親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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やっと折り返しが見えてきた。


フランスでの過ごし方

 岳さんがディープに騎乗するため、また俺の騎手を探すことになった。

 代打として騎乗することが多かった隈澤さんだが、今回は不在。

 海外戦の経験が浅いからと、申し訳なさそうに断られたらしい。

 

(ま~大分違う、って聞くしな。正当な理由だ)

 

 なので、現地の騎手を探すことになった。

 岳さんの代打、ってだけじゃない。

 俺の引退レースでもある、凱旋門賞の騎手を。

 

 ぶっちゃけよう、かなり難航していた。

 その難航というのも、俺に乗りたくない、なんて理由じゃない。

 全くの逆。俺に騎乗したい騎手が多すぎて、候補が絞り切れないという、贅沢過ぎる悩みだった。

 

「本当にどうするんですか、テキ? シャーロックに騎乗する騎手の人」

「待ってくれ。候補が多すぎんねん。こっちの有名どころが全員立候補しとるわ」

「『凱旋門賞で特にお手馬がいない騎手、全員が手を挙げてるね。お、欧州トップレベルの人もいる』」

 

 日本とは大違いだな、本当。

 

 ぶっちゃけ日本の騎手に声をかけてもよかったらしいが、勝率を少しでも上げるならこっちの騎手だ。

 主戦場にしているし、ロンシャンのコースも知り尽くしている。

 有名どころが釣れたらOK、みたいな感じで、声をかけようとしていたらしい。

 

 間違った判断じゃない。

 俺のことを考えたら、騎手の方から声をかけられると思うだろう。実際そうなったし。

 ただ一つ間違っていたとしたら……予想以上に声をかけられた、ってことだ。

 

「候補が多すぎて絞れん、とは思わんかったわ。思うた以上に声をかけられたわ」

「『康夫はシャーロックの人気を甘く見過ぎだね。こっちの騎手は、ずっとシャーロックに騎乗する機会を狙っていたよ。昨年のキングジョージからずっと、ね』」

「去年からずっと狙われていたんですね、シャーロック。本当に凄い子だね~、シャーロック~」

 

 柏崎さんに褒められ、撫でられる。

 さらっととんでもない情報が公開されたが、今更だ。

 

 ちなみに岳さんはというと。

 

「……良いんじゃないでしょうか」

 

 すげぇ苦虫を嚙み潰したような表情で、俺に別の騎手が乗ることを容認していた。

 いや、容認してねぇなアレ。呪い殺さんばかりの顔をしてたわ。嫉妬に狂った目をしてたわ。

 だったら自分が乗ればいいのに、と思わずにはいられないが、そうもいかない理由もあるんだろう。

 

(乗るのがディープだしなぁ。ディープに乗れるの、現状岳さんだけだし)

 

 岳さんは、俺に勝ちたいと前に言っていた。

 ディープとのコンビで、俺に勝ちたいと。

 

 ディープに騎乗するのは、一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。

 行きたがりの気性と付き合わなきゃいかんし、付け焼刃は勝率を下げる。

 馬主である金古さんとの兼ね合いを考えたら、短い期間で騎乗するのは無理だ。

 

 だが、俺は誰でも乗せることができる。

 別に岳さんじゃなくてもいいわけだ。岳さんがどう思うかは別として。

 現実として、ディープとの初対決である春天は、隈澤さんが騎乗した。岳さんじゃなかった。

 その上で、俺は結果を出した。問題ないとばかりに。

 

 結論。ディープよりも俺を優先する理由がない。

 岳さんじゃなくても大丈夫と分かった以上、岳さんも俺を優先する理由がないのだ。気持ちは別として。

 

(付き合いとかもあるだろうしな。その場合、裕二さんからなんて思われるのか分からんけど)

 

 裕二さんのことだし、別に気にしてなさそうな気がするけどな。

 俺の賢さを知っているし、岳さんの思いも汲むだろうし。

 エクリプスステークスとキングジョージで岳さんが続投したから、怒ってることはないだろう。

 怒ってたら騎乗させないしな。俺の鞍上から下ろすはずだ。

 

 ちょっと逸れたが、俺の騎手問題は大分難航している。ポジティブな方向で。

 

「ホンマにどうするかな~。多すぎて悩むっちゅうんは、幸せなことやけど」

「多すぎるのも考えものですね」

 

 できる限り、早めに見つかるといいんだけどな。

 

 

 

◇

 

 

 

 あれから数日が経って。

 俺に騎乗する騎手が無事に決まったそうだ。

 

 すげぇ喜ばしいことだ。

 凱旋門賞に向けて、出来る限り早めに慣れておきたい。

 ぶっつけ本番、調教で騎乗する時間すら確保できない、ってのは避けたかった。

 

「シャーロックの騎手が決まったで。えらい騎手からオファー来とったし、日本にも来たことあるらしいからな。後熱意に圧されたわ」

「凄い熱意でしたものね。わざわざここの厩舎を訪れてまで」

「ホンマにな。こっちとしても光栄なことやし、腕も申し分ない。大丈夫やろ」

 

 ギリギリまで決まらない、なんてことにならなくて一安心。

 康夫さん達としても、胸をなでおろしたことだろう。

 

 ……まぁ、その代打騎手というのが。

 

「っちゅうわけで、凱旋門賞でシャーロックに騎乗するデルトリ騎手や。まさか、世界一レベルの騎手が乗るとは思わんかったで」

「『最高の機会に恵まれたよ! まさか、世界最強に騎乗できるなんてね!』」

「なんて言うとるん? 柏崎」

「世界最強の競走馬に騎乗できる。最高の機会に恵まれた、みたいな感じです。つまり、めちゃくちゃ喜んでます」

 

 デルトリ騎手という、世界トップレベルの騎手である。恐れ多いわ。

 

 ステファーノ・フランキー・デルトリ。愛称はフランキー。

 いろいろと詳細は省くが、世界一の騎手なんて呼ばれることもある、とんでもねぇお方だ。

 ドバイミレニアムとか、最近ならエレクトロキューショニストの主戦騎手でもある。どっちも名馬で、その主戦騎手なわけだ。

 

 とんでもねぇよ、本当に。

 

(可能性はあるだろうけどさぁ、なんだってこうなるんだか)

 

 しかも、康夫さん曰くすげぇ熱意だったそうだ。

 ぜひ自分を騎手に。絶対に凱旋門賞を勝たせるから。

 自分を売り込んで、なんとしてでも俺の騎乗機会を勝ち取ろうとしていたそうな。

 俺はその光景を見ていないが、渇いた笑いでなんとなく察せる。

 

 で、俺に騎乗することが叶ったデルトリさんだが。

 テンションが高い。とても。

 

「気品のある馬体ダネ。筋肉の付き方もスゴイ、文句のつけようがないヨ」

 

 日本語話せるのね、というのはさておき。

 俺の体をジロジロと見ては、絶賛している。

 やれ凄いだの、やれパーフェクトだの。大変お気に召しているようだ。

 

 俺は気が気でない。

 世界一の騎手にも認められている、ってのを大前提に、やっぱり褒められると嬉しいからな。

 

 だが、視線がぶっ刺さっているのだ。

 誰かって? そんなの一人しかいねぇだろ。

 

「……」

 

 岳さんだよ。めっちゃ嫉妬の籠った目でこっち見てんだよ。

 こえーよ。そんな歯噛みするくらいなら、俺に騎乗すればよかっただろ。そういうわけにはいかないんだろうけどさ。

 

「フフン、タケ。今回は俺が騎乗させてもらうヨ」

「……まぁ、フランキーなら大丈夫か。でも、シャーロックの主戦騎手は僕だ」

「ナラ、今回でその座を奪うとするカナ?」

 

 喧嘩売るんじゃねぇよ。つか、俺もうこのレースで引退だよ。

 親しい友人同士の話なんだろうけどさ、怖いんだよ向こう側の視線が。

 

「あの、大丈夫なんですかテキ? 岳さんの視線、なんというか」

「大丈夫や思うとけ。それでデルトリ騎手」

「フランキーで構わないヨ。堅苦しいのはなしでイコウ」

「そか。やったらフランキー、今日から早速頼むわ。調教で騎乗してもらうで」

「オーケー。光栄ダネ」

 

 今更変更がきくものでもない。

 デルトリさんと一緒に、調教するコースへと向かう。

 

 その道中。

 

「やけど、大丈夫なんか? 懇意にしとるとこあるんやろ?」

「問題ナッシング! 向こうも分かってくれたカラネ!」

「ホンマやろうな? なんか言われても困るで」

「大丈夫大丈夫!」

 

 すげぇ不安をあおるようなやり取りがあったけど、気にしないことにした。

 

 

 始まる俺一頭での調教。

 ディープはレースがあったし、ピカレスクコートは基本的にディープ優先だ。

 そもそも、今回が騎手との初合わせだからな。一頭の方が都合がいい。

 

 デルトリさんを乗せて、いざ走る。

 

(当たり前だけど、上手いわ。乗せていて気持ちがいい)

「もっとアゲても構わないヨ。キミの全力を見せてクレ!」

 

 初めて俺に乗ったのに、すぐに乗りこなした。全力だろうと変わらずに、だ。

 

「体幹がブレてへん。えらい騎手やわ、ホンマに」

「綺麗な乗り方ですよね~。さすがは世界トップと言われる方です」

 

 初めて乗る馬だろうと、すぐに適応する。

 これが、世界トップと呼ばれる騎手のスキルなのかもしれない。

 

 これには康夫さんもホクホク顔。

 問題がないと分かったので、安心しきっている。

 俺としても嬉しい限りだ。

 

「初騎乗でこれやからな。こら、問題はないわな」

「ところで康夫。俺もシャーロックにいろいろ教えても良いカイ? 凄く賢い子って聞いてるからネ、興味があるんダ」

「……程々に頼むわ」

「グラッツェ! 楽しみダナ~!」

 

 それに関しては、うん。

 より強くなれるとして、前向きに捉えよう。

 

 

 調教が終わって、こっちのご飯を食べて。

 放牧ではディープの相手だ。

 

『走ろう、走ろうよシャロさん! こっちは広いから楽しいよ!』

『分かった分かった。分かったから』

『慣れ切ってますね、シャーロックさん』

『日本の頃からこうだからもう慣れたよ。嫌でも慣れるわ。顔を舐めるなディープ』

『シャロさん、次のレースは一緒だよね? 楽しみだな~! 久しぶりにシャロさんとの勝負だー!』

 

 相変わらずの走りたがり気性である。

 ちょっとは大人しくなったと思ったのに、全然そんなことはなかった。

 むしろディープらしくて安心するけど。

 

 にしても、問題はアレだよな。

 凱旋門賞で、ディープと言えばな問題が迫ってきている。

 

(風邪。そして、禁止薬物検出事件。これでディープは失格処分を下されたからな)

 

 なんか、違法な薬の成分が残留していたとかなんとかで、レースが終わった数日後に失格処分が下された。

 凱旋門賞を禁止薬物で失格処分になったのは史上初。ディープの人気に、影を落とすことになった事件だ。

 

 回避できているのか否か? 目先の問題は、この事件だろう。

 できることなら回避しててほしい、というのが本音。

 アイツの名誉が傷つかないのは、嬉しいことだからだ。

 

 ただぶっちゃけ、これに関して俺じゃどうしようもない。

 ディープが風邪を引かないように、という予防はできるけど……それで回避できるかは微妙だしなぁ。

 

(感冒なんて罹る時は罹るし。ソースは有馬記念の俺)

 

 どういう理由で禁止薬物が残留していたのかが不明。

 分からない以上は、俺としても対策が取れない。

 禁止薬物が検出される大元の原因、風邪を引かないようにすることぐらいしかないんだ。

 

 とはいえ、今のところ風邪の兆候はない。

 おまけに、史実とは大きく異なる点がある。

 ディープがぶっつけ本番ではなく、前哨戦としてフォワ賞に出走していることだ。

 

 これはかなりデカい。

 

(風邪に罹った時期は知らないが、大幅な変更が加わったことは確かだ。アイツも健康そのものだし、問題はないはず)

 

 変わるものもあれば変わらないものもある。

 悪い方向に変わることだってあるし、良い方向に変わることもある。

 

 どっちになるかは、分からない。

 

(フォワ賞は無事に勝ったらしい。康夫さんが嬉しそうに報告していた)

 

 けれども、どうか無事で。

 風邪なんて罹らずに、完調の状態で凱旋門賞を迎えて欲しい。

 

 なんでかと言われたら……まぁ、楽しそうに走るアイツの姿が楽しみだから?

 

(俺と走るのを楽しみにしてる、って言ってたし。そう言われたら、なぁ)

 

 もう俺とディープが走る機会はない。

 正真正銘、凱旋門賞がラストチャンスだ。

 

 そんな舞台に、風邪で体調を崩す、ってのは嫌だ。

 ディープも悲しむだろうし、俺自身も思うところがある。

 最後の戦いを、風邪に邪魔されるのはごめんだ。

 

 だからこそ、か。

 

『風邪引かねぇように気をつけろよ。風邪引いたらレース、出れなくなるぞ~、有馬の時の俺みたいに』

『も~、大丈夫だよシャロさん。最近の僕は絶好調だから!』

『そういう時が一番怖いんだよ。とにかく、気をつけて過ごせ』

 

 やれるだけのことはやっておく。

 お互い、万全のコンディションで戦うために。

 俺自身も、自分の体調に気を配っておかないと。

 

 

 

◇

 

 

 

 凱旋門賞の日は、少しずつ近づいている。

 この前はスクーリングも終わった。

 本番前の予行演習。実際にロンシャン競馬場を走り、感触を確かめた。

 

「ディープもシャーロックも、問題なしやな。どっちも先着しとったし、シャーロックもえぇラップを刻めとる」

「……」

「寛君。フランキーを睨むなや。そんでフランキーも得意げな表情で煽んなや」

 

 今のところ、ディープに風邪の予兆は出ていない。

 なんなら絶好調。スクーリングも問題なくこなして、康夫さん達も大丈夫と太鼓判。

 

『なんでシャロさんと一緒に走れないの~!? なんでなんで~!』

『そりゃレースで一緒に走るからに決まってるだろ。もう少し我慢しなさい、放牧で走ってやるから』

『なんというか、お兄さんみたいですね、シャーロックさん』

『コイツの兄は今頃日本で元気に走ってるよ』

 

 まだ油断はできないけど、安心だ。

 

 

 で、馬房での時間はというと。

 

「それでネ、この場面ではこう動くのが俺の見解デ~。その理由ってのガ~」

「ホンマに教え込んどるやんか。人間相手に教えとるみたいに」

「これで本当に学習出来たラ、それはそれで面白いカラネ」

「シャーロックの場合、ホンマに出来そうなのが怖いねん」

 

 デルトリさんがホワイトボードを用意して、いろんなことを教えてくれた。

 懇切丁寧に、人間相手に教えるみたいに。

 

 傍から見たら頭がイカれた、なんて思われても仕方ない光景である。

 気が狂った、なんて言われそうだ。

 

(岳さんとはまた違う視点での策。貴重な学びだ)

 

 とはいえ、興味がある分野なら苦にならない。

 吸収できるものは吸収しておこう。

 

「レースがあればナ~。実践でさらに教えられるんだけド。ま、凱旋門賞で教え込むからいいカ」

 

 俺の方も順調である。




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