シャロのメニューは、基本的に俺が考えている。
まだトレーナーがついていない身だから当然だな。
〈シャロ、今日は筋トレ中心でメニューを組んである。鞄に入れてあるから、しっかり読み込んでおけよ〉
「分かりました、ロック。それで、相談なのですが……他の方ともトレーニングをしてもよろしいでしょうか? 実は、アルヴさんから誘われておりまして」
〈構わん、というか見てたから別にいい。むしろ効率が上がるから積極的に組め〉
さすがに本職には敵わんが、型を作ることぐらいはできる。
本格的なものは、いつかつくであろうトレーナーが考えてくれるさ。
にしても、トレーナーか。
(誘いはかなりあるんだよな。この辺は、シャロというか、メジロシャーロックが注目株なんだから当然っちゃ当然だけど)
スカウトの声はめちゃくちゃ多い。
ぜひとも自分に担当させてくれ! なんて声が後を絶たない。
新人からベテランまで。引く手数多なのが現状だ。
それも当然で、トレーナーからすればシャロはダイヤの原石。
極上の上の上。秘めている才能は三冠ウマ娘レベルのものだ。
海外のレースすらも勝てる器。どんな場所だろうと輝きが衰えることはない。
ちなみにこれは、実際にスカウトしに来たトレーナー達の言葉である。
まぁ、史実の期待されっぷりを考えたら、これでも大人しいというか。
むしろこれで済んでるだけマシ、無理やり押しかけに来る奴がいないだけいい、ってところだ。
(強引に迫ってくる可能性もあるからな。康夫さんとか岳さんとか、基本俺のことべた褒めだし。他の調教師もべた褒めだし)
新人はワンチャンスを掴みに、ベテランは原石を放っておけないから。
いろんな理由で、メジロシャーロックをスカウトしようと頑張っている。
とはいえ、そこで働くのがセ〇ム……もといメジロ家のメンバーである。
強引に迫ってくる輩がいないのは、間違いなくメジロ家が関係しているな。
シャーロックと特に仲が良いのは、メジロマックイーンとメジロラモーヌ。
メジロの最高傑作と、メジロの至宝だ。
ちょっと考えりゃ分かるな、うん。
(マックイーンはまだいいかもしれんが、ラモーヌさんが問題だ。間違いなく、下手なことをしたら消される)
ラモーヌさんはシャロを溺愛している。
普段は素っ気ない、どこだろうと唯我独尊を貫くラモーヌさんが溺愛しているウマ娘なのだ。
機嫌を損ねる、それに類することをシャロにしたら、ラモーヌさんがすっ飛んでくる。
うん、終わりだな。マジギレラモーヌさんとか相手にしたくねぇよ。
で、メジロ家だけではない。
関わりがあると言えば、オグリキャップもそうだ。
オグリキャップの人気は凄まじい。みんなに愛されるウマ娘だ。
そんなオグリキャップが可愛がっている子だぞ。
(シャロになにかしたら、オグリキャップも飛んでくる。おいそれと変なことは出来んわな)
むしろ、スカウトしに来るトレーナーは勇者かなにかだ。尊敬に値される、のかもしれない。
ま、機嫌というか、下手なことしなければ何もない。
シャロが止める側に回るからな。ラモーヌさんもオグリも、シャロが言えば渋々でも手を引く。
逆に損ねた場合は……ご愁傷様。来世に期待しましょう。
とまぁ、スカウトの声自体は多いシャロなのだが。
現在はそのことごとくを断っている。中には大ベテランのチームからの誘いもあったのに、だ。
理由は。
「真剣に選びたいのです。まだ選抜レースにも出ていない身。僕のレースを観て、その上でスカウトのお声をかけてくださるトレーナーを、僕は選びたい」
らしい。
うん。
(選抜レースに出たら、もっと声をかけるトレーナーが増えるんだろうなぁ)
シャロが選んだことなら文句は言わん。それだけだ。
考え事をしていると、シャロがグルーヴさんと合流した。
「それでは、始めましょうかアルヴさん。今日もよろしくお願いします」
「えぇ。手早く……ゆっくり、じっくりとこなしましょう」
「それは、逆の意味ではないでしょうか?」
「なにかしら? 決して、決してシャロと一緒の時間を少しでも増やしたいとかそういうわけではないわよ。勘違いしないでちょうだい」
2人のトレーニング風景を眺める。
これといって問題点があるわけではないが、眼福だからな。
ウマ娘とウマ娘の仲が良い。これだけでご飯が食える。
「その紙はなにかしら? とても細かく書かれているけれど」
「これですか? これはロックが僕のために作ってくださったトレーニングメニューです! 僕の不足しているもの、鍛えるべき箇所を、しっかりと考えられて作られているのですよ!」
は~、最高。てぇてぇ。片方俺の顔をしたウマ娘だけど。
いや、良いんだよそんなことは。
これだけ意識がはっきり分かれていて、性格だってまるっきり違うんだ。自分とは別って分かる。
「あ、アルヴさん。髪の毛にゴミが。僕が取ってあげますね」
「ッ!? じ、自分で取れるから、いい……っ!」
「いいじゃないですか。僕が気づいたのですから、僕が取ってあげますよ……ほら、取れました」
「……全くもう」
どちらにせよ尊い。デジタル殿の気持ちが分かるわ。
「ひょえぇ~! メジロシャーロックさんとアドマイヤグルーヴさんの絡みが尊すぎる~! しゅきぃ……」
「で、デジタルちゃんが砂になってる!? どうしようフラッシュさん!」
「とにかく保健委員を呼びましょう、ファルコンさん。いつも通りのことですので」
なんなら遠くでデジタル殿は灰になっていた。気持ちはとてもよく分かる。
俺の視点でこの絡みを見たら、デジタル殿はどうなるのだろうか。灰すらも通り越したなにかになるのか?
楽しそうにトレーニングをする2人、シャロとグルーヴさん。
仲睦まじく、和気藹々としている。グルーヴさんは絶対に認めなさそうだけど。
(……よかったな、シャロ)
(なにがですか? というか、なにが尊いのですか?)
(別に。なんでもねーよ。それよか、そろそろトレーニング再開した方がいいぞ。間に合わなくなるからな)
ちょっとだけ、複雑な気分を抱えるのは確かだ。
いろいろと、思うところはある。前世で仲の良かった相手だから、余計に。
でも、いいんだ。これで。
(足りなくなったら、明日また詰めなきゃいけねぇからな。俺の負担を減らしたかったら、少しでもこなせるように頑張りな)
「わ、分かりました。アルヴさん、トレーニングをしますよ! キリキリと、順序よくやりましょう!」
「え、えぇ。分かったわ……急にやる気が段違いになったわね」
それはそれ、これはこれ。
割り切りが重要だ。
何事も、な。
◇
トレーニングが終われば、寮に戻る。
「あ、お帰りなさい、シャロさん」
「はい。ただいま帰りました、タイドさん」
タイドのお帰りを聞いて、やることと言えば?
明日の授業の予習と、今日やった範囲の復習である。
シャロは欠かしたことがない。
俺が夜活動する場合は、しっかりと別日に振り替えるのだ。
マメというかなんというか。生真面目な奴だ。
誰に似たんだろうな、本当に。
「シャロさん、お疲れ様。ホットココア作ったから、ど、どうぞ」
「あ、ありがとうございますタイドさん。では、一緒にいただきましょうか」
「でも、勉強があるんじゃあ……」
「構いませんよ。時には休息も大事。ロックがいつも言っていることですので」
タイドもタイドで気遣い上手。
リラックスできるようにと、飲物を用意してくれたみたいだ。
優しい奴だわ、前世から変わらず。
さて、この時間俺は暇だ。
(お友だちさんは美浦寮だしな。勉強も嫌だし、かといって寮を歩き回るわけにはいかんし)
前に寮をふらふら歩いていたら、幽霊が出たって騒ぎになったからな。
どったんばったんの大騒ぎ。美浦寮からマンハッタンカフェを呼ぶ事態にまで発展。
「……大丈夫、です。シャーロックさんの、守護霊が、徘徊していた、だけ、ですので」
「本当かい? 曰く付きのなにかがあったりは?」
「ありません。大丈夫、です。本人も、反省、しています」
申し訳なかったわ。その節はご迷惑をおかけしました。
そんな過去の出来事を思い出しつつ、シャロとタイドの話に耳を傾ける。
「タイドさんの方はどうでしょうか? 順調ですか?」
「順調、とは言えないかも。最近トレーニングも行き詰ってる感じがして……」
どうも、タイドはトレーニングが上手くいってないようだ。
まだトレーナーがいないので、独学で頑張っているとは聞いていたんだが。
やはり限界があるようで、伸び悩んでいるらしい。
それを聞いたシャロだが、何を考えているのかはすぐに分かる。
「でしたら、ロックを頼ってみましょう! きっと、素晴らしい提案をしてくださるはずです!」
「え、えぇ? でも、なんだか悪いような気が」
「大丈夫です! ロックはきっと力になってくれます! ですよね? ロック」
はい、そうですね。俺に話を振るよね。
つか素晴らしい提案ってなんだ。俺に何を期待してんだお前は。
ま、いい。
〈構わん。困ってるなら力になる、それだけだ。とりあえず、明日一緒にトレーニングをしようって約束しろ。何事も、現在地点を把握しなきゃ話にならねぇ〉
「分かりました。では、そのように。タイドさん、明日は一緒にトレーニングをしませんか? 僕もお手伝いします!」
「で、でも、シャロさん人気者だし……悪いんじゃあ」
「全く気に病む必要はありません。友人が困っているのであれば、力になりたい。それは当然のことですので」
俺もやろうとしていたことだ。
てか、俺がやろうとしていることを感じ取って、シャロはあんなことを言った。考え無しの発言じゃない。
タイドには随分と世話になったからな。力になれるんだったら、力になってやりたい。
その思いは変わらないのだから。
明日の予定が埋まったな。どうするか考えておくか。
「あ、復習に戻らないとですね。ホットココア、ありがとうございました、タイドさん」
「う、ううん。少しでも休憩できたなら、良かった」
「はい。とても心安らぐ時間でした。重ねてありがとうございます」
シャロも勉強に戻ったことだしな。
時間が過ぎていき、やってくる消灯時間。
「もうこんな時間ですか。それでは、寝ましょうか」
「そ、そうだね。明日も早くなりそうだから」
シャロも勉強を切り上げ、タイドは見ていた動画を消して備える。
ベッドに入るシャロと、電気のスイッチに手を置くタイド。
「それじゃあ、電気消すね? シャロさん」
「はい、タイドさん。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
照明が落ちる。部屋が薄暗くなった。
月明りで辛うじて見える状況。タイドのベッドに潜り込む音が聞こえる。
しばらくすると、2人とも寝たみたいで。
寝息が聞こえてきた。大変気持ちよさそうに、今日も快眠できそうで何よりだ。
まぁ、俺は寝れないから大分暇を持て余すんだけど。
(幽霊に睡眠欲ってもんはねぇのか。全然眠気がないから暇で仕方ねぇ)
寮は出歩けないから部屋で何かするしかないんだが、物音を出すわけにもいかない。
2人を起こしたら最悪だ。詫びを入れなきゃいけなくなる。
やりようはあるんだけどな。
〈いつも通り外に出るかぁ。多分だけど、練習場で待ってるだろうし〉
騒ぎが起こったのは、あくまで寮内での話だ。
この時間、寮はたくさんのウマ娘がいる。というか、ほぼ全生徒がいるわけだ。
反対に、学校やグラウンドにはいない。施設は閉まっているんだから当たり前だな。
見つかりでもしたら大目玉。誰もいないのは間違いない。
そもそも、消灯時間を過ぎているんだ。全員寝静まっている。
つまり、だ。
人目がないので、外には行けるってこった。
〈窓はしっかりと空いてるからな。それじゃ、しつれーい〉
窓から飛び降りる、とはいっても普段からふわふわ浮いてるからな。
生身じゃないので、普通に着地可能。こういう時は便利。
警備員の視界に入らないよう、細心の注意を払いながら練習場へ。
そこにいたのは──お友だちさんである。
〈ケヒャ! ケヒャ! やっぱり来た! あそぼーぜぇ、ロックちゃん!〉
〈おう、お友だちさん。んじゃ、走るか〉
〈ハシル、走る! ロックちゃんと走るの、すげー楽しみ!〉
すんごいはしゃいでいた。小躍りしているし。
夜中にやっていることは基本コレ。お友だちさんと走ることである。
お友だちさん普通に強いからな。マンハッタンカフェの目標は伊達ではない、ということだ。
〈負けないぜ? ロックちゃん〉
〈こっちのセリフだ。やるからにゃ勝つ〉
〈ケヒャ、ケヒャ! ビリビリ! たまらねぇぜ!〉
お互いに走る準備を整えて。
照明も落ちたコースを走りだす。
問題はない。どういうわけか、よく見えるからな。
〈タマラナイ、堪らない! この競り合いが、叩き合いがァ! 喰らいつくしてやるよォ!〉
〈やってみろよ。できるもんならな〉
〈ケヒャヒャヒャ! 相変わらず、最高だゼェ、ロックちゃぁん!〉
お友だちさんと、レースもできるってもんだ。
レースが終われば、お友だちさんのテンションも普通に。
〈にしてもロックちゃん、鬼つよ! 大丈夫だった?〉
〈なにがだ。問題ねぇよ〉
〈ふ~ん……ま、あんまり抱え込んじゃNo、だぜ。ロックちゃん、相談しねぇから〉
〈……俺どういう風に思われてんだよ〉
〈ジジツ、事実。オレはいつでも相談に乗るぜ〉
適当に雑談して。
夜が明けそうになったら解散。
お互いの、待っている人の下へと戻る。
俺の一日は大体こんな感じである。
「ふわぁ……おはようございます、ロック」
〈おう、おはようさん。とりあえず顔を洗ってこい〉
「分かっていますよ」
今日も今日とて頑張りますか。
シャロのために。
さすがに本職には勝てないが、それでもメニューを考えることぐらいはできるそうな。