Somnia   作:hakumei

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#2 残響

コンクリートに囲まれた室内。

トイレと洗面台があるのみの簡素な部屋。

 

床に敷かれたマットの上で少年は目を覚ます。

起き上がろうと腕を動かした瞬間、鈍痛が走って思わず声が漏れた。



「……い……ッ……」

 

自分の身体に目を向けると、戦闘時にダメージを受けた両腕や腹部に包帯が巻かれている。

 

……成功体……ね。

 

自嘲気味に笑う。

いつもはやりたい放題やって放置するくせに、こういう時だけは最低限の治療はされるらしい。

 

痛む身体を起こして周りを見る。

 

普段と変わらない、冷たい独房。

首と手足の枷が、動くたびに小さく鳴った。

鎖は外されている。だが自由ではない。

壁に背を預けて手のひらに目を向ける。

 

変わってしまった自分の身体。

……あの日の光景を思い出す。

 

 

 

あの日──

目を覚ました時、隣には子供がいた。

……見覚えがある。車に乗せられていた、あの子だ。

台の上に仰向けに寝かされ、手首、足首、頭部、胸部が金属製の拘束具で固定されている。

 

その傍らには機械のようなものがある。

 

透明な円筒状の容器。

その内部に満たされた黒い液体が、ゆっくりと脈打つように揺れていた。

 

容器から伸びる細いチューブが数本、金属アームに支えられている。

先端には注射器よりも太い、医療用の穿刺針が取り付けられていた。

 

周りには白衣に似た着衣を纏う大人が数人いる。

 

「数値安定」

「適合率、基準値内」

「投与準備完了」

 

感情のない声が淡々と交わされた後、研究員らしき男がその子に近寄る。

 

その子は怯えた目をしていた。さいみんじゅつが解けて、自我を取り戻しているようだった。

 

ふと、その子と目が合う。

 

“助けて……”

 

その目に浮かぶのは、声にならない叫びだった。

 

「……っ!」

 

止めようとしても、身体は動かない。

 

その子の腕に針が刺される。

 

その数秒後、機械に設置されたモニターの画面が大きく乱れた。

 

小さな身体が幾度も跳ねる。まるで何者かが身体の内側で暴れているかのように。

 

そして……

 

その子は二度と動かなくなった。

悲鳴だけが、

数秒遅れて室内に残った。

 

やがてそれも消え、

部屋には機械音だけが残る。

 

自分が何を目にしたのか、分からなかった。

 

拘束台に横たわるそれは、もうほとんど人間の形を成していない。

 

「これも駄目か」

「仕方ない、次だ」

 

研究員達が一斉にこちらを見る。

 

その瞬間、理解した。

 

──次は自分だ。

 

反射的に身体が強張る。

 

起き上がろうと力を込めるが、びくともしない。

腕も脚も、自分のものではないようだった。

 

鎮静か、麻酔か。

それとも恐怖か。

 

「数値安定」

「適合率、再確認」

「投与ライン接続。準備完了」

 

先程と同じような言葉が交わされる。

 

「投与開始」

 

温度を持たない言葉と共に冷たいものが腕に触れた。

 

次の瞬間。

 

深く、突き刺さる。

 

「──ッ!」

 

声が出ない。

 

空気が肺に入らない。

 

針は血管ではなく、

もっと奥──

直接、体内へと送り込まれる位置で固定される。

 

装置が低く唸った。

 

チューブの中を黒い液体が流れ始める。

 

最初に来たのは痛みではなかった。

 

違和感。

身体の中に、自分ではないものが入ってくる感覚。

 

心臓が大きく跳ねる。

 

──焼ける。

 

内側から。

 

血でも骨でもない場所が、

焼かれていく。

 

「っ……あ……」

 

喉が閉じる。

声にならない。

 

逃げようとしても、身体は固定されている。

 

“それ”は次々と流れ込んでくる。

 

異物が意思を持つように全身へ広がっていく。

 

頭の奥で、何かが軋んだ。

 

知らない感覚。

 

知らない気配。

 

知らない──

 

闇。

 

「心拍上昇」

「神経反応、過剰」

「投与継続」

 

やめろ。

 

やめろ!

 

やめろ!!

 

装置は止まらない。

 

……視界が歪む。

 

耳鳴り。

 

吐き気。

 

痛み。

 

寒気。

 

熱。

 

全てが同時に押し寄せる。

 

──壊れる。

 

死ぬ……?

 

あの子のように、ここで……

 

身体が弾ける。

 

そう思った時だった。

 

流れ込んだ“それ”が体内に根を張り始めた。

 

心臓と重なり、

神経と絡まり、

存在に食い込む。

 

 

「………成功例になるか」

 

誰かが言った。

 

遠くで。

 

他人事のように。

 

その言葉を最後に、意識が落ちた。

 

──────────────────

 

 

……次に目を覚ました時、自分が生きている事を知った。

 

「やったぞ」

「ついに成功例が出た」

「これで次の研究に進める」

 

頭を動かして周りを見ると大人達が浮き立っている。

 

実感が湧かなかった。

まだ頭に霧がかかっているような感覚。

 

……どうして……。

 

その疑問が浮かぶ前に、突如、あの光景がフラッシュバックして吐き気が込み上げる。

……しかし、何も出ない。

何も残ってない。

 

「この個体の管理はお前が担え。貴重な成功体だ。殺すなよ」

 

その言葉の直後、靴音が近付いた。

肩で呼吸していると、近くに見覚えのある影が立つ。

 

……紫髪の、あの男だ。

 

「……!」

 

唇を噛んで睨みつける。

 

「──殺すなって?そいつぁコイツ次第だ。……なぁ?クソガキ」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「…………ッ」

 

頭が痛い。

ダークホールを放った後の事が思い出せない。

 

……そういえば、あの後、どうなったんだ……?

 

意識を外に向ける。

いつもと変わらない景色……のはずだった。

 

──が、何か違和感があった。

 

すぐにその違和感に気付く。

 

部屋の隅に小さな影がある。

 

「………きみは……」

 

あの時戦ったコラッタだ。

こちらを警戒しながら隅で蹲っている。

 

……生きている。

 

でも、なんでここに……。

 

疑問を口にしようとしたところで、独房の扉の下から食事が差し出される。

 

人一人分の量。

 

声かけはない。いつもの事だ。

 

お腹が減っているのか、食べ物の匂いに釣られてコラッタが出てきた。こちらを警戒したままトレーに乗った食べ物を次々と口に運んでいく。

 

呆気に取られているとコラッタがこちらに向き直って鼻を鳴らす。

まるで取ってやったぞと言わんばかりだ。

 

「……──ふ」

 

思わず、肩の力が抜けた。

姿勢を低くしたまま少しだけコラッタと距離を詰める。そのまま手を伸ばしてみるが、コラッタの身体が強張ったのが見えた。

 

「……そうだよな。怖がらせてごめん」

 

その手を引いて元の場所に戻る。

 

「……きみ、強かったよ。死ぬかと思った」

 

少しだけ笑って、目を閉じる。

 

コラッタは動かない。──が、

 

足元に何かがぶつかる感触があって目を開く。

果物だ。

コラッタがこちらに寄越したらしい。じっとこちらを見つめている。

 

「…………ありがとう」

 

果物を手に取ると、コラッタは少しだけこちらに寄ってきた。

 

触れそうで、触れない距離。

 

でも今は、それだけで充分だった。

 

 

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