BLEACHパロ   作:Spica@お星

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BLEACHパロの蒼星乙女です。


咲き攤け、瑠璃緋

 夜の工業区画に、黒い霊圧が──降っていた。

 

 廃棄された倉庫群。錆びついたフェンス。ひび割れたアスファルト。昼間でさえ人の気配を拒むその区画は今、死神たちの結界によって現世から「完全に隔絶」されている。

 

 結界の、内側。

───“それ”は、湧いていた。

 

 一体や二体ではない。

倉庫の影から。屋根の上から。引き裂かれた空間の「黒い裂け目」から。白い仮面を被った異形どもが、泥のように次々と這い出してくる。

 

個々の霊圧は低い。席官に満たない一般隊員であっても、呼吸を整え、一対一で向き合えば容易に斬り伏せられる、その程度の「雑魚」だった。

 

───だが、数が違った。

 

「東側───防衛線、抜かれます……!!」

「結界班、霊圧補填が追いつきませんッ!!」

「負傷者を下がらせろ! 前衛、絶対に穴を埋めろ───ッ!!」

 

 死覇装を血と泥に染め、一般隊員たちは、すでに限界の底にいた。

 

一体を斬れば、二体が飛びかかる。

二体を払えば、引き裂かれた虚空から、さらに三体が這い出る。虚の群れは、まるで黒い泥の波となって隊列へ押し寄せ、死神たちの封鎖線を確実に、そして冷酷に削り取っていく。

 

このままでは、結界が破れる。

結界が破れれば───現世が、喰われる。

 

 それが分かっているからこそ、彼らは退けない。だが、退かない意志と、押し返せる力は、決して同義ではなかった。

 

「くそっ……! この数は、俺たちだけじゃ───」

 

 隊員の一人が、絶望を口にし掛けた、その瞬間。

 

───す、と。

 

 白い羽織が、夜の底へ降りてきた。

 

霊圧の揺らぎすら無い。

誰も、その「到来」に気付けなかった。

 

気付いた時には───彼女はすでに、防衛線の最前に立っていた。

 

護廷十三隊十番隊隊長───蒼星乙女。

 

 背に「十」の文字を背負う女は、血生臭い工業区画には酷く不似合いなほど、静かに、ただ佇んでいる。

 

深い「赤」の髪。

丸みを帯びた短めのそれは、夜風に煽られるたび、まるで燻る炎の残光のような艶を帯びた。

大きく分かれた前髪。その片側から肩先へと垂れる一房の三つ編みと、その先端を結ぶ黄色いリボンだけが───戦場の死気の中で、場違いなほど軽やかに揺れていた。

 

 整った目元には、焦りも、怒りも、無い。

 

ただ、その口元に。

刃のように薄い、笑みがある。

 

それが強者の余裕なのか。

異形への興味なのか。

それとも、ただの───“癖”なのか。

 

眼前に蠢く、虚の群れ。

血を流し、地に伏せる隊員たち。

今にも引き裂かれんばかりに軋む、結界

 

すべてが壊壊の危機に瀕しながらも、なお───蒼星乙女という死神は、読めない。

 

「……蒼星……隊長……!」

 

最前線の隊員が、喉を鳴らして息を呑む。

 

「───申し訳、ありません……ッ!我々だけでは……処理が……追いつきません……!」

 

詫びる隊員の言葉を、蒼星はただ、静かに聞き流している。

その凛とした瞳が、潮のように押し寄せる異形の群れを───淡々と、眺めていた。

 

 仮面の群れ。濁り、腐った霊圧。獣じみた、不快な唸り声。

 

数だけは、確かに多い。

───だが。それだけ、だった。

 

蒼星は、わずかに首を傾げた。

その口元に浮かぶ薄い笑みのまま、ひどく軽い調子で───言葉を、零す。

 

「そうなんや。なら、私が出るしかないねぇ」

 

まるで、少し面倒な雑用を頼まれた時のように。

あまりにも軽い、平坦な声。

 

けれど───隊員たちは、誰も笑わなかった。

知っているからだ。十番隊隊長・蒼星乙女が、そのような聲音で話す時ほど。

その本質が───底知れない“本気”にあるのだということを。

 

「負傷者は後ろ。結界班は出力を落として維持だけにしとき。無理に押し返さんでええよ」

「ですが……! それでは虚が───」

「ええよ」

 

重ねられた言葉の重みに、隊員は息を詰まらせ、言葉を失った。

 

蒼星は、す、と一歩、前へ出た。

虚の群れが───彼女を見た。

蒼星の瞳が───虚の群れを捉える。

 

「数が多いだけなら、ただの掃除やね」

 

───シャ、と。

無造作に、斬魄刀が鞘から引き抜かれる。

 

その刃に。

ぽぅ、と、赤い火が灯った。

 

まだ、解放すらしていない───ただの、火。

しかしその緋色の火の粉は、夜の闇を無慈悲に侵食し、散る。

蒼星の赤髪を。黄色いリボンの影を。

そして迫り来る異形たちの白い仮面を───不気味なほど鮮烈に、照らし出した。

 

 最初の虚が───跳んだ。

 

蒼星は、半歩だけ身体をずらす。

爪が白い羽織の端を掠める、その刹那。

赤い火を帯びた刃が、白い仮面を縦一文字に斬り裂いていた。

 

断末魔すら無く、虚が燃え落ちる。

 

続けて、二体。三体。

 

蒼星は大きく動かない。

無駄を極限まで削ぎ落とした足運びで、肉薄する虚の首だけを正確に、冷酷に、毟り取っていく。

刃が奔るたび、緋色の火が一瞬だけ鮮烈に咲き、異形の黒い身体を内側から焼いて消した。

 

───隊員たちの間に、微かな安堵が広がる。

 

『隊長が、来てくれた』

『これで───持ち直せる』

 

だが、当の蒼星乙女は、退屈そうにその瞳を細めていた。

 

「うーん」

 

迫る虚の脳天を断ち割りながら、蒼星は小さく息を吐く。

 

「ほんまに、数だけやね」

 

赤い火が、また一体の絶望を焼き殺す。

 

「焼くだけの仕事かぁ。まあ、楽でええんやけど」

 

そう言いながら、蒼星は笑っていた。

 

人を、喰ったような笑み。

戦場に蠢くあらゆる生命の、誰一人として───その笑みの真意を、測り知ることはできない。

 

虚が迫る。

 

蒼星は、刀を軽く一閃した。

赤い炎が綺麗な弧を描き、三体同時に仮面を圧し折る。

燃え盛る虚が霊子へと還るよりも早く、その奥の闇から、さらに新たな虚が這い出した。

 

数は減っている。

───しかし、終わらない。

 

黒い裂け目から虚が湧き出る速度の方が、僅かに、早い。一般隊員たちの防衛線が削り切られた「理由」が、そこにあった。

 

蒼星は、刀を肩に乗せるように───無造作に、構えた。

 

「しゃあないね」

 

その声は、やはり、どこまでも軽い。

 

「少しだけ───咲かせよか」

 

───ドッ…!!!

 

空気の密度が、爆発的に変わる。

蒼星から放たれた霊圧の変貌に、隊員たちが総毛立ち、息を呑んだ。

 

刃の上で燻っていた赤い火が、一度だけ、大きく揺れる。

そして───ふっと、消えた。

 

訪れる、完全な、無音。

 

世界を焦がす言葉が、その薄い唇から零れ落ちる。

 

「───咲き攤け」

        「『瑠璃緋』」

 

 

 ───始解。

 

世界が、白に染まる。

引き抜かれていた斬魄刀が、その(かたち)を変えていく。

無機質な鉄の輝きは消え去り、刀身は雪のような「白」へと染まった。

その刃の中ほどを、一本の薄い「赫」の線が、まるで脈打つ血管のように真っ直ぐに走っている。

 

白い刃の表面に、静かに、炎が灯る。

 

先刻までの赤い火のような、荒々しく爆ぜるものでは、無い。

音も無く。熱も撒かず。

ただそこにあるだけで、周囲の霊圧の奥底へ深く、深く沈み込むような、底冷えのする

 

「白い炎」

 

───始解能力。

『白華』

 

「オォォォォ───ッ!!!」

 

本能的な恐怖に駆られたか、虚が絶叫し、飛びかかった。

 

蒼星は、音も無く一歩を踏み込む。

白炎を纏った刃が、異形の肩口を無造作に、深く、深く滑り落ちた。

 

───その、傷口に。

       ぽう、と、瑠璃色の火の華が咲いた。

  

一瞬、誰もが美しい「花」だと思った。

だが───その花弁のすべてが、冷徹な「炎」だった。

 

「ガ、アッ……!!」

 

異形が、苦し紛れに自らの霊圧を爆発的に膨らませる。

傷を強引に塞ぎ、その不気味な炎を内側から押し潰そうと抗う。

 

───けれど。

その悍ましき抵抗の意志こそが、この『白華』の最高の餌に他ならない。

 

膨れ上がる虚の霊圧を喰らい───

          瑠璃色の火の華が、絶望の真ん中で、ぱっと鮮烈に、開いた。

 

 傷口から漏れ出る霊圧に───深く、深く根を張り、異形の内側へと燃え広がる。

 

肉を焼くのでは、ない。

血を焦がすのでも、ない。

 

ただ純粋に、奴らの持つ「霊圧」そのものを燃料に変え、内側からすべてを融解(とか)していく。

 

「ギ……ガ、アアアアアアアアッッ!!!?」

 

虚が、この世の終わりのような悲鳴を上げた。

 

「力を入れたら、もっと咲くよ」

 

蒼星は、嗤った。

酷く、軽い声音。

 

「ほら───綺麗やろ?」

 

刹那、次の一太刀。

別の虚の腹に、美しい瑠璃の火の華が咲き誇る。

 

さらに、一体。

また、一体。

 

雪のように白い刃が夜の闇を切り裂くたびに、戦場に瑠璃色の火の華が乱れ咲いていく。

虚たちは狂ったように暴れ、抗い、己の霊圧を高めて炎を消し去ろうとする。

だが───抵抗すればするほど、火の華はその毒々しい花弁を、より大きく、残酷に開くのだ。

 

蒼星乙女にとって、これは未だ「戦い」の領域(レベル)ですらない。

 

虚を、斬る。

華が、咲く。

霊圧が、燃える。

───終わる。

 

ただ、それだけの、無機質な反復。ひどく退屈な「お掃除」だった。

 

───少なくとも。

“その瞬間”までは。

 

「……ん?」

 

蒼星の瞳が、僅かに、細くなった。

 

虚どもの「動き」が、変わった。

先刻までの獣どもは、ただ本能のままに襲いかかってきていた。斬られれば無様に暴れ、燃えれば叫び、霊圧を膨らませては『白華』の餌食となっていた。

 

しかし───今は違う。

 

瑠璃色の火の華を体中で咲かせ、爛れながら

───奴らは、互いに、寄り集まり始めていた。

 

一体の虚が、隣の虚の肉へと喰らいつく。

喰われた虚が悲鳴を上げるより早く、背後から別の異形がその二体へと覆いかぶさる。さらに奥の闇から、焼け崩れかけた虚どもが、磁石に引き寄せられる泥のように群がっていく。

 

───喰い合い。

───融合。

───霊圧の、強制収斂。

 

それは本来の進化ではない。

ただ、燃やされる恐怖と、眼前の死神への敵意だけが、虚たちの霊圧を歪に束ねていた。

 

奴らは互いの魂魄を喰らい、焼け爛れた霊圧を無理やり一つへと押し固めていく。

互いの魂魄を無理やり一つへと押し固めていた。

 

「た、隊長……!! 虚の霊圧が、融合しています……ッ!!」

 

結界班の悲鳴のような叫び。

 

「そうみたいやねぇ」

 

蒼星は、微笑った。

先ほどよりも、ほんの僅かに───愉しそうに。

 

「焼かれたくなくて、みんなで大きくなるんや」

 

ドロドロと虚の群れが潰れ、絡まり合い、やがてひとつの「巨大な影」へと変貌していく。

仮面が幾重にも重なり合い、悍ましい腕の群れが夜空へと伸びる。

足元のアスファルトが爆砕し、倉庫の壁が、その歪んだ霊圧の圧力だけで軋みを上げて崩落していく。

 

 『白華』の火の華は、未だその肉体の随所に咲き誇っている。

だが───奴らはその炎ごと己の霊圧の海へと抱え込み、より巨大な「進化」へと至ろうとしていた。

 

───ドガアアアアアアンッッ!!!

 

大気が、一瞬で重度を増す。

一般隊員たちの膝が、突如として降り注いだ圧倒的な霊圧の質量に耐えかね、地面へと沈んだ。

蒼星は、白い炎を揺らす『瑠璃緋』を無造作に下ろし、眼前に生まれ落ちた「絶望」を見上げる。

 

幾百の仮面が、ひとつに。

濁り、沸き立つ、悍ましき霊圧。

 

虚の群れが、蒼星乙女を殺すために寄り集まった───中級大虚(アジューカス)

その異形が、夜の底から、地鳴りのような咆哮を上げた。

 

「へえ」

 

蒼星の口元に、刃のような笑みが戻る。

 

「退屈な仕事で終わってくれたら、楽やったんやけどなあ───」

 

 中級大虚(アジューカス)の、巨大に裂けた口腔。

その奥底へ、おぞましい速度で赤黒い霊圧が収斂していく。

 

───虚閃(セロ)”。

 

放たれれば、結界ごと後方の隊員たちを塵ひとつ残さず呑み込む───決定的破壊の質量。

 

「くっ……!!」

「来るぞ、身構えろ───ッ!!」

 

死を覚悟し、隊員たちが身構えた。

 

だが───蒼星は、ただ静かに振り返る。

いつもと変わらない、酷く軽い調子で、彼女は言った。

 

「下がりや」

「た……隊長……?」

「こっから一歩でも入ったら───なんもかんも、燃やすよ」

 

冗談のような、声音だった。

 

けれど。

そこにいた全員の脳裏に、決定的な恐怖(理解)が刻まれる。

 

蒼星乙女は、本気だ。

この女は───“守る”という目的のためならば。

眼前の敵も。この戦場も。

そして、後ろにいる自分たち(味方)すらも、等しく灰燼に帰す死神なのだと。

 

隊員たちが、恐慌を孕んで後退する。

結界班が出力を限界まで絞り、負傷者がさらに後方へと引き摺られていく。

 

蒼星はそれを横目で確認すると、雪白い『瑠璃緋』の柄を、無造作に握り直した。

 

───ふぅ、と。

 

刃に灯っていた白い炎が、逆流するように───蒼星自身の五体へと移る。

 

彼女の、霊圧そのものが、燃え始める。

圧倒的な「蒼炎」の気配が、夜の底で、静かに、深く、息を吐いた。

 

「さて」

 

蒼星は、中級大虚を見上げた。

 

凛と整ったその貌に、やはり、人を喰ったような笑みを湛えて。

深い赤髪が、狂い咲く霊圧の暴風に激しく揺れ───片側の三つ編みの先で、黄色いリボンが軽やかに跳ねた。

 

「大きくなったなら───燃えがいもあるねぇ」

 

背後で。世界(空気)が、激しく震えた。

白い炎が、深い「蒼」の底へと、完全に沈む。

そして───蒼星乙女は、静かに、その二文字を告げた。

 

「───卍解」

 

 その、二文字が落ちた瞬間。

───夜が、沈んだ。

 

音が、消える。

風が、止まる。

中級大虚の咆哮すら、遠い水底で響く残響のように───鈍く、霞んでいく。

 

白く燃えていた『瑠璃緋』の刀身が、ぎしり、と軋むように()を変えた。

 

雪白の刃が、伸びる。

厚みを、増す。

細身の斬魄刀であったそれは、蒼星の身の丈すら遥かに越える───巨大な大太刀へと変じていく。

 

だが、その刀身は。

黒でも、白でも、赫でもない。

 

深い、深い───「蒼」。

 

夜の底そのものを鍛え上げたような、澄み切った瑠璃の刀身。

刃の輪郭には、揺らぎの無い不気味な蒼炎が、静かに、ただ静かに纏わりついていた。

 

同時に、蒼星乙女の身体へと流れ込んだ白い炎が───その色を変える。

 

白から、蒼へ。

 

それは、外を焼く炎では、ない。

敵を炙るための火でも、ない。

 

蒼星自身の霊圧を燃料(エサ)として、蒼星自身の内側から燃え上がる───自噬(じぜい)の炎。

 

血肉ではなく。

魂魄ではなく。

己の持つ「霊圧そのもの」を薪にする、狂気の火。

 

蒼炎が、蒼星の肩を、腕を、隊長羽織の裾を───深い赤髪の輪郭を、薄く、鮮烈に縁取っていく。

炎に包まれているというのに、熱は、無い。

ただ、近寄る者の霊圧を根から灼き尽くすような、底冷えのする気配だけが戦場を支配していった。

 

そして───

蒼星の背後に、“日輪”が開いた。

 

最初に現れたそれは───赫かった。

 

燃え盛る夕陽のような、赫。

命を、燃やし始めた証。

まだ完全なる蒼炎へと至る前の、緋色の炉。

 

蒼星は、蒼い大太刀を片手で無造作に下げたまま、薄く、嗤う。

 

「───『瑠璃緋天燼』」

 

その名が告げられた瞬間。

圧し潰されていた隊員たちの背筋に、世界そのものが拒絶を起こすような───圧倒的な戦慄が走った。

 

『助かった』

───そう、安堵した者は、誰一人としていなかった。

 

ただ、冷静に。

その場にいる全員の脳髄が、ひとつの決定的な破滅を理解した。

 

ここから先は、敵も。味方も。関係、無い。

この戦場に存在するすべての命が───蒼星乙女という“例外”の火に晒されるのだと。

 

中級大虚(アジューカス)が、巨大な口腔をさらに裂いた。赤黒い霊圧が臨界点へと収束し、死神たちの結界を内側から激しく震わせる。

 

───“虚閃(セロ)”。

 

決定的破壊が放たれる、その寸前。蒼星が、静かに一歩を踏み込んだ。

 

───消えた。

 

誰も、その質量(動き)を視認できない。

次の刹那。赫い日輪が、中空に裂けるような残像を刻みつける。

気付いた時には───蒼星乙女は、中級大虚(アジューカス)の懐に肉薄していた。

 

「───『赫輪・暁華』」

 

背負いし日輪が、赫く、脈打つ。

 

蒼星の纏う蒼炎が一瞬だけ「緋」を帯び、大太刀の澄み切った蒼い刀身へと逆流した。

その斬撃は、火柱では、無い。

爆炎でも、無い。

 

ただ───夜明け前の絶望(よる)を両断する最初の光のように。細く、冷徹な一本の「赫い線」が、中級大虚の巨躯を真っ直ぐに走った。

 

すでに『白華』によって咲いていた瑠璃色の火の華が、赫輪の出力に、呼応する。

 

ぽつり。

ぽつり。

 

異形の肉体のあちこちで、埋め込まれていた瑠璃の華が───再び、目を覚ます。

焼け爛れた霊圧の奥底で、眠っていた『白華』の火種が、一斉に孵化していく。

 

「ギ、ギィィィィイイイイイイッッ───ッッッ!!!!!?」

 

中級大虚が、夜を引き裂くような咆哮を上げた。

だが、それは痛みでは、無い。

……ましてや、恐怖でも、無い。

 

 己の内部(なか)に遺されていた“火”が、再び咲き狂い始めたことへの───本能的な、拒絶。

 

だが。その拒絶の意志は、新たな霊圧を生む。

生み出された霊圧は、すべて『白華』の餌に墜ちる。

 

「そうそう」

 

蒼星は、嗤った。

 

「抗うなら、ちゃんと強く抗い。弱い火やと───すぐ消えてまうからねぇ」

 

剥き出しの、挑発。

 

それに呼応するように、中級大虚(アジューカス)の霊圧が爆発的に膨れ上がる。

幾百の虚を無理やり束ねた歪な魂魄が、蒼星乙女という存在を圧殺せんと蠢いた。

 

───臨界。

赤黒い“虚閃(セロ)”が、その口腔の奥底で、完成する。

 

後方の隊員たちが、絶望に息を呑んだ。

 

しかし───蒼星は動かない。 

逃げない。

避ける素振りすら、微塵も見せない。

 

───す、と。

背負いし日輪が、赫から─────「白」へと変じた。

 

それは、燃焼の純化。

緋色の不純物をすべて灼き尽くし、白い臨界へと至った証。

 

蒼星の五体を纏う蒼炎が、さらに、静まり返る。

音も無く。温度も無く。

ただひたすらに「霊圧だけを無に帰す」冷徹な気配が、戦場を濃密に支配していく。

 

「白輪・散華」

 

白い日輪が、彼女の背後で眩く、冷酷に開いた。

瞬間───。

 

中級大虚(アジューカス)の全身に咲き誇っていた瑠璃色の火の華が、一斉に、散った。

 

花弁の形をした炎が、風も無い夜空へ、美しく舞い上がる。

ひとつひとつの、冷たい花弁。

それが異形の霊圧の流れに沿って滑り込み───内側へ、奥へ、さらに魂魄の深淵へと沈み込んでいく。

 

───轟ッッ!!!

 

 

ついに放たれた“虚閃(セロ)”が、蒼星の視界を赤黒く染め、迫る。

結界ごと、後方にいるすべてを呑み込み、消滅させるはずだった破壊の光。

 

だが。

その凶悪な奔流の表面に、舞い散る瑠璃の花弁が、触れた。

 

───ぽぅ。

触れた箇所から、霊圧が、燃える。

 

 赤黒い破壊の光が、内側から白く濁っていく。

力の構造(ベクトル)が、歪む。内部の霊圧そのものを『白華』に変質させられた虚閃は、もはや、真っ直ぐに進むことすら許されない。

 

蒼星は、そこへ───蒼い大太刀を、無造作に振り下ろした。

 

───ザッ。

 

蒼い刃が、虚閃を、両断する。

 

爆ぜるのでは、ない。

弾けるのでも、ない。

 

 虚閃(セロ)は───斬られた断面から白く爛れ、瑠璃の花弁を無数に散らしながら、霊圧の質量そのものを失って、無様に崩落していった。

 

「な─────」

 

後方の隊員が、声帯を失ったように愕然とする。

 

虚閃を、防いだのではない。

受け流したのでも、ない。

 

───燃やしたのだ。

 

破壊のために練り上げられた、あの膨大な霊圧を、花のように散らして、自らの「燃料」へと変えてみせた。

 

だが。その絶大な「理不尽」の代償は、蒼星自身にも、等しく訪れていた。

 

「……っ」

 

ほんの一瞬。

蒼星の整った眉が、微かに、動く。

 

胸の奥が、灼ける。

霊圧の通り(霊絡)が、内側から激しく炙られている。

纏う蒼炎は、敵だけを灼いているのでは、ない。

『白輪』へと出力を跳ね上げたことで───蒼星自身の霊圧もまた、より速く、より深く、自らを薪にして燃え始めていた。

 

 ───それでも。彼女は、その口元から、人を喰ったような笑みを決して消さない。

 

 むしろ───口元の笑みは、僅かに深くなった。

 

「ええやん」

 

蒼星は、囁くように言った。

 

「よう燃える」

 

中級大虚(アジューカス)は、怒り狂ったようにその巨腕を振り下ろした。

幾本もの腕がグロテスクに重なり合い、巨大な質量(かたまり)となって蒼星を叩き潰そうと肉薄する。

 

蒼星は、蒼い大太刀を握り直した。

 

その指先が、僅かに、震える。

疲労では、ない。

恐怖でも、ない。

 

自分自身の霊圧を燃料(まき)とする反動が、すでに彼女の肉体へ届き始めているのだ。

 

───それでも。一歩。

蒼星は、前へ出た。

 

迫り来る巨腕を、正面から一刀のもとに斬り上げる。

蒼い刃が硬質な肉を割き、『白輪』によって散った瑠璃の花弁が、その切断面へ磁石のように吸い込まれていく。

 

───その、斬られた腕に。

 

再び、毒々しい火の華が咲き誇る。

今度は、一輪ではない。

傷口のすべてを埋め尽くすほどの瑠璃の華が、腕の内側から───肉を破って咲き乱れる。

 

「ガアアアアアッッ!!!」

 

中級大虚(アジューカス)が暴れる。

暴れ狂うほどに、その霊圧が乱れる。

乱れ、剥き出しになった霊圧へ、さらに花弁が貪欲に喰らいつく。

 

「ほら」

 

蒼星は、穏やかに言った。

 

「そんなに暴れたら───散った華が、奥まで入るよ」

 

返答など、無い。

あるのは、狂乱の咆哮だけ。

 

異形の霊圧が、さらに肥大していく。

 

 中級大虚(アジューカス)は、己の内部(なか)に未だ残る虚たちの魂魄を喰らい潰し、無理やり出力を引き上げていた。

『白華』に内側を焼かれ、『散華』に霊圧の巡りを侵されながら───それでも、眼前の死神を圧殺するためだけに、より巨大に。より醜悪に。より歪に、膨れ上がっていく。

 

その悍ましき進化を見上げ、蒼星は小さく息を吐いた。

 

「まだ、大きくなるんや」

 

白い日輪が、彼女の背後で軋みを上げる。

 

蒼星の足元───ひび割れたアスファルトに、蒼い火の粉が落ちた。

その火の粉は、地面を焼かない。

ただ、そこに残留する「霊圧」だけを喰らい、淡く、消える。

 

───後方の隊員たちは、さらに距離を取った。

 

『近づけば───確実に巻き込まれる』

 

その言葉が、決して誇張でも、脅しでも無かったことを、誰もが細胞レベルで理解していた。

 

蒼星乙女の卍解は、守るための力では、無い。

守るべきもの、それ以外を───すべて燃やし尽くして「完全な空白」を作る力。

 

だからこそ、彼女は誰よりも前に立つ。

誰も近づけない奈落に、自分だけを置く。

 

中級大虚(アジューカス)のの全身が、限界まで膨張した。

体躯に蠢く無数の仮面が、一斉に口腔を開く。

複数の、悍ましき“虚閃(セロ)”が───同時に収束していく。

 

空間(結界)が、悲鳴を上げた。

隊員たちの顔から、完全に血の気が引く。

 

破滅の光を見据え、蒼星は無造作に肩をすくめた。

 

「なんや。まとめて撃つん?」

 

あまりにも軽い、声音。

 

「せっかちやねぇ」

 

蒼星は、大太刀の切っ先を、地面へと下げた。

 

深い赤髪が、蒼炎に照らされて暗く、深く沈む。

三つ編みの先、黄色いリボンだけが、逆流する霊圧の風に揺れていた。

凛と整った顔には、相変わらず底の読めない笑みがある。

 

───だが。

その額を、ひとすじの汗が伝い落ちた。

 

背負いし白い日輪が、激しく、揺らぐ。

 

次へ進めば、もう戻れない。

『蒼輪』へと至れば───蒼星乙女の霊圧は、完全燃焼の領域へと突入する。

敵を灼く炎は、己をも灼き殺す。

 

分かっている。

すべてを分かっていて、なお───彼女は嗤った。

 

「しゃあないね」

 

彼女は、背後の隊員たちを───振り返らない。

 

守るべきものを見る必要など、無い。

守ると決めたその瞬間に、もう答えは出ている。

 

「なんもかんも燃やすって───言うたし」

 

白い日輪が、一瞬で、深い「蒼」へと変じた。

 

赫でも、ない。

白でも、ない。

 

完全燃焼の───「蒼」。

 

 その瞬間。

戦場から、あらゆる「熱の気配」が消滅した。

 

蒼炎は、激しく燃え上がらない。

むしろ世界は、不気味なほどに静まり返った。

 

───だからこそ、恐ろしい。

 

 蒼い日輪を背負い、佇む女。

それはまるで───夜そのものを刃に変えた「死神」だった。

 

蒼輪・終華(そうりん・ついか)

 

 声は、酷く静かだった。

 

けれど───その名が告げられた瞬間。

中級大虚(アジューカス)の全身に咲き乱れていた、すべての“火の華”が満開へと至る。

 

『白華』で咲いた華。

『暁華』で目覚めた華。

『散華』で霊圧の巡りへ深く潜り込んだ、無数の華。

 

そのすべてが───完全燃焼の「蒼い炎」へと、一斉に反転した。

 

「ガ……ッッ……!!?」

 

放たれようとしていた複数の“虚閃(セロ)”が、口腔の奥底で、まるで凍りついたように静止する。

いや───静止したのでは、無い。

練り上げられた霊圧の「構造そのもの」が、内側から瞬時に灼き換えられていく。

 

赤黒き決定的破壊の質量が───無慈悲な「蒼」に、染まる。

 

中級大虚(アジューカス)が、絶叫した。

 

それはもう、怒りでは、無い。

抗うための、抵抗でも、無い。

 

ただ、燃え尽き、存在そのものが無へと還る者が上げる─────最期の「音」だった。

 

蒼星は、静かに、一歩を踏み込む。

 

───一歩。

その足元に、淡く、蒼い火の粉が散る。

 

───二歩。

背負いし蒼い日輪が、ぎし、と音を立てて僅かに欠けた。

 

───三歩。

蒼星の凛とした唇の端から、鮮烈な赤い血が、一筋、零れ落ちる。

 

それでも。その両腕に握られた蒼き大太刀は、微塵もぶれない。

 

「咲いたなら」

 

蒼星は、低く、低く呟く。

 

(しまい)まで─────連れてったる」

 

大太刀が、無造作に振り下ろされた。

その斬撃は───あまりにも、静かだった。

 

轟音も、無い。

爆発も、無い。

ただ、一本の冷徹な「蒼い線」が、夜の工業区画を縦一文字に断ち切る。

 

その線に沿って、中級大虚(アジューカス)の巨躯が、滑らかに両断された。

 

割れた断面から、瑠璃色の火の華が───最期に一度だけ、狂い咲く。

満開に開いた花弁は、次の刹那、すべてが蒼炎へと還り、異形の霊圧の残滓ごと、この世界から悉く燃え尽きた。

 

中級大虚(アジューカス)の咆哮が、完全に、途切れる。

 

幾百の白い仮面が、音も無く、粉々に砕け散る。

黒く濁りきった霊圧の塊が、蒼い炎に呑まれて「灰」となり、夜の底へと霧散していった。

 

───結界の内側に、完全な静寂が戻る。

 

あまりに遅れて、倉庫の壁が崩落する音が響いた。虚の霊圧によって引き裂かれ、歪んでいた空間の裂け目が、ひとつ、またひとつと───拒絶を終えるように、閉じていく。

 

蒼星は、大太刀を振り下ろした姿勢のまま、しばらくの間、微動だにしなかった。

 

背後を浮遊していた蒼い日輪が、硝子(ガラス)のように、ぎしりとひび割れる。

ひと欠片。

また、ひと欠片。

 

美しくも恐ろしい蒼い光が砕け、夜の闇の中へ、静かに溶けていく。

 

───卍解、解除。

 

蒼き大太刀は、元の無機質な斬魄刀へと姿を戻し、蒼星の五体を縁取っていた蒼炎もまた、頼りなく薄れていく。

 

───そして、その、瞬間。

 

「……っ、」

 

蒼星の膝が、激しく地面へと崩れ落ちた。

 

「隊長───ッッ!!」

 

生還の歓喜から一転、隊員たちが血相を変えて駆け寄ろうとする。

だが───蒼星は、細い片手を小さく上げて、それを冷徹に制した。

 

「まだ───あかん」

 

その声は、掠れ、酷く傷ついていた。

 

先刻までの、あの人を喰ったような軽さは、僅かに残っている。けれど、その声音の奥底には───自らの霊圧の通り道を内側から焼き焦がされたような、凄絶な痛みが混じっていた。

 

「残り火がある。……近づいたら、ほんまに燃えるよ」

 

その絶対的な拒絶に、隊員たちは、一歩も動けず足を止めた。

 

 蒼星の周囲には、未だ、薄い蒼の火の粉が漂っている。

それは地面も、倉庫の壁も、焼かない。

ただ、空気中に色濃く遺された「残留霊圧」だけを見つけ出し、静かに、執拗に燃やして消えていく。

 

蒼星は片膝を突いたまま、ゆっくりと、深く、息を吐き出した。

 

胸の奥が、痛む。

喉が、酷く焼けている。

両の腕が、鉛のように重い。

全身の霊絡へ霊圧を通すたびに、内側を無数の剃刀で擦られるような、凄絶な激痛が走った。

 

敵を燃やした炎は、等しく、蒼星自身をも燃やしていた。

 

───それが。

卍解『瑠璃緋天燼』の、絶対的代償。

勝利の対価として、無傷で済むことなど決して許されない、呪いにも似た力。

 

「……蒼星……隊長……」

 

隊員の一人が、戦慄に震える声でその名を呼んだ。

 

蒼星は、ゆっくりと顔を上げる。

 

凛とした顔立ちは死人のように青ざめ、口元には未だ鮮血が滲んでいる。

───それでも。彼女は、嗤っていた。

 

いつもの。あの底の知れない、人を喰ったような笑みで。

 

「ほら」

 

蒼星は、ひどく軽く、零す。

 

「ちゃんと───お掃除、終わったやろ?」

 

誰も、笑えなかった。

けれど、その場にいる全員が、細胞レベルで理解していた。

 

蒼星乙女は─────護り切ったのだ。

 

結界を。

現世を。

そして、自らの背後にいた、すべての隊員たちを。

 

そのために、彼女は虚を灼き。

戦場を灼き。

そして───自分自身の魂魄(霊圧)すら、薪にして燃やした。

 

蒼星は、雪白から戻った斬魄刀を、静かに鞘へと納める。

 

───カチャ…と。

 

ただそれだけの無造作な動作の最中、彼女の肩が、微かに、けれど確かに震えた。

 

「負傷者の確認。結界班は残留霊圧の処理。空間の裂け目が全部閉じたか、最後まで見とき」

 

声は、掠れ、弱り切っている。

けれど、その言葉に宿る「絶対の重み」は、間違いなく───隊長のものだった。

 

「私は少し、休むわ。……ちょっとだけ、燃やしすぎたみたいやし」

 

そう言って、蒼星はまた、薄く微笑う。

夜の工業区画に、白い灰が、静かに降っていた。

 

それは、霧散した虚の残骸か。

燃え尽き、融解した霊圧の名残か。

あるいは─────蒼星自身が内側から燃やし尽くした、命の残滓(カケラ)なのか。

 

誰一人として、それを知る術は無い。

 

ただ───ひとひら、だけ。

 

瑠璃色の火の華が、蒼星の足元で小さく、美しく咲き誇り。

次の刹那。

冷徹な蒼へと還って、静かに燃え尽きた。

 

護廷十三隊十番隊隊長─────蒼星乙女。

その斬魄刀の名は─────『瑠璃緋』。

 

白い炎で、絶望に華を咲かせ。

蒼い炎で───終いまで、すべてを燃やし尽くす。

 

それは。

護ると決めたものの為ならば、文字通り『なんもかんも』を灰燼に帰す───孤高の死神の、刀だった。

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