岩迷路の奥へ進むほど、空気は乾いていった。
風はほとんどない。
切り立った岩壁が左右に迫り、足音だけが細く反響している。
ユズルは前を歩いていた。
少し後ろを、眼鏡の少年がついてくる。
名前をまだ聞いていないことに、ユズルは途中で気づいた。
何度も見ている。
三次試験でボルドと組んでいた。
ヒソカとトガリが衝突した時には、危険な間合いに入りかけた。
そして先ほど、トンパに騙されかけた。
それなのに、名前を聞いていなかった。
試験では、番号で呼ばれることが多い。
名前を知らないまま消えていく者もいる。
ユズルは、それが少し嫌だった。
「……名前を聞いてもいいですか」
ユズルが言うと、少年は少し驚いた顔をした。
「僕、ですか」
「はい」
「シアンです」
「シアン」
「はい。受験番号は百八十九番です」
シアンは自分の守札を手で押さえた。
百八十九番。
ユズルはその番号も覚えた。
「ユズルさん、ですよね」
「はい」
「ボルドさんから聞きました」
ボルド。
その名前が出ると、少しだけ空気が柔らかくなった気がした。
ユズルは岩道の先を見た。
「ボルドさんは、今どこにいるんでしょう」
「きっと、出口を探していると思います」
「そうですね」
シアンの声は細かった。
先ほどまで、彼はトンパに騙されかけていた。
足場の崩れる砂鳴りの谷へ誘導され、あと少しで落ちるところだった。
ユズルは止めた。
でも、それだけだった。
シアンにはまだ点数が足りない。
自分の守札、三点。
それだけ。
あと一点必要だった。
ユズルは自分の札を確認する。
二百四十一番の守札。
そして、トンパから受け取った二百二十三番の守札。
合計六点。
自分だけなら、出口へ行けば通過できる。
でも、シアンは通過できない。
その事実が、首にかけた守札よりも重かった。
「ユズルさん」
シアンが言った。
「僕は、足を引っ張ってますか」
ユズルはすぐには答えられなかった。
引っ張っていない、と言えば嘘になる。
自分だけなら、もっと早く出口へ向かえる。
でも、だからといって、足手まといだとも言いたくなかった。
「今は、一緒に歩いています」
ユズルは答えた。
「それだけです」
シアンは少し黙った。
「優しいですね」
「そうでしょうか」
「はい」
ユズルは、自分が優しいのか分からなかった。
助けたいとは思う。
でも、助けきれないこともある。
第4話の地下迷宮でもそうだった。
鎧鹿の森でもそうだった。
ヒソカの前でもそうだった。
全部は守れない。
その言葉が、少しずつ現実になっていく。
黒い子牛は隣を歩いている。
隠で姿を伏せたまま、静かに。
丑は何も言わない。
今は「立て」とも「決めろ」とも言わない。
ただ、ユズルの歩調に合わせている。
やがて、二人は広い採掘場跡のような場所に出た。
岩壁に囲まれた空間だった。
天井はなく、上には細い空が見える。
地面には古い木材や、錆びた工具、折れた支柱が転がっていた。
奥には、出口へ続いていそうな坂道がある。
だが、その手前に、崩れかけた岩棚があった。
岩棚の下には、細い道が通っている。
そこを抜ければ、坂道へ出られる。
ユズルは足を止めた。
「少し待ってください」
「はい」
シアンも止まる。
岩棚は不安定そうだった。
大きな岩がいくつも積み重なり、古い木の支柱で辛うじて支えられている。
その支柱は乾いてひび割れていた。
風もないのに、細かい砂がぱらぱらと落ちている。
危ない。
ただし、戻る道も楽ではない。
別の道を探せば時間がかかる。
制限時間は残り少ない。
ユズルは周囲を見た。
足跡がある。
何人かはすでにここを通っている。
だが、通ったから安全とは限らない。
むしろ、何度も人が通ったせいで、支えが弱くなっている可能性がある。
「迂回しましょう」
ユズルは言った。
シアンは坂道の方を見た。
「でも、あっちが出口に近そうです」
「たぶん近いです。でも危ない」
「……そうですよね」
シアンは俯いた。
「すみません。僕の点数が足りないのに、時間まで使わせて」
「謝らなくていいです」
ユズルはそう言った。
自分も何度も言われてきた言葉だった。
謝らなくていい。
その言葉を自分が言う側になるとは、少し不思議だった。
その時、別の通路から足音が聞こえた。
ゆっくりとした足音。
杖が石を叩く音。
ユズルとシアンは振り返った。
ボルドだった。
白い髭を揺らし、杖をつきながら、いつものように飄々と歩いてくる。
「おお、無事じゃったか」
「ボルドさん」
シアンの顔が少し明るくなった。
ユズルも、胸の力が抜けた。
ボルドは二人を見て、それから岩棚を見上げた。
「嫌な道じゃな」
「危ないと思います」
「うむ。あれは落ちる」
ボルドは即答した。
その言い方があまりに自然で、ユズルは少し驚いた。
「分かるんですか」
「前回、似たような場所で崖から落ちた」
「……」
「今回は落ちん」
ボルドは真顔で言った。
シアンが少しだけ笑った。
その笑いは弱かったが、それでも笑いだった。
ユズルはボルドの首元を見た。
守札が一枚。
さらに手には、別の札が一枚握られている。
「ボルドさん、点数は」
「四点じゃ。ぎりぎり通れる」
「よかった」
「よかったが、油断はできん。出口まで持って行かねば意味がない」
ボルドはシアンを見た。
「お前さんは」
シアンは視線を落とした。
「三点だけです」
「そうか」
「あと一点、足りません」
ボルドは少しだけ目を細めた。
責めるでもなく、慰めるでもない目だった。
「では、まだ終わっておらんな」
「でも」
「でも?」
「僕は……札を奪える気がしません」
シアンの声は震えていた。
「トンパさんに騙されかけて、ヒソカさんの時も足が勝手に前に出て、今もユズルさんに助けてもらって」
彼は自分の守札を握った。
「僕は、ここまで自分で来た気がしないんです」
ユズルは何も言えなかった。
その言葉は、ユズル自身にも刺さった。
自分はどうなのか。
丑がいる。
ニカに助けられた。
ボルドに水をもらった。
グランに引き上げられた。
トンパの札も、奪ったのではなく渡された。
自分は、本当に自分で来たのか。
その問いが胸の奥で揺れる。
ボルドは、シアンに言った。
「助けられて来たことは、悪いことではない」
シアンが顔を上げる。
「ワシも、誰かに助けられてここまで来た。お前さんもそうじゃ。ユズルもそうじゃろう」
ユズルは黙って頷いた。
「だがな」
ボルドは杖を地面に立てた。
「最後に進むか降りるかは、自分で決めねばならん」
シアンは唇を噛んだ。
その時だった。
岩棚の向こう側から、走る足音が響いた。
誰かが来る。
速い。
ユズルは身構えた。
狭い岩道から、二人の受験者が飛び出してきた。
一人は顔に傷のある男。
もう一人は小柄な女。
男の首には守札がない。
女の手には、複数の札が握られている。
奪い合いの途中なのだろう。
「返せ!」
男が叫ぶ。
「遅い!」
女は笑いながら、岩棚の下へ走り込もうとした。
ユズルは叫んだ。
「そこは危ない!」
女は聞かなかった。
彼女は岩棚の下を抜け、坂道へ向かおうとする。
追ってきた男も続いた。
その瞬間、古い支柱が軋んだ。
嫌な音だった。
乾いた木が、内側から裂ける音。
ぱき。
ユズルの背筋が冷える。
「下がって!」
シアンが一歩引く。
ボルドも杖を構える。
岩棚が揺れた。
砂が落ちる。
小石が転がる。
次に、大きな岩が動いた。
女が振り返る。
男も顔色を変えた。
遅い。
岩棚が崩れた。
轟音。
岩が落ちる。
女は坂道側へ飛んだ。
男は戻ろうとして足を滑らせた。
そして、崩れた岩の一部が、こちら側へも雪崩れるように迫ってきた。
シアンが固まる。
彼の立つ場所の足元が割れた。
ユズルは動いた。
「ここは、崩させません!」
丑が前に出る。
隠で伏せた黒い子牛の密度が、一気に増した。
見えない重さが、足元の岩を押さえる。
シアンの足場が、ぎりぎり止まった。
だが、崩落は一箇所ではなかった。
頭上から落ちる岩。
横から流れる石。
足元の割れ目。
守る場所を一つ決める。
それが不動の牛歩の制約。
ユズルはシアンの足場を選んだ。
その選択は間違っていなかった。
でも、全部は守れない。
「ユズル!」
ボルドの声。
ユズルは振り向いた。
大きな岩が、シアンの背後へ落ちてくる。
ユズルの丑は足場を押さえている。
今、守る場所を変えれば、シアンの足元が崩れる。
間に合わない。
ボルドが動いた。
老人とは思えない速さだった。
杖を捨て、シアンへ駆ける。
「伏せろ!」
ボルドはシアンを突き飛ばした。
シアンの体がユズルの方へ転がる。
ユズルは片手でシアンの腕を掴んだ。
次の瞬間、岩が落ちた。
鈍い音。
ボルドの体が、岩と地面の間に挟まれるように倒れた。
「ボルドさん!」
ユズルの声が裏返った。
崩落は数秒で収まった。
砂が舞う。
岩が転がる音が少しずつ遠ざかる。
顔に傷のある男は、足を押さえて呻いていた。
小柄な女は坂道側で札を抱え、こちらを見ていたが、すぐに逃げるように姿を消した。
ユズルはシアンを引き上げ、ボルドの元へ走った。
ボルドは倒れていた。
胸は動いている。
意識もある。
だが、右脚が岩に挟まれていた。
血が滲んでいる。
ユズルは息を呑んだ。
「待ってください、今、岩を」
「触るな」
ボルドが低く言った。
いつもの柔らかい声ではなかった。
「下手に動かすと、余計に悪くなる」
「でも」
「分かる。自分の足じゃ」
ボルドは顔をしかめながらも、無理に笑った。
「今回は……落ちんつもりじゃったがな」
「そんなこと言わないでください」
「どうやら、足が落ちた」
「冗談を言ってる場合じゃ」
「冗談を言えるうちは生きておる」
ボルドは額に汗を浮かべていた。
痛いはずだ。
かなり。
それでも、彼はシアンの方を見た。
「無事か」
シアンは真っ青な顔で頷いた。
「はい……でも、僕のせいで」
「違う」
ボルドはすぐに言った。
「ワシが勝手に動いた」
「でも」
「お前さんのせいにするな。ワシの選択を取るな」
シアンは黙った。
ユズルは岩を見た。
動かせるか。
丑を使えば。
だが、今の不動の牛歩は、崩れたものを持ち上げる能力ではない。
押さえる、踏みとどまる、崩さない。
すでに落ちた岩を安全に除去するには向かない。
それに、ユズルのオーラもかなり削れている。
無理に使えば、自分が倒れる。
でも。
「ユズル」
ボルドが呼んだ。
ユズルは顔を上げた。
「出口へ行け」
「できません」
「できる」
「ボルドさんを置いて」
「置いていくのではない。ワシはここまでじゃ」
ユズルは首を横に振った。
「まだ医療班を」
「試験官は見ておる。危険と判断すれば来る」
ボルドは岩壁の上をちらりと見た。
どこかに監視があるのだろう。
「だが、来る頃にはお前さんの時間がなくなる」
「でも」
「ユズル」
ボルドの声が少し強くなった。
「お前さんは、もう点を持っておる。出口へ行け」
ユズルは唇を噛んだ。
自分は通れる。
ボルドは通れない。
シアンは点が足りない。
このままここにいれば、全員が落ちるかもしれない。
でも、進めばボルドを置いていくことになる。
助けたい。
全部、助けたい。
その思いが胸を締めつける。
丑は何も言わない。
ただ、ユズルの横に立っている。
ボルドはシアンに目を向けた。
「シアン」
「はい」
「お前さんも、出口へ行け」
シアンは震えた。
「僕は、点数が足りません」
「知っておる」
「行っても、通れません」
「それでも行け」
ボルドは、ゆっくりと言った。
「降りるなら、出口で降りろ」
シアンが目を見開く。
「ここで座り込んだら、ただの迷子じゃ」
ボルドは痛みに顔を歪めながら、それでも笑った。
「自分の足で出口まで行って、自分の口で言え」
シアンの目に涙が浮かんだ。
「僕は……」
「怖いなら怖いと言え。進めないなら進めないと言え。だが、言う場所まで歩け」
ボルドは一度、息を吐いた。
「それなら、落ちても前に進んだことになる」
ユズルはその言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。
落ちても前に進む。
ボルドが言うと、その言葉は軽くなかった。
一度目は、騙されて別の船に乗った。
二度目は、崖から落ちた。
三度目の今回は、ここまで来た。
そして今、ボルドは大怪我をしている。
でも、顔を上げている。
ボルドはユズルを見た。
「ワシは今回も落ちるらしい」
「ボルドさん」
「だが、今回は悪くない」
ボルドは静かに言った。
「騙されて船を間違えたわけでも、崖から転げ落ちただけでもない。自分の目で見て、自分の足でここまで来た」
ユズルは何も言えなかった。
「最後に転んだのは、まあ、ワシらしい」
「転んだなんて」
「転んだんじゃ。少し派手にな」
ボルドは笑った。
シアンが泣きそうな顔で首を横に振る。
「僕のせいで」
「違うと言った」
ボルドは、今度は少し柔らかく言った。
「お前さんは、お前さんの選択をしろ。ワシの怪我を理由にするな」
シアンは泣きながら頷いた。
「……はい」
ボルドは満足そうに目を細める。
「よし」
遠くで、笛の音が聞こえた。
協会スタッフか、監視役が近づいているのかもしれない。
ボルドはユズルへ向き直った。
「進め、ユズル」
「でも」
「お前さんは、まだ落ちる場所を選ぶには早い」
ユズルの喉が詰まった。
「僕は、置いていくみたいで」
「違う」
ボルドは短く言った。
「託されて進むんじゃ」
その言葉は重かった。
でも、不思議と足元に沈むような重さではなかった。
前へ押されるような重さだった。
ユズルは、深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
「礼は、合格してから言え」
ボルドは笑った。
「あと、謝るな」
ユズルは口を開きかけて、閉じた。
言いそうになった言葉を飲み込む。
すみません。
その代わりに、別の言葉を出した。
「行ってきます」
「うむ」
ボルドは頷いた。
「今回は落ちん、と言いたかったがな」
少しだけ悔しそうに。
それでも穏やかに。
「まあ、次があるかは、治ってから考える」
それがボルドらしくて、ユズルは泣きそうになった。
シアンも深く頭を下げた。
「ボルドさん……僕、出口まで行きます」
「行け」
「そこで、自分で言います」
「それでよい」
ユズルはシアンの肩に手を置いた。
「行きましょう」
シアンは頷いた。
二人は坂道へ向かった。
崩れた岩棚を迂回し、細い岩道を進む。
後ろから、ボルドの姿が少しずつ遠ざかる。
ユズルは振り返りたかった。
何度も。
でも、振り返れば足が止まる気がした。
黒い子牛が横を歩いている。
ユズルは小さく言った。
「置いていくんじゃない」
丑は短く答えた。
「進め」
「……うん」
道は長くなかった。
坂を上がると、岩壁の切れ目が見えた。
その先に、光がある。
出口。
四次試験の出口だった。
出口前には、ガドルと協会スタッフが立っていた。
すでに何人かの受験者が到着している。
ニカの姿があった。
彼女は壁際に立ち、ユズルを見ると少しだけ顎を上げた。
グランもいた。
腕の傷は布で巻かれたままだが、無事に通過したらしい。
ユズルとシアンは、出口の線を越えた。
ガドルが視線を向ける。
「番号」
「二百四十一番、ユズルです」
ユズルは自分の守札と、トンパの札を差し出した。
ガドルが確認する。
「六点。通過」
その言葉が、静かに落ちた。
通過。
ユズルは通った。
でも、胸は軽くならなかった。
ガドルの視線がシアンへ移る。
「百八十九番」
シアンは震える手で、自分の守札を出した。
「三点。点数不足だ」
「はい」
シアンは小さく頷いた。
そして、顔を上げた。
声は震えていた。
でも、逃げてはいなかった。
「リタイアします」
ガドルは黙ってシアンを見た。
シアンは続けた。
「怖くなりました」
広場が少し静かになる。
「札を奪うことも、奪われることも、誰かを踏み台にして進むことも、怖いです」
彼は自分の守札を見た。
「でも、隠れて終わりたくありませんでした」
ユズルはシアンを見ていた。
「出口まで来て、自分の口で言いたかった」
シアンは深く息を吸った。
「僕は、ここで降ります」
ガドルは短く言った。
「受理する。百八十九番、リタイア」
その瞬間、シアンの肩から力が抜けた。
泣き出しそうな顔だった。
でも、泣かなかった。
シアンはユズルに向き直った。
「ありがとうございました」
ユズルは首を横に振った。
「僕は、出口まで一緒に来ただけです」
「それでも、です」
シアンは少しだけ笑った。
「僕、自分で言えました」
「はい」
「怖かったです」
「はい」
「でも、言えました」
ユズルは頷いた。
言葉が出なかった。
シアンは協会スタッフに案内され、リタイア者の待機場所へ向かった。
その背中は小さかった。
でも、谷で震えていた時とは少し違って見えた。
ニカが近づいてきた。
「二百四十一番」
「はい」
「通ったんだ」
「はい」
「その顔で?」
ユズルは自分の顔に触れた。
「変ですか」
「通過した顔じゃない」
「……ボルドさんが」
そこまで言って、言葉が詰まった。
ニカはそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ目を細めた。
「そう」
グランも近くに来た。
「爺さんは?」
ユズルは答えた。
「怪我をしました。続行は、たぶん無理です」
グランは舌打ちした。
「しぶとそうだったのにな」
「はい」
「死んでねぇんだろ」
「はい」
「なら、後で文句言える」
乱暴な慰めだった。
でも、少しだけ救われた。
しばらくして、協会スタッフがガドルに何かを報告した。
ガドルは記録を確認する。
そして、通過者たちへ向き直った。
「二百二十三番、トンパ。守札喪失により失格」
ユズルは静かに聞いていた。
「百八十九番、シアン。リタイア」
シアンは少し離れた場所で、その言葉を聞いていた。
「ボルド。負傷により試験続行不可。失格」
ユズルは目を閉じた。
失格。
その言葉は、冷たかった。
だが、ボルドの最後の顔は、冷たくなかった。
今回は悪くない。
そう言った。
その言葉を、ユズルは忘れないと思った。
ガドルは続ける。
「四次試験、終了」
岩場に風が吹いた。
乾いた風だった。
「通過者、十二名」
十二名。
ユズルは目を開けた。
ここまで来た。
でも、その数の中にボルドはいない。
シアンもいない。
トンパもいない。
ヒソカもいない。
残った者と、消えた者。
その差が、急に大きく見えた。
ユズルは首から下げた守札に触れた。
二百四十一。
自分の番号。
ここまで来た番号。
でも、自分一人でここまで来たわけではない。
助けられて。
託されて。
見送られて。
ここに立っている。
黒い子牛が隣に立つ。
ユズルは小さく言った。
「僕は、進む」
丑は短く答えた。
「決めたな」
「うん」
今度は、少しだけはっきり頷けた。
ボルドを助けきれなかった。
シアンを合格させられなかった。
それでも、二人は自分で終わり方を選んだ。
なら、自分も選ばなければならない。
進むことを。
ガドルの声が響く。
「これより、最終試験へ移る」
受験者たちの空気が変わった。
ユズルは顔を上げた。
ハンター試験は、まだ終わっていない。
だが、終わりは近づいている。
ユズルは乾いた岩場の向こうを見た。
その先に何があるのかは分からない。
けれど、もう立ち止まる場所ではなかった。
託されて進む。
その重さを抱えたまま、ユズルは次の試験へ向かった。