Somnia   作:hakumei

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#4 選択

ダークライが拘束されている部屋を通らされ、連れて来られたのは車庫だった。

 

窓のない黒い護送車の前まで歩かされる。

金属製の無機質な車体。

人を運ぶというより“運搬する”為の車だった。

そこで組織員達の纏うそれに似た衣服を渡される。

 

渡されるというより、投げて寄越されたと言った方が正しい。

 

紫髪の視線を感じる。

が、見ない。

 

……こんなもの、誰が着るか。

 

「着ろ」

 

無視する。

視線すら向けない。

 

すると、再び首元が唸った。

身構える間もなく電流が神経を焼く。

踏ん張ろうとしても両脚から力が抜ける。

床に膝をついたところで電撃が止まる。

 

「……ッ、はっ、はぁっ、はぁっ」

 

胸を押さえて必死に酸素を取り込む。痙攣する肺が上手く空気を吸い込めず、喉の奥がヒリヒリと焼けるように熱い。

 

「あんま時間かけさせんなよ」

 

紫髪が面倒そうに呟く。

その足先が足元に落ちたままの服を軽く蹴った。

 

「その汚ねェなりで外に出るつもりか?……ま、こっちはそれでも構わねェがな」

 

差し出された服に泥がつくのも厭わない態度に、尊厳を足蹴にされたような屈辱が胸を抉った。

湧き上がる衝動を抑え込むように、グッと奥歯を噛み締める。

 

袖を通せば、自分もこの化け物たちと同類になってしまう。そんなの受け入れられるはずがない。

 

けれど、動かない身体が現実を突きつけていた。

電流の余韻で指先は痺れ、身に纏う布切れすらも一枚の鉄板のように重く感じる。

 

面白そうにリモコンを弄ぶ男の指先が、これ以上の抵抗はただ無意味にすり潰されるだけだと、残酷に告げていた。

 

「……っ」

 

冷たいコンクリートの上に這いつくばったまま、震える指で服を掴み、何も言わずに袖を通した。

それが敗北であると分かっていながら。

 

喉の奥に言葉にならない何かが沈む。悔しさと無力感が混ざり合ったような、黒い塊が。

 

──いつか、絶対に脱ぎ捨ててやる。

 

満足気に踵を返す男の後ろ姿を睨みつけ、心の中でそれだけを何度も繰り返した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

車の中。

組織員数人と、あの男に囲まれる形で座らされる。

 

あれから2、3時間ほど経ったように思う。

森の中を走っている為か、たびたび下から突き上がるような揺れに襲われる。

 

冷たく、張り詰めた空気。

窓がない為外の景色すら見られない。

 

……だからだろうか。施設を出る前に目にした、ダークライの姿を思い出す。

 

──あの時、ほんの一瞬だけ、ダークライと繋がるような感覚があった。気のせいかもしれないけど……。

 

……初めて会った日も、コラッタと戦った日も、きみはオレの身を案じてくれた。

 

オレが生きていると分かった時、どう思った?

同じ力を持ったと知った時、何を思った?

 

……恨んだだろうか。

それとも……悲しんだだろうか。

 

考えを巡らせている内に、車が速度を落として止まった。

 

「着いたぞ、降りろ」

 

組織員が先に降りて鎖を引く。

その場に留まろうと力を込めるが、組織員と自分では力の差は明白だった。

抗いきれず結局引き摺り出されてしまう。

 

閉ざされた空間から一転して、肌を刺すような冷たい空気が全身を包み込んだ。湿った草の匂いと、どこまでも広がる世界の境界線に、一瞬だけ眩暈に似た感覚を覚える。

 

……久しぶりの外。

 

護送車は広大な森を抜けた先、開けた草原で止まっていた。

目の前には辛うじて山岳地帯が見える。

陽の光は届きはするものの、視界が悪い。この地方特有の霧はここにもかかっているようだ。

 

「この辺りはロコンの住処だそうだ。客用と研究用。数は多いほど良い。できるだけ捕獲しろ」

 

紫髪が部下に指示を出して、こちらに向き直る。

 

金属が擦れる音がする。

手首と足首に繋がれていた鎖が外される。

少し身体が軽くなるが、自由になった訳じゃない。

 

枷はそのままだ。

 

「……分かったな、お前は眠らせる役だ。対象を見つけ次第ダークホールを使え」

 

「断る」

 

間髪入れず、首枷が低く震えた。

 

電流は流れない。

しかし、その代わりに足の感覚が消えた。

 

「……っ!?」

 

踏み出したはずの脚が動かない。

力が……入らない。

 

膝をつかされる。……また。

 

「……く……っ」

 

「電撃制御に神経遮断。……全く、上もえげつねェもん仕込んでやがるよなァ」

 

その言葉とは裏腹に、顔は愉しげに歪んでいる。

 

少しして手足の感覚が戻るのが分かった。

ふらつく足で立ち上がり、こちらを見下ろす視線と真っ向から対峙する。

 

そして──

そのまま踏み出す。

 

気付いたら身体が前に出ていた。

《奴》に向かって黒く変化させた爪を振り抜く。鋭く、迷いのない一閃が空気を裂いた。

 

だが、それは《奴》に届く寸前で止まった。

いや、正確には止められた。

 

阻んだのは……男の背後に控えていたドクロッグの両腕だった。

 

変化させた漆黒の爪が、ドクロッグの毒に染まったトゲと激しく噛み合い、硬質な音を立てる。男は瞬き一つせず、鼻先数センチで止まった爪を愉しそうに眺めていた。

 

──いつの間に……!

 

「グロ……グッ」

 

ドクロッグの腕から凄まじい力が伝わってくる。骨が軋む。分かっていても引き下がりたくなかった。

体内の黒い衝動を更に腕へと注ぎ込む。そのままトゲを押し返そうと、足で地面を削りながら一歩前に踏み込んだ。

しかし──腕が弾かれ、衝撃で身体が宙に浮く。

それとほぼ同時に再び首の枷が震えた。

 

身体に命令が届かない。

変身が解除される。黒い爪が人間の指先へと強制的に巻き戻り、全身の力が瞬時に霧散した。

 

受け身を取る事すら叶わず、容赦なく岩の混じる地面に叩きつけられた。肺の空気が押し出され、視界が歪む。

 

ドクロッグが、喉元の袋を不気味に膨らませて低い音を鳴らす。こちらを見下ろすその目には、明らかな嘲笑の色が浮かんでいた。

 

「ホント、期待を裏切らねェよな、お前は」

「そのサービス精神は買ってやるが……そろそろ言う事聞いといた方が身の為だぜ?」

 

地面に倒れたまま、しゃがみ込んでこちらを覗く男に鋭い視線を向ける。衝撃で軋む肺を酷使し、目の前の男をこれ以上ないほどに睨み据えた。

 

「……絶対、嫌だ……ッ」

 

それまで笑みを浮かべていた口元がふっと温度を失う。その瞬間、総毛立つような悪寒が背筋を突き抜けた。

 

「はぁー……、しょーがねェなァ……」

 

吐き出された声には、先ほどまでの愉悦は微塵も残っていない。男はただ面倒そうに、手元のリモコンへ指を滑らせた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

同時刻──

別室

 

ダークライを拘束する装置が唸る。

その瞬間、強い電流が身体の内側を焼く。

 

影が歪む。

声も出せない。

 

 

 

────────────────

 

 

 

……《奴》は確かにスイッチを押した。

しかし、首の枷にいつもの反応はない。

身体は動かせないままだが、電撃は来ていない。

それなのに、神経だけが引き裂かれるように軋む。

 

……っ、なんだ?

 

胸の奥がざわつく。

嫌な予感が形になる前に、《奴》は部下から受け取ったタブレット端末をこちらに見せてきた。

 

「いいかー?よーく見ろ。お前が逆らえばあっちはこうなる」

 

そこに映っていたのは──

苦しむダークライの姿。

 

漆黒の影を激しく歪ませ、胴体の拘束装置から迸る電撃に身を悶えさせている。

 

自分を助けようと、声をかけてくれた存在。

その表情が、見たこともないほどの苦痛に歪んでいた。

 

男は心底楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「……安心しろォ。壊れる前に止めてやる」

「あァ、でも。お前がそのままだと、うっかり指が滑って最大出力になっちまうかもなァ?」

 

「………ッッ!!!やめろ……ッ!!」

 

──冗談じゃない。

それ以上、やらせてたまるか。

 

覚悟を決めて立ち上がる。もう男を睨みつけることすら忘れていた。ただ一秒でも早く、あの電撃を止めたい。その一心だけで、ふらつく脚に無理矢理力を込めた。

 

背後で《奴》の勝ち誇るような笑い声が響く。

 

「やっぱりお前はそっちだよなぁ!」

「精々気張れよ、クソガキ」

 

……一度だけ、

感覚の戻った手で拳を握る。

だが、足を止めることはしなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

草原の中を歩いて暫くした時だった。岩場の影に、小さな炎を宿したような、赤茶色の毛並みが見えた。

──ロコンだ。人間を見たことがないのだろう。酷く怯えている。

 

変化させた漆黒の両腕を上に掲げる。

それを見たロコンが弾かれたように逃げ出した。

 

「逃がすなよ?」

 

背後で男の声が低く響く。

咄嗟に作り出したダークホールをロコンの進行方向に放ち、その逃げ道を強引に塞いだ。

行き場を失い、急ブレーキをかけたロコンがこちらを振り返る。真っ直ぐに向けられたその瞳には、純粋な恐怖だけが宿っていた。

 

覚悟を決めたはずなのに、掲げた両手が僅かに震えた。

 

──それでも、止めなかった。

 

苦しむダークライの姿が、脳裏に浮かぶ。

 

「………ごめん……」

 

無意識に零れ落ちた言葉。それが、目の前の犠牲者に向けられたものなのか、自分のために傷つけてしまったあの存在への懺悔なのか、自分でも分からなかった。

 

解き放ったダークホールがロコンに命中する。

 

一瞬だけ、

ロコンの瞳が揺れた。

 

周りを包んでいた闇が閉じる。

霧散した黒い影の後に残されたのは、深い眠りに落ちた小さな体だけだった。

 

すかさず組織員がモンスターボールを投げつける。

カチリ、と捕獲完了を示す音と共に、ロコンはあっけなく捕まってしまった。

抵抗する意志すら奪われたまま。

 

背後から、パチパチとわざとらしい拍手の音が聞こえる。まるで見世物でも見ていたかのような、軽い音だった。

 

「やりゃ出来るじゃねェか」

「次行くぞ。ターゲットはまだいるんだからな」

 

男に肯定されるたび、自分が取り返しのつかない怪物になっていくようで胃の奥が冷たく焼ける。

 

逆らうことは……できない。

 

……重い脚を前に進める。

立ち止まる理由は、もう残っていなかった。

 

視界が悪い。

 

気配を感じたポケモン達が息を潜めているからだろうか。昼間だというのに、草原はやけに静かに感じた。

 

だがポケモンが動けば、草が擦れる音がする。

 

気付かないふりをすれば……もしかしたら……。

 

その考えは無情にも《奴》の声に掻き消された。

 

「今、音がしたよなァ。気付かなかった……とは言わねェよな?」

 

一瞬視線を後ろに向ける。

リモコンをちらつかせながら《奴》がほくそ笑むのが見えた。

 

歯を食いしばって音のする方に歩みを進める。

 

──ロコンがいた。

背の高い草の中に身を隠している。

 

掲げた両手の間に、黒いエネルギーを凝縮させる。

 

すると、ロコンが突然草影から飛び出してきた。

この動きは覚えがある。

でんこうせっかだ。

 

瞬時に判断する。

ダークホールの生成が間に合わない──

 

両腕を前に出してでんこうせっかを受け止める。

衝撃で腕が押し込まれ、踵が地面を擦る。

黒い球体が形を成す前に、頭上で霧散したのが見えた。

 

変化させたままの掌で突っ込んできたロコンの頭を止めた瞬間──

指の隙間からこちらを見るロコンと至近距離で目が合う。

 

先程のロコンと同じ。

恐怖に歪んでいる。

 

……攻撃したいんじゃない。必死なんだ。

 

再び手が震える。

しかし、背後にある《奴》の気配が許さない。

 

一瞬の躊躇いを振り切るように、押し込まれていた両腕を下から上へと一気に突き上げ、受け止めたロコンを上空に向かって高く弾き飛ばす。

そのままダークホールの再生成に意識を向ける。

 

着地する前に眠らせる……!

 

飛ばされたロコンは空中で受け身をとり、こちらに向かって口を開けた。その小さな喉の奥で橙色の光が吸い込まれるように押し固まっていく。

 

生成したダークホールを放ったのは、ロコンの口からひのこが放たれるのとほぼ同時だった。

 

ひのこが頬を掠める。

赤く染まった視界の端で、ダークホールに呑まれたロコンが眠ったまま落下していくのが見えた。

 

そこにボールが投げられ、その子もまた、捕まってしまった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

……この日は、全部で3体のロコンが捕獲された。

 

ダークホールに呑まれ、捕まるロコンを見る度に胸が軋む。

 

それでも、止まるわけにはいかなかった。

自分がしている事の意味を、理解しながら。

 

………これは、自分で選んだことだ。

 

 

 

 

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