引退式が終わり。
栗東にもお別れを告げた。リョーマが大泣きしていたのは予想通りというか、想像できたというか。
「行かないでェェェ!」
「柏崎ー、草薙を仕事に戻らしとけー」
「分かりました。ほら行きますよ、草薙さん。まだまだ仕事は山積みなんですから」
柏崎さんに引きずられていく姿は、大分情けなかったな。
大の大人が子供みたいに引きずられるんじゃねぇよ。
つか柏崎さん、厩務員ってこともあるからか、やっぱ力強いなおい。
180とかはありそうなリョーマを、普通に引っ張っていったし。強い女性だ。
「向こうでも元気にするんやで、シャーロック。暇が出来たら会いに行くからな」
「頑張るんだぞ、シャーロック。元気でな」
最後に。
康夫さんと俊之さん。一番お世話になった人達にお別れの言葉を貰って、俺は馬運車に乗せられる。
エンジンの音。静止していた馬運車が動き出して、揺れ出す。
(離れていってるな。これで本当に、お別れだ)
『さようなら、栗東トレセン。楽しい思い出をありがとよ』
栗東から舎台へ。
北海道への大移動だ。
一体何が待っているのやら。
で、長い移動の果てに辿り着いた舎台。
俺はというと。
「メジロシャーロックが来たぞ! 急いで受け入れ先の馬房に案内するんだ!」
「よ~しよし、怖くないからね~。ゆっくり休もうね~」
「早く飼葉と水の用意をするんだ。少しも遅れないようにするんだぞ!」
着いたそばから、なんというか慌ただしいなおい。
手厚くもてなされている、というか。とにかく俺の機嫌を損ねないようにしているというか。
何? 俺気性難認定でもされてる? 変なことした覚えはねぇぞ。
「長旅で疲れているかもしれないからな。まずは馬房で休んでもらおう。放牧はその後だ」
「分かりました。では、私がこのまま案内を」
「頼む。俺達の方で飼葉と水を用意してくるから」
ま、まぁ? これが普通の対応かもしれんし。
万が一にもへまをするわけにはいかない。念入りにするのは当然、ってわけか。
いや、それにしたってなぁ。
(壊れ物を扱うみたいな待遇だな。機嫌を損ねないように、とかじゃないみたいだけど)
なにがあったのやら。
こちらのスタッフさんに案内されて、俺が住む予定の馬房へと。
入ろうとした、その時だった。
『あれ? シャロくんだ!』
……おいおい、マジかよ!
声のした方へと向く。
随分と懐かしい声に、思わず耳が動いてしまう。
馬房にいたそいつは、俺の予想通りの馬でっ!
『カメハメハじゃねぇか! 久しぶりだな~!』
『うん、本当に久しぶり! シャロくんもこっちに来たんだね~』
『おうよ。今日から世話になるわ』
キングカメハメハ。かつてダービーで苦戦を強いられた、俺の同期がいた。
いや、マジか、マジか!
会えるだろうなとは思っていたけど、こんなすぐに会えるなんて!
『やべっ、久しぶり過ぎて泣きそう』
『あはは。ちょっと会わない間に、随分涙もろくなったね。放牧で一緒になるだろうからさ、積もる話はその時にでもしようよ』
『あぁ! 約束だからな!』
『ふふ。はいはい』
ルンルン気分で馬房へ。
用意された餌と水に手をつけつつも、考えるのは。
(こっちにはハーツもいるかもしれない。この時の舎台だから~、アグネスタキオンとかもいたりするんだろうか!)
この先会うかもしれない、とりわけウマ娘になっている名馬達だ。
キンカメやハーツと会うのも楽しみだし、他の馬に会うのもワクワクが止まらない。
我ながら、とんでもなくテンションが上がっている。
「長旅の後なのに、凄く元気ですよ、メジロシャーロック。やっぱり、海外遠征も多かったから慣れてるんでしょうか?」
「かもしれんな。精神的にタフなんだろう。とにかく、細心の注意を払って」
あ~、メッチャ楽しみだ!
◇
長く感じる時間の流れを我慢して、ようやくやってきた放牧の時間。
カメハメハの言っていた通り、一緒の時間に出されていた。
『久しぶりだね~、シャロくん。元気にしてた?』
『俺は、まぁ元気だったよ。カメハメハの方はどうよ? 元気にしてたか?』
『あ~……まぁ、元気っちゃ元気だね、うん』
なんか、含みのある言い方してんな。
ま、細かいことはいいか。今はこの再会を喜ばねぇと。
カメハメハは2004年引退だからな。ざっと2年ぶりくらいか?
あの時よりもふっくらしている。レースを走るわけじゃないから当然か。
俺もその内、カメハメハみたいに太るかもだし。今後のためにも。
にしても、嬉しいな。
舎台に入ってすぐに、同期の友達と会えるなんて。
巡り合わせに感謝だ!
カメハメハに会った、ということで。
もう一頭いるはずだ。舎台には、アイツが。
『ところで、ハーツはこっちにいるのか? 確か、ココだった気がするんだけど』
ハーツクライ。俺に何度も挑んできた、友達でライバル。
舎台で繋養されているはずだ。ここにいることは間違いない。
だからカメハメハに尋ねたのだが。
『あ~。シャロくんは会わない方がいいかも』
『え、なんで?』
『その、ね。ハーツもいろいろと』
言いにくそうにしているカメハメハ。
そんな時だった。
『ほう、やはり貴様もここに来たようだな、シャーロック』
ハーツが来た。いつも通りの、ハーツクライが。
最後に会ったのは、遠征の後。ちょっとの間だけだ。
こっちにも久しぶりに会った。嬉しくて仕方がない。
仕方がないんだが当のハーツはというと。
『ようやくだ。これでようやく、貴様に勝負を挑むことができる!』
『……は?』
あぁ、うん。
『今すぐ走る準備を整えろ! 今日こそ貴様に勝ってやる!』
『いや、待てよお前。いいわけ』
『屈腱炎のことなら心配するな。すでに治った』
『嘘はダメだよ、ハーツくん。この前も人間さんに怒られてたでしょ? 別件だけど』
なんていうか。
『だがカメハメハ。ここにシャーロックがいる。ならば、挑むしかあるまい! さぁ勝負だ、シャーロック! 俺の宿敵!』
『コイツ、いろんな意味で変わらねぇな。一応病気なのに』
『まぁ、こうなるからシャロくんは会わない方がいいよ、って思ったんだけどね。シャロくん嬉しそうだから、ぼくの杞憂だったけど』
良い意味で変わらないわ、コイツ。
屈腱炎になっても、なんも変わってない。
安心するわ、本当に。
さすがに本気で走るわけがなく。
軽く運動した後、みんなでゆっくりと。
積もる話もあるからな。主に、カメハメハが去った後のこととか。
『結局、俺は最後までコイツに勝てなかったからな……っ! それでこそメジロシャーロック!』
『その話何回するの? ハーツくん。ハーツくんがこっちに来た時にも聞いたし、凄い頻度で聞いてるよその話』
『お前はカメハメハに何話してんだ。もっと他の話してやれよ』
ハーツのする話は大体俺絡みらしい。何だお前俺のこと大好きかよ。
で、その話もこのレースに負けた、やっぱり俺は強い、俺は凄いばかりらしい。何話してんだよカメハメハに。
『シャロくんはなんかないの? 面白い話とか、メスの話とか』
『なんでその2つを並べた? 悪意はないんだろうな?』
『やだな~、別にないよ。ほら、アドマイヤグルーヴさんに凄い懐かれてたじゃん。それ抜きにしても、シャロくんはモテモテだったし。興味あるんだよね』
『ちょっと悪意あるだろお前』
『ないよ~全然ないよ~』
そんでカメハメハもカメハメハだ。
真っ先に聞こうとするのが、異性関係の話ってなんだよ。
他にもっとあるだろ。どのレース走ったとか、勝ったとか。
初手それはおかしいだろ。どう考えてもよ。
それに、面白い話も別にねぇし。
『つってもなぁ……あ、数少ない癒しの子がいたぞ。ラインクラフトちゃん』
『へ~。我の強い子ばかり相手させられてると思った』
『間違ってないぞ、カメハメハ。コイツは基本的に、アドマイヤグルーヴのようなヤツばかり相手にしていたからな』
『否定できねぇのが悲しいな。間違ってないし』
……いや、俺が慣れきってるだけで、境遇的には面白いのか?
その線はちょっとあるぞ。特に、気性難の相手ばっかさせられていた身だし。
『カメハメハが抜けた後だろ? 確か~……スイープにパンドラ、ディープにジャパンとか。まぁ色々やったな』
『やっぱりモテモテじゃん。羨ましいね~このこの~』
『おう、じゃあ変わってやろうか? 素敵な出会いになるかもしれねぇぞ?』
『やだ。シャロくんの相手ってことは、間違いなく気が強い子達だし』
実際、カメハメハも面白おかしそうに話を聞いていた。
好評なようで何よりである。あんま嬉しくねぇけど。
『てか、レースのことはいいのかよ? 俺の日常とか聞いて面白いか?』
『分かってないね。シャロくんは日常の方が面白いもの。レースのことは、ハーツくんから聞いたし。もう聞き飽きたから、興味ないかな』
ズバズバと言いやがってコイツめ。
でも、この時間が楽しい。
同期で、友達で、放牧でも一緒に過ごすことの多かったいつメン。
あの時間に帰ってきたみたいで、マジで嬉しい。
楽しい時間。
気づけばいろんなことを聞いていて。
『てか、カメハメハはどうなんだよ? 元気かって聞いた時、含みのある言い方してたけどよ』
『俺も気になるな。元気みたいだが、何か嫌なことでもあったのか?』
『あ~……聞いちゃう? それ』
気づけば、さっきのことを聞いていた。
含みのある言い方してたからな。元気と言えば元気、って。
その言い方だと、なにか別の意味があるんじゃないか? と思うんだが。
カメハメハは、言いづらそうだ。
『別に言いづらいなら言わなくてもいいが、困りごとなら力を貸すぞ。友達だろ?』
『そうだ。辛いことがあれば言え。俺が人間を蹴り飛ばしてやるからな』
『なんでお前は人間がやったこと前提なんだよ。そして止めてやれ。ケガじゃ済まん場合がある』
よほどアレな事情なのか、それとも俺らに迷惑をかけたくないのか。
どっちかは分からない。
ただ、カメハメハは。
『まぁ、うん。シャロくんとハーツくんは、来たばっかだもんね』
『そうだな。俺に関しては今日来たばかりだ』
『俺は大分前だな。とはいえ、今年だがな』
なんというか、憐みの籠った目で俺達を見ている、ような?
この先、逃れられない悲劇を知っているような。
そんな雰囲気を纏わせて。
『シャロくんとハーツくんも、いずれ分かるよ。レースとは別ベクトルの辛さが待ってる、って』
『なんだそれは? シャーロック、貴様ならば』
『あ、あ~……そういう、ことか? もしかして』
『多分、シャロくんが想像している通りのことだよ。そのうち分かる』
俺は、全てを察した。
うん、そりゃ言いにくいよな。言いにくいっていうか、言えねぇよな。
『ハーツ。俺らも直に、カメハメハと一緒になるかもしれねぇ。その覚悟だけは、決めておけ』
『ど、どういうことだ? なにが分かったんだ、シャーロック! 俺にも教え』
『いずれ分かるよ、ハーツくん。嫌というほどね』
どうしよう、今から怖くなってきたんだけど。
まだ時間はある。来年で、今が12月だから……うん、3ヶ月ちょっとぐらいしかねぇや。
(絶対種付けだよなぁ、これ。そりゃ確かに、元気と言えば元気かもしれねぇけどよぉ!)
カメハメハが虚無ってるの、初めて見たぞ。
コイツでもこんなことになるんだな、って思ったわ。やべーわ本当に。
先行きが不安になるが。
『ま、でも。お仕事以外は基本暇だから、そこは安心してよ。食べて寝て、たまに走って。のんびりできる時間の方が多いからさ』
『そいつは良いね。現役の間は、レースのために絞らなきゃいけなかったしな。ちょっとは気を休められる、か』
『だとしても、俺の気持ちは変わらん。というわけで、勝負だシャーロック!』
『勝負もなにもねぇだろ、こんなとこで。後で走ってやるよ』
友達に会えて、のんびりできて。
楽しい時間を過ごすことができた。
……それだけじゃない。
カメハメハたちと話していた、時だった。
『やっぱり“再会”する、思ってたよ』
カメハメハ以上に懐かしい。
『──あっ』
『“元気”そう。なによりだよ。あふぁーまてぃぶ』
随分とお世話になった。俺が強くなれる手助けをしてくれた。
ケガで引退した。俺に、いろんなものを託してくれた。
親友で、ソウルメイト。いつもそう言っていた。
間違えるはずがない。本当に、本当に久しぶりだ。
『ユニさぁぁぁん! 本当にお久しぶりです!』
『“はろー”。再会を“喜ぶ”をするよ。親友、そうるめいと。シャロ』
ユニさん、ネオユニヴァースさん。
俺の親友で、ソウルメイトが。
舎台にいた。元気そうにしていた。
本当に、たった一日なのに。
『ユニさん、俺いろんなレース勝ったんですよ。それはもう、世界を股にかけた大活躍をですね』
『ふふ、“誇らしい”、だよ。いろんな話“興味”ある、だよ』
『嬉しそうだね~、シャロくん。ぼくにもいろんな話を聞かせてよ』
『ふっ。たまにはゆっくりしてやるのもいいか』
舎台での日々が、楽しくなると確信していた。
……まぁ、お仕事に関しては、うん。
お久しぶりなメンバーである。