親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

10 / 10
まぁ色々と。


メジロの現状

 今現在、競馬のコミュニティでは一頭の馬が話題になっている。

 

「デイリー杯も完勝だからな~。次走は朝日杯だし、これは期待できるぞ!」

「ついに出たメジロマックイーン産駒の大物だからな。ありゃG1も勝てる!」

「次のレースが楽しみで仕方ないわ! 馬券的にはまず味やけどな! はっはっは!」

 

 メジロシャーロック。現在重賞2勝を含む3連勝と、2歳世代で一番勢いに乗っている競走馬だ。

 

 勝ち続けているのもそうだが、目を惹く理由は別のところにも。

 それが血統。父と母がどちらも内国産馬、というところだ。

 

「マックイーンもそうだけど、オグリキャップの孫ってのがいいよな。しかも走り方がそっくりだ!」

「メジロラモーヌの血も入ってるし、もうこんなん応援するしかねぇよ」

「サンデーばっかでつまらんG1を盛り上げてくれや、シャーロック!」

 

 メジロマックイーンは重賞勝ち馬こそ出しているものの、中々インパクトの強い馬が出ておらず。

 オグリキャップやメジロラモーヌもまた、G1で活躍するような馬を出していなかった。

 主流となる血統ではない。なんなら勝ち上がり率もそれほど良いというわけではない。

 そんな馬が活躍しているのだ。現在日本競馬で最も幅を利かせている種牡馬、サンデーサイレンスの産駒を押しのけて。

 

 盛り上がらないはずがない。応援したくならないはずがない。

 

「メジロもメジロで、ベイリー以降は鳴かず飛ばずだしなぁ。ここにきて出てきたのがメジロシャーロックよ」

「何が何でも応援したくなるわ。サンデーなんかに負けんじゃねぇぞ! って」

「頑張ってくれよ~シャーロック。お前がマックイーン産駒最後の希望だ!」

「マックイーンはまだ種牡馬やってるだろうが」

 

 競馬ファンにとっても応援したくなる血統の馬。それがメジロシャーロックである。

 

 ただ、今現在は人気が落ち着いてきた。

 というよりは、初出走した当初よりも人気が伸びなくなってきたのである。

 

 理由は非常にシンプル。勝ち方が普通だからだ。

 

「新馬戦はえらいインパクト残してくれたけど、重賞はどっちも普通やったしな~」

「なんかこう、凄い! って感じがしないっつーか。もっとこう、見ただけで分かる凄さ! ってのがないんだよ」

「王道の先行策から抜け出しとるだけやしな。それで勝っとるからまぁ強いんやけど」

 

 逃げ先行の王道スタイル。オーソドックスな勝ち方だが、ファン受けがよくない。

 良くいえば勝つための戦い方。悪くいえば華がない。

 新馬戦の逃げ切り大差圧勝を考えると、どうしても物足りなさを感じてしまう。

 メジロシャーロックを応援しているファンはみな、重賞2戦に少しだけがっかりしていた。

 

「もっとド派手に勝ってほしいわ。こう、あっ! と驚くような勝ち方やな」

「分かる分かる。新馬戦考えたらさ、もっと分かる形での圧勝が欲しいよな~」

 

 外野だから好き勝手言える。もっと強い勝ち方をしてほしいというのが、現状の声だ。

 

 ……とはいっても、ファンは知る由もないだろう。重賞を調教の場としていたことに。

 主戦騎手である岳寛が、どんなことをしながら騎乗しているのかを知らない。

 インタビューでは口にしないし、調教師である生江も馬主の喜多野も何も言わない。

 メジロシャーロックは、重賞の場で公開調教じみたことをしているのだと。

 

 もっとも、情報が公開されていないのでファンが知ることはない。いずれ知ることになるかもしれないが。

 

 

 メジロシャーロックが2歳世代の王者として君臨しつつある現在、今までスポットが当たらなかった場所にも光が当たる。

 メジロの今だ。シャーロック以外のメジロの馬はどうなっているのか? と、ファンは気になったのである。

 

 いざ調べて分かったことなのだが、鳴かず飛ばずだ。重賞に姿を現すのも難しい有様、勝つことは夢のまた夢、みたいな現状である。

 いないことはないのだが、あまりにも突出しすぎてる奴がいるので物足りない。

 というか、出走ラインにすら届いていないのが珍しくない。

 簡潔に言えば、シャーロック以外のメジロの馬はほぼ全滅している、と言ってもいい。悲惨な現状が明らかになった。

 

「シャーロッククラスとまではいわんけど、これは、うん」

「マジでなんも言えねぇ……開いた口が塞がらねぇよ」

「メジロは最近低迷してるって聞いてたけど、これほどとはなぁ」

 

 かつては有名なオーナーブリーダー。八大競走*1にも名馬を輩出し続け、栄華を誇った名門の現在の姿。

 栄枯盛衰とはよくいったもの。衰退の一途を辿っているメジロに、同情せずにはいられなかった。

 

 だからこそ、なのだろう。

 

「頑張れよシャーロック! お前がメジロの希望だ!」

「もうシャーロックに賭けるしかないやろメジロも。これが最後の大物になるかもしれんし!」

「まだマックイーンもブライトも現役種牡馬だろうが! 希望を捨てんじゃねぇ!」

「じゃあお前、シャーロック以上の大物が出るっちゅうんか!? これが最後の希望や!」

 

 メジロシャーロックに多大な期待が寄せられているのは。

 

 没落しつつある名門から出てきた、クラシックで好走が期待できる馬。

 それも、メジャーではない血統から出てきた。流行りではない血の期待馬だ。

 期待が寄せられるのは想像に難くない。

 

 なによりも、メジロの現・総帥である喜多野美弥の存在だ。

 もうかなりの高齢であり、業務の大半は喜多野裕二に任せている。

 馬主席では朗らかな笑みを浮かべているが、年齢を考えると先は長くない。

 

 そんな美弥の、ひそかな野望。

 

「メジロの馬で、ダービーを勝つのが夢なんですよ。この歳でも目標があるのは、競馬の面白いところかしら?」

 

 メジロの馬による日本ダービー制覇。かつて髪の毛一本の差で負けたあの雪辱を、なんとしても晴らしたい。

 ダービーを勝つところを、競馬において最大の栄誉であるダービーの頂を。

 競馬に関わる人間として、なんとしても見たいのだ。

 

 メジロブライトが3着に入って以降は出走すら叶っていない。

 歳を考えたら、メジロシャーロックが最後のチャンスになるかもしれない。

 

 シャーロックはこのまま順当に行けば、日本ダービー出走は余裕だろう。

 美弥は周りに、こう言っていた。

 

「これが最後のチャンスかもしれないわ。だからせめて、せめてあの子のダービーだけは見たいわねぇ」

 

 少しだけ寂しそうに笑う姿が、印象的だった。

 

 こんなことを聞いて、頑張らない者はいないだろう。

 主戦騎手である岳寛は、美弥の手を力強く握る。

 

「大丈夫です。僕とシャーロックなら、メジロにダービーの栄誉をプレゼントできますから」

「あら、あら。自信満々ね」

「はい。彼はそれだけの馬です。だから美弥さんも、頑張って生きましょう」

 

 トップジョッキーの自信満々の言葉に、美弥は安心感を覚え。

 

「頑張って頂戴ね。応援、しているわ」

「っ、はい!」

 

 思いを託す。きっとダービーを勝ってくれるだろう、そう願って。

 

 

 ……以上のことから、メジロシャーロックにかけられる期待は多大なものだ。

 ファンだけではない。馬主であるメジロの総帥、喜多野美弥からも期待されている。

 メジロ復活における希望。かつての輝きを取り戻してくれるかもしれない競走馬。

 衰退している名門。高齢となっている有名馬主の現在とその願い。

 

 情報を収集していたマスコミは、この話をとにかく前面に押し出した。

 

【メジロの救世主になるか!?メジロシャーロックデイリー杯2歳ステークスを圧勝!】

【次の舞台は朝日杯フューチュリティステークス。2歳王者として君臨するかメジロシャーロック!】

【メジロの総帥にダービーの栄誉を!岳寛と生江康夫調教師が語る思い】

 

 話のタネになるのがたくさんあるのだ。こうなるのもまた、当然と言える。

 

 日に日に期待が増していくメジロシャーロック。

 なお、当馬は別に新聞を見るわけでもないので知る由もない。

 

『次は朝日杯か~。その前にお前の新馬戦だな、タイド』

『ついに僕もレースかぁ。勝てるといいなぁ』

 

 調教で一緒になったブラックタイドと一緒に、のほほんと過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 デイリー杯が終わってね、次のレースは12月の朝日杯に決まったわけだ。

 気合いが入るってわけですよ。今日の調教も頑張るぞ。

 

 ただその前に、タイドのデビュー戦が控えている。朝日杯の1週間前だ。

 

『お前なら心配いらないんじゃねぇの? 期待されてるじゃん』

『まぁシャロほどじゃないけどね。というか、シャロに鍛えられてるし。そんじゃそこらの子には負けないよ』

『つまり実質俺のおかげってことだな!』

『シャロのせいってことだよ』

 

 調教の主目的はタイドの調整。俺はおやすみ、とは言えないが、いつもよりも軽いメニューだ。

 

 いや~、久しぶりかもしれんな。タイドに合わせたメニューになるの。

 

『ここ最近マジで絞られまくってたからな……3歳馬との併せばっかだし』

『いつもキツそうにしてたもんね。それでも午後にはケロッとしてるんだから、やっぱりシャロはおかしいよ』

 

 言うんじゃねぇタイド。自分でもそう思ってるから。

 

 なんにせよ、3歳馬が相手じゃない。

 ちょっとだけハッピーな気分だ。

 たまにはこういう日があってもいいじゃない、人間だもの。馬だけど。

 

 さて、準備運動も程々に調教が始まる。タイドの方も準備が終わったようだ。

 

「それじゃ寛さん、俊之。頼むで」

「はい。分かりました」

「タイド、頑張ろうか」

 

 俺は俊之さんを、タイドは岳さんを背に。一日のスタートだ。

 

 タイドとの調教では大事なことがある。

 俺はあくまでサポート役に徹する、ということだ。

 

『お、中々調子良さそうじゃんタイド。前より速くなってる』

『え? そ、そうかな? そんなことないんじゃない?』

『いやいや、そんなことあるって。お前速くなってるよ』

 

 3歳馬と併せる時とは違う。とにかくタイドの調子を維持することを心掛ける。

 

 レースを先に迎えるのはタイドの方だ。俺はその1週間後、ちょっとだけとはいえ猶予がある。

 ならば、好調を維持させたいのはタイドの方。とにかく調子を上向かせることが大事。

 俺の方なんて後回しでもいい。最優先すべきはタイドの方、ってことだな。

 

(ネオユニヴァースさんと併せる感覚でいくと、タイドの方が先に音を上げるしな)

 

 タイドは3歳馬とは調教していない。

 俺のペースでやると、タイドが調子を崩してしまう可能性がある。

 そうなってしまったら最悪だ。

 

 なので、俺の方で調整をする。

 

『てか前より走れるようになってんじゃん。この前はこのくらいでバテてただろ?』

『そうだったかな……でも、シャロが言うなら成長してる、のかな?』

『大丈夫だって! してるしてる!』

 

 時に励まして、とにかく気分良く走ってもらうことが大事だ。

 大事なのは今の自分が脇役であると思うこと。

 決して主役を食ってはいけない。自分本位で動いてはいけない。

 部活のマネージャーのようにサポートを。これ大事。

 

 で、俺はこの調整が抜群に上手いらしく。

 

「ホンマに不思議よな~、シャーロックは。負けん気強いのに、他馬に併せられるとは」

「ブラックタイドだけじゃありません。まだ未勝利戦を抜け出していない新馬相手でも、シャーロックはちゃんと併せられますからね」

「ホンマにえらいわ。自分本位やない、周りを見て動ける。やから世戸口さんも、シャーロックを信頼してくれとんのやろうな」

「しかも、シャーロックには影響がないですからね。調子も落とさないですし。だからこうして併せているんですけど」

 

 他の馬の調整をすることが多い。なにかと重宝されるポジションについた。

 

 いや、勿論最優先は俺の調教よ? 今この厩舎で一番期待されているのは俺だし、俺の調教を優先している。

 しかし、他の馬を勝たせなきゃいけないのも事実。

 できるだけ多く1勝を。調教師みんなが思っていることだろう。

だからこそ、調整相手の選出はかなーり大事になる。気分よく走ってもらうためには、馬にとってベストな相手を選ばなきゃならんからな。

 

 ただ、馬というのは基本勝ちたがりだ。

 調整目的でも、調教だとしてもガチで勝ちに行くやつが多い。

 こればっかりは生物としての本能だから仕方なし。

 ある程度割り切って、調整相手として問題ない相手を見繕う。

 

 しかし、俺は前世が人だ。しかも人ソウルを宿した馬だ。

 生物としての本能はあるが、しっかりコントロールできる。

 調整ってちゃんと分かってるからね。勝ちに行くよりも大事なことがある、理解してますよ。

 

 なんにせよ応援だ。タイドにはぜひとも、新馬戦を勝ってほしいからな。

 

『次の新馬戦、頑張れよタイド。応援にはいけねぇけど、ここから応援してるからな』

 

 念だけは飛ばしておくぜ。タイド頑張れ~、って。

 

 肝心のタイドはというと。悪くはなさそうな反応。

 

『……ありがと、シャロ』

 

 お礼を言われた。へ、嬉しいこと言ってくれるね。

 

『おう、どういたしまして。ま、お礼は勝ってからにしてほしいけどな』

『あ、あんまプレッシャーかけないでっ』

『悪い悪い。そんなつもりはなかったよ。ま、とにかく自分の全力を出し切ってこい。新馬戦勝った先輩からのアドバイスだ』

『僕と歳は変わらないでしょ? もう』

 

 なんにせよ、頑張ってほしいものだ。無事に抜けてくれよ、タイド。

 

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて12月。年末の季節だ。

 12月の第1週。タイドの新馬戦の結果はというと。

 

『勝った、僕も勝ったよシャロ! デビュー戦勝った!』

『よかったじゃねぇか! きっと、餌も奮発してもらえるぞ~!』

『うん!』

 

 無事に抜けたらしい。とても嬉しそうに報告してくれた。

 いや~、嬉しいね。嬉しくて小躍りしちまうわ。旋回しかできないけど。

 

 で、タイドの新馬戦が終わった。

 終わったら何が始まるんです?

 

「……最終追い切りのタイムも普通やな。いつも通りや」

「これがシャーロックにとってのベストですよ。大船に乗ったつもりでいてください、康夫さん」

「ま、寛君が大丈夫言うんやったら大丈夫やろ。任せたで」

 

 俺の、朝日杯だ。

*1
皐月賞・桜花賞・日本ダービー・オークス・菊花賞・天皇賞春・天皇賞秋・有馬記念の総称。日本競馬を代表するレースであり、秋華賞や宝塚記念は違うので注意




G1初出走ですわよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

星旗牝系の夢(作者:久保田紅葉)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

もしもゴールドシップに全姉がいたら……というロマンとかいうのを詰め込んだ怪文書


総合評価:374/評価:7.73/連載:9話/更新日時:2026年06月14日(日) 21:29 小説情報

衝撃のその先へ…(作者:アグD)(オリジナル現代/スポーツ)

どれだけ勝っても、どれだけ走っても、あいつの影から逃げられなかった。▼走って走って、走り続けても心は常に恐怖に満ちていた。▼これは、競馬を知らなかった男が、皇帝と帝王の宿命を背負い、▼英雄の影を追い続ける物語。▼2006世代(ディープの一つ下)にテイオー産駒の架空馬を突っ込んでみた話。


総合評価:438/評価:8/連載:24話/更新日時:2026年05月28日(木) 21:45 小説情報

音を超え、光を超えて(作者:バクフーSLUMP)(オリジナル現代/スポーツ)

本来ならありえなかったif▼もしもサクラバクシンオーとノースフライトの間に産駒がいたら?


総合評価:311/評価:8.56/連載:5話/更新日時:2026年05月27日(水) 08:00 小説情報

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:2742/評価:8.95/連載:28話/更新日時:2026年06月14日(日) 07:00 小説情報

天が讃えし転生馬(作者:びりーばー)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

▼1964年 東京優駿▼直線抜け出した2頭の壮絶な叩き合いの末、神は2頭に微笑んだ。▼勝負と誇りの世界へようこそ。▼激動と波乱に満ち溢れたある転生馬のお話。▼


総合評価:483/評価:7.56/連載:14話/更新日時:2026年05月05日(火) 21:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>