親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

108 / 108
やっと折り返しが見えてきた。


フランスでの過ごし方

 岳さんがディープに騎乗するため、また俺の騎手を探すことになった。

 代打として騎乗することが多かった隈澤さんだが、今回は不在。

 海外戦の経験が浅いからと、申し訳なさそうに断られたらしい。

 

(ま~大分違う、って聞くしな。正当な理由だ)

 

 なので、現地の騎手を探すことになった。

 岳さんの代打、ってだけじゃない。

 俺の引退レースでもある、凱旋門賞の騎手を。

 

 ぶっちゃけよう、かなり難航していた。

 その難航というのも、俺に乗りたくない、なんて理由じゃない。

 全くの逆。俺に騎乗したい騎手が多すぎて、候補が絞り切れないという、贅沢過ぎる悩みだった。

 

「本当にどうするんですか、テキ? シャーロックに騎乗する騎手の人」

「待ってくれ。候補が多すぎんねん。こっちの有名どころが全員立候補しとるわ」

「『凱旋門賞で特にお手馬がいない騎手、全員が手を挙げてるね。お、欧州トップレベルの人もいる』」

 

 日本とは大違いだな、本当。

 

 ぶっちゃけ日本の騎手に声をかけてもよかったらしいが、勝率を少しでも上げるならこっちの騎手だ。

 主戦場にしているし、ロンシャンのコースも知り尽くしている。

 有名どころが釣れたらOK、みたいな感じで、声をかけようとしていたらしい。

 

 間違った判断じゃない。

 俺のことを考えたら、騎手の方から声をかけられると思うだろう。実際そうなったし。

 ただ一つ間違っていたとしたら……予想以上に声をかけられた、ってことだ。

 

「候補が多すぎて絞れん、とは思わんかったわ。思うた以上に声をかけられたわ」

「『康夫はシャーロックの人気を甘く見過ぎだね。こっちの騎手は、ずっとシャーロックに騎乗する機会を狙っていたよ。昨年のキングジョージからずっと、ね』」

「去年からずっと狙われていたんですね、シャーロック。本当に凄い子だね~、シャーロック~」

 

 柏崎さんに褒められ、撫でられる。

 さらっととんでもない情報が公開されたが、今更だ。

 

 ちなみに岳さんはというと。

 

「……良いんじゃないでしょうか」

 

 すげぇ苦虫を嚙み潰したような表情で、俺に別の騎手が乗ることを容認していた。

 いや、容認してねぇなアレ。呪い殺さんばかりの顔をしてたわ。嫉妬に狂った目をしてたわ。

 だったら自分が乗ればいいのに、と思わずにはいられないが、そうもいかない理由もあるんだろう。

 

(乗るのがディープだしなぁ。ディープに乗れるの、現状岳さんだけだし)

 

 岳さんは、俺に勝ちたいと前に言っていた。

 ディープとのコンビで、俺に勝ちたいと。

 

 ディープに騎乗するのは、一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。

 行きたがりの気性と付き合わなきゃいかんし、付け焼刃は勝率を下げる。

 馬主である金古さんとの兼ね合いを考えたら、短い期間で騎乗するのは無理だ。

 

 だが、俺は誰でも乗せることができる。

 別に岳さんじゃなくてもいいわけだ。岳さんがどう思うかは別として。

 現実として、ディープとの初対決である春天は、隈澤さんが騎乗した。岳さんじゃなかった。

 その上で、俺は結果を出した。問題ないとばかりに。

 

 結論。ディープよりも俺を優先する理由がない。

 岳さんじゃなくても大丈夫と分かった以上、岳さんも俺を優先する理由がないのだ。気持ちは別として。

 

(付き合いとかもあるだろうしな。その場合、裕二さんからなんて思われるのか分からんけど)

 

 裕二さんのことだし、別に気にしてなさそうな気がするけどな。

 俺の賢さを知っているし、岳さんの思いも汲むだろうし。

 エクリプスステークスとキングジョージで岳さんが続投したから、怒ってることはないだろう。

 怒ってたら騎乗させないしな。俺の鞍上から下ろすはずだ。

 

 ちょっと逸れたが、俺の騎手問題は大分難航している。ポジティブな方向で。

 

「ホンマにどうするかな~。多すぎて悩むっちゅうんは、幸せなことやけど」

「多すぎるのも考えものですね」

 

 できる限り、早めに見つかるといいんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 あれから数日が経って。

 俺に騎乗する騎手が無事に決まったそうだ。

 

 すげぇ喜ばしいことだ。

 凱旋門賞に向けて、出来る限り早めに慣れておきたい。

 ぶっつけ本番、調教で騎乗する時間すら確保できない、ってのは避けたかった。

 

「シャーロックの騎手が決まったで。えらい騎手からオファー来とったし、日本にも来たことあるらしいからな。後熱意に圧されたわ」

「凄い熱意でしたものね。わざわざここの厩舎を訪れてまで」

「ホンマにな。こっちとしても光栄なことやし、腕も申し分ない。大丈夫やろ」

 

 ギリギリまで決まらない、なんてことにならなくて一安心。

 康夫さん達としても、胸をなでおろしたことだろう。

 

 ……まぁ、その代打騎手というのが。

 

「っちゅうわけで、凱旋門賞でシャーロックに騎乗するデルトリ騎手や。まさか、世界一レベルの騎手が乗るとは思わんかったで」

「『最高の機会に恵まれたよ! まさか、世界最強に騎乗できるなんてね!』」

「なんて言うとるん? 柏崎」

「世界最強の競走馬に騎乗できる。最高の機会に恵まれた、みたいな感じです。つまり、めちゃくちゃ喜んでます」

 

 デルトリ騎手という、世界トップレベルの騎手である。恐れ多いわ。

 

 ステファーノ・フランキー・デルトリ。愛称はフランキー。

 いろいろと詳細は省くが、世界一の騎手なんて呼ばれることもある、とんでもねぇお方だ。

 ドバイミレニアムとか、最近ならエレクトロキューショニストの主戦騎手でもある。どっちも名馬で、その主戦騎手なわけだ。

 

 とんでもねぇよ、本当に。

 

(可能性はあるだろうけどさぁ、なんだってこうなるんだか)

 

 しかも、康夫さん曰くすげぇ熱意だったそうだ。

 ぜひ自分を騎手に。絶対に凱旋門賞を勝たせるから。

 自分を売り込んで、なんとしてでも俺の騎乗機会を勝ち取ろうとしていたそうな。

 俺はその光景を見ていないが、渇いた笑いでなんとなく察せる。

 

 で、俺に騎乗することが叶ったデルトリさんだが。

 テンションが高い。とても。

 

「気品のある馬体ダネ。筋肉の付き方もスゴイ、文句のつけようがないヨ」

 

 日本語話せるのね、というのはさておき。

 俺の体をジロジロと見ては、絶賛している。

 やれ凄いだの、やれパーフェクトだの。大変お気に召しているようだ。

 

 俺は気が気でない。

 世界一の騎手にも認められている、ってのを大前提に、やっぱり褒められると嬉しいからな。

 

 だが、視線がぶっ刺さっているのだ。

 誰かって? そんなの一人しかいねぇだろ。

 

「……」

 

 岳さんだよ。めっちゃ嫉妬の籠った目でこっち見てんだよ。

 こえーよ。そんな歯噛みするくらいなら、俺に騎乗すればよかっただろ。そういうわけにはいかないんだろうけどさ。

 

「フフン、タケ。今回は俺が騎乗させてもらうヨ」

「……まぁ、フランキーなら大丈夫か。でも、シャーロックの主戦騎手は僕だ」

「ナラ、今回でその座を奪うとするカナ?」

 

 喧嘩売るんじゃねぇよ。つか、俺もうこのレースで引退だよ。

 親しい友人同士の話なんだろうけどさ、怖いんだよ向こう側の視線が。

 

「あの、大丈夫なんですかテキ? 岳さんの視線、なんというか」

「大丈夫や思うとけ。それでデルトリ騎手」

「フランキーで構わないヨ。堅苦しいのはなしでイコウ」

「そか。やったらフランキー、今日から早速頼むわ。調教で騎乗してもらうで」

「オーケー。光栄ダネ」

 

 今更変更がきくものでもない。

 デルトリさんと一緒に、調教するコースへと向かう。

 

 その道中。

 

「やけど、大丈夫なんか? 懇意にしとるとこあるんやろ?」

「問題ナッシング! 向こうも分かってくれたカラネ!」

「ホンマやろうな? なんか言われても困るで」

「大丈夫大丈夫!」

 

 すげぇ不安をあおるようなやり取りがあったけど、気にしないことにした。

 

 

 始まる俺一頭での調教。

 ディープはレースがあったし、ピカレスクコートは基本的にディープ優先だ。

 そもそも、今回が騎手との初合わせだからな。一頭の方が都合がいい。

 

 デルトリさんを乗せて、いざ走る。

 

(当たり前だけど、上手いわ。乗せていて気持ちがいい)

「もっとアゲても構わないヨ。キミの全力を見せてクレ!」

 

 初めて俺に乗ったのに、すぐに乗りこなした。全力だろうと変わらずに、だ。

 

「体幹がブレてへん。えらい騎手やわ、ホンマに」

「綺麗な乗り方ですよね~。さすがは世界トップと言われる方です」

 

 初めて乗る馬だろうと、すぐに適応する。

 これが、世界トップと呼ばれる騎手のスキルなのかもしれない。

 

 これには康夫さんもホクホク顔。

 問題がないと分かったので、安心しきっている。

 俺としても嬉しい限りだ。

 

「初騎乗でこれやからな。こら、問題はないわな」

「ところで康夫。俺もシャーロックにいろいろ教えても良いカイ? 凄く賢い子って聞いてるからネ、興味があるんダ」

「……程々に頼むわ」

「グラッツェ! 楽しみダナ~!」

 

 それに関しては、うん。

 より強くなれるとして、前向きに捉えよう。

 

 

 調教が終わって、こっちのご飯を食べて。

 放牧ではディープの相手だ。

 

『走ろう、走ろうよシャロさん! こっちは広いから楽しいよ!』

『分かった分かった。分かったから』

『慣れ切ってますね、シャーロックさん』

『日本の頃からこうだからもう慣れたよ。嫌でも慣れるわ。顔を舐めるなディープ』

『シャロさん、次のレースは一緒だよね? 楽しみだな~! 久しぶりにシャロさんとの勝負だー!』

 

 相変わらずの走りたがり気性である。

 ちょっとは大人しくなったと思ったのに、全然そんなことはなかった。

 むしろディープらしくて安心するけど。

 

 にしても、問題はアレだよな。

 凱旋門賞で、ディープと言えばな問題が迫ってきている。

 

(風邪。そして、禁止薬物検出事件。これでディープは失格処分を下されたからな)

 

 なんか、違法な薬の成分が残留していたとかなんとかで、レースが終わった数日後に失格処分が下された。

 凱旋門賞を禁止薬物で失格処分になったのは史上初。ディープの人気に、影を落とすことになった事件だ。

 

 回避できているのか否か? 目先の問題は、この事件だろう。

 できることなら回避しててほしい、というのが本音。

 アイツの名誉が傷つかないのは、嬉しいことだからだ。

 

 ただぶっちゃけ、これに関して俺じゃどうしようもない。

 ディープが風邪を引かないように、という予防はできるけど……それで回避できるかは微妙だしなぁ。

 

(感冒なんて罹る時は罹るし。ソースは有馬記念の俺)

 

 どういう理由で禁止薬物が残留していたのかが不明。

 分からない以上は、俺としても対策が取れない。

 禁止薬物が検出される大元の原因、風邪を引かないようにすることぐらいしかないんだ。

 

 とはいえ、今のところ風邪の兆候はない。

 おまけに、史実とは大きく異なる点がある。

 ディープがぶっつけ本番ではなく、前哨戦としてフォワ賞に出走していることだ。

 

 これはかなりデカい。

 

(風邪に罹った時期は知らないが、大幅な変更が加わったことは確かだ。アイツも健康そのものだし、問題はないはず)

 

 変わるものもあれば変わらないものもある。

 悪い方向に変わることだってあるし、良い方向に変わることもある。

 

 どっちになるかは、分からない。

 

(フォワ賞は無事に勝ったらしい。康夫さんが嬉しそうに報告していた)

 

 けれども、どうか無事で。

 風邪なんて罹らずに、完調の状態で凱旋門賞を迎えて欲しい。

 

 なんでかと言われたら……まぁ、楽しそうに走るアイツの姿が楽しみだから?

 

(俺と走るのを楽しみにしてる、って言ってたし。そう言われたら、なぁ)

 

 もう俺とディープが走る機会はない。

 正真正銘、凱旋門賞がラストチャンスだ。

 

 そんな舞台に、風邪で体調を崩す、ってのは嫌だ。

 ディープも悲しむだろうし、俺自身も思うところがある。

 最後の戦いを、風邪に邪魔されるのはごめんだ。

 

 だからこそ、か。

 

『風邪引かねぇように気をつけろよ。風邪引いたらレース、出れなくなるぞ~、有馬の時の俺みたいに』

『も~、大丈夫だよシャロさん。最近の僕は絶好調だから!』

『そういう時が一番怖いんだよ。とにかく、気をつけて過ごせ』

 

 やれるだけのことはやっておく。

 お互い、万全のコンディションで戦うために。

 俺自身も、自分の体調に気を配っておかないと。

 

 

 

 

 

 

 凱旋門賞の日は、少しずつ近づいている。

 この前はスクーリングも終わった。

 本番前の予行演習。実際にロンシャン競馬場を走り、感触を確かめた。

 

「ディープもシャーロックも、問題なしやな。どっちも先着しとったし、シャーロックもえぇラップを刻めとる」

「……」

「寛君。フランキーを睨むなや。そんでフランキーも得意げな表情で煽んなや」

 

 今のところ、ディープに風の予兆は出ていない。

 なんなら絶好調。スクーリングも問題なくこなして、康夫さん達も大丈夫と太鼓判。

 

『なんでシャロさんと一緒に走れないの~!? なんでなんで~!』

『そりゃレースで一緒に走るからに決まってるだろ。もう少し我慢しなさい、放牧で走ってやるから』

『なんというか、お兄さんみたいですね、シャーロックさん』

『コイツの兄は今頃日本で元気に走ってるよ』

 

 まだ油断はできないけど、安心だ。

 

 

 で、馬房での時間はというと。

 

「それでネ、この場面ではこう動くのが俺の見解デ~。その理由ってのガ~」

「ホンマに教え込んどるやんか。人間相手に教えとるみたいに」

「これで本当に学習出来たラ、それはそれで面白いカラネ」

「シャーロックの場合、ホンマに出来そうなのが怖いねん」

 

 デルトリさんがホワイトボードを用意して、いろんなことを教えてくれた。

 懇切丁寧に、人間相手に教えるみたいに。

 

 傍から見たら頭がイカれた、なんて思われても仕方ない光景である。

 気が狂った、なんて言われそうだ。

 

(岳さんとはまた違う視点での策。貴重な学びだ)

 

 とはいえ、興味がある分野なら苦にならない。

 吸収できるものは吸収しておこう。

 

「レースがあればナ~。実践でさらに教えられるんだけド。ま、凱旋門賞で教え込むからいいカ」

 

 俺の方も順調である。




余計な知識を蓄えないでもらっていいですか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:3701/評価:8.97/連載:44話/更新日時:2026年09月21日(月) 17:00 小説情報

ステイゴールドになったけど(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

気づいたらステイゴールド。▼っても、既にいろんなステゴの記憶がある彼女。その中に一人、おっさんが混じってもまぁそれはステゴ。▼19話からは蛇足編です。おっさんステゴの旅路をご覧になりたい方は、是非。


総合評価:2446/評価:8.59/完結:48話/更新日時:2026年06月29日(月) 21:00 小説情報

ナイスネイチャがトレーナーと契約するまでのお話(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ナイスネイチャっていいですよね。▼※長くなりそうなので連載に変更しました。一日一話、夜9時ごろ更新します。なんか50話ぐらいになりそう。


総合評価:2352/評価:8.62/完結:57話/更新日時:2026年08月25日(火) 15:35 小説情報

マンハッタンカフェの奇妙な現実来訪(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

こっちでカフェさんになっちゃったおっさんのお話。▼20話ぐらい。だったんだけどのびのび。▼えぶりでぃ21時更新


総合評価:3276/評価:8.61/連載:33話/更新日時:2026年09月23日(水) 21:00 小説情報

甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ(作者:ドンクライ(泣くのはおよし))(オリジナル現代/スポーツ)

 久し振りにパワ◯ロやった記念▼ 要は架空選手の無双系スレです▼ 小説というほどのものではありません。スナック感覚でどうぞ。


総合評価:3895/評価:8.24/短編:10話/更新日時:2026年09月11日(金) 15:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>