シェリーと助手君の事件簿①温泉旅館とファーストキス 作:メリーさんのアモル
「
満面の笑みでシェリーはそう切り出した。
「みなさん、真犯人が分かりました」
「シェリーちゃん……」
そんなシェリーの言葉に安堵の声を漏らすのはエマだ。
「まぁ、と言っても調査すればすぐに分かることでした。ここがクローズド・サークルとなっていなければ、今頃は警察が解決していたでしょう」
「逆に言えば、このまま警察の到着が遅れれば、証拠は全て隠滅されてしまう、そう言いたいんだね、シェリー?」
「はい、その通りです」
あなたの言葉に我が意を得たり、とシェリーが頷く。
「ねぇ、勿体ぶるのはやめてよ! 誰!? 誰がダンを殺したの?」
「そ、そもそも、犯人はそこのエマさんってことだったんじゃなかったんですか?」
「真犯人、ね。良いだろう。どうせ、警察を待つ間、寝る以外にやることはないんだ。ここは君の話を聞こうじゃないか、探偵さん」
エリカ、ルイ、レイドがそれぞれ思い思いの反応をする。
「皆さん、ご安心下さい。全ての謎を私がしっかりと解決して見せます!」
「本当に、大丈夫なんだろうな……」
自信満々のシェリーの様子に却って不安を掻き立てられるのはヒロだ。
「どうだろう、シェリーは、頭も良いし、勘は鋭いけど、頭の回転が早すぎて推理が変な方向に飛躍することがあるからなぁ」
不安げなヒロの言葉に、あなたは苦笑する。
「下手な推理を披露すれば、エマを庇うために嘘の証言を仕立てているとも捉えられかねない。そうなれば、エマの立場は今より危うくなるぞ」
「分かってます。エマさんをこれ以上閉じ込めさせないためにも、ボクも可能な限りシェリーを補佐します。安心してください」
「と言われてもキミのことを私は殆ど知らないのだが……」
「そこ、話をちゃんと聞いてくださいね! 特に助手君!」
「はい!」
話をこっそりと交わしているのがあっさりとシェリーに看破され、大きく返事をするあなた。
「ではまず、エマさんが犯人ではないところから説明しましょうか」
そう言って、シェリーが屋上庭園で大きく手を広げる。
「今回の事件、なんと犯行現場はここだったんです! エマさんは事件当時、唯一一階にいた人物です。だから、エマさんはむしろ唯一犯人には成り得ないんです」
「屋上庭園で犯行が行われた、と? そんなことを示す物証があるのかね?」
「はい。レイド警部、そこの大きな石を持ち上げてみてください。念の為手袋をお忘れなく」
「ふむ?」
言われるがまま、レイドは手袋をつけて、石を持ち上げる。
「……こ、これは!」
「ひっ」
「……血!?」
思わず、エリカが驚いた声を上げる。状況理解が遅れたのか、遅れてルイも悲鳴をあげる。
そう、それは二人が見つけた物証の一つ。血のついた石。
「犯人はここで犯行を行い、この石をそのままひっくり返して置くことで隠蔽したんです。あまりにお粗末な証拠隠滅ですが、雨水で少しずつ血が流れていっています。警察の到着時間次第では」
「気付けずに終わっていたやも、か」
なるほど、とレイドが頷く。
「エマさんは一階で遺体を見つけてから今まで、一度も屋上庭園に来ていない……。だが、エマさんはヒロさんとは連れあいだし、シェリーさんとも知り合いなのだろう? なら、どちらかがこの石をここまで運んだ可能性はないのかな? 特にシェリーさんはこの庭園の捜査をしていた」
「え? 何を言っているんですか、レイド警部。ノックスの第七条を知らないんですか? 探偵は犯人じゃないんですよ?」
自分が疑われるとは思っても見なかったシェリーはそんな反論をするが。
「この世界はミステリではないよ、シェリーさん。そもそも君は探偵を自称しているだけだろう」
「え、えっとですね……」
早くもシェリーが窮地に陥る。このままではシェリーが共犯者にされかねない。とはいえ、これはレイド警部がシンプルな真実を見落としているに過ぎなかったので、あなたが口を挟んだ。
「現場に立ち入ったシェリーとヒロさんもこのサイズの石を隠し持つ事のできる格好ではなかった。それはレイド警部もご存知のはずでは?」
「……確かに、二人とも浴衣だけで何も他に手提げの類さえ持っていなかったね。では、やはりエマさん犯人説は崩れた、か」
レイドは頷き、エマとシェリーに向けて謝罪する。
「すまない、私が早計だった」
「レイド警部……。やった! やったよ、シェリーちゃん、助手君、ありがとう!」
エマが自分の無実が証明されたことを喜ぶ。
「やりましたね、エマさん」
そんなエマにシェリーが微笑む。
「友達の無実が証明されてよかったわね。これで、ここで集まった理由は終わり? なら、私は早く寝たいんだけど」
そこにエリカが言葉を続ける。
「残念ですが、そうはいきません。このままではまだ、真犯人に逃げられてしまいますから」
シェリーが首を横に振る。
「そうだった。では、聞きますがね、シェリーさん。二階の屋上庭園で犯行が行われたのなら、犯人はどうして一階の露天温泉で発見されたのかね」
レイドが問いかける。
「簡単な話です。ここにある柵を飛び越えて、温泉に落とされたんです!」
「死体が柵を飛び越えた……? キミの怪力でもなければ、そんなことは不可能だろう」
シェリーの推理にヒロがツッコミを入れる。
「あ、それはそうですね……」
つい自分基準で考えてしまいましたね、とシェリー。
「でも考え方はシェリーの言う通りです。ただし、使ったのは怪力ではなく滑車の原理です」
そう言って、あなたはシェリーの言葉を継ぐ。
「この高い木の上の方を見てください。何かによって擦れた跡があります。恐らく、犯人はこの木の枝にロープをかけ、犯人の腰のベルトループに結びつけて、持ち上げたんです。
ベルトループに半分ほど切れ込みを入れておけば、ある程度まで降ろしたところで自然と千切れて、落下する、という寸法です。実際、ダンさんの背面のベルトループの一つは千切れていました」
「ほう、そんな方法が。よく観察していたね、シェリーさん」
あなたの説明に、レイドがあごを撫でる。まさか写真を撮ってあるとはバレるとまずいので、あなたは少しギクっとするが、それより、レイドは話を進めた。
「だが、そのロープとやらはどこにあるのかね?」
「それはきっと、まだ犯人が持っているはずです。容疑者全員の部屋を捜索すれば発見できるでしょう」
「つまり警察待ちかね?」
あなたの言葉にレイドが尋ね返す。
「え、あー、そうなりますかね……」
「いいえ、違います」
だが、今度はシェリーがあなたの言葉を継ぐ番だった。
「使ったロープがどこにあるかは、分かっています」
「え? シェリー、怪力で持ち上げたと思ってたんじゃ……」
「いやぁ、ロープ自体の場所は分かってたんですが、使い道が分かってなかったんですよねぇ」
と照れたように頭を掻くシェリー。
「ロープは今、リネン室にあるはずです」
「なら、全員で移動だね」
そう言って、全員がリネン室に移動する。
「レイド警部、このカートの中を確認してください」
シェリーがカートの一つを指差す。それは使用済みシーツがまとめられたカートだった。
「これは?」
「見ての通り使用済みのシーツをまとめたカートです。ちょうど次に業者に渡す分ですね」
レイド警部が従業員に尋ねると、従業員は素早く答える。
「中を見ても?」
「どうぞ」
素早くレイドが中を確認すると、それはあった。
「これは……」
「やはり」
取り出されたのはシーツがいくつも結びつけられてロープ状になったもの。
「木々の繊維らしきものも付着している。使われたロープで間違いないな」
レイドが頷く。
「危ないところだった。これも業者に回収されれば証拠として扱えないところでしたね」
「そして、これがここにある時点で、もう犯人は分かりました」
そうシェリーが言う。
「事前にリネン室から複数のシーツを回収しておき、犯行後にリネン室に処分に来ることが出来た人物。それは一人しかいません」
「そうか。事件前にリネン室に入った目撃証言は一人しかいないし、犯行後、一階で活動できたタイミング……つまり、レイド警部に集められる前にリネン室に入ることが出来た人間は、従業員に呼ばれた後、最後に遅れてきた彼だけだ」
「はい。小澤ルイさん、犯人は、あなたです!」
ビシッとシェリーがルイを指差す。
全員の注目がルイに集まる。
「な、な、な、」
動揺したようにルイが後退る。
「どうしてよ! どうして、ダンを殺したの!」
そこに泣きながらエリカが絡む。
「な、なぜ僕が犯人だと? ど、動機は!」
「なぜかはシェリーさんが言った通りだ。動機は分からないが、取調べすれば……」
抗議するルイにレイドが冷静に告げる。
「分かりますよ」
だが、シェリーもまた冷静だった。
「な、なんだと?」
さらにルイが動揺する。
「嘘だ、わ、分かるはずない!」
「ほう、犯人であることは否定しないのか?」
「そ、それは……」
「やっぱり! どうしてダンを殺したの!」
シェリーが小さくため息を吐いてから、再び口を開く。
「動機の話をする前に、エリカさん、もうその演技やめていいですよ」
「なんですって?」
シェリーの言葉にエリカが振り向く。
「私も感情を模倣するのは得意です。だから分かります。あなたのダンさんとのやり取り、そしてダンさんが亡くなってからの悲しみ、全て嘘ですよね?」
そこであなたは、あ、と思った。
あなたが感じた「エリカはどこかシェリーと似ている」と感じた理由。それは、エリカの笑顔が「とても精巧な嘘の笑顔」だったからだ、と。施設にいて、感情を失い、感情を模倣し始めたシェリーにそっくりだったのだ。
「な、何を言って……」
「察するに、あなたは事情を知らされず、その演技力を買われてダンさんに雇われただけの人なんじゃないですか?」
「……だ、だったら何よ」
「いえ、ただそれを確認したかっただけです。ルイさん、あなたは私達に……厳密には助手君に言いましたね? 『あなた
「あ……」
失言を悟ったように、ルイが黙り込む。
「この旅館にいる女連れの組は二組しかいません。エマさんとヒロさん、そしてダンさんとエリカさんです。そして、エマさんとヒロさんは借金取りではない。……私の知る限りは、ですが」
「どういう意味だ。私は借金取りなんてしていない」
「分かってますよ〜」
抗議するヒロにシェリーが笑う。
「ですから、答えは一つなんです。ルイさん、あなたはダンさんからの借金を抱えていた。そして、それに耐えきれずに殺した。違いますか?」
「……そうだ、その通りだよ」
観念したように、ルイが絞り出した声で応えた。
そして、膝から崩れ落ちた。
ルイは売れない小説家だった。その僅かな収入は口に糊するには足りず、自転車操業で借金を膨らませていった。
そんな中、福田ダンを名乗る男が借金をまとめてやる、と言い出した。
まんまとそれを信じたダンはそれを受け入れたのだが、それが地獄の始まりだった。
ダンは暴利をルイに被せ、膨れ上がる利息を払って「ジャンプ」するだけの生活を余儀なくさせた。
今更になってルイはバイトなどを始めて、返済を頑張ったが、あまりに遅かった。
そうして、ルイは編集部から進められたこの旅館へ「缶詰する」という名目で逃げたが、ダンは追ってきた。
エリカという妹と二人で兄妹旅行という風を装って、ただ、ルイを追い詰めて金を取り立てるために。
そこに、土砂崩れが起きた。
ルイは思ってしまった。今なら、こっそりとダンを抹殺して、誰か別人のせいにしてしまえるのではないか、と。
そうしてダンを探し始めた矢先、ダンに呼び出されたのは屋上庭園。
悲劇的だったのは、ルイはその瞬間、今まさにシェリーが暴いた「トリック」を即座に思いついてしまったことか。
せせら笑い、ルイに背を向けたダンに向けて、ルイは地面に落ちていた石を掴んで、犯行に及んだ。
「あとは、そこの探偵さんが言った通りです……」
ルイが涙を流しながら、そう告げた。
「正しくない。キミは逃避する前に、然るべき場所に、相談するべきだったんだ……」
ヒロが呟く。法外な金利を課すヤミ金融や暴力団からの借金は、法律上、元本も利息も一切返済する義務がない。それをルイが知っていれば。
防げたかもしれない悲劇に、一同はただ沈黙した。