第55回朝日杯FS
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 牡/牝 | 人気 |
1 | 1 | コスモサンビーム | 牡2 | 4 |
1 | 2 | アポインテッドデイ | 牡2 | 10 |
2 | 3 | メイショウムネノリ | 牡2 | 14 |
2 | 4 | マイネルパナシュ | 牡2 | 12 |
3 | 5 | ダイワバンディット | 牡2 | 9 |
3 | 6 | メジロシャーロック | 牡2 | 1 |
4 | 7 | メテオバースト | 牡2 | 2 |
4 | 8 | フォーカルポイント | 牡2 | 6 |
5 | 9 | キョウワスプレンダ | 牡2 | 5 |
5 | 10 | モエレエスポワール | 牡2 | 11 |
6 | 11 | フサイチホクトセイ | 牡2 | 8 |
6 | 12 | コスモステージ | 牡2 | 16 |
7 | 13 | マイネルゼスト | 牡2 | 13 |
7 | 14 | リガードシチー | 牡2 | 15 |
8 | 15 | メイショウボーラー | 牡2 | 3 |
8 | 16 | スズカマンボ | 牡2 | 7 |
ついにこの日がやってきた。2歳牡馬の頂点を決める戦い、朝日杯が。
(俺にとって初のG1だ。め、めちゃくちゃ緊張するっ)
朝日杯はG1レース。日本競馬において、最も格が高いレースだ。
新潟2歳はG3、デイリー杯2歳はG2。この朝日杯でG1。順調にステップアップ、ってとこか。
いや、こんなこと考えておかないとヤバい。
さっきから震えが止まらないんだ。
2歳馬の頂点を決める戦いに挑む事実に、俺は震えている。
(ここまで来たら、自分の才能を疑う余地もねぇ。この舞台に立っている時点で、俺は競走馬の中でも上澄みも上澄みだ)
朝日杯に出走できたのは16頭。たったそれっぽっちしか、この舞台に立つことは出来ない。
日本で生産されるサラブレッドは1年に7000頭以上。単純計算で7000分の1の舞台に、俺は出走を許されている。
しかも、しかもだ。1番人気だぞ1番人気。
本命も本命のド本命。16頭の中で俺が一番応援されている、ってことだ。
緊張しないはずがないだろこんなん。口から心臓が飛び出るわ。
さらには観客の声。
「頑張れよシャーロックー! お前に賭けるぞー!」
「今日もまず味馬券頼むでー!」
まず味でいいのかよ、ってツッコミはさておき、超応援されている。
俺の人気も、ここまで来たかっ。
《中山競馬場のメインレース、2歳王者を決める戦い朝日杯が来ました。中山競馬場*1芝1600m、馬場は良馬場発表。力を発揮するにはもってこいの舞台と言えます。それにしても、今年は例年以上の客入りを見せていますね》
《その要因はやはり、本日の1番人気であるメジロシャーロックの存在ですね! 最近は落ち着いてきたと思っていたのですが、やはり生で見たい人が多いのでしょう》
《クラシックの好走が期待できるメジロの大物。2歳王者を決める朝日杯で、見事勝利を掴むことは出来るのか? ダントツの1番人気、岳寛を背に乗せ、3枠6番での出走です。2番人気は》
心臓がめっちゃバクバクしてる。音が聞こえてきそうなほどに。
「シャーロック、緊張しなくてもいい。いつもより人は多いけど、自分の力を発揮しよう」
上から岳さんの声が聞こえる。俺を、落ち着かせようとしてるんだろう。
けど、俺の緊張は解けない。
朝日杯は大事なレース。勝つと賞金が上乗せされるし、2歳王者の肩書を手に入れることができる。
今んとこ俺は無敗。重賞を2勝して、一度も負けたことがない。
力が入る。ここでも負けるわけにはいかない。好調を維持したまま、俺は勝ち抜くんだ。
「ブルル(やるぞ、やるぞ)……」
「……これは、ちょっとまずいかな?」
でも、ここにいるやつらは猛者だ。新潟2歳の時よりも、デイリー杯の時よりも強い馬が揃っている。
俺と同じように重賞を勝ってきたやつもいる。油断はできない。
実績では1番でも、負けてしまうことはある。ちょっとの油断が命取り、負けに直結する。
いろいろと考えるべき要素が多い。
それはやっぱり、G1という舞台が特別だからだ。
(最高の舞台で勝つことができれば、俺の目標にもぐっと近づく! だからこそ、朝日杯を取りこぼすわけにはいかない!)
俺が勝てばメジロに注目が集まる。
メジロが注目されれば、未来でメジロが生き残る可能性もさらに高くなる。
目標に、グッと近づくかもしれない。そんな考えが俺を逸らせる。
気合は、高まり続けていた。
ゲート入り。係員の人に連れられて、自分のゲートへと入る。
いつもならジっと待っていたかもしれない。
けど、今回はそうもいかなかった。
(クソ、まだ開かねぇのかよ)
落ち着かない。ゲートに入ってから、余計に時間がゆっくりに感じる。
《ゲート入りは順調に進んでいます。メジロシャーロック少し落ち着かない様子か? ゲートの中で興奮気味に動いていますね》
《これは珍しいですね。新馬戦以来でしょうか?》
《新馬戦以来、となると、期待できるのでしょうか? あの逃げが!》
今どの辺まで入ったんだ? 最後の馬はもうゲートに入ったのか?
気になって仕方ない。一体、いつ始まるのかと。
っいや、これはダメだな。ちょっと落ち着かないと。
(さすがに興奮しすぎだ俺。もうちょっと余裕を持たないとっ)
クールになれ俺。確かにG1だが、いつも通りにすればいいだろ?
岳さんも同じことを言ってたはずだ。自分の力を発揮しろって。
つーか、この先もG1に出る可能性はあるんだ。毎回こんな感じで挑む気か?
もうちょっと落ち着くんだ。いつも通り、いつも通りに。
なんて、考えていたら。
目の前のゲートが開いて、視界が一気にクリアになった。
(……あっ)
『しまったぁぁぁ!? で、出遅れたぁぁぁ!!』
はい、アホやらかしました。いつもならゲートが開いてすぐに飛び出せるのに、一拍遅れてしまいました。
《最後の馬がゲートに入ります。朝日杯が今っ、スタートしました! 始まりました朝日杯、誰が番手を奪うかっとこれはメジロシャーロック出遅れ! メジロシャーロック痛恨の出遅れ!》
《おっと、これはまずいですね。前で勝負をする馬なのに、立ち上がりが悪いですよ》
《1番人気の出遅れをしり目に、他の馬はまずまずのスタートを切りました。1枠のアポインテッドデイが好スタート、一気にハナを奪いに行きます。コスモサンビームは控える構え、15番のメイショウボーラーが外から果敢に攻め立てます》
《メジロシャーロックはどう立て直すか?》
クソ、マジでバカやらかした! 落ち着くためにいろいろ考えた結果、出遅れるとかバカのやることかよ!
(クソクソクソ! 前で勝負しなきゃいけねぇのに、こんなんでどうすんだよ!?)
とにかく急いで前にってぐえっ!?
「落ち着くんだシャーロック。焦ったらさらに状況が悪くなるよ」
た、手綱を思いっきり引っ張られた。行くなと言わんばかりに手綱が締められる。
「大丈夫、落ち着いて。君の力なら多少出遅れても何とかなる」
優しく諭す声。なんとか我に返ることができた。
あ、あっぶねぇ。さらに状況を悪くするところだったわ。
もしあのまま前に行っていたら、無意味にスタミナを消費していただろう。
最後まで走る体力がなくなって、最後の直線で自爆していた可能性が非常に高い。
(岳さんが思いっきり手綱を締めてくれなかったら、自滅してたな。なんとか冷静さを取り戻せた)
前に行こうとする気持ちをグッと抑え、自分のペースで走ることを心掛ける。
まだレースは序盤だ。焦って前に行くような段階じゃない。
短距離なら致命的だったが、今回は1600mのマイル戦だ。
まだ、取り返しはきく。
「よし、落ち着いたみたいだね。このペースを維持しよう」
(本当にすまん岳さん! アホやらかした!)
とにかく今は落ち着いた。
さっきよりも視界は良好、とは言い難いな。周りに大分囲まれた位置だし。
(元々が真ん中の枠番。俺は馬群の中央付近、ってとこか)
あんまり良い位置とは言えない。抜け出しに手間取りそうだし。
ただ、そんなことは百も承知。やってしまったミスを嘆いても仕方ない。
考える方向性が違う。ここからは、勝つために何をすればいいかを考えるんだ。
《すぐに落ち着きを取り戻しましたメジロシャーロック、現在は9番手10番手の位置につけています。先頭に立ったのはメイショウボーラー、外からグーッと上がって2馬身のリードを取ります。アポインテッドデイ2番手、3番手にはメイショウボーラーと同じく外から上がってきたリガードシチー》
よし、勝つぞ!
◇
メジロシャーロックが出遅れた瞬間、客席からは悲鳴が上がった。
「アカン! 出遅れとる!」
「前で勝負する馬なのにこれはヤバいぞ!」
「何やってんだ寛ー! ふざけんなー!」
中には怒号を飛ばすファンの姿もある。それだけの出来事だ。
先の3戦では抜群のスタートを切っていた。それが朝日杯では出遅れた。
初のG1で馬が緊張していたのか? 前に行きたがってしまったか?
とにかく、最初の段階で不利を背負うことになる。勝ちが遠のいてしまった。
しかし、その後のメジロシャーロックは非常に落ち着いた様子でレースを展開。
岳の手綱は緩んでいるのに、前へ行こうとしていない。
動くべき時ではないと判断している。焦りが見られない。
とにかく位置取り。最適なポジションを奪い取ろうと、虎視眈々と狙っている。
メジロシャーロックがどう動くか? と注目するファン。視線は先頭ではなく、密集している馬群に注がれていた。
《メイショウボーラーがレースを引っ張る朝日杯。快調に飛ばして2番手に4馬身から5馬身のリードを取ります。メジロシャーロックは後方10番手の位置、馬群の真ん中でジッと機会をうかがいます》
《岳騎手が上手く落ち着かせましたね。ただ、他馬からのマークが集中しています。自由にはできないでしょう》
《快調に飛ばすメイショウボーラー自由気ままな一人旅。2番手にはっと、向こう正面に入ったレース、残り1000mを通過です》
どのタイミングで動くのか? 名手岳寛はどんな選択をするのか? 注目が集まっていた。
その時はすぐに訪れる。残り800m、レースの半分を過ぎたタイミング。
「ここで動くんか!? 大丈夫かホンマに!」
「出遅れたのに800m付近から仕掛けんのかよ!」
「つかいつの間に外いたんだ!?」
気づけば外に持ち出していたメジロシャーロック。レースが残り800mとなったタイミングで、すぐに仕掛けたのだ。
外からぐいぐい上がっていく。白くなりつつある葦毛の馬体が、外側から進攻していく。
一気に、ではない。じわり、と。前との差を詰めていく。
《残り600を過ぎて第3コーナーへ。メイショウボーラーが逃げている、アポインテッドデイが差を詰めているがっ、中団からメジロシャーロックが上がってきている、シャーロックが来ている! ここで見えたか勝利の解明、大外からメジロシャーロックがグングン上がってきているぞ!》
《ここで仕掛けて大丈夫でしょうか? 最後までスタミナが持つといいのですが》
解説からも心配する声が上がる。
ファンもまた心配していた。果たして大丈夫なのか? と。
「ここで掛かったとかやめてくれよー!」
「お前に賭けとるんやからなー!」
怒号交じりの声援を飛ばす。これでもメジロシャーロックの勝利を祈っていた。
祈っているのは、馬主席の喜多野美弥もである。
「頑張ってね、無事で走り切ってね、シャーロック」
祈るように手を握り、外から上がるメジロシャーロックを心配する。
瞳は不安で揺れ、手には自然と力が入る。
慣れるものではない。不利だった状況がどうか好転してほしいと祈るもどかしさ。
それでも、祈ることしかできない歯がゆさ。何度も経験してきた。
「頑張って」
そう口にして、レースを見守る。
──だが、驚くべき光景が目に入ってきた。
「いや、ちょ、待てや! どないなっとんねん!?」
誰かが声を上げる。口にしていない大多数も、同じような気持ちになっていた。
中団からレースを始めたメジロシャーロック。前走までとの位置とは真逆の場所だった。
いつもの位置ではない、力を発揮できる場所ではない。そんな風に高を括っていた。
なお、観客の目に飛び込んできたのは。
大外から一気に上がっていき、最後の直線に入る頃にはメイショウボーラーに追いついている姿である。
《第4コーナーから最後の直線! 気づけばそこにいた、なんでお前がそこにいる!? メジロシャーロックがメイショウボーラーを捉える! メジロシャーロックが先頭集団に加わる!》
《いやいや、とんでもないスピードですよ!? どういう脚ですか!》
なぜか、大外からメジロシャーロックが先頭に追い付いていた。
800mを過ぎるまでは、先頭から10馬身は離されていた。
600mに入る頃には、その差が8馬身まで縮まっていた。
じわりとしか上がっていなかったはず、なのである。
ゆったりと上がっていたはずだ。こんなすぐに、簡単に追いつけるようなスピードじゃなかったはずだ。
なのに、気づけば先頭に追い付こうとしている。逃げるメイショウボーラーを射程圏内に捉えている。
岳寛はほくそ笑む。
(同じ世代の中ではスピードが飛び抜けている。残り800mから11秒台を維持し続けたんだ。追いつくなんてわけない)
すでに加速は終わっている。
マックスパフォーマンスを発揮できる舞台は整った。
じゃあ、後はどうするか?
《メジロシャーロック有利か! メジロシャーロックが有利か!? 凄まじい剛脚、フォーカルポイントが追い上げてきているがメジロシャーロックの末脚には敵わず! 残り100m、メイショウボーラーを抜いた! コスモサンビームが追いすがる!》
勝つだけだ。
オグリキャップを彷彿とさせる超前傾姿勢。10番手からレースを進め、800mのロングスパートを決めた。
格が違う。そう口にしたくなるほど、桁違いの末脚を披露していた。
《2馬身突き放して! メジロシャーロックが2歳王者として君臨したぁぁぁ! 勝ったのはメジロシャーロック、メジロシャーロックです! お、恐ろしい馬だ! 出遅れて10番手からのスタート。残り800mから仕掛けて気づけば逆転していました!》
《最後は2馬身差ですか。これはもう、文句なしの強さでしょう! 世代の頂点です!》
《逃げるだけではない、王道の競馬だけではない! 豪快な差し切り勝ちもできるのだ! 朝日杯を勝ちましたメジロシャーロック!》
朝日杯を制したのはメジロシャーロック。逃げるのではなく、王道で走るのではなく、見る者を圧倒させる豪快な差し切りで。朝日杯を制した。
着差以上の勝利とはこのこと。明らかに不利な場所で走っていたのに、気づけば先頭に立っていたのだ。
目を離した覚えはない。むしろずっと注視していた。
なのに、気づけば追いついている。800mのロングスパート。桁違いの末脚を披露して、レースを制したのだ。
こんなの沸かないはずがない。盛り上がるのは必然。
「すげぇ、すげぇぞシャーロック! お前、そんなレースもできたのかよ!」
「めっちゃド派手やんか! こら、モノホンの最強馬やぁぁぁ!」
「地味な勝ち方とか言ってごめーん!」
ド迫力の差し切り勝ちをファンは称賛した。
第55回朝日杯FS。勝者──メジロシャーロック。
◇
あぁ、うん。マジで危なかった。序盤はどうなることかと思ったわ。
出遅れから始まってね。冷静さを失いそうになって。
でも岳さんのおかげで正気に戻れて。どうにかこうにか勝てたわけですよ。
岳さんには足を向けて眠れんわ。岳さんはやっぱGODですわ。
それはそれとして2歳馬に800mロングスパートさせるとか正気か?
この人本当に、俺の対する期待値が高すぎるわ。
……ま、いいか。
「頑張ったわね、シャーロック。貴方の勝利と無事が、私は何よりも嬉しいわ」
「ヒヒィィィン(ありがとうございます)!」
メジロのおばあちゃん、喜多野美弥さんの嬉しそうな顔が見れたんだから。
美弥さんだけじゃない。ファンの人達も。
「次も頑張れよシャーロック! 応援してるからなー!」
「このままクラシック三冠だー! ルドルフ以来の無敗三冠だー!」
「お前ならやれるでー!」
期待に応えることができた。我ながら安心したよ。
後は追込だけだな、よし!