シェリーと助手君の事件簿①温泉旅館とファーストキス 作:メリーさんのアモル
「まず一階に降りると、右手が倉庫ですねー」
シェリーとあなたはエマとヒロと別れた後、一階の館内図作成に取り掛かった。
「倉庫の扉は……鍵がかかってますね、開かないみたいです」
「従業員しか入れないみたいだね」
当たり前のように扉をガチャガチャするシェリーにあなたはちょっと冷や汗を浮かべつつ、応じる。
(今の、従業員に見られたらどう思われるだろう)
明らかに怪しい客に違いない。泥棒と思われても不思議ではない。
「ちょっといいかな」
「はい、すみません!」
突然、第三者から声をかけられ、思わず謝罪するあなた。
「はい、なんでしょう?」
一方、シェリーはそんな事を気にした様子もなく応じる。
そこに立っていたのは茶色のトレンチコートを来て、室内にも拘らずボウラーハットを被った厳しい目の男性だった。
「いや、今、倉庫を開けようとしていたね」
「はい、施錠チェックです!」
「なるほど? 見た所従業員ではなさそうだけど」
「そうですよ。201号室の橘シェリーです。こっちは助手君」
「ど、どうも、シェリーの助手です」
こんな場面でも堂々と名乗るシェリーには恐れ入る。あなたは恐々としつつも名乗る。
「助手? 若く見えるけど、何か特別な生業でも?」
「はい、探偵をしてます! 事件あるところにこの名探偵あり、お任せ下さい!」
「ふむ、探偵ね。君達のような探偵のことは聞いたことがないが」
「あ、信じてませんね。これでも数々の殺人事件に立ち会ってきたんですから!」
顎を撫でる男性にシェリーが虫眼鏡を手に言い返す。
「あの、聞いたことがない、ってことはなにか探偵と関係のあるご職業なんですか? 記者様とか?」
あなたはふと気になった事を問いかける。
「あぁ、名乗っていなかったね。私は205号室の
「警部さん! なにか事件ですか?」
名乗ると同時、目を輝かせてレイドに詰め寄るシェリー。
「いや、今日は休暇でね。というより、事件の長期捜査が終わって、溜まっていた有給休暇を消化しているところなんだよ」
「そうだったんですね、お疲れ様です」
二人で頭を下げる。
「あぁいや、そんな。そんなことより、話を戻させてくれ。探偵さんとその助手君は何をしていたのかな?」
「館内図を作っている途中です」
「館内図?」
「はい! 事件が起きた時、間取り図がないとミステリとは言えませんから」
「ちょっと、警部さんの前で不謹慎だよ」
シェリーの言葉にあなたが慌てて止めるが、シェリーはなんでですか? と首を傾げる。
「ははは。元気の良い探偵さんだね。倉庫から何かを盗もうとする不埒の輩かと思って声をかけたが、不要な心配だったようだ」
レイドが笑う。
「それじゃ、私は部屋に戻るよ。あ、そうそう、倉庫の左隣はリネン室、そのさらに左は従業員室だ。鍵はかかっていないが、あんまり関係者以外が入るものじゃないぞ」
そう言って、レイドが立ち去っていく。
最後の方の反応的に、「探偵ごっこ」的なものと認識されている気がするが、まぁ間違っていないので、あなたとしては不服はない。シェリーと楽しめれば本物の探偵だろうが、探偵ごっこだろうがこだわりはない。
と考えているうちに、シェリーはもう次の部屋の確認に移動しており。
「あ、助手君。リネン室の扉は本当に開いてますよー」
などと大きな声を上げるので、あなたは慌ててシェリーの元に追いつくのだった。
「大きなシーツを入れたカートがたくさん並んでますね。色々隠すのに便利そうです。覚えておきましょう」
「そうだね」
死体を運ぶ、凶器を隠す、色々な使い道がありそうだ。
「あ、向かいは厨房なんですね」
リネン室を出てシェリーが言う。
「本当だね。リネン室の隣にある従業員室と2つ合わせたくらいの大きさだから、結構大きいね」
あなたも頷く。
「厨房の中と言えば凶器の宝庫です! 中を確認しましょう!」
「ダメダメ。厨房の中なんて、衛生管理の観点から言っても、関係者以外が勝手に入っちゃダメだよ」
あなたは飲食店でアルバイトしていたこともあったので、厨房の衛生管理の厳しさをよく知っていた。
「そうですか。ではやめておきましょう」
幸い、素直にシェリーは頷き、次の部屋に視線を向けた。
「で、次が従業員室ですね。ここも入るのはやめておいたほうが良さそうですね」
「そうだね」
「でも、どんなものがあるのか少し気になりますよね。凶器とかあるかもしれませんし」
「確かにね。まぁ、ミステリなら僕らが入れないところに凶器はないよ。『探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない』だもの」
「お、ノックスの十戒ですね。まぁ、現実はミステリとは違いますけど、私達で事件を想像する分にはそれで納得するしかないですねー」
そういって、シェリーは笑った。
そして、そのままさらに左の部屋を見ると。
「男湯、と書いてありますね」
「その隣は女湯みたいだね」
「露天風呂以外に屋内の温泉があるんですねー、助手君はどっちが好みですか?」
「ボクは露天風呂がいいなー。折角冷えない夏に来たんだし、露天風呂を満喫したいよ」
「いいですねー。じゃあこの探検が終わったら早速露天風呂に行きましょうか」
「そうだね」
頷きあって、男湯と従業員室の間くらいにある丁字まで戻ってくる。
女湯の方から歩いてきて右の廊下を進むと、右手に男湯と女湯の表示がある。
「こっちが露天風呂ですね」
「位置関係的にやっぱり庭園や屋上庭園から見えたのはこの露天風呂みたいだね」
「で、振り向くと、厨房ですか。お風呂から出てすぐに食事に出来るわけですね」
「まぁ、この旅館は食事の時間は決まってるみたいだけどね」
そして最後に。
「あ、ここから庭園に出られるんですね」
厨房と露天女湯の間。廊下の末端に扉があった。
「本当だね。入ってきた時は気付かなかったから、ちょっと奥まった位置にあるのかな?」
と、扉を開けようとすると鍵がかかっていた。
「出入り禁止みたいですねー」
「くもりガラスで外も見えないし、どこと繋がってるのかちょっと分からないね。外から回り込んでみる?」
「そうですねー」
一度エントランスから外に出て、庭園に出る。
すると大きな木の裏に扉があるのを発見した。
「ここみたいですね」
「使いにくそうなところにある扉だね。普段は使われていないのかも。エントランスが使えないときの非常口とかかな?」
そう頷いて、二人はエントランスからロビーに戻ってくる。
「お、さっき下で騒いどった子らやな?」
すると、一組の男女が立っていた。
「ちょっと、関東まで来て関西弁なんてやめてよ」
「なんでや、かまへんやろ」
女性がたしなめるが、男性は首を傾げる。
「ワイは、
「あ、橘シェリーです、こっちは助手君」
「どうも、助手です」
「聞こえとったで、探偵さんらしいな」
二人の名乗りにダンが頷く。
「はい、ちなみにお二人はどの部屋にお泊りですか?」
「206号室や。あのレイドいう警部さんの隣やな」
「そうですか。ちなみに、もう片方の207号室の方とはお会いしましたか?」
「あぁ。確か、
「ちょっと、他人の情報を勝手に話したりして」
ダンの言葉にエリカが注意する。
「ええやんええやん、どうせここでちょっと会った後はすぐ離れ離れになるもんどうしや。袖振り合うのもなんとやら、っちゅーやろ」
「なんか意味が違うような」
「仲の良い兄妹みたいですね」
「だね」
「おう、ワイらは仲良えで、仲良し選手権にも出られるわ」
ガハハ、と笑うダン。
「じゃあ、私達はこれから、温泉に入る予定なのでこの辺で」
そう言って、シェリーが階段に向かう。
「おう、楽しみやー」
ダンもそれを笑いながら見送った。
「これで登場人物は全員でしょうか? ヴァン・ダインの第十一則に則れば女将さんや従業員は犯人にはなり得ませんよね?」
「ヴァン・ダインの二十則かぁ」
階段を登りながらそんな事を言うシェリーにあなたは考える。
「あれ、助手君。相変わらず、ヴァン・ダインの20則は苦手なんですか?」
「だって、例えば、20則目は簡単に言うと『陳腐なトリックはやめろ』だよ? 使い古されたトリックもうまく流用すれば面白いトリックになりうるんじゃないかな、とボクは思うんだよね」
「それに、さ」
とあなたは続ける。
「ボクら二人が事件に挑むと、第三則に反しちゃうもん」
第三則は『不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出すことであり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない』である。
「確かに。私達、ラブロマンスしちゃってますからねー。今回もキスするために来たんですし」
あはは、と少し照れたようにシェリーが笑う。
「じゃ、見取り図と登場人物一覧も完成したことですし、温泉旅館、楽しみましょう」
「そうだね」