一次試験の出口は、森の中にあった。
地下迷路の冷たい空気を抜けた先には、湿った土の匂いと、木々のざわめきが広がっていた。
空が見える。
それだけで、ユズルは少しだけ呼吸が楽になった。
地下の中では、ずっと胸の奥を押さえつけられているようだった。天井があり、壁があり、行き止まりがあり、足元には罠がある。進むしかないのに、どこへ進んでいるのか分からない。
外へ出た今も、試験が終わったわけではない。
それでも、空が見えるだけで違った。
ユズルは森の空き地の端に立ち、荒い呼吸を整えていた。
受験番号二百四十一番。
一次試験通過。
ラゴウにそう告げられた時、膝から力が抜けそうになった。けれど、倒れなかった。座り込むこともしなかった。
黒い子牛が、隣に立っている。
丑は、いつものように隠で姿を伏せていた。
ユズルには見えるが、他の受験者たちには見えない。
一次試験中、ユズルは何度か丑の力を使った。
水路の手前で、橋代わりの木材を渡すために。
押し合えば落ちる場所で、ほんの少しだけ踏みとどまるために。
完全に守れたわけではない。
誰かを救えたと胸を張れるほどのことでもない。
それでも、立った。
自分で場所を決めて、そこに立った。
それは、第一話の船の中とは少し違っていた。
あの時は、逃げられなかっただけかもしれない。
丑に背中を押されたから、老人たちの前に立てただけかもしれない。
でも今回は、自分で道を選んだ。
自分で足を止めた。
自分で声を出した。
それが正しかったのかは分からない。
けれど、少なくとも、何も選ばなかったわけではなかった。
「二百四十一番」
声がした。
振り返ると、ニカがこちらへ歩いてきていた。
彼女は息も乱れていない。いや、よく見れば額に汗はあるし、肩もわずかに上下している。けれど、それを表に出さないだけだ。
ユズルは少し羨ましかった。
自分は、何でも顔に出る。
「体、平気?」
「はい。たぶん」
「たぶんって何」
「足が少し震えてます」
「正直だね」
ニカは笑った。
そして、ユズルの靴を見た。濡れて泥がつき、ところどころに地下水路のぬめりが残っている。
「あんた、あの湿った通路を選んだんだっけ」
「はい」
「よく通ったね。危険生物いたでしょ」
「大きな蛭みたいなのがいました」
「ああ、吸血ヒルモドキかな。噛まれた?」
「いえ」
「なら運がいい」
運がいい。
そう言われると、少し困る。
ユズルは、自分が運だけで通ったような気がしてしまう。
実際、運もあったのだろう。水路の木材がなければ、どうなっていたか分からない。大柄な女や細身の青年が手を貸してくれなければ、木材を動かすこともできなかった。
自分だけの力ではない。
それは確かだった。
「ニカさんは、どうでしたか」
「罠だらけ」
ニカは軽く肩をすくめた。
「床が抜ける、壁から矢が出る、偽の足跡がある、天井から網が落ちる。あと、通路の奥から子どもの泣き声が聞こえた」
「子どもの……」
「もちろん偽物。録音か、そういう鳴き声の生き物かは知らないけど」
ユズルは少しだけ息を呑んだ。
もし自分の通路でそんな声が聞こえていたら、どうしていただろう。
立ち止まったかもしれない。
戻ったかもしれない。
確かめに行ったかもしれない。
そう考えて、胸が重くなる。
ニカはユズルの表情を見て、少し呆れたように言った。
「あんた、想像だけで落ち込みすぎ」
「すみません」
「だから謝るなって」
また言われた。
ユズルは口を閉じた。
空き地には、少しずつ受験者が増えていた。
出口は一つだけではないようだった。森のあちこちにある穴や扉、崩れた石段から、受験者たちが出てくる。
ある者は泥だらけ。
ある者は負傷している。
ある者は肩を貸されている。
ある者は笑っている。
ある者は、何も言わずに地面を見ている。
そして、出てこない者もいた。
ラゴウの横に置かれた大きな砂時計は、残りわずかになっていた。
砂が落ちるたび、空き地の空気が重くなる。
ユズルは、地下で腹を押さえていた若者を探した。
いない。
トンパに缶をもらい、嬉しそうに飲んでいた新人。
途中で座り込み、ユズルが予備の水筒を置いてきた若者。
まだ、いない。
ユズルは出口の一つを見つめた。
出てくるかもしれない。
出てきてほしい。
そう思う。
しかし、時間は無情に減っていく。
黒い子牛が、ユズルの隣に立っている。
丑は何も言わない。
励ましもしない。
慰めもしない。
ただ、立っている。
その沈黙が、今は少しありがたかった。
安易に「大丈夫」と言われるより、ずっといい。
「見てても、時間は戻らないよ」
ニカが言った。
ユズルは視線を動かせなかった。
「分かってます」
「本当に?」
「……分かってるつもりです」
「つもり、ね」
ニカはそれ以上言わなかった。
その時、森の奥の出口から、一人の男が飛び出してきた。
トンパだった。
丸顔に汗を浮かべ、肩で息をしている。服の裾は泥で汚れているが、怪我はなさそうだった。
彼は空き地に出るなり、大げさに息を吐いた。
「いやあ、危なかった危なかった」
そう言いながら、近くにいた受験者に笑いかける。
まるで、本気で苦労してきたような顔だった。
ユズルは無意識に拳を握った。
トンパは生き残っている。
無事に通過している。
あの若者は、まだ来ていない。
胸の奥に、小さな怒りが生まれた。
怒り。
ユズルはその感情に驚いた。
自分は怒っているのか。
トンパに。
それとも、何もできなかった自分に。
分からない。
だが、胸の奥が熱かった。
丑ではなく、寅の月なら何か言ったかもしれない。
怒ってるくせに、と。
今は一月。
丑の月。
怒りをぶつける獣はいない。
ただ、立つ獣だけがいる。
トンパがユズルに気づいた。
にこにこと笑いながら、こちらへ歩いてくる。
「お、ユズルくん。通過したんだ。やるじゃないか」
ユズルは何も言えなかった。
トンパは、その表情を見て少しだけ目を細めた。
「どうした? そんな怖い顔して」
怖い顔。
自分がそんな顔をしているのかと、ユズルは思った。
「……あの人は」
「ん?」
「あなたから飲み物をもらっていた人です。地下で苦しそうにしていました」
言ってしまった。
ニカが横で少しだけ目を細める。
トンパは一瞬だけきょとんとした後、困ったように笑った。
「ああ、あの子か。体調管理も試験のうちだよ。俺のせいにされても困るなあ」
「でも」
「でも?」
トンパの笑顔は変わらない。
だが、目だけが笑っていなかった。
「この試験、誰かが飲ませたものを疑わず飲む奴が悪いんじゃないか?」
ユズルの喉が詰まった。
それは、間違いではないのかもしれない。
ここはハンター試験だ。
騙される方にも責任がある。
自分で選んだ結果だと言われれば、言い返せない。
けれど。
それでも。
「だからって、騙していい理由にはならないと思います」
声は小さかった。
でも、確かに出た。
トンパの笑顔が、少しだけ固まった。
周囲の数人がこちらを見る。
ユズルは、すぐに後悔しそうになった。
言いすぎたかもしれない。
怒らせたかもしれない。
この先の試験で邪魔されるかもしれない。
そんな考えが、次々に浮かぶ。
黒い子牛が、ユズルの横で静かに立っている。
逃げ道はある。
謝ることもできる。
ごまかすこともできる。
でも、ユズルは立っていた。
トンパは、ふっと笑った。
「真面目だねえ。そういう新人、嫌いじゃないよ」
その言葉は、嘘に聞こえた。
「まあ、頑張りなよ。そういう優しさがいつまで持つか、楽しみにしてる」
トンパは軽く手を振り、離れていった。
ユズルはその背中を見送った。
指先が震えている。
怒りを口にするだけで、こんなに疲れるのか。
ニカが隣で言った。
「珍しく謝らなかったね」
「……謝るところじゃないと思ったので」
「へえ」
ニカは少しだけ感心したような顔をした。
「一歩前進?」
「分かりません」
「そこは分かんないんだ」
「はい」
ユズルは小さく息を吐いた。
その時、砂時計の最後の砂が落ちた。
ラゴウが、片手を上げる。
「制限時間終了」
空き地が静まり返った。
その一言で、まだ出口に辿り着いていない者たちの失格が決まった。
ユズルは、森の出口を見た。
あの若者は、来なかった。
予備の水筒も、戻ってこない。
それでいい。
そう思おうとした。
でも、胸の奥に重さが残る。
ラゴウは通過者の番号を確認していた。
彼の表情には、哀れみも満足もない。ただ事実を数えているだけの顔だった。
「一次試験通過者、八十七名」
ざわめきが起きた。
地下に入った人数から、半分以上が落ちたことになる。
「この時点で脱落した者は、救助班が回収する。生存していれば、地上へ戻される。死亡していた場合は、遺体確認後、協会の規定に従って処理する」
死亡。
その言葉が、空き地に落ちた。
ユズルは、無意識に丑を見た。
死ぬかもしれない。
知っていたはずだった。
ハンター試験は危険だと、何度も聞いていた。
けれど、言葉として知っていることと、今この場所で聞くことは違った。
死ぬ。
誰かが帰れなくなる。
誰かの旅がここで終わる。
それでも試験は進む。
ラゴウは続けた。
「十分後、二次試験会場へ移動する。休憩はそれまでだ」
十分。
短い。
けれど、今のユズルにはありがたかった。
少しでも呼吸を整えたかった。
通過者たちは、それぞれ空き地に散った。
座り込む者。
傷の手当てをする者。
水を飲む者。
食料を口にする者。
他人の様子を観察する者。
一次試験が終わっても、気は抜けない。
誰もがそれを理解しているようだった。
ユズルは木の幹のそばへ移動し、水筒を取ろうとして、手を止めた。
予備は置いてきた。
残っているのは一本だけ。
節約しなければ。
そう思った時、ボルドが近づいてきた。
「水、いるかね」
「え?」
老人は小さな水筒を差し出していた。
「ワシはあまり飲まん。腹を冷やす」
「でも」
「毒は入っとらん」
ボルドは笑った。
ユズルは少し戸惑った。
トンパの件があったばかりだ。
差し出されるものを、何でも信じていいわけではない。
だが、ボルドはこれまでの道中で、何度か助言をくれた。少なくとも、トンパのような悪意は感じない。
それでも、疑うべきなのか。
ユズルが迷っていると、ボルドは満足そうに頷いた。
「うむ。その顔でよい」
「え?」
「迷うのは悪くない。疑うのも悪くない。問題は、疑った後どうするかじゃ」
ボルドは水筒を自分で少し飲んでから、改めて差し出した。
「これならどうかね」
ユズルは、その水筒を受け取った。
「ありがとうございます」
「礼は今でよい。休憩中だからな」
ボルドはにこにこと笑った。
ユズルは水を少しだけ飲んだ。
冷たい水が喉を通る。
ようやく体の奥に、少しだけ力が戻る気がした。
「ボルドさんは、どうしてハンター試験を受けているんですか」
ユズルはふと尋ねた。
ボルドは髭を撫でた。
「落ちたからじゃ」
「え?」
「一度落ちた。悔しかった。二度目も落ちた。もっと悔しかった。だから三度目じゃ」
「それだけですか」
「それだけで十分じゃろう」
ボルドは空を見上げた。
「若い頃は、宝探しだの名声だの色々言えたがな。今は、落ちたまま終わりたくない。それだけじゃ」
ユズルは黙った。
落ちたまま終わりたくない。
その言葉は、どこか自分にも近い気がした。
ヤクモに置いていかれたままでいたくない。
村の中で、何も選ばないままでいたくない。
怖いからといって、ずっと立ち止まったままでいたくない。
それは立派な目的ではないかもしれない。
でも、目的にはなる。
ボルドはユズルを見た。
「お前さんは、探し人だったな」
「はい」
「見つけたら、どうする」
ユズルは答えられなかった。
ヤクモを見つける。
ずっとそれだけを考えていた。
でも、見つけた後のことは、うまく考えられていない。
どうするのか。
文句を言うのか。
追いついたと言うのか。
また一緒に旅をしたいと言うのか。
なぜ置いていったのか、と聞くのか。
どれも本当で、どれも違う気がした。
「……分かりません」
「なら、見つけるまでに考えればよい」
ボルドはあっさり言った。
「間に合いますか」
「間に合わなければ、その時また考えればよい」
ユズルは少しだけ笑った。
ボルドの言葉は適当なようで、なぜか少し楽になる。
その時、ラゴウが手を叩いた。
「休憩終了。移動する」
通過者たちが立ち上がる。
ユズルも水筒を返そうとした。
ボルドは首を横に振る。
「持っておけ」
「でも」
「予備を置いてきたんじゃろう」
ユズルは驚いた。
「どうして」
「お前さん、戻ってきてから水筒を探す手つきが一本分足りんかった」
「……見てたんですか」
「年寄りは見るのが仕事じゃ」
ボルドは笑った。
「返すのは試験が終わってからでよい。終わる前にワシが落ちたら、もらっておけ」
「そんな」
「冗談じゃ」
本当に冗談なのか分からなかった。
ユズルは水筒を大事にしまった。
「ありがとうございます」
「うむ」
移動が始まった。
一次試験通過者八十七名は、ラゴウと協会スタッフに誘導されて森の奥へ進んだ。
森は深い。
だが、地下とは違い、空がある。鳥の声がある。木漏れ日がある。
それだけで少し気持ちが軽くなる。
しかし、周囲の受験者たちの空気は重かった。
一次試験で、かなりの人数が消えた。
冗談のように笑っていた者も、今は口数が少ない。
トンパは、相変わらず誰かに話しかけている。
落ち込んでいる受験者を慰めるような顔で。
ユズルはその姿を見るたびに、胸の奥がざわついた。
ヒソカは、少し離れたところを歩いている。
彼は一次試験の結果にも、脱落者にも、まったく興味がなさそうだった。
ただ時折、周囲の受験者を眺め、値踏みするような目を向けている。
その視線がこちらへ来ないことを、ユズルは祈った。
祈った直後、自分がまた逃げ道を探していることに気づく。
だが、今はそれでもいいのかもしれない。
怖いものを怖いと思う。
その上で、足を止めない。
それが今の自分にできることだ。
しばらく歩くと、森が開けた。
そこには、大きな建物があった。
石と木で作られた、古い食堂のような建物。
外壁には蔦が絡み、煙突から白い煙が上がっている。
空気に、香ばしい匂いが混ざった。
焼いた肉。
煮込んだ野菜。
香辛料。
甘い果物。
空腹が一気に思い出された。
周囲の受験者たちも、ざわめく。
「飯か?」
「二次試験って料理か?」
「食えばいいのか?」
ラゴウは建物の前で立ち止まった。
「ここが二次試験会場だ。私はここまで」
建物の扉が開いた。
中から、二人の人物が出てきた。
一人は、背の高い女性だった。
長い黒髪を後ろでまとめ、袖をまくっている。腕は細いが、筋肉の線がしなやかに見える。腰には包丁を何本も下げており、その立ち姿は料理人というより剣士に近かった。
もう一人は、小柄な男だった。
丸眼鏡をかけ、白い調理服を着ている。柔らかそうな顔をしているが、目は妙に鋭い。手には大きな木べらを持っていた。
背の高い女性が、受験者たちを見渡した。
「一次試験通過、お疲れさま」
声は明るい。
だが、どこか圧がある。
「私は二次試験官、ミナリ。美食ハンター」
小柄な男が続いた。
「同じく二次試験官、ロッカ。調理技術と食材鑑定を専門にしている」
美食ハンター。
ユズルは少し意外だった。
ハンター試験と料理。
すぐには結びつかない。
しかし、HUNTER×HUNTERの世界では、食材を求めることも、未知の味を探すことも、ハンターの仕事なのだろう。
ミナリはにっこり笑った。
「二次試験は、料理です」
受験者たちの間に、明らかな緩みが走った。
一次試験の地下迷路に比べれば、料理は平和に聞こえる。
ユズルも一瞬、少しだけ安心しかけた。
しかし、ミナリはその笑みのまま続けた。
「ただし、食材は自分たちで捕ってきてもらいます」
森の奥から、枝が折れる音がした。
受験者たちの視線が、一斉にそちらへ向く。
低い唸り声ではない。
鋭く、短い警戒音だった。
次の瞬間、木々の間を銀灰色の影が走り抜けた。
光を弾く甲殻のような外皮。
刃物のように分かれた角。
細く長い脚。
大きく震える耳。
それは一瞬だけ姿を見せると、森の奥へ消えた。
速い。
ユズルは、そう思った。
力強いというより、逃げるために研ぎ澄まされた速さだった。
ロッカが木べらで森を指した。
「あれが、今回の課題食材だ」
受験者たちがざわつく。
ミナリが指を一本立てた。
「課題食材は一つ」
ロッカが淡々と告げる。
「鎧鹿」
ユズルはその名前を心の中で繰り返した。
鎧鹿。
猪ではない。
熊でもない。
鹿。
だが、ただの鹿ではない。
森の奥で、また短い警戒音が響いた。
ミナリが説明を続ける。
「硬い甲殻状の外皮を持つ大型の鹿です。足が速く、警戒心が強い。正面から追えば逃げられます。力任せに追い詰めれば、刃のような角で腹を裂かれます」
受験者の何人かが顔をしかめた。
ロッカが木べらを肩に乗せる。
「肉は繊細だ。恐怖で暴れさせすぎると筋肉が硬直し、味が落ちる。傷つけすぎても駄目だ。捕獲、血抜き、解体、火入れ。すべてを見る」
料理ができるだけでは駄目。
狩りができるだけでも駄目。
獲物を理解し、扱わなければならない。
ユズルは森を見た。
鎧鹿の姿が、頭に残っている。
あれは、怖がっていた。
人間の気配に気づき、逃げ道を探し、森の奥へ消えた。
ただ暴れる獣ではない。
逃げる獣だ。
ユズルは、なぜか胸の奥が少し痛んだ。
逃げる。
追われる。
怖いから、逃げ道を探す。
それは、自分にもよく分かる感覚だった。
ミナリが笑った。
「制限時間は二時間。食材は一人一頭でなくて構いません。複数人で一頭を捕り、分けてもよし。奪ってもよし。ただし、提出料理は一人一皿。味、処理、火入れ、食材への理解で判断します」
受験者たちがざわめく。
料理ができる者。
できない者。
狩りができる者。
できない者。
一次試験とは、まったく違う能力が求められている。
ミナリは最後に言った。
「ハンターは、未知のものを見つけ、手に入れ、扱い、味わう職業でもあります。獲っただけで満足する人は、ここで落ちてください」
その言葉で、受験者たちの顔つきが変わった。
試験は、また始まる。
ニカがユズルを見た。
「料理、できる?」
「少しなら」
「狩りは?」
「山では小動物を捕ったことがあります。でも、大型の鹿は……」
「ない、って顔だね」
「はい」
ユズルは森を見た。
鎧鹿。
警戒心が強く、足が速く、追い詰めすぎると危険な食材。
丑なら、突進を受け止めることはできるかもしれない。
けれど、鎧鹿はきっと正面から来ない。
怖ければ逃げる。
追えば逃げる。
逃げ道がなければ、角で暴れる。
ただ受け止めればいい試験ではない。
守るだけでは、食材は手に入らない。
ユズルは、自分の手を見た。
選んだ道を歩き切る足。
立つ場所を決める力。
次は、何を問われるのか。
森の奥で、鎧鹿がまた短く鳴いた。
その声は、威嚇というよりも、警戒だった。
黒い子牛が、静かに前を見る。
ユズルは息を吸った。
二次試験が、始まろうとしていた。