三次試験の終了を告げる鐘が鳴った。
低く、乾いた音だった。
岩場に囲まれた円形施設の広場に、その音がゆっくりと広がっていく。
ユズルは壁際に立ち、息を整えていた。
体は重い。
足にはまだ、沈黙の回廊で丑を使った時の疲れが残っている。
中央の床を支えた感覚。
足元から体の内側が削られていく感覚。
グランに紐を引かれ、崩れ落ちる床から引き上げられた感覚。
どれもまだ、体に残っていた。
黒い子牛は、ユズルの隣に立っている。
丑は隠で姿を伏せたまま、いつものように無口だった。
だが、ユズルにはその存在がはっきり分かる。
そこにいる。
何も言わず、ただ立っている。
それだけで、ユズルは少し呼吸がしやすくなった。
「三次試験、全組終了」
三次試験官ガドルの声が、広場に響いた。
受験者たちの視線が彼へ集まる。
ガドルは手元の記録を確認し、淡々と告げた。
「三次試験通過者、三十四名」
ざわめきが起きた。
二次試験を通過した五十二名のうち、ここに残ったのは三十四名。
また、減った。
ユズルは広場を見回した。
ニカはいた。
彼女は大柄な女と少し離れた場所に立っている。服は汚れているが、大きな怪我はないようだった。
ボルドもいた。
杖をつき、眼鏡をかけた少年の隣に座っている。少年はひどく疲れた顔をしていたが、無事だった。
グランは少し離れた岩壁にもたれ、腕に残った針の傷を布で巻いている。
ユズルが視線を向けると、彼は一瞬こちらを見た。
そして、すぐに目を逸らした。
だが、以前のような苛立ちだけの目ではなかった。
トンパも残っていた。
丸顔に笑みを浮かべているが、三次試験で組んだ筋肉質の若い男は、肩を押さえてうつむいている。
その表情には、疲れだけではなく、どこか疑いの色があった。
そしてヒソカ。
受験番号百一番。
彼は広場の端に立ち、退屈そうにカードを弄んでいた。
三次試験を通過したことなど、当然だと言うような顔だった。
その隣には、彼と組んだ長髪の男がいた。
男は地面に座り込み、青ざめた顔で震えている。
怪我らしい怪我はない。
だが、目だけが壊れたように揺れていた。
何を見たのか。
何をされたのか。
ユズルには分からない。
でも、その震えを見るだけで、十分だった。
ヒソカという男は、ただ強いだけではない。
相手の心のどこかを、簡単に折ることができる。
そう感じた。
ガドルは受験者たちを見渡した。
「通過者はこのまま待機。四次試験の準備が整い次第、移動する」
誰かが息を吐いた。
休憩。
そう思いたい空気が、受験者たちの間に流れかける。
だが、誰も完全には気を抜かなかった。
ここまで来た者たちは、知っている。
ハンター試験では、休憩という言葉が安全を意味しないことを。
ユズルは近くの岩に腰を下ろそうとして、やめた。
座ると、立ち上がるのに時間がかかる気がした。
今はまだ、立っていたかった。
ニカが近づいてきた。
「通ったね」
「はい」
「グランと組んだんでしょ。よく無事だったね」
「グランは、思ったより……」
「思ったより?」
ユズルは少し考えた。
何と言えばいいのか分からなかった。
乱暴だった。
怖かった。
すぐ怒った。
念を気味悪がった。
でも、助けられた。
「約束は守る人でした」
ニカは少し意外そうに目を細めた。
「へえ」
「たぶん」
「そこはまだ、たぶんなのね」
ユズルは小さく頷いた。
少し離れた場所から、グランがこちらを睨んでいた。
「聞こえてんぞ」
ユズルは少し肩を跳ねさせた。
「すみません」
「謝るな」
グランはそれだけ言うと、また腕の布を巻き直した。
ニカが笑いをこらえるように口元を押さえた。
「なんか、少し仲良くなってない?」
「なってません」
ユズルとグランの声が、ほとんど同時に重なった。
ニカは今度こそ笑った。
その時だった。
広場の入口側から、別の足音が響いた。
こつん。
こつん。
こつん。
受験者たちの視線が、そちらへ向く。
円形施設の通路から、一人の男が現れた。
長い黒髪を後ろで束ねている。
鋭い目。細い顔。身軽そうな服装。腰には刀のような武器を差していた。
動きに無駄がなく、歩いているだけで周囲の受験者を自然に下がらせる圧があった。
ただ者ではない。
ユズルはすぐにそう感じた。
ガドルがその男を見て、わずかに頷く。
「遅かったな、トガリ」
トガリ。
ユズルはその名を覚えた。
トガリと呼ばれた男は、受験者たちを一瞥した。
「四次試験の準備はほぼ整った。移動前に、通過者の危険度確認を行う」
声は冷たかった。
ガドルが説明する。
「トガリは四次試験の監視補佐だ。以降、試験進行中に受験者の危険行為が確認された場合、彼の判断で警告を行うことがある」
受験者たちがざわつく。
警告。
危険行為。
トガリはそのざわめきを気にも留めず、広場の中を歩いた。
そして、ある一点で足を止めた。
ヒソカの前だった。
ヒソカはカードを指で回しながら、顔を上げる。
「ん?」
軽い声だった。
まるで知り合いに呼び止められたような調子。
トガリは表情を変えなかった。
「百一番。ヒソカ」
ヒソカは薄く笑った。
「なにかな?」
「お前には警告しておく」
空気が少し変わった。
ユズルの背中に、冷たいものが走る。
ニカの表情も消えた。
グランが腕を巻く手を止めた。
ボルドが杖を握り直した。
トガリは続ける。
「次に試験官、補佐官、協会関係者への挑発、または明確な殺意を向けた場合、即時失格とする」
ヒソカは、カードを止めた。
ほんの一瞬だけ。
それから、ゆっくりと首を傾げた。
「殺意って、どこからが殺意なのかな?」
声は穏やかだった。
それなのに、ユズルの喉が乾いた。
ヒソカは笑っている。
「思っただけなら、まだ安全?」
トガリは答えない。
ヒソカの指先でカードが一枚、ひらりと回った。
「試験官を殺したら失格?」
周囲の受験者が息を呑む。
ヒソカは続けた。
「半分くらいなら?」
その瞬間だった。
空気が、薄くなった。
いや、違う。
重くなったのではない。
鋭くなった。
丑の「不動の牛歩」が作る重さとはまったく違う。
ユズルの丑は、地面に根を張るような重さを持つ。そこにあるものを動かさず、崩さず、踏みとどまらせる力だ。
だが、ヒソカの周囲に生まれたものは違った。
薄い。
鋭い。
肌の表面を撫でるだけで切れそうな気配。
呼吸をすれば、肺の内側まで裂かれそうだった。
これが念なのか。
ユズルは思った。
自分も念を使える。
発もある。
丑もいる。
でも、これは違う。
ヒソカは、念を持っているのではない。
念が、ヒソカの呼吸の一部になっている。
自分とはまるで違う。
トガリが、わずかに腰を落とした。
刀の柄に手をかける。
「それ以上、口を開くな」
「怖いなあ」
ヒソカは笑う。
楽しそうだった。
心底、楽しそうだった。
トガリの目が細くなる。
「最後の警告だ」
「うん」
ヒソカが頷いた。
「じゃあ、最後にするね」
次の瞬間、トガリが動いた。
速かった。
ユズルの目では、最初の一歩しか追えなかった。
トガリの体が低く沈み、刀が抜かれる。
刃が光を引いた。
普通の受験者なら、それだけで終わっていただろう。
そのくらい、速く、鋭い動きだった。
しかし、ヒソカはそこにいなかった。
半歩。
たぶん、それだけだった。
ヒソカはほんの少しだけ体をずらし、トガリの刃を避けた。
そして、カードが舞った。
何が起きたのか、ユズルには見えなかった。
見えたのは、結果だけだった。
トガリの腕から、血が噴き出した。
赤い線が空中に走る。
受験者の誰かが悲鳴を上げた。
トガリは後ろへ跳び、すぐに体勢を立て直した。
片腕から血が流れている。
だが、目は折れていない。
トガリは強い。
ユズルはそう思った。
あれだけの傷を受けても、まだ前を見ている。
念を纏い、呼吸を整え、次の一手を探している。
自分とは違う。
念能力者として、足腰ができている。
ヤクモの言葉が頭を過ぎる。
『発があることと、念能力者として強いことは別だ』
その意味が、目の前にあった。
トガリは本物だ。
だが。
ヒソカは、それを見て笑っていた。
まだ遊びの途中だという顔だった。
「いいね」
ヒソカが言った。
「思ったより、壊れにくい」
トガリの気配が変わる。
怒り。
殺気。
そして、職務としての冷静さ。
それらが混ざり合い、鋭い線になる。
トガリが再び踏み込もうとした時、広場の端で、眼鏡の少年が動いた。
ボルドと組んでいた少年だった。
三次試験では、ボルドと共に通過した受験者。
飛行船の食堂で、トンパの話を聞いていた少年でもある。
少年は顔を真っ青にしながら、トガリとヒソカの方へ一歩踏み出していた。
逃げようとしたのか。
助けに行こうとしたのか。
あるいは恐怖で方向を間違えたのか。
分からない。
だが、その先は危険だった。
トガリとヒソカの間合いに近い。
あの鋭い空気が漂う範囲。
そこに入れば、巻き込まれる。
ユズルの体が動いた。
ヒソカの方へではない。
トガリの方へでもない。
少年の前へ。
「二百四十一番!」
ニカの声が聞こえた。
制止だったのか、警告だったのかは分からない。
ユズルは止まらなかった。
ただし、ヒソカには近づかない。
トガリにも近づかない。
少年と、危険な間合いの間。
そこに立つ。
黒い子牛が、ユズルの横に出る。
隠で姿を伏せたまま、丑の密度が増した。
ユズルは少年に向かって、小さく言った。
「ここから先には、行かないでください」
少年は、目を見開いていた。
聞こえているのかも分からない。
ヒソカの殺気に呑まれ、トガリの血に目を奪われ、足だけが勝手に前へ出ていたのかもしれない。
だから、ユズルは足元に力を込めた。
「ここは、通しません」
不動の牛歩。
ただし、ヒソカを止めるためではない。
トガリを守るためでもない。
少年を、これ以上前へ出さないため。
それだけの一点。
ユズルが決めた場所は、少年と危険範囲の境目だった。
空気が、ほんの少し重くなる。
少年の足が止まった。
彼はびくりと体を震わせる。
見えない壁に触れたように。
ユズルは振り返らずに言った。
「下がってください」
少年は唇を震わせた。
「で、でも」
「下がってください」
ユズルの声も震えていた。
怖かった。
ヒソカの方を見たくない。
トガリの血も見たくない。
今すぐ逃げたい。
それでも、ここだけは退かない。
ヒソカの前には立てない。
今の自分では、絶対に立ってはいけない。
でも、この少年の前には立てる。
ここなら。
ここだけなら。
ボルドが少年の腕を掴んだ。
「下がるぞ」
少年はようやく我に返ったように頷き、ボルドに引かれて後ろへ下がった。
ユズルはその場に立ったまま、ようやく息を吸った。
その時、背後で戦いが動いた。
トガリが三度目の踏み込みをした。
今度は刀ではなく、足運びが変わった。
真正面ではない。斜めに入り、ヒソカの死角へ滑り込む。
トガリは強い。
ユズルは改めてそう感じた。
傷を負った状態で、なお戦い方を変えられる。
だが、ヒソカは笑っている。
カードが増えた。
一枚。
二枚。
三枚。
白い紙片のように見えたそれが、次の瞬間には刃になった。
トガリの足が止まる。
いや、止められた。
何かが絡んだのか。
引かれたのか。
ユズルには分からない。
トガリの体勢が、ほんのわずか崩れた。
そのほんのわずかで、十分だった。
ヒソカが懐へ入った。
音が消えた。
次の瞬間、トガリの体が地面に叩きつけられた。
血が石畳に散る。
腕。
脚。
肩。
複数の傷が見えた。
トガリは動こうとした。
だが、体が言うことを聞いていないようだった。
それでも彼はヒソカを睨んでいた。
ヒソカは、倒れたトガリを見下ろしている。
表情は変わらない。
笑っている。
ユズルの胃が冷えた。
これは戦いではない。
少なくとも、ヒソカにとっては違う。
遊びだ。
壊れるか壊れないかを確かめる遊び。
ガドルが動いた。
その瞬間、広場の四方から協会スタッフが走り出した。
ラゴウもいた。ミナリとロッカの姿も見える。
試験官たちが一斉に動く。
ヒソカは倒れたトガリへもう一歩踏み出そうとしていた。
ガドルの声が響く。
「百一番、ヒソカ」
その声には、怒りよりも冷たい決定があった。
「失格だ」
広場が静まり返った。
失格。
ヒソカは足を止めた。
そして、少しだけ残念そうに肩をすくめる。
「残念。もう少し遊べると思ったんだけど」
トガリは、血の混じった息を吐きながらヒソカを睨んでいる。
ヒソカはその視線を、楽しそうに受け止めた。
「また今度ね」
その言葉が、トガリに向けられたのか、他の誰かに向けられたのか、ユズルには分からなかった。
協会スタッフがトガリを囲む。
医療班が傷を確認し、止血を始める。
受験者たちは誰も動かない。
動けない。
トンパですら、笑っていなかった。
彼の顔からいつもの親切そうな笑みが消えている。
額に汗が浮かび、口元がわずかに引きつっていた。
「今年は……ちょっと、割に合わないな」
誰にも聞こえないような小声だった。
だが、ユズルには聞こえた。
トンパが初めて、本気で引いたように見えた。
グランは少し離れた場所で、固い顔をしていた。
「あれは無理だ」
彼が低く呟く。
ユズルは振り返った。
グランはヒソカを見ている。
「念がどうとかじゃねぇ。あれは、近づいたら終わるやつだ」
ユズルは何も言えなかった。
同じことを感じていた。
自分が念能力者であることなど、何の安心にもならない。
丑がいることも、発があることも、あの男の前では理由にならない。
ヒソカのいる場所には、今の自分は立てない。
立ってはいけない。
それは敗北感に近かった。
でも、違う気もした。
逃げたのではない。
守る場所を選んだのだ。
ユズルは自分の足元を見た。
自分が立っていた場所。
少年を止めた境目。
そこには何も残っていない。
けれど、確かに自分はそこに立った。
ヒソカが、ふとこちらを見た。
ユズルの心臓が跳ねる。
ヒソカの視線は、まっすぐユズルを捉えていた。
いや、ユズルの隣にいる黒い子牛も、まとめて見ているようだった。
ヒソカはゆっくりと歩いてくる。
試験官たちが警戒する。
だが、ヒソカはもう攻撃しなかった。
失格になった受験者として、広場を出ていくだけ。
その途中に、ユズルがいる。
ユズルは動けなかった。
丑が隣に立っている。
逃げたい。
下がりたい。
目を逸らしたい。
それでも、ユズルはその場にいた。
ヒソカはユズルの少し前で足を止めた。
近い。
近すぎる。
ヒソカは微笑んだ。
「君は来なかったんだね」
ユズルは喉が動かなかった。
言葉が出ない。
ヒソカは、ユズルが自分の前に立たなかったことを知っている。
見ていた。
そのうえで、笑っている。
ヒソカは続けた。
「うん」
ほんの少し、満足そうに。
「それでいい」
それだけだった。
ヒソカはユズルの横を通り過ぎ、広場の出口へ歩いていく。
誰も止めない。
いや、止められない。
ガドルも、ラゴウも、ただ警戒しながら彼を見送っている。
失格者として退場する男が、まるで勝者のように広場を去っていった。
ヒソカの背中が通路の奥へ消える。
ようやく、広場に息が戻った。
誰かが深く息を吐く。
誰かが座り込む。
誰かが悪態をつく。
医療班はトガリを担架に乗せ、急いで運び出そうとしていた。
トガリはまだ意識があるようだった。
目だけが、ヒソカが消えた通路を睨んでいる。
あの目を、ユズルは忘れられないと思った。
怒り。
屈辱。
恐怖。
それでも消えない執着。
何かが、あの人の中に刻まれた。
ユズルはそう感じた。
ボルドが近づいてきた。
眼鏡の少年を連れている。
少年は青ざめていたが、先ほどよりは呼吸が落ち着いていた。
「助かった」
ボルドが言った。
ユズルは首を横に振った。
「僕は、少し止めただけです」
「それが助かったのじゃ」
ボルドは静かに言った。
眼鏡の少年も、小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
ユズルはどう答えればいいか分からなかった。
礼を受け取るのは、まだ少し苦手だった。
でも、謝ることではない。
ユズルは小さく頷いた。
「無事で、よかったです」
ニカが隣に来た。
「ヒソカの方に行かなかったね」
ユズルは俯いた。
「行けませんでした」
「違う」
ニカは短く言った。
「行かなかったんでしょ」
ユズルは顔を上げる。
ニカは、ヒソカが去った通路を見ていた。
「あれに突っ込んでたら、あんた死んでたよ」
「……はい」
「だから、正解」
正解。
その言葉は、ヒソカの「それでいい」と似ているようで、全然違って聞こえた。
ユズルは自分の手を見た。
まだ震えている。
怖かった。
今も怖い。
ヒソカの気配を思い出すだけで、喉が詰まる。
でも、少年を止めた時の感覚も残っている。
ここから先には行かせない。
ヒソカを止めるためではない。
誰かを倒すためでもない。
自分が守れる範囲を決めるために、立った。
それは、小さなことだった。
トガリを救えたわけではない。
ヒソカを止めたわけでもない。
試験全体を変えたわけでもない。
でも、一人を危険範囲から下げた。
それだけは、できた。
黒い子牛が隣に立っている。
ユズルは丑を見た。
「僕には、立てない場所がある」
小さく呟いた。
丑は答えない。
ユズルは続けた。
「でも、立てる場所まで見失ったら駄目なんだ」
丑が、ようやく短く言った。
「決めたな」
ユズルは少しだけ息を吸った。
「うん」
決めた。
どこにでも立てるわけではない。
今の自分では、まだ届かない場所がある。
近づいてはいけない場所がある。
守れないものがある。
でも、それを理由に何もしない自分にはなりたくない。
守れる場所を選ぶ。
そこだけは、退かない。
ガドルが受験者たちへ向き直った。
トガリが運ばれ、ヒソカが消えた後の広場には、重い沈黙が残っていた。
ガドルはその沈黙を切るように言った。
「失格者一名。百一番、ヒソカ」
誰も声を出さなかった。
「四次試験は予定通り行う。ただし、開始時刻を一時間遅らせる。通過者はこの場で待機」
予定通り。
その言葉が、ユズルには恐ろしく聞こえた。
人が半殺しにされても。
試験官補佐が運ばれても。
ヒソカが失格になっても。
試験は続く。
ハンター試験は止まらない。
受験者たちは、それぞれの場所で沈黙していた。
グランは腕の傷を押さえたまま、空を見上げている。
ニカは刃物の柄に触れ、何かを考えている。
ボルドは眼鏡の少年の背を軽く叩いている。
トンパは、いつもの笑顔を戻そうとして、うまく戻せないでいる。
ユズルはその場に立っていた。
丑と共に。
広場に吹く乾いた風が、血の匂いを少しずつ薄めていく。
けれど、ヒソカの残した鋭さは、まだ空気の中に残っているようだった。
ユズルは拳を握った。
自分はまだ弱い。
発はある。
獣もいる。
でも、念能力者としてはまだ足腰ができていない。
ヒソカのいる場所には立てなかった。
でも、立てる場所はあった。
その違いを、忘れてはいけない。
四次試験は、まだ始まっていない。
けれどユズルは、この日一つ、試験とは別のことを学んだ。
立つとは、どこにでも立つことではない。
立つ場所を選ぶことだ。