今現在、競馬のコミュニティでは一頭の馬が話題になっている。
「デイリー杯も完勝だからな~。次走は朝日杯だし、これは期待できるぞ!」
「ついに出たメジロマックイーン産駒の大物だからな。ありゃG1も勝てる!」
「次のレースが楽しみで仕方ないわ! 馬券的にはまず味やけどな! はっはっは!」
メジロシャーロック。現在重賞2勝を含む3連勝と、2歳世代で一番勢いに乗っている競走馬だ。
勝ち続けているのもそうだが、目を惹く理由は別のところにも。
それが血統。父と母がどちらも内国産馬、というところだ。
「マックイーンもそうだけど、オグリキャップの孫ってのがいいよな。しかも走り方がそっくりだ!」
「メジロラモーヌの血も入ってるし、もうこんなん応援するしかねぇよ」
「サンデーばっかでつまらんG1を盛り上げてくれや、シャーロック!」
メジロマックイーンは重賞勝ち馬こそ出しているものの、中々インパクトの強い馬が出ておらず。
オグリキャップやメジロラモーヌもまた、G1で活躍するような馬を出していなかった。
主流となる血統ではない。なんなら勝ち上がり率もそれほど良いというわけではない。
そんな馬が活躍しているのだ。現在日本競馬で最も幅を利かせている種牡馬、サンデーサイレンスの産駒を押しのけて。
盛り上がらないはずがない。応援したくならないはずがない。
「メジロもメジロで、ベイリー以降は鳴かず飛ばずだしなぁ。ここにきて出てきたのがメジロシャーロックよ」
「何が何でも応援したくなるわ。サンデーなんかに負けんじゃねぇぞ! って」
「頑張ってくれよ~シャーロック。お前がマックイーン産駒最後の希望だ!」
「マックイーンはまだ種牡馬やってるだろうが」
競馬ファンにとっても応援したくなる血統の馬。それがメジロシャーロックである。
ただ、今現在は人気が落ち着いてきた。
というよりは、初出走した当初よりも人気が伸びなくなってきたのである。
理由は非常にシンプル。勝ち方が普通だからだ。
「新馬戦はえらいインパクト残してくれたけど、重賞はどっちも普通やったしな~」
「なんかこう、凄い! って感じがしないっつーか。もっとこう、見ただけで分かる凄さ! ってのがないんだよ」
「王道の先行策から抜け出しとるだけやしな。それで勝っとるからまぁ強いんやけど」
逃げ先行の王道スタイル。オーソドックスな勝ち方だが、ファン受けがよくない。
良くいえば勝つための戦い方。悪くいえば華がない。
新馬戦の逃げ切り大差圧勝を考えると、どうしても物足りなさを感じてしまう。
メジロシャーロックを応援しているファンはみな、重賞2戦に少しだけがっかりしていた。
「もっとド派手に勝ってほしいわ。こう、あっ! と驚くような勝ち方やな」
「分かる分かる。新馬戦考えたらさ、もっと分かる形での圧勝が欲しいよな~」
外野だから好き勝手言える。もっと強い勝ち方をしてほしいというのが、現状の声だ。
……とはいっても、ファンは知る由もないだろう。重賞を調教の場としていたことに。
主戦騎手である岳寛が、どんなことをしながら騎乗しているのかを知らない。
インタビューでは口にしないし、調教師である生江も馬主の喜多野も何も言わない。
メジロシャーロックは、重賞の場で公開調教じみたことをしているのだと。
もっとも、情報が公開されていないのでファンが知ることはない。いずれ知ることになるかもしれないが。
メジロシャーロックが2歳世代の王者として君臨しつつある現在、今までスポットが当たらなかった場所にも光が当たる。
メジロの今だ。シャーロック以外のメジロの馬はどうなっているのか? と、ファンは気になったのである。
いざ調べて分かったことなのだが、鳴かず飛ばずだ。重賞に姿を現すのも難しい有様、勝つことは夢のまた夢、みたいな現状である。
いないことはないのだが、あまりにも突出しすぎてる奴がいるので物足りない。
というか、出走ラインにすら届いていないのが珍しくない。
簡潔に言えば、シャーロック以外のメジロの馬はほぼ全滅している、と言ってもいい。悲惨な現状が明らかになった。
「シャーロッククラスとまではいわんけど、これは、うん」
「マジでなんも言えねぇ……開いた口が塞がらねぇよ」
「メジロは最近低迷してるって聞いてたけど、これほどとはなぁ」
かつては有名なオーナーブリーダー。八大競走*1にも名馬を輩出し続け、栄華を誇った名門の現在の姿。
栄枯盛衰とはよくいったもの。衰退の一途を辿っているメジロに、同情せずにはいられなかった。
だからこそ、なのだろう。
「頑張れよシャーロック! お前がメジロの希望だ!」
「もうシャーロックに賭けるしかないやろメジロも。これが最後の大物になるかもしれんし!」
「まだマックイーンもブライトも現役種牡馬だろうが! 希望を捨てんじゃねぇ!」
「じゃあお前、シャーロック以上の大物が出るっちゅうんか!? これが最後の希望や!」
メジロシャーロックに多大な期待が寄せられているのは。
没落しつつある名門から出てきた、クラシックで好走が期待できる馬。
それも、メジャーではない血統から出てきた。流行りではない血の期待馬だ。
期待が寄せられるのは想像に難くない。
なによりも、メジロの現・総帥である喜多野美弥の存在だ。
もうかなりの高齢であり、業務の大半は喜多野裕二に任せている。
馬主席では朗らかな笑みを浮かべているが、年齢を考えると先は長くない。
そんな美弥の、ひそかな野望。
「メジロの馬で、ダービーを勝つのが夢なんですよ。この歳でも目標があるのは、競馬の面白いところかしら?」
メジロの馬による日本ダービー制覇。かつて髪の毛一本の差で負けたあの雪辱を、なんとしても晴らしたい。
ダービーを勝つところを、競馬において最大の栄誉であるダービーの頂を。
競馬に関わる人間として、なんとしても見たいのだ。
メジロブライトが3着に入って以降は出走すら叶っていない。
歳を考えたら、メジロシャーロックが最後のチャンスになるかもしれない。
シャーロックはこのまま順当に行けば、日本ダービー出走は余裕だろう。
美弥は周りに、こう言っていた。
「これが最後のチャンスかもしれないわ。だからせめて、せめてあの子のダービーだけは見たいわねぇ」
少しだけ寂しそうに笑う姿が、印象的だった。
こんなことを聞いて、頑張らない者はいないだろう。
主戦騎手である岳寛は、美弥の手を力強く握る。
「大丈夫です。僕とシャーロックなら、メジロにダービーの栄誉をプレゼントできますから」
「あら、あら。自信満々ね」
「はい。彼はそれだけの馬です。だから美弥さんも、頑張って生きましょう」
トップジョッキーの自信満々の言葉に、美弥は安心感を覚え。
「頑張って頂戴ね。応援、しているわ」
「っ、はい!」
思いを託す。きっとダービーを勝ってくれるだろう、そう願って。
……以上のことから、メジロシャーロックにかけられる期待は多大なものだ。
ファンだけではない。馬主であるメジロの総帥、喜多野美弥からも期待されている。
メジロ復活における希望。かつての輝きを取り戻してくれるかもしれない競走馬。
衰退している名門。高齢となっている有名馬主の現在とその願い。
情報を収集していたマスコミは、この話をとにかく前面に押し出した。
【メジロの救世主になるか!?メジロシャーロックデイリー杯2歳ステークスを圧勝!】
【次の舞台は朝日杯フューチュリティステークス。2歳王者として君臨するかメジロシャーロック!】
【メジロの総帥にダービーの栄誉を!岳寛と生江康夫調教師が語る思い】
話のタネになるのがたくさんあるのだ。こうなるのもまた、当然と言える。
日に日に期待が増していくメジロシャーロック。
なお、当馬は別に新聞を見るわけでもないので知る由もない。
『次は朝日杯か~。その前にお前の新馬戦だな、タイド』
『ついに僕もレースかぁ。勝てるといいなぁ』
調教で一緒になったブラックタイドと一緒に、のほほんと過ごしていた。
◇
デイリー杯が終わってね、次のレースは12月の朝日杯に決まったわけだ。
気合いが入るってわけですよ。今日の調教も頑張るぞ。
ただその前に、タイドのデビュー戦が控えている。朝日杯の1週間前だ。
『お前なら心配いらないんじゃねぇの? 期待されてるじゃん』
『まぁシャロほどじゃないけどね。というか、シャロに鍛えられてるし。そんじゃそこらの子には負けないよ』
『つまり実質俺のおかげってことだな!』
『シャロのせいってことだよ』
調教の主目的はタイドの調整。俺はおやすみ、とは言えないが、いつもよりも軽いメニューだ。
いや~、久しぶりかもしれんな。タイドに合わせたメニューになるの。
『ここ最近マジで絞られまくってたからな……3歳馬との併せばっかだし』
『いつもキツそうにしてたもんね。それでも午後にはケロッとしてるんだから、やっぱりシャロはおかしいよ』
言うんじゃねぇタイド。自分でもそう思ってるから。
なんにせよ、3歳馬が相手じゃない。
ちょっとだけハッピーな気分だ。
たまにはこういう日があってもいいじゃない、人間だもの。馬だけど。
さて、準備運動も程々に調教が始まる。タイドの方も準備が終わったようだ。
「それじゃ寛さん、俊之。頼むで」
「はい。分かりました」
「タイド、頑張ろうか」
俺は俊之さんを、タイドは岳さんを背に。一日のスタートだ。
タイドとの調教では大事なことがある。
俺はあくまでサポート役に徹する、ということだ。
『お、中々調子良さそうじゃんタイド。前より速くなってる』
『え? そ、そうかな? そんなことないんじゃない?』
『いやいや、そんなことあるって。お前速くなってるよ』
3歳馬と併せる時とは違う。とにかくタイドの調子を維持することを心掛ける。
レースを先に迎えるのはタイドの方だ。俺はその1週間後、ちょっとだけとはいえ猶予がある。
ならば、好調を維持させたいのはタイドの方。とにかく調子を上向かせることが大事。
俺の方なんて後回しでもいい。最優先すべきはタイドの方、ってことだな。
(ネオユニヴァースさんと併せる感覚でいくと、タイドの方が先に音を上げるしな)
タイドは3歳馬とは調教していない。
俺のペースでやると、タイドが調子を崩してしまう可能性がある。
そうなってしまったら最悪だ。
なので、俺の方で調整をする。
『てか前より走れるようになってんじゃん。この前はこのくらいでバテてただろ?』
『そうだったかな……でも、シャロが言うなら成長してる、のかな?』
『大丈夫だって! してるしてる!』
時に励まして、とにかく気分良く走ってもらうことが大事だ。
大事なのは今の自分が脇役であると思うこと。
決して主役を食ってはいけない。自分本位で動いてはいけない。
部活のマネージャーのようにサポートを。これ大事。
で、俺はこの調整が抜群に上手いらしく。
「ホンマに不思議よな~、シャーロックは。負けん気強いのに、他馬に併せられるとは」
「ブラックタイドだけじゃありません。まだ未勝利戦を抜け出していない新馬相手でも、シャーロックはちゃんと併せられますからね」
「ホンマにえらいわ。自分本位やない、周りを見て動ける。やから世戸口さんも、シャーロックを信頼してくれとんのやろうな」
「しかも、シャーロックには影響がないですからね。調子も落とさないですし。だからこうして併せているんですけど」
他の馬の調整をすることが多い。なにかと重宝されるポジションについた。
いや、勿論最優先は俺の調教よ? 今この厩舎で一番期待されているのは俺だし、俺の調教を優先している。
しかし、他の馬を勝たせなきゃいけないのも事実。
できるだけ多く1勝を。調教師みんなが思っていることだろう。
だからこそ、調整相手の選出はかなーり大事になる。気分よく走ってもらうためには、馬にとってベストな相手を選ばなきゃならんからな。
ただ、馬というのは基本勝ちたがりだ。
調整目的でも、調教だとしてもガチで勝ちに行くやつが多い。
こればっかりは生物としての本能だから仕方なし。
ある程度割り切って、調整相手として問題ない相手を見繕う。
しかし、俺は前世が人だ。しかも人ソウルを宿した馬だ。
生物としての本能はあるが、しっかりコントロールできる。
調整ってちゃんと分かってるからね。勝ちに行くよりも大事なことがある、理解してますよ。
なんにせよ応援だ。タイドにはぜひとも、新馬戦を勝ってほしいからな。
『次の新馬戦、頑張れよタイド。応援にはいけねぇけど、ここから応援してるからな』
念だけは飛ばしておくぜ。タイド頑張れ~、って。
肝心のタイドはというと。悪くはなさそうな反応。
『……ありがと、シャロ』
お礼を言われた。へ、嬉しいこと言ってくれるね。
『おう、どういたしまして。ま、お礼は勝ってからにしてほしいけどな』
『あ、あんまプレッシャーかけないでっ』
『悪い悪い。そんなつもりはなかったよ。ま、とにかく自分の全力を出し切ってこい。新馬戦勝った先輩からのアドバイスだ』
『僕と歳は変わらないでしょ? もう』
なんにせよ、頑張ってほしいものだ。無事に抜けてくれよ、タイド。
◇
時間は過ぎて12月。年末の季節だ。
12月の第1週。タイドの新馬戦の結果はというと。
『勝った、僕も勝ったよシャロ! デビュー戦勝った!』
『よかったじゃねぇか! きっと、餌も奮発してもらえるぞ~!』
『うん!』
無事に抜けたらしい。とても嬉しそうに報告してくれた。
いや~、嬉しいね。嬉しくて小躍りしちまうわ。旋回しかできないけど。
で、タイドの新馬戦が終わった。
終わったら何が始まるんです?
「……最終追い切りのタイムも普通やな。いつも通りや」
「これがシャーロックにとってのベストですよ。大船に乗ったつもりでいてください、康夫さん」
「ま、寛君が大丈夫言うんやったら大丈夫やろ。任せたで」
俺の、朝日杯だ。
G1初出走ですわよ。