戦姫絶唱シンフォギア 雪音クリスは幸せになりたい 作:牛☆大権現
神殿が崩れていく。
蓬莱機関の核は、クリスたち十四人の歌によって完全に砕け散っていた。
世界を覆っていた停滞が解ける。
止まっていた風が吹く。
凍りついていた滝が流れ始める。
空に止まっていた鳥たちは羽ばたきを取り戻し、舞い散る桜が静かに空を彩った。
永遠は終わった。
世界はもう一度、未来へ進み始める。
だが。
「司令ッ!」
クリスは崩れ落ちた玄十郎へ駆け寄った。
その身体を抱き起こす。
胸から流れる血が、自分の手を赤く染めていく。
「司令……!」
返事はない。
呼吸は浅く、意識も朦朧としている。
響たちも駆け寄る。
「すぐ医療班を!」
未来が叫ぶ。
緒川も通信機を握る。
だが。
クリスだけは動かなかった。
震える手で玄十郎の頬へ触れる。
思い出す。
寒い夜。
飢えた自分へ差し出されたパン。
歌えなかった自分を庇ってくれた背中。
爆炎の中。
誰より先に飛び込んできた男。
自分はずっと。
助けられてきた。
涙が止まらなかった。
「……アンタなんだ。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「アンタが……」
玄十郎の手を握る。
「アンタが、一番最初に。」
嗚咽が混じる。
「アタシを助けようって……手を伸ばしてくれた。」
神殿は静まり返っていた。
誰も声を挟まない。
「飢えてたアタシに食べ物をくれた。」
「歌えなくて……ノイズに殺されそうだったアタシを助けてくれた。」
「フィーネの爆弾から庇ってくれた。」
「何度も。」
「何度も。」
「何度も。」
「アンタがいたから。」
涙が玄十郎の頬へ落ちる。
「アタシは生きてる。」
「アイツらと笑えてる。」
「今ここで歌えてる。」
クリスは俯いた。
「だから。」
震える声。
「好きなんだ。」
その一言だった。
「……愛してる。」
神殿に静かな風が吹いた。
クリスはゆっくり玄十郎へ口づける。
涙の味しかしなかった。
その瞬間。
玄十郎の指先がわずかに動く。
「……泣き虫だな。」
小さな声。
クリスが顔を上げる。
「し……れい?」
玄十郎は苦笑した。
「全部……聞こえていた。」
「~~~~っ!!」
クリスの顔が真っ赤になる。
響が思わず吹き出す。
切歌と調は抱き合って飛び跳ねた。
「よかったぁぁ!」
未来も涙を拭いながら笑う。
玄十郎はゆっくり身体を起こした。
「まだ死ねん。」
「約束ができたからな。」
クリスは照れ隠しに胸を叩く。
「バカ野郎!」
「心配かけやがって!」
「すまん。」
その一言だけで十分だった。
その時。
柔らかな光が神殿へ降り注ぐ。
徐福だった。
もう老人の姿ではない。
二千年という歳月から解放された、一人の青年の姿。
穏やかな笑みを浮かべている。
「……ありがとう。」
クリスは首を振る。
「礼なんかいらねぇ。」
「いるさ。」
徐福は空を見上げる。
「ようやく。」
「会いに行ける。」
その視線の先。
一人の女性が優しく微笑んでいた。
誰にも姿は見えない。
ただ徐福だけが見つめる。
「待たせた。」
青年はその光へ歩き出す。
最後に振り返り、小さく笑った。
「未来を……頼む。」
その身体は春風へ溶けるように消えていった。
蓬莱山に静寂が戻る。
その直後。
「先輩!」
地下からレイの声が響く。
崩れていた祭壇を突き破り、六人の後継者たちが姿を現した。
泥だらけで。
傷だらけで。
それでも笑っていた。
「レイ!」
クリスは思わず駆け寄り、その頭を拳で軽く叩く。
「バカ!」
「心配かけんな!」
「すみません!」
そう言いながら笑うレイを見て、クリスも笑う。
「……生きててよかった。」
「はい!」
「約束しましたから!」
その答えに、クリスは頷いた。
受け継がれた歌は、ちゃんと未来へ届いていた。
――数か月後。
S.O.N.G本部。
食堂。
響と未来。
調と切歌。
翼とマリア。
エルフナイン。
レイたち後輩六人。
全員が集まっていた。
「え?」
響が固まる。
「……今、何て?」
クリスは照れくさそうに頬を掻く。
「だから。」
「子供ができた。」
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
食堂中に歓声が響いた。
切歌は泣き。
調も泣き。
レイは誰より先に飛びついた。
「先輩!」
「おめでとうございます!」
クリスはその頭を優しく撫でる。
「ありがとな。」
玄十郎は少し離れた場所で照れくさそうに頭を掻いている。
響が笑う。
「司令!」
「お父さんですね!」
玄十郎は少し考え。
照れながら答えた。
「ああ。」
「今度は。」
「守るだけじゃない。」
「一緒に歩いていこうと思う。」
その言葉を聞いたクリスは笑った。
もう。
一人じゃない。
差し伸べられた手を掴んだ少女は。
今度は。
新しい命へ手を差し伸べる母になる。
窓の外では、春風が桜を舞わせていた。
歌は終わらない。
誰かから誰かへ。
想いは受け継がれ。
命は未来へ紡がれていく。
だから。
人は歌う。
失わないためではなく。
未来へ繋ぐために。
――完――