戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい 作:牛☆大権現
徐福の歌は止んだ。
二千年歌い続けた《蓬莱・無窮仙歌》は、その役目を終えた。
しかし、蓬莱機関は止まらない。
いや。
止まれなくなっていた。
世界中から集めたフォニックゲインは術者を失い、制御を失い、暴走する巨大な奔流となって神殿を満たしていく。
巨大な仙人がゆっくりと口を開いた。
そこから漏れたのは言葉ではない。
歌だった。
徐福の歌とも違う。
響たちの歌とも違う。
命そのものを凍らせるような、冷たい旋律。
歌う理由も。
想いも。
何もない。
ただ永遠だけを維持するための歌。
「……っ!」
未来が胸を押さえた。
神獣鏡が悲鳴を上げるように震える。
響が膝をつく。
翼の剣先が床へ落ちた。
「歌が……」
マリアが息を切らす。
「吸われる……!」
歌えば歌うほど、自分たちのフォニックゲインが蓬莱機関へ流れていく。
それでも。
止まれない。
止めなければ、世界は永遠という名の牢獄になる。
クリスは一歩前へ出た。
新たなイチイバルは、黄金と蒼の光をまとっている。
その光の中には、レイたち六人の歌があった。
玄十郎の背中があった。
響たちと笑った日々があった。
「……行くぞ。」
静かな声だった。
誰に言うでもない。
自分自身への言葉。
そして。
歌い始める。
♪疑問……? 愚問!
衝動インスパイア
六感フルで感じてみな――
神殿が震えた。
誰もが知っている歌。
雪音クリスが最初に歌った戦場の歌。
だが。
響は気付いた。
「違う……」
翼も目を見開く。
「歌が……違う。」
歌詞は同じ。
旋律も同じ。
なのに。
そこに宿る感情だけが、まるで別物だった。
かつては世界を拒絶するために歌っていた。
今は。
世界を守るために歌っている。
♪傷ごと抉れば忘れられるってコトだろ?
その一節で。
クリスは徐福を見る。
老人は静かに笑っていた。
もう敵ではない。
誰よりも長く苦しみ続けた、一人の人間だった。
「アンタは忘れられなかった。」
歌いながら呟く。
「だから止めちまった。」
徐福はゆっくり頷く。
「そうだ。」
「だから、お前は止めるのだろう。」
「……ああ。」
クリスは笑う。
「アンタごと未来へ連れて行く。」
その言葉に。
徐福の瞳から、一筋だけ涙が零れた。
♪HaHa!!
さあIt’s show time
火山のよう殺伐Rain――
無数の砲門が空を埋め尽くす。
だが。
狙うのは徐福ではない。
蓬莱機関。
永遠だけを求める、歪んだシステムそのもの。
響が拳を握る。
「クリスちゃん!」
「合わせるよ!」
ガングニールが唸る。
翼の剣が輝く。
マリアが刀を構える。
調と切歌が笑い合う。
未来の神獣鏡が七人を包み込む。
そして。
地下祭壇。
レイたちも歌っていた。
『先輩!』
通信越しの声。
『今です!』
内側から。
外側から。
十四人の歌が重なる。
先代と。
後継者。
託す者と。
受け継ぐ者。
すべてのフォニックゲインが一つになった。
蓬莱機関の胸に、大きな亀裂が走る。
「効いてる!」
エルフナインが叫ぶ。
「あと少しです!」
クリスはさらに歌う。
♪さあお前等の全部×5
否定してやる――
その言葉は。
世界への憎しみではない。
永遠への否定。
諦めへの否定。
未来を奪う運命への否定だった。
イチイバル最大出力。
無数の光が一つの流星となって蓬莱機関へ突き刺さる。
巨大な仙人が初めて苦悶の声を上げた。
神殿全体が崩れ始める。
「やった!」
切歌が叫ぶ。
だが、その瞬間だった。
蓬莱機関の胸から黒い光が溢れる。
最後の抵抗。
世界中のフォニックゲインを凝縮した一撃。
狙いは。
クリス。
「しまっ――!」
響が飛び出す。
間に合わない。
翼も。
未来も。
誰も届かない。
その瞬間。
一人だけ。
クリスの前へ立つ男がいた。
風鳴弦十郎。
「司令ッ!!」
クリスの叫びと同時に。
黒い奔流が玄十郎を飲み込んだ。
轟音。
爆炎。
神殿が崩れる。
誰も声を出せない。
煙が晴れた時。
そこには。
なおも立ち続ける風鳴弦十郎の背中があった。
だが。
その足元には。
赤い血が静かに広がっていた。
「……あ。」
クリスの喉から漏れた声は。
戦場で初めて聞かせる、絶望の震えだった。
玄十郎はゆっくりと振り返る。
苦しそうに。
それでも笑って。
「……歌え。」
その一言だけを残して。
膝が崩れ落ちた。
世界が静まり返る。
クリスの瞳から涙が溢れる。
その涙は止まらない。
しかし。
歌だけは止まらなかった。
イチイバルはなおも輝き続ける。
その歌は。
守れなかった少女の歌ではない。
大切な人から託された未来を守る、一人の戦士の歌だった。
そして。
物語は最後の一話へと続く。