親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

104 / 104
シャーロックが奮起しているその頃みたいな。


日本の夢、選択

 9月の初め。栗東のオフィスにて。

 喜多野裕二は決めかねていた。顎に手をやり、呻くような声を出している。

 

「うぅむ……結果的に影響はなかった、ということだが」

「はい。それどころか、輸送疲れもありませんわ。やろうと思えば、いつでも欧州に行けまっせ」

「タフなんてレベルではないな、いつものことながら」

 

 この場にいるのは生江康夫調教師と、生江俊之調教助手。

 3人で集まって確認しているのは、メジロシャーロックの状態だ。

 

 激戦だったキングジョージ。

 帯同馬だったハーツクライが屈腱炎を発症したこともあり、念のためにと帰国させた。

 シャーロックも無事ではないかもしれない。最悪を想定して、日本に一度帰ってきた方がいい。

 引退するかどうかは、状態を見て決めよう。

 反論はない。自分達の相違だった。

 

 結果は……全くの問題なし。

 最初から最後まで続いた消耗戦。どこかにダメージが蓄積していてもおかしくないはずなのに。

 どこにも異常は見当たらなかった。ひとまず、安堵したのは記憶に新しい。

 

 無事なのは分かった。

 では、次走はどうするか? どこで走るのが良いか?

 次の焦点は、レースへと向けられた。

 

 第一案は、もう一度欧州に渡るというもの。

 前哨戦を挟まず、凱旋門賞に直接挑もう、というプランだ。

 

 また長距離輸送になるので、馬によってはかなりのストレスになるのだが。

 

「シャーロックは輸送に強いです。もう一度渡ることになっても、ケロッとしとるでしょう」

「その姿は容易に想像がつきますね。最初のイギリス遠征の時もそうでした」

「本来無視できないストレスがあるものですが、シャーロックは苦にしません。康夫調教師の言うように、問題自体はないかと」

 

 メジロシャーロックならば問題にはならない。

 最初の遠征でも、すぐさま放牧地で走り回るほどの元気があったのだ。

 輸送疲れもない、ストレスもない。

 短期間で出戻りになったとしても、好調を維持したまま走ることが出来る。

 康夫たちはそう断言した。

 

 とはいえ、あまりやりたくないというのが現実。

 

「やはり、馬のことを思えば無理強いはできない、というのが私の意見です。ただでさえ一度帰ってきているわけですから」

「ん~……まぁ、裕二さんの意見も分かりますわ。っちゅうか、普通はそうやし」

「また1週間後には検疫厩舎、なんて事態になりますからね」

 

 いくらタフとはいえ、60日ルールを避けるためみたいな出戻りはいかがなものか?

 これもまた事実として存在していた。

 見えないところで消耗しているかもしれない。もしもを考えたら、そう簡単にGOサインは出せない。

 難しい判断だった。

 

 となれば、日本で走るのか?

 これもまた厳しい。

 

「やけども裕二さん。シャーロックは日本やとほぼ確で避けられます。出走登録した瞬間、蜘蛛の子を散らすように回避される。よう分かっとるでしょ?」

「そこがまた、我々の頭を悩ませているところですね……。シャーロックが日本で走れるレースは、あまりにも少ない」

 

 シャーロックは日本で格の違いを見せつけ過ぎた。

 出走すると分かれば、賞金積以外での出走がほぼなくなる。

 勝てない勝負はしたくない、自分達の馬が惨めな思いをするのは嫌だ。

 強くなりすぎたがための、弊害だ。

 

 現状、シャーロックが走れるのは海外戦しかない。

 その海外戦でさえも、シャーロックは避けられている。

 もはや引退した方がいいのではないか? そう思ってしまうほどに。

 

 だが、つい最近フランスの報道陣からこんなニュースが発信された。

 主に欧州の競走馬に向けられたものである。

 

「真の王者がいない世界最強決定戦に何の意味があるのか?」

「今年の凱旋門賞は、逃げ腰の弱腰しか集まらなかったレースだ」

「強い馬がいるから出走回避など、凱旋門賞の名誉を汚す行為である」

 

 なんともまぁ、恐れを知らない報道陣である。

 自国どころか、欧州の競走馬と携わる関係者相手にケンカを売ったのだから。

 そりゃあメジロシャーロックがフランスで走る! なんて思っていたところに、出走回避が相次いでレース自体が危ぶまれるなど、許せるわけもないだろう。

 

 このニュースに対し、関係者側は当然激怒。

 抗議文を即座に出して対抗、真っ向から殴り合うことを選択した。

 判断としては間違ってないのかもしれない。バカにされているのだから、我慢はできないはずだ。

 

 ただ、問題があるとすれば……市民サイドがメディア側に回っていることだろう。

 

「シャーロックを凱旋門賞に、て言うてるらしいですよ? 連日のように、デモみたいなことになっとるみたいです」

「は、はは。あの子は本当に、愛されている……の、ですかね?」

「愛されてはいると思います。暴走しているだけで」

 

 フランス市民はメディアの意見を全面的に支持。

 メジロシャーロックを凱旋門賞に、と今でも声を上げているそうだ。

 さすがは帰国する、と発表した際にめちゃくちゃ引き止めてきた人達である。

 

「我が国でもレースを! 現地で観戦したいんだ!」

「お願い! もう観戦する準備を万全に整えているの! シャーロックを凱旋門賞に!」

「お願いだ日本! どうかメジロシャーロックを凱旋門賞に出してくれ!」

 

 ほんの一部だが、今もこんな声が自分達の耳に届いている。

 ファンからの愛されっぷりに、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「大事にならなければいいんですが……」

「まぁ、大丈夫やと思います。警察も動いとるでしょうし」

「警察が動くような事態になってる時点で、もうダメだと思いますテキ」

 

 相変わらず、ファンと関係者の間で対立を生んでいる。

 なんとも難しい状況だった。

 

 だが、今はその状況にも変化が出ている。

 理由は、ハリケーンラン陣営の言葉だ。

 

 ハリケーンランはキングジョージに出走していた。

 世紀の大決戦、死闘を演じた馬の一頭。

 前年度の凱旋門賞覇者は、インタビューでこんな言葉を零した。

 

「世界王者がこないのが残念でならない。こちらは迎え撃つ準備を済ませていたというのに」

 

 残念そうに、戦うことを楽しみにしていた発言を残している。

 どの陣営も回避を選択する中で、真っ向から戦う道を選んでいた。

 

 また、回避を選択する陣営についても。

 

「仕方がないかもしれない。彼は、メジロシャーロックはそれほど強い馬だ。勝つのは容易ではないし、回避も視野に入るだろう」

「だが、彼ほどの馬と同じ時代に生まれたのはある種幸運だ。神に挑むチャンスを与えられているわけだからね」

「神を倒せば箔がつく。我々の馬は素晴らしい、という証明にもなるんだ。ならば挑むさ。負けないような強さを持っていると、我々は自負しているからね」

 

 納得はしている。悪いことではないと擁護し。

 それでもなお、自分達が挑む理由について語った。

 

 メジロシャーロックは神に愛された競走馬であり、まさしく神話の世界から出てきたような馬だと。

 その神と戦い競うことは栄誉であり、勝つのを目指すのは当然のことであると残した。

 

 最初聞いた時は大仰な、と思ったが、同時に嬉しく思った。

 

「シャーロックのことをこんなにも評価してくれて。嬉しい限りですよ」

「ホンマにですわ。避けられるんが当たり前みたいになっとったのに、真っ向から向かってくれるんですから」

「感謝しなければなりませんね。ハリケーンラン陣営のおかげで、変化が起き始めていますから」

 

 俊之の言葉に頷く、康夫と裕二の2人。

 そう、この発言が広がったところで、変化が起き始めていたのだ。

 

 まず、出走回避を撤回する声が上がるようになった。

 やはり凱旋門賞に出ると、メジロシャーロックがいても関係ないと口にする陣営が多数。

 出走を仄めかすようになってきたのだ。

 

 まだメジロシャーロックは、凱旋門賞出走を取り消したわけじゃない。

 可能性は0じゃない、低くとも十分にある。

 

 けど、回避を撤回した。

 メジロシャーロックと戦うことを選択した。

 

 シャーロックの走る姿が見れる、楽しそうに走る姿が見れる。

 それの、なんと嬉しいことか。

 

「今んとこ、出走表明は10を超えとるらしいです。シャーロックも入れて、ですね」

「……前までが1、ということを考えれば」

「10倍ですね。不成立、っちゅうことにはまずならんでしょう」

 

 思わず目頭を押さえる裕二だった。

 

 

 と、ポジティブな話題が増えたことにより、メジロシャーロック陣営には迷いが生まれている。

 このまま日本に留まって引退するか、それとも凱旋門賞、もしくはそれ以外のレースに出走する道を選ぶか。

 

 ちなみに、凱旋門賞の次点はBCターフだ。

 アメリカの芝2400m。ここにも一応登録はしてある。

 

「期間を考えたら、BCターフなのでしょうが。それでも、求めてしまうのが人間の性、なのかもしれません」

「凱旋門賞はスピードシンボリの時代からありましたからね。挑戦の歴史は長い」

「近年やったら、マンハッタンカフェにタップダンスシチー。惜しいっちゅうことやったら、エルコンドルパサーが挙げられるな」

 

 しかし、凱旋門賞は特別な称号だ。

 日本が欲してやまない栄誉。是が非でも取りたい称号。

 エルコンドルパサーが2着に入ったことで、制覇が現実味を帯びてきた。

 

 そして、出てきたのである。

 凱旋門賞を取れる馬が、間違いなく制覇できるサラブレッドが誕生した。

 世界に通用する馬、なんてレベルじゃない。すでに世界の頂点を獲った馬が出てきたのだ。

 

 となれば、夢を見たくなるのが人間。期待をしたくなる。

 

「シャーロックを凱旋門賞に、っちゅう声がめっちゃ多いっすわ。ま~仕方ないと思います」

「勝利がほぼ確実視されていますからね。そのせいで、テキは胃が痛いらしいですが」

「胃潰瘍になりそうやわ。洒落抜きで」

 

 凱旋門賞制覇という夢を、乗せたくなるのだ。

 

 夢はいつしか呪いになる。

 呪いになる前に、断ち切って欲しい。

 メジロシャーロックならば、それができる。ファンはそう信じている。

 

 現実的な見方をするなら、BCターフの出走。

 夢を追いかけるのであれば、凱旋門賞の出走。

 より安全な道を取るのであれば、引退して種牡馬に。

 

 2つのレースと1つの選択肢で悩むオーナー、喜多野裕二。

 悩みに悩んだ。どうするのが正解であるのかを。

 

(悩ましい問題だ、本当に。美弥さんがいたならば、なんて答えたのだろうか?)

 

 今は亡き前オーナーのことを思い出す。

 あの人ならばどんな選択をしたのか? シャーロックに、どんな道に進ませたのか?

 少しだけ気になって。頭を横に振って考えを振り払う。

 

(考えるべきは私、責任を負うのは私だ。私が、やりたいことはっ)

「では、康夫さん。次のレースですが」

 

 覚悟を決めた。

 メジロシャーロックの次走を決めた。

 

 生江康夫は姿勢を正す。

 一言一句聞き逃さないように、耳を澄ませる。

 

 喜多野裕二の口から出てきた、レースの名前は。

 

「──凱旋門賞に出ましょう。夢を、追いかけたくなりました」

「……ホンマにええんですか?」

「勿論、出発前にシャーロックの体調です。大丈夫かどうかをチェックするのを大前提に、問題がないようなら凱旋門賞に出ます」

 

 凱旋門賞。

 フランスの、世界最高峰のレースを、選択した。

 

「全ての責任は私が負います。一緒に夢を追いかけてくれませんか?」

 

 手を差し出す裕二。

 

 その手を康夫は……迷うことなく取った。

 

「任せたってください。シャーロックも勿論、ばっちり管理しますわ」

「テキがそう判断したのであれば、俺はそれに従うのみです。日本のことはお任せを」

 

 メジロシャーロックの次走は、凱旋門賞に決まった。

 世界最高峰の舞台へと、世界最強の神に愛された馬が挑む。

 

 

 

 

 

 

 また、凱旋門賞挑戦はメジロシャーロックだけではない。

 

「やったら、向こうにおるディープと合流ですね。寛君もえぇ顔……せんわな。またディープと選択せなあかんわけやし」

「確か、金古さんをどうにか説得したんでしたよね? なんて説得したんですか?」

「ディープかて勝てる素質は十分あります、敵はシャーロック以外日本におりません。世界に目を向けましょう言うて、なんとか説き伏せたわ」

 

 ディープインパクトもまた、凱旋門賞へと挑戦する。

 ステップレースにフォワ賞を挟んで、出走を予定していた。

 

 これに関して、馬主である金古氏は。

 

「正直、相手が相手ですが。挑まずに逃げるのはもったいないかな、と」

「折れていました、諦めようと思っていました。けれども……やはり、夢は捨てきれなかったのかもしれません」

「なにより、キングジョージのハーツクライ陣営に勇気づけられました。諦めずに挑む姿が、かっこよく映り、自分は何をやっているのかと、そう見つめ直す良い機会になりました」

「男らしくないかもしれませんが、発言を撤回します。シャーロックが出走するかもしれない凱旋門賞に。日本の夢に、照準を合わせようと思っています」

 

 そう語った。




次走は凱旋門賞に。後岳さんはまた曇らされる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:3655/評価:8.96/連載:43話/更新日時:2026年09月10日(木) 13:00 小説情報

ステイゴールドになったけど(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

気づいたらステイゴールド。▼っても、既にいろんなステゴの記憶がある彼女。その中に一人、おっさんが混じってもまぁそれはステゴ。▼19話からは蛇足編です。おっさんステゴの旅路をご覧になりたい方は、是非。


総合評価:2439/評価:8.59/完結:48話/更新日時:2026年06月29日(月) 21:00 小説情報

ナイスネイチャがトレーナーと契約するまでのお話(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ナイスネイチャっていいですよね。▼※長くなりそうなので連載に変更しました。一日一話、夜9時ごろ更新します。なんか50話ぐらいになりそう。


総合評価:2351/評価:8.62/完結:57話/更新日時:2026年08月25日(火) 15:35 小説情報

マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

こっちでカフェさんになっちゃったおっさんのお話。▼20話ぐらい。だったんだけどのびのび。▼えぶりでぃ21時更新


総合評価:3118/評価:8.61/連載:29話/更新日時:2026年09月19日(土) 21:00 小説情報

甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ(作者:ドンクライ(泣くのはおよし))(オリジナル現代/スポーツ)

 久し振りにパワ◯ロやった記念▼ 要は架空選手の無双系スレです▼ 小説というほどのものではありません。スナック感覚でどうぞ。


総合評価:3889/評価:8.24/短編:10話/更新日時:2026年09月11日(金) 15:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>