【個体記録】
・意識回復:72時間後
・外傷:部分的回復(ポケモン用薬剤反応あり)
・神経応答:不安定(同期遅延あり)
・精神状態:要経過観察
・情動反応:残存(要調整)
「昏睡時間は3日。回復速度は想定以上」
「帰還時に肋骨の骨折が認められたが、既に修復されつつあるようだ。内臓へのダメージは認められなかった。ただし、その周囲の筋肉や毛細血管に損傷有り。これも既に回復に向かっている」
「ダークライ細胞によって守られていると考えられる」
「興味深い」
「肉体の方は使えるな」
「問題は“制御”の方だが……」
「なに、次の計画に移るだけだ」
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穏やかな心音を数えていた時間は、扉の外から近付く足音によって打ち砕かれた。
独房の扉が開く。踏み込んできたのはいつもの組織員ではなかった。白衣に身を包んだ研究員。
腕を掴まれ強引に引き摺られる。全身に激痛が走ったが、それよりもコラッタに視線が吸い寄せられた。服の裾を咥えて離そうとしない。床に爪を立てて引き留めようとしている。
すぐ傍らには、コラッタを支えるラルトスと、必死に威嚇の声を上げるロコンの姿があった。
それを見た研究員の一人が足を振り上げる。
「待て……っ、その子たちには……!」
咄嗟に手を伸ばすが、掠れた声は届かない。
独房から出される瞬間、三つの小さな影が無造作に蹴散らされ、壁に激突する鈍い音が聞こえた。
風呂に連れ込まれ浴びせられたのは身体の芯まで凍えさせるような冷水だった。
汚れを落とすというより、「失敗作の残骸」を洗い流すかのような乱暴な洗浄。石鹸の泡に混じって、乾いた血が排水溝へと吸い込まれていく。
雑に水分を拭き取られ、新しい服に着替えさせられる。
その後の検査は、いつもより念入りだった。
金属音が鳴って手首と足首が台の上で固定される。
「……ここだったな」
迷いのない指先がどす黒く変色した肋の上をなぞり、そのまま容赦なく押し込まれる。
「……っ、あ……、ぐ……ッ……!」
固定された手足の拘束具が、激しい抵抗で軋んだ。
研究員は眉一つ動かさない。むしろ指先に伝わる反応に歓喜に近い溜め息を漏らしている。
執拗に、壊れた箇所を確認するように指が這う。
その度に激痛が走る。けれど、その痛みすらもどこか冷めた心地で受け止めている自分がいた。
押された箇所から、ドロリとした熱が広がるのを感じる。内側に潜むダークライの細胞が、損傷箇所を埋め合わせるように急速に密度を増していく感覚。
「ほう、圧力を加えると瞬時に細胞の密度が増すのか。……意識的な防御ではないな、これは。まるで意思を持った防具だ」
痛みのせいで視界が細かく明滅する。眩し過ぎる照明を避けるように目を閉じると、瞼の裏に独房に残してきたコラッタ達の姿が浮かんだ。
……無事、なのか?
……早く、帰してくれ……。
言葉が外に出ることはなく、ただ掠れた呻き声だけが虚空に消えた。
今度は手に、無機質な棒状の器具が押し込まれる。
「握れ」
促されるまま、ゆっくりと指を閉じる。
一寸遅れて器具が小さく電子音を鳴らした。
「反応遅延。出力も不安定だ」
「次はこれだな。飲め」
器具が乱暴に引き抜かれ、代わりに唇に硬い試験管のフチが押し当てられる。
顎を小刻みに叩かれ、反射的に口を開く。
流れ込んできたのは、粘度のある液体だった。
一瞬、舌先を脳がとろけるような甘美な味が通り過ぎる。
──かと思えば、直後にそれが鋭い熱となって喉を焼き切った。
液体が胃の中で弾ける。遅れて身体中のあらゆる傷が異常な熱を持つのを感じた。
肉が、骨が、無理やり接合されていく軋みが内側から聞こえる。
傷口が塞がる感覚があるのに痛みは消えない。身体の奥で何かが噛み合っていないような、気持ち悪さが残った。
「修復反応を確認。だが完全とは言えないな」
「ポケモン用ではなく、この個体用に改良する必要がありそうだ」
紙の上を滑るペンの音が、やけに大きく耳に障った。
「視線は?」
「……焦点が合っていないな。意識の混濁か」
「情動は残っているか」
顎を掴まれ無理やり顔を上げられる。
何も答えない。ただ焦点の合わない瞳で、彼らの背後の闇を見つめ返した。
「……まだ死んでないな。目は死んでいるが、執着が残っている」
「ああ。独房でも例の雑魚共を庇うような仕草を見せていた」
「そうか」
記録を終える閉鎖的な音が響く。
「データは充分とれた。戻しておけ。次のステップに備えさせろ」
その声で、地獄のような検査が終わった。
台から解放された身体は、薬の熱で重く、けれど確実に独房へ向かって引き摺られていった。
◇◇◇
独房に押し込まれ、扉が閉まる。
彼らの姿は、探すまでもなかった。
扉が閉まるよりも早く、全員が駆け寄ってきていた。……今まで距離を置いていたロコンまで。
両膝をついて彼らと目線を合わせる。目を凝らして順に視線を送ると、研究員に蹴られた跡がそれぞれ残っているのが分かった。
コラッタの脇腹は腫れ、ラルトスは片手を庇うように押さえている。ロコンの鼻先には出血の跡がある。
「……なんで、逃げなかったんだ。そうすれば、痛い目に遭わずに済んだのに……」
──いや、違う。もっと早く、自分が拒絶していればよかった。
「……ごめん」
撫でようとした手が、止まる。
……これ以上関われば、また巻き込んでしまう。
頭では分かっている。
──それでも。
そっと手を伸ばした。
間髪入れず、コラッタが飛び込んでくる。
ラルトスも静かに距離を詰めてきた。
ロコンだけが、一歩手前で足を止める。
綺麗な茶色の瞳がじっとこちらを見上げていた。
……ほんの一瞬だけ。
それからゆっくりと歩み寄ってくる。
差し伸べた手に触れたその毛並みは、驚くほど温かかった。
触れるつもりは……なかったはずなのに。
もう戻れなかった。
彼らの命の温もりを、知ってしまったから。
できるだけ力を入れないように、ポケモン達を抱き締める。
頬を掠めるコラッタの短い毛並み、縋るように握られたラルトスの指の細さ、そしてロコンが放つ陽だまりのような匂い。
冷水で凍てついた身体の芯が、彼らの体温で少しずつ解けていくのが分かった。
守らなければ……。
ダークライも、この子達も。
何に代えても。
──たとえ、何を失うことになっても。