ウマ娘が好きだった。
競走馬を擬人化したアプリゲーム。最初こそバカにしていたが気づけばハマっていた。
推しはメジロマックイーン。とりわけメジロ家のメンバー。箱推しというやつだ。
ウマ娘にハマったからには、実馬の方にも興味が出てくるというもの。
メジロは競走馬の生産もやっているらしく、ワンチャン牧場見学できないかな~、なんて思っていたのだ。
で、叩きつけられた現実は……メジロの牧場はすでに閉鎖済み、ってこと。
レース成績の低迷とか、それによる資金繰りが厳しくなったとか諸々の理由で、メジロは馬主業から完全に撤退していたのだ。
「嘘だろぉぉぉ……」
「仕方ないだろお前。金の問題なんだから。てか、完全になくなったわけじゃないからいいじゃんか」
オタク友達からそう言われたが、世の無常さを嘆くしかなかった。
厳しいなんてことは分かっている。それでも、それでも俺はメジロの牧場を見たかった。というか、現代で走るメジロの馬を見たかった。
(今走ってるメジロの馬は、厳密にはメジロの馬じゃない。本家本元がいないから当たり前だけど)
「畜生、畜生! メジロ帝国の復活をー! 今すぐウ〇ポでメジロ帝国を作るぞ!」
「何言ってんだか。それよかもうすぐ授業始まんぞ」
こうなりゃもう、別のゲームで満足するしかない。というか、それしかできない。
生産が終了している。馬主事業から撤退している。もう、メジロの競走馬を現代で見ることは出来ない。
寂しい気持ちを抱えながらも、数少ないメジロの子孫達の活躍を祈り。俺は毎日過ごしていた。
そんな時である。
「運命を変えたいって思ったことはある? あるよね」
「いきなりなんだ? 宗教勧誘ならお断りだぞ」
「うーん、違うね。私の場合宗教というより、信仰対象そのものかな。神様ってやつ」
開口一番痛い人みたいな発言をする神様に出会った。
真っ白な空間、上も下も右も左も分からない、地面に立っているかさえも分からない。
目の前にいる怖いくらいの美人。綺麗や美しいよりも、恐怖が先に来る。そんな美人だった。人じゃなくて神だけど。
神様は俺の現状をかいつまんで説明してくれた。心臓麻痺で死んだことや、転生することになったとか。
てか死因心臓麻痺かよ。不摂生をした覚えはないのに。
とはいえ、それよりも気になったことがある。死んだことにもっと驚くべきだが、それ以上に興味を惹く言葉があったからだ。
それが冒頭の、運命を変えたいという発言。
「運命を変えるって……なんでも? どんなことでも変えられるのか?」
「なんでも。その分大変になるけど」
今なんでもと言ったな?
「じゃあ、メジロの馬主事業撤退を変えることもできたり?」
「変えられるよ。君の頑張り次第で、メジロの運命を変えることができる。で、どうす」
「喜んでやらせていただきます!! 方法を教えてください!!」
「即答だね。好ましく思うよ」
神様曰く、頑張れば牧場閉鎖の運命を変えることができるらしい。
メジロを復活させる希望がある。聞いた瞬間、俺の決断は早かった。今までの人生で一番早い決断だ。もう死んでるけど。
転生する以外の選択肢は消えた。推しが育った場所の運命を変えられるのならば、俺は喜んで転生する。
準備が整うまでの間、神様はなにをすべきかを教えてくれた。
「君が転生するのは、君が生きていた時代よりも過去だ。大前提として、定まった運命はそう簡単には変えられない」
やろうとしていることの難しさ。小さな変化では大筋の運命を変えることは出来ない。重賞を1つ2つ勝ったぐらいでは、望むような変化は起きないと。
「変化は大きければ大きいほど、後に影響を与える。だから君に求めるのは、とびっきり大きな変化だ」
顕彰馬に選ばれるようなスターホースの輩出。それくらいでなければ、俺の目標を叶えることは出来ない。
難しいことこの上ないな。最低でも顕彰馬レベルが求められる、ってことか。
「君と言う異分子を放り込むことで、まずは世界全体に変化をもたらす。その変化は、君が活躍すればするほど大きくなる。どうなるかは私にも分からない」
「だけど、メジロにとって喜ばしいことが起きればっ」
「メジロの馬主事業撤退を阻止することができる。全ては君の頑張り次第だ」
だとしても、可能性はある。可能性があるなら、俺はそれに賭ける。
全てはそう、後世にメジロ帝国を建設するために! いや、実際に帝国を建設はしないけども。
俺が生きていた時代に、メジロの馬を走らせる。
それだけじゃない。遠い未来にも繋がるような、メジロの子孫を世界中で走らせる。夢はでっかくだ。
そのために頑張らなければ。
ただ、気になる点が1つだけ。それが俺の来世に関することだ。
転生だったら人かもしれない、なんて淡い期待を抱いていたが。
「……ちなみに、俺の来世は? なんとなく察しがついてるけど」
「馬だよ。君はメジロ牧場生産の馬に転生する」
来世馬なのが確定した。いや、そんな気はしてた。
だって俺、基本的に聞きかじった程度の知識しかないし。相馬眼とかそういうのないし。
そもそもの話、人になったところで接点を持つのが厳しい。縁もゆかりもない場所に生まれたら終わりだ。
いやね? ワンチャン育成チート的な能力を持って人に、なんて考えてはいたよ。そっちの可能性もあるんじゃないかな、って。その可能性は今この瞬間潰えたけど。
ま、まぁいいだろう。よかないけど、これもまたメジロ家栄光の第一歩と考えれば、まぁ。
「しかし馬か。馬かぁ……」
「もう変えられないから。諦めて畜生道に落ちてね」
「なんでそんな悪い言い方すんだよ。事実だけどさ」
やるといった手前、諦めるしかない、か。楽じゃない道なんてのは分かってたし。
話をしているうちに、身体が浮き上がる感覚を覚える。
「そろそろ時間だね。それじゃ、頑張っておいで。メジロの復活」
手を振る神様を最後に。俺の意識は次第に薄れていって──
◇
「先生、どうかコナンを、メジロコナンをどうか!」
「頑張れコナン! お前も生きるんだ!」
「手を尽くしていますが……っ!」
次に目を覚ました時は、壮絶な修羅場だった。ぼやけた視界が徐々にはっきりとしたものに変わり、現実を認識した瞬間血の気が引いた。
目の前には俺の母と思しき馬の姿。人に囲まれており、懸命な救命作業が行われている。
母馬は、呼吸をするのさえも苦しそう。少しずつ、確実に弱っていってる。
見れば分かる。命が危ないと。
(……嘘だろ)
素人目でも分かるんだ。現場を知っている人間ならばなおのこと。
必死に呼びかけている。獣医らしき人が懸命に助けようとしている。
死ぬな、生きろと呼びかけている。
でも、命の灯は、今にも消えようとしていた。
母馬の命が危うい。そう理解した時、俺が最初にやるべきことは決まった。
「き、喜多野さん! メジロコナンの仔が!」
「っえ? も、もう立って!?」
「いや、それよりもコナンの方に」
動く。周りがうるさいけど、なんとか体を動かす。
重い。四足歩行なんてやったことないし、感覚が掴めない。
這う。ずりずりと、不格好でもいい。近づかなきゃいけない。
必死に体を動かす。目の前で死にかけている母親のもとへ、一秒でも早く辿り着くことだけを目的に。
「コナンの、母親の方に向かおうと」
「大丈夫、大丈夫だぞ。お前の母親はこっちだぞ」
「今の内にやれることをっ」
もうちょっと、もうちょっとだ。あと少しで、母親のところに辿り着く。
あと一歩踏み出せば、そんな時に。
『ふ、ふふ。かわいいっ、こ』
目が合った、ような気がした。母親は俺の方を見て、にっこりと笑っているように見えた。
『つよ、く、いき、て、ねっ』
笑った、次の瞬間。母親は、メジロコナンと呼ばれた馬は……ピクリとも動かなくなった。
なんとか辿り着いた俺は、母親の顔を、体を舐める。
起きてくれ。寝ているだけだよな。きっと、すぐに起き上がってくれるよな?
「……たった今、メジロコナンの心臓は活動を停止しました」
「そ、そんなっ。う、嘘だろ久能さん! コナンはまだ!」
「残念ですがっ」
動かない。くすぐったそうにもしない。ピクリともしない。静かに横たわっていた。
嫌でも理解する。俺の母親は、今この瞬間に死んだのだと。俺がどんなことをしようが、もう動くことはないんだ。
クソ、なんの冗談だ? これは。本当に、夢であってほしい。産まれたばかりなのに、そう思わずにはいられない。
(初っ端から、ハード展開が過ぎるだろ。どういう意図があるんだよ、神様よ)
面識なんてないだろ、優しくされた記憶なんてないだろ。そう言われたら確かにそうだ。
ろくな交流もない、する前に死んでしまった。そんなことは分かっている。
けど、俺にとっては母親だ。お腹を痛めて、苦しかっただろうに産んでくれた母親なんだ。
自分の命を賭してまで、俺を産むことを優先した。
そんな相手に対して情が湧かない、とか口が裂けても言えない。
それに、最後の言葉。
(強く生きて、か。最後の最後まで、俺の方を心配していた)
あぁ、分かったよ母さん。俺は、強く生きるよ。
それだけじゃない。血統図に母さんの名前を残す。めちゃくちゃ活躍してさ、メジロコナンの名前を残してみせるよ。
どの道、俺の目的のためには必要なことなんだ。次世代に繋ぐのも役目、走った後も活躍しなきゃいけない。
(頑張らなきゃいけない理由、増えたな)
さようなら、母さん。向こうで見守ってくれ。俺の、あなたの息子の活躍を。
「喜多野さん、気持ちは分かりますが仔馬の方ですっ。メジロコナンが遺した仔を」
「……そうだ。まだ、悲しんでいる暇はない。コナンが遺した仔を、なんとしても生かすぞ!」
「はい!」
人が俺を囲んで、どこかへと移動させようとしていた。
逆らうことなく着いていく。もうこれで、母親とはお別れだ。
「……ごめんな。お前の母親を、助けてやれなくて」
獣医さん、久能って呼ばれていた人が申し訳なさそうにしている。
俺の母親を助けられなかったことを悔やんでいるんだろう。
目には涙が見えるし、唇を強く噛んでいる。俺に触れている手も、どこか力ない感じだ。
うん、まぁ、アレだ。
「っ、え?」
ペロッと一舐め。人の言葉なんて喋れんからな。こうすることしかできない。
どうか気にしないでくれ。きっと、手を尽くしてくれた。手を尽くしたうえで、こうなったんだ。
十分すぎるほど頑張ってくれたんだから。俺は、少しも恨んじゃいねぇよ。
意図が伝わったのかは分からない。久能さんは、俺に舐められた場所を指でなぞり。
「……ありがとうな」
一言、呟いた。
初っ端から重すぎる展開。これから先の道が思いやられるわ。
(けど、やるしかねぇ。もう腹は括ってんだ、意地でもやり遂げてやる)
気持ちは少しも折れちゃいない。むしろ、さらに覚悟が決まった。やらなきゃいけない理由が増えたからな。
全てはメジロの未来のために。頑張るぞ!
(そういや、今って西暦何年だ? 過去とは聞いてるけど、その辺はまだ分からんな)
ま、そのうち分かるだろ。今はとにかく、喜多野さん達に着いていかなければ。
俺の新しい人生、ではなく馬生が始まった。
メジロコナンの2001
父:メジロマックイーン
母:メジロコナン
母父:???