親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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朝日杯ですわよ。久しぶりのやつも作成。


2歳王者を決める戦い

 

 

第55回朝日杯FS

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1コスモサンビーム牡24

1
2アポインテッドデイ牡210

2
3メイショウムネノリ牡214

2
4マイネルパナシュ牡212

3
5ダイワバンディット牡29

3
6メジロシャーロック牡2
1

4
7メテオバースト牡2
2

4
8フォーカルポイント牡26

5
9キョウワスプレンダ牡25

5
10モエレエスポワール牡211

6
11フサイチホクトセイ牡28

6
12コスモステージ牡216

7
13マイネルゼスト牡213

7
14リガードシチー牡215

8
15メイショウボーラー牡2
3

8
16スズカマンボ牡27

 

 

 

 ついにこの日がやってきた。2歳牡馬の頂点を決める戦い、朝日杯が。

 

(俺にとって初のG1だ。め、めちゃくちゃ緊張するっ)

 

 朝日杯はG1レース。日本競馬において、最も格が高いレースだ。

 新潟2歳はG3、デイリー杯2歳はG2。この朝日杯でG1。順調にステップアップ、ってとこか。

 

 いや、こんなこと考えておかないとヤバい。

 さっきから震えが止まらないんだ。

 2歳馬の頂点を決める戦いに挑む事実に、俺は震えている。

 

(ここまで来たら、自分の才能を疑う余地もねぇ。この舞台に立っている時点で、俺は競走馬の中でも上澄みも上澄みだ)

 

 朝日杯に出走できたのは16頭。たったそれっぽっちしか、この舞台に立つことは出来ない。

 日本で生産されるサラブレッドは1年に7000頭以上。単純計算で7000分の1の舞台に、俺は出走を許されている。

 

 しかも、しかもだ。1番人気だぞ1番人気。

 本命も本命のド本命。16頭の中で俺が一番応援されている、ってことだ。

 

 緊張しないはずがないだろこんなん。口から心臓が飛び出るわ。

 さらには観客の声。

 

「頑張れよシャーロックー! お前に賭けるぞー!」

「今日もまず味馬券頼むでー!」

 

 まず味でいいのかよ、ってツッコミはさておき、超応援されている。

 俺の人気も、ここまで来たかっ。

 

《中山競馬場のメインレース、2歳王者を決める戦い朝日杯が来ました。中山競馬場*1芝1600m、馬場は良馬場発表。力を発揮するにはもってこいの舞台と言えます。それにしても、今年は例年以上の客入りを見せていますね》

《その要因はやはり、本日の1番人気であるメジロシャーロックの存在ですね! 最近は落ち着いてきたと思っていたのですが、やはり生で見たい人が多いのでしょう》

《クラシックの好走が期待できるメジロの大物。2歳王者を決める朝日杯で、見事勝利を掴むことは出来るのか? ダントツの1番人気、岳寛を背に乗せ、3枠6番での出走です。2番人気は》

 

 心臓がめっちゃバクバクしてる。音が聞こえてきそうなほどに。

 

「シャーロック、緊張しなくてもいい。いつもより人は多いけど、自分の力を発揮しよう」

 

 上から岳さんの声が聞こえる。俺を、落ち着かせようとしてるんだろう。

 

 けど、俺の緊張は解けない。

 

 朝日杯は大事なレース。勝つと賞金が上乗せされるし、2歳王者の肩書を手に入れることができる。

 今んとこ俺は無敗。重賞を2勝して、一度も負けたことがない。

 力が入る。ここでも負けるわけにはいかない。好調を維持したまま、俺は勝ち抜くんだ。

 

「ブルル(やるぞ、やるぞ)……」

「……これは、ちょっとまずいかな?」

 

 でも、ここにいるやつらは猛者だ。新潟2歳の時よりも、デイリー杯の時よりも強い馬が揃っている。

 俺と同じように重賞を勝ってきたやつもいる。油断はできない。

 実績では1番でも、負けてしまうことはある。ちょっとの油断が命取り、負けに直結する。

 

 いろいろと考えるべき要素が多い。

 それはやっぱり、G1という舞台が特別だからだ。

 

(最高の舞台で勝つことができれば、俺の目標にもぐっと近づく! だからこそ、朝日杯を取りこぼすわけにはいかない!)

 

 俺が勝てばメジロに注目が集まる。

 メジロが注目されれば、未来でメジロが生き残る可能性もさらに高くなる。

目標に、グッと近づくかもしれない。そんな考えが俺を逸らせる。

 気合は、高まり続けていた。

 

 

 ゲート入り。係員の人に連れられて、自分のゲートへと入る。

 

 いつもならジっと待っていたかもしれない。

 けど、今回はそうもいかなかった。

 

(クソ、まだ開かねぇのかよ)

 

 落ち着かない。ゲートに入ってから、余計に時間がゆっくりに感じる。

 

《ゲート入りは順調に進んでいます。メジロシャーロック少し落ち着かない様子か? ゲートの中で興奮気味に動いていますね》

《これは珍しいですね。新馬戦以来でしょうか?》

《新馬戦以来、となると、期待できるのでしょうか? あの逃げが!》

 

 今どの辺まで入ったんだ? 最後の馬はもうゲートに入ったのか?

 気になって仕方ない。一体、いつ始まるのかと。

 

 っいや、これはダメだな。ちょっと落ち着かないと。

 

(さすがに興奮しすぎだ俺。もうちょっと余裕を持たないとっ)

 

 クールになれ俺。確かにG1だが、いつも通りにすればいいだろ?

 岳さんも同じことを言ってたはずだ。自分の力を発揮しろって。

 つーか、この先もG1に出る可能性はあるんだ。毎回こんな感じで挑む気か?

 もうちょっと落ち着くんだ。いつも通り、いつも通りに。

 

 なんて、考えていたら。

 目の前のゲートが開いて、視界が一気にクリアになった。

 

(……あっ)

『しまったぁぁぁ!? で、出遅れたぁぁぁ!!』

 

 はい、アホやらかしました。いつもならゲートが開いてすぐに飛び出せるのに、一拍遅れてしまいました。

 

《最後の馬がゲートに入ります。朝日杯が今っ、スタートしました! 始まりました朝日杯、誰が番手を奪うかっとこれはメジロシャーロック出遅れ! メジロシャーロック痛恨の出遅れ!》

《おっと、これはまずいですね。前で勝負をする馬なのに、立ち上がりが悪いですよ》

《1番人気の出遅れをしり目に、他の馬はまずまずのスタートを切りました。1枠のアポインテッドデイが好スタート、一気にハナを奪いに行きます。コスモサンビームは控える構え、15番のメイショウボーラーが外から果敢に攻め立てます》

《メジロシャーロックはどう立て直すか?》

 

 クソ、マジでバカやらかした! 落ち着くためにいろいろ考えた結果、出遅れるとかバカのやることかよ!

 

(クソクソクソ! 前で勝負しなきゃいけねぇのに、こんなんでどうすんだよ!?)

 

 とにかく急いで前にってぐえっ!?

 

「落ち着くんだシャーロック。焦ったらさらに状況が悪くなるよ」

 

 た、手綱を思いっきり引っ張られた。行くなと言わんばかりに手綱が締められる。

 

「大丈夫、落ち着いて。君の力なら多少出遅れても何とかなる」

 

 優しく諭す声。なんとか我に返ることができた。

 

 あ、あっぶねぇ。さらに状況を悪くするところだったわ。

 もしあのまま前に行っていたら、無意味にスタミナを消費していただろう。

 最後まで走る体力がなくなって、最後の直線で自爆していた可能性が非常に高い。

 

(岳さんが思いっきり手綱を締めてくれなかったら、自滅してたな。なんとか冷静さを取り戻せた)

 

 前に行こうとする気持ちをグッと抑え、自分のペースで走ることを心掛ける。

 まだレースは序盤だ。焦って前に行くような段階じゃない。

 短距離なら致命的だったが、今回は1600mのマイル戦だ。

 まだ、取り返しはきく。

 

「よし、落ち着いたみたいだね。このペースを維持しよう」

(本当にすまん岳さん! アホやらかした!)

 

 とにかく今は落ち着いた。

 さっきよりも視界は良好、とは言い難いな。周りに大分囲まれた位置だし。

 

(元々が真ん中の枠番。俺は馬群の中央付近、ってとこか)

 

 あんまり良い位置とは言えない。抜け出しに手間取りそうだし。

 

 ただ、そんなことは百も承知。やってしまったミスを嘆いても仕方ない。

 考える方向性が違う。ここからは、勝つために何をすればいいかを考えるんだ。

 

《すぐに落ち着きを取り戻しましたメジロシャーロック、現在は9番手10番手の位置につけています。先頭に立ったのはメイショウボーラー、外からグーッと上がって2馬身のリードを取ります。アポインテッドデイ2番手、3番手にはメイショウボーラーと同じく外から上がってきたリガードシチー》

 

 よし、勝つぞ!

 

 

 

 

 

 

 メジロシャーロックが出遅れた瞬間、客席からは悲鳴が上がった。

 

「アカン! 出遅れとる!」

「前で勝負する馬なのにこれはヤバいぞ!」

「何やってんだ寛ー! ふざけんなー!」

 

 中には怒号を飛ばすファンの姿もある。それだけの出来事だ。

 

 先の3戦では抜群のスタートを切っていた。それが朝日杯では出遅れた。

 初のG1で馬が緊張していたのか? 前に行きたがってしまったか?

 とにかく、最初の段階で不利を背負うことになる。勝ちが遠のいてしまった。

 

 しかし、その後のメジロシャーロックは非常に落ち着いた様子でレースを展開。

 岳の手綱は緩んでいるのに、前へ行こうとしていない。

 動くべき時ではないと判断している。焦りが見られない。

 とにかく位置取り。最適なポジションを奪い取ろうと、虎視眈々と狙っている。

 

 メジロシャーロックがどう動くか? と注目するファン。視線は先頭ではなく、密集している馬群に注がれていた。

 

《メイショウボーラーがレースを引っ張る朝日杯。快調に飛ばして2番手に4馬身から5馬身のリードを取ります。メジロシャーロックは後方10番手の位置、馬群の真ん中でジッと機会をうかがいます》

《岳騎手が上手く落ち着かせましたね。ただ、他馬からのマークが集中しています。自由にはできないでしょう》

《快調に飛ばすメイショウボーラー自由気ままな一人旅。2番手にはっと、向こう正面に入ったレース、残り1000mを通過です》

 

 どのタイミングで動くのか? 名手岳寛はどんな選択をするのか? 注目が集まっていた。

 

 その時はすぐに訪れる。残り800m、レースの半分を過ぎたタイミング。

 

「ここで動くんか!? 大丈夫かホンマに!」

「出遅れたのに800m付近から仕掛けんのかよ!」

「つかいつの間に外いたんだ!?」

 

 気づけば外に持ち出していたメジロシャーロック。レースが残り800mとなったタイミングで、すぐに仕掛けたのだ。

 

 外からぐいぐい上がっていく。白くなりつつある葦毛の馬体が、外側から進攻していく。

 一気に、ではない。じわり、と。前との差を詰めていく。

 

《残り600を過ぎて第3コーナーへ。メイショウボーラーが逃げている、アポインテッドデイが差を詰めているがっ、中団からメジロシャーロックが上がってきている、シャーロックが来ている! ここで見えたか勝利の解明、大外からメジロシャーロックがグングン上がってきているぞ!》

《ここで仕掛けて大丈夫でしょうか? 最後までスタミナが持つといいのですが》

 

 解説からも心配する声が上がる。

 ファンもまた心配していた。果たして大丈夫なのか? と。

 

「ここで掛かったとかやめてくれよー!」

「お前に賭けとるんやからなー!」

 

 怒号交じりの声援を飛ばす。これでもメジロシャーロックの勝利を祈っていた。

 

 祈っているのは、馬主席の喜多野美弥もである。

 

「頑張ってね、無事で走り切ってね、シャーロック」

 

 祈るように手を握り、外から上がるメジロシャーロックを心配する。

 瞳は不安で揺れ、手には自然と力が入る。

 

 慣れるものではない。不利だった状況がどうか好転してほしいと祈るもどかしさ。

 それでも、祈ることしかできない歯がゆさ。何度も経験してきた。

 

「頑張って」

 

 そう口にして、レースを見守る。

 

 

 ──だが、驚くべき光景が目に入ってきた。

 

「いや、ちょ、待てや! どないなっとんねん!?」

 

 誰かが声を上げる。口にしていない大多数も、同じような気持ちになっていた。

 中団からレースを始めたメジロシャーロック。前走までとの位置とは真逆の場所だった。

 いつもの位置ではない、力を発揮できる場所ではない。そんな風に高を括っていた。

 

 なお、観客の目に飛び込んできたのは。

 大外から一気に上がっていき、最後の直線に入る頃にはメイショウボーラーに追いついている姿である。

 

《第4コーナーから最後の直線! 気づけばそこにいた、なんでお前がそこにいる!? メジロシャーロックがメイショウボーラーを捉える! メジロシャーロックが先頭集団に加わる!》

《いやいや、とんでもないスピードですよ!? どういう脚ですか!》

 

 なぜか、大外からメジロシャーロックが先頭に追い付いていた。

 

 800mを過ぎるまでは、先頭から10馬身は離されていた。

 

 600mに入る頃には、その差が8馬身まで縮まっていた。

 

 じわりとしか上がっていなかったはず、なのである。

 ゆったりと上がっていたはずだ。こんなすぐに、簡単に追いつけるようなスピードじゃなかったはずだ。

 なのに、気づけば先頭に追い付こうとしている。逃げるメイショウボーラーを射程圏内に捉えている。

 

 岳寛はほくそ笑む。

 

(同じ世代の中ではスピードが飛び抜けている。残り800mから11秒台を維持し続けたんだ。追いつくなんてわけない)

 

 すでに加速は終わっている。

 マックスパフォーマンスを発揮できる舞台は整った。

 

 じゃあ、後はどうするか?

 

《メジロシャーロック有利か! メジロシャーロックが有利か!? 凄まじい剛脚、フォーカルポイントが追い上げてきているがメジロシャーロックの末脚には敵わず! 残り100m、メイショウボーラーを抜いた! コスモサンビームが追いすがる!》

 

 勝つだけだ。

 

 オグリキャップを彷彿とさせる超前傾姿勢。10番手からレースを進め、800mのロングスパートを決めた。

 格が違う。そう口にしたくなるほど、桁違いの末脚を披露していた。

 

《2馬身突き放して! メジロシャーロックが2歳王者として君臨したぁぁぁ! 勝ったのはメジロシャーロック、メジロシャーロックです! お、恐ろしい馬だ! 出遅れて10番手からのスタート。残り800mから仕掛けて気づけば逆転していました!》

《最後は2馬身差ですか。これはもう、文句なしの強さでしょう! 世代の頂点です!》

《逃げるだけではない、王道の競馬だけではない! 豪快な差し切り勝ちもできるのだ! 朝日杯を勝ちましたメジロシャーロック!》

 

 朝日杯を制したのはメジロシャーロック。逃げるのではなく、王道で走るのではなく、見る者を圧倒させる豪快な差し切りで。朝日杯を制した。

 

 着差以上の勝利とはこのこと。明らかに不利な場所で走っていたのに、気づけば先頭に立っていたのだ。

 目を離した覚えはない。むしろずっと注視していた。

 なのに、気づけば追いついている。800mのロングスパート。桁違いの末脚を披露して、レースを制したのだ。

 

 こんなの沸かないはずがない。盛り上がるのは必然。

 

「すげぇ、すげぇぞシャーロック! お前、そんなレースもできたのかよ!」

「めっちゃド派手やんか! こら、モノホンの最強馬やぁぁぁ!」

「地味な勝ち方とか言ってごめーん!」

 

 ド迫力の差し切り勝ちをファンは称賛した。

 

 

 第55回朝日杯FS。勝者──メジロシャーロック。

 

 

 

 

 

 

 あぁ、うん。マジで危なかった。序盤はどうなることかと思ったわ。

 

 出遅れから始まってね。冷静さを失いそうになって。

 でも岳さんのおかげで正気に戻れて。どうにかこうにか勝てたわけですよ。

 岳さんには足を向けて眠れんわ。岳さんはやっぱGODですわ。

 

 それはそれとして2歳馬に800mロングスパートさせるとか正気か?

 この人本当に、俺の対する期待値が高すぎるわ。

 

 ……ま、いいか。

 

「頑張ったわね、シャーロック。貴方の勝利と無事が、私は何よりも嬉しいわ」

「ヒヒィィィン(ありがとうございます)!」

 

 メジロのおばあちゃん、喜多野美弥さんの嬉しそうな顔が見れたんだから。

 

 美弥さんだけじゃない。ファンの人達も。

 

「次も頑張れよシャーロック! 応援してるからなー!」

「このままクラシック三冠だー! ルドルフ以来の無敗三冠だー!」

「お前ならやれるでー!」

 

 期待に応えることができた。我ながら安心したよ。

*1
2003年はまだ中山開催。現在は阪神開催




後は追込だけだな、よし!
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