エルフナインが息を呑む。
「フォニックゲインが……!」
「逆転しています!」
世界はまだ止まっている。
だが。
止まった世界の中で。
一枚だけ。
桜の花びらが風もないのに舞った。
玄十郎はその花びらを見て、小さく笑う。
「春は」
「ちゃんと来る」
クリスはその背中を見つめる。
もう迷わなかった。
歌う理由は見つかった。
失わないためじゃない。
受け継ぐため。
未来へ繋ぐため。
その歌を。
今度こそ。
自分の意志で歌うために。