戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい 作:牛☆大権現
蓬莱機関が目を開く。
黄金の瞳。
それは生き物の眼ではなかった。
世界そのものがこちらを見返しているような、底知れぬ光。
神殿が震えた。
霊脈が逆巻く。
巨大な仙人は静かに右手を掲げる。
その動きだけで空間が軋み、七人のシンフォギア装者は一斉に吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
響が岩壁へ叩きつけられる。
翼が刀を地面へ突き立てて踏み止まり、マリアは未来を庇うように抱き寄せた。
クリスも数十メートル吹き飛ばされ、辛うじてイチイバルを地面へ突き立てて止まる。
「これが……」
息を切らしながら見上げる。
蓬莱機関はまだ何もしていない。
ただ、存在しているだけだ。
それだけで世界が押し潰されそうになる。
徐福は静かにその前へ立っていた。
まるで巨大な仙人と一体化したように、その歌だけが神殿を満たしている。
――花は散るな
――月は欠けるな
――命は終わるな
その歌を聞きながら、クリスはゆっくり立ち上がった。
「……なぁ」
誰にともなく呟く。
「アンタ」
徐福が視線を向ける。
「二千年」
クリスはイチイバルを下ろした。
「ずっと一人だったんだな」
静寂。
歌が止まる。
仙道たちが驚いたように顔を上げた。
誰も。
誰一人として。
徐福にそんな言葉を掛けた者はいなかった。
李天華でさえ息を呑む。
徐福は少しだけ笑った。
「……そうだ。」
その笑みは穏やかだった。
「弟子はいた。」
「仲間もいた。」
「だが。」
ゆっくり空を見上げる。
「共に歩く者は、誰一人残らなかった。」
その一言に。
クリスは目を閉じた。
分かる。
その気持ちは。
レイが死んだと思った時。
玄十郎を失う未来を想像した時。
自分も同じだった。
だから。
怒れない。
否定できない。
「アンタは間違ってねぇ。」
その言葉に。
響たちが驚く。
クリスは続けた。
「大事な奴を失いたくねぇ。」
「そんなの当たり前だ。」
徐福は静かに頷いた。
「だから私は蓬莱を創った。」
「誰も失わぬ世界を。」
クリスは首を振る。
「でも。」
ゆっくり。
一歩前へ出る。
「アンタは。」
「その人の笑顔まで止めちまった。」
徐福の瞳が揺れた。
「……何?」
「永遠になったら。」
「新しい出会いも。」
「新しい歌も。」
「新しい命も。」
「全部、生まれねぇ。」
クリスは笑った。
少しだけ。
泣きそうな笑顔だった。
「アンタが守りたかった奴だって。」
「そんな世界、望まねぇよ。」
徐福は答えない。
答えられなかった。
二千年間。
一度も考えたことがなかった。
“守る”ことだけを考えて。
“生きる”ことを忘れていた。
その時だった。
地下祭壇。
レイたち六人が最後の力を振り絞る。
「今です!」
レイの声が響く。
「先輩!」
「撃ってください!」
蓬莱機関の胸。
術式がわずかに乱れる。
唯一の隙。
クリスはイチイバルを構える。
照準の先にいるのは。
徐福。
老人は逃げない。
避けない。
静かに微笑みながら立っていた。
「撃て。」
「お前たちの未来を。」
その瞬間。
クリスの指が止まる。
撃てない。
この人も。
誰かを愛しただけなんだ。
その迷いを見て。
玄十郎が歩き出した。
「司令!」
クリスが叫ぶ。
玄十郎は静かにクリスの横へ立つ。
拳を握る。
「迷うな。」
「……!」
「情けを掛けろとは言わん。」
「だが。」
玄十郎は徐福を見据えた。
「理解した上で止めろ。」
その言葉。
クリスの瞳が大きく開く。
そうか。
否定するんじゃない。
理解した上で。
未来を選ぶんだ。
イチイバルを握る手に力が戻る。
その時。
徐福は静かに目を閉じた。
「そうか。」
「それがお前の歌か。」
老人は笑う。
二千年ぶりに。
どこか救われたような笑顔だった。
だが。
次の瞬間。
蓬莱機関が咆哮する。
徐福の歌を離れ、自律的に動き始める。
世界中から集めたフォニックゲインが暴走し、巨大な仙人の身体をさらに膨張させていく。
エルフナインが絶叫した。
「駄目です!」
「蓬莱機関が制御を離れました!」
徐福も目を見開く。
「……違う。」
「私はこんなものを望んでいない。」
老人が初めて動揺した。
その姿を見て。
クリスは理解する。
ここから先の敵は。
徐福ではない。
徐福の願いすら呑み込んだ、永遠そのものなのだと。