シェリーと助手君の事件簿①温泉旅館とファーストキス   作:メリーさんのアモル

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第三章「クローズド・サークル」

 かぽーんというししおどしの音が外から聞こえてくる。

「ふぅ」

 石造りの露天風呂であなたはのんびりと湯船に浸かっていた。

「助手君助手君! 聞こえますかー?」

 木でできていると見える壁の向こうから、シェリーの声が聞こえてくる。

「うん、聞こえるよ」

「やっぱり! 助手君の溜息がこっちまで聞こえたので、もしかして、と思いましたが、この壁、見た目通り薄いみたいですね。魔法なしの私でも壊せるかもしれません」

「こ、壊さないでね?」

 シェリーにも常識というものはあるはずなので、まさか本当に壊そうとはしないと思うが、ちょっと不安になるあなただった。

「それにしても、広いお風呂ですねー、泳げちゃいそうですよー」

「お、泳がないでね?」

 本当に大丈夫だろうか、不安だが、見にいって止めに行くわけにもいかない。

「本当に良いところですねー、ハンナさんがついてこなかったのが勿体ないです」

「まぁ、一部屋しか空き部屋がなかったしね。まさかハンナさんとまで一緒に寝るわけにはいかないし」

「私は気にしないんですけどねぇ」

「多分、ハンナさんは気にすると思うよ?」

 とはいえ、「二人がイチャイチャしているところにお邪魔虫するつもりはありませんわ」と言う断りの文句からは、シェリーと自分の関係を尊重してくれるハンナの優しさを感じたあなたである。ハンナにはよくよく感謝し、何かお土産を買って帰るべきだろう。

(まぁ、シェリーが買って帰るだけでも喜びそうだけどね)

 とはいえ、不義理は働きたくない。

「んん? 助手君、何か考え事ですか?」

「あぁ、うん。ハンナさんにお土産を買わなきゃなって」

「良いですねー。ロビーに売店がありましたから、後で見に行きましょうか」

「だね」

 と、こんな風に大声で壁越しに会話を繰り返していると。

「あ、あの……少し静かにしてもらえませんか」

 岩陰から、メガネをかけた男性が顔を出した。

「その……、できたら……、静かにゆっくり浸かっていたいんです」

「あ、ごめんなさい」

 あなたは謝る。

「ん、どうしたんですか、助手君?」

「先客がいて、静かにしてくれって怒られたんだよ。ここはみんなで使う場所だから、静かにしよ」

「あ、そういうことですか。それは、ごめんなさい」

 壁越しにシェリーも謝罪する。

「い、いえいえ。こちらこそ、一方的なお願いをしてすみません」

「あぁ、そんな。ただ、いると気付かなかっただけで。騒いでしまってごめんなさい」

「すみません、……じ、実は、人が来て、びっくりして隠れてしまったんです。こちらこそ、すみません」

 謝罪しあうあなたと男性。

「ちなみに、あなたがルイさんですか?」

 ふと、思いついて、あなたは尋ねる。

 これまで見たことない人だったので、ダンから聞いた最後の宿泊客だろうと考えたのだ。

「ひっ、な、なぜ名前を……? もしかして、あなたも女連れで借金取り? ま、まだ若そうなのに」

「へ? 借金取り?」

「え、あ、ち、違うんですか」

 ほっとした様子で、ルイが溜息を吐く。

「えぇ。僕らはただの観光に来た高校生ですよ」

「名探偵ですけどね!」

「そう、ボクは助手です」

「はぁ、高校生探偵さん……」

 ルイがズレたメガネを直しながら、呟く。

「ま、まぁ、それでは僕はこの辺で……」

 そう言って、ルイは岩陰の方に戻っていく。

(確かに、ダンさんの言っていた通り気弱そうな方だな)

 とあなたは思った。

 

 温泉から出ると、シェリーは浴衣姿だった。

「わぁ、似合ってる! すっごく可愛いよ! それどうしたの?」

「ふふん、実はレンタル浴衣があったので、借りてみましたー」

「すっごく似合ってるよ。写真撮っていい?」

「勿論ですよ、可愛く撮ってくださいね」

 二人で庭園に出てスマートフォンで写真を撮る。

「綺麗に撮れましたね。私にも送って下さいー。あ、ハンナさんにも送りましょう!」

「だね、これもお土産話だ」

 と笑っていると、ぽたり、と頬に水が当たる。

「雨?」

 空を見上げると、いつの間にか空は暗い雲で覆われていた。

 慌ててエントランスまで戻ると、その頃には雨は土砂降りに変わっていた。

「山の天気は変わりやすいって言いますけど、本当ですねぇ」

「確か、山だと上昇気流が起きやすいからだっけ?」

 などと話しながら、二人は201号室に戻った。

「さて、せっかくですし、ちょっと遊びましょうか」

「遊戯室でも行く?」

「それも良いですけど、折角館内図を作ったじゃないですか。ちょっと眺めて事件ごっこと推理ごっこでもしません?」

「いいね」

 そう言って、あなたは作った館内図を取りだす。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まず、館内はこの通りですね。そして、登場人物は私、助手君、エマさん、ヒロさん、レイド警部、ダンさん、エリカさん、ルイさんですね」

「このうち、ボクとシェリーはそれぞれ探偵役と助手役だから、容疑者から外れるよね」

「そうですね。そうすると、残りの六人から被害者役と犯人役を決めることになるわけですか。それとも、女将さんと従業員さんも入れます? 全然人となりが分かりませんけど、被害者役くらいであれば……」

 どんどん物騒な話が広がっていく。

 と、そこで扉がノックされる。

「食事の準備ができました。こちらへお運びしますか? 食堂でお召し上がりになりますか?」

 女将さんだった。

「どうする?」

「折角ですし、食堂で食べましょう。エマさんやヒロさんともお話しできるかもしれませんし」

「じゃあ、食堂で頂きます」

「承知致しました。お待ちしております」

 女将さんが去っていく。

 

「あ、シェリーちゃん!」

 食堂ではシェリーの予想通り、エマとヒロが待っていた。

「あ、お二人も浴衣に着替えたんですね。可愛いですー」

「うん、シェリーちゃんもよく似合ってるよ」

「あぁ。その服で助手君と部屋で二人っきりであるという点は正しくないが、よく似合っている」

 三人が盛り上がる。

「それで、露天風呂で二人で壁越しに喋ってたら、怒られちゃいまして」

「それは正しくないな。怒られて当然だ」

「っていうか、シェリー。さっき浴衣に目を奪われて聞きそびれたんだけどさ。ボクと喋り終えてから、やけにバシャバシャ聞こえた気がするんだけど」

「あぁ、泳いでました」

「それも正しくない!」

「あはは、シェリーちゃんらしいね」

 積もる話もある。食事を楽しみながらの、会話は大変に盛り上がった。

 外からは強い雨の音が響いている。

「そういえば、この旅館に来る道って片側が崖の一本道でしたよね」

 ふと思いついたように、シェリーが呟く。

「そうだね」

「そうだったね」

「そうだったな」

 あなた、エマ、ヒロの三人が頷く。

「もし、崖崩れとかが起きたら、クローズド・サークルになっちゃうんでしょうかー」

「もう、そんな話やめようよ。また牢屋敷みたいなことは、嫌だよ」

 シェリーの言葉にエマが少し顔を引き攣らせる。

「大丈夫だ、エマ。もうあんなことは起きないさ」

 エマを安心させるようにヒロが手を重ねる。

「そうそう、さっきまで助手君と二人で事件が起きたらって話をしてたんですよー。クローズド・サークルが成立したらいよいよ探偵の出番ですよね!」

「実在の人物でそんな不謹慎な話をしていたのか、それは正しくない」

 呆れたようにヒロが呟く。

「えー、でも温泉旅館で大雨ですよ! 想像しない方が無理じゃないですかー」

 そんな話をしていると、申し訳なさそうに女将がやってくる。

「皆さん、お揃いですね……」

 その言葉の通り、この場には、旅館に宿泊している八人全員が揃っている。

「その、先ほど連絡があったのですが、この旅館と街を繋ぐ道が崖崩れで塞がれてしまったようでして……」

「本当にクローズド・サークルだ!」

「なんやて!」

 声を上げたのはシェリーとダン。片方の感情は喜び、もう片方の感情は怒りだった。

「待てや、ワイはここで野暮用を済ませたら、明日には街に戻らなあかんねん、その崖崩れってのはどれくらいで解決するんや?」

「それが……少なくとも大雨が治ってからでないと危険で作業ができない、と」

「そりゃ困るわ!」

「やめなさいよ、ダン。女将さんが崖崩れをしたわけじゃないわ」

 ダンは女将に食ってかかるが、エリカが抑える。

「ぼ、僕も困ったな……。け、警部さんは大丈夫なんですか?」

「私は、長めに有給をとっているから問題ない」

 隣同士に座っていたルイとレイドがそんな言葉を交わし合う。

「いよいよ事件が起きる前触れですね!」

 シェリーは一人で嬉しそうだ。

「不謹慎だぞ」

 ヒロがそれを窘めて、隣で不安そうにするエマを安心させる。

 しかし、確実に事件の足音は迫っていたのだ。

 

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