親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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せっかく追込シービー完凸したのに一度も使ってないという事実。


お仕事の始まり

 正直、舐めてたところはある。

 カメハメハが辛いと言っていたが、言うてそんなでしょとか思ってた。

 なんだかんだ、しっかりとこなせるんだろうな~、とか、シーズン前は思ってたんですよ。

 

 で、いざシーズンが始まると。

 

『なぁ、カメハメハ。ここから逃げる手立てってない? ぶっちゃけもう逃げたいんだけど』

『無理。そもそも、シャロくんは人間さんのお気に入りだから。どんな手を使っても逃げられないよ』

『畜生がぁぁぁ!』

 

 これである。誰だよ種付け仕事なんて楽勝とかほざいてたやつ。俺だよ。

 キツいなんてもんじゃない。

 下手すりゃレースよりキツい、って言葉は嘘じゃなかったわ。

 

『クソ、ディープ! お前は無事か? お前の種付け数もかなり……? ディープ? ディープはどうしたんだ?』

『ディープなら寝てるんじゃない? え~っと、ほら。あそこにいるよ』

 

 カメハメハの指した先。

 そこにいたのは──疲れ果てたのか、眠るディープインパクトの姿だった。

 あの三度の飯より走るのが大好きなディープが、寝ることを優先している、だと!?

 

(恐るべし、種付け業務!)

『ディープですらぐったりするのか……ぶっちゃけ、俺もそうだけど』

『ディープとシャロくんは人気らしいからね~。世界中から殺到してるらしいじゃん』

『まぁ、うん。そうだな』

 

 種牡馬生活一年目。

 早くも厳しさの洗礼を味わっていますとさ。

 

 

 

◇

 

 

 

 舎台に引っ越してから1ヶ月か2ヶ月か。

 ディープもこっちに越してきた。

 

『シャロさーん! 走ろ、走ろ!』

『久しぶりの再会でも顔を舐めるのなお前。止めんかばっちいから』

 

 有馬記念で引退。今後は舎台で種牡馬として暮らすことになる。

 馬房は俺とは離れている。見かけたことがないからな。

 ちなみに、俺のお隣さんはカメハメハ。そしてユニさんである。

 

 馬房が離れているとはいえ、放牧の時間は被ることが多い。

 

『走ろうよシャロさん! ぼく、楽しみにしてたんだー!』

『分かったから。で、誰か他に走るのは』

『俺も走る。運動をしたかったところだからな』

 

 歳が近くて、なおかつ同じ栗東の仲間同士。

 なんだかんだいつメンで集まることが多いな、放牧は。

 

 ま、新しい交友がないわけではない。

 例えばシンボリクリスエス。

 

『……新顔、か』

『あ、はい。えっと、あなたは?』

『……シンボリクリスエス。よろしく』

『シン!?』

 

 向こうから挨拶してくれて、ちょっとずつ交流の機会が増えている。

 口数は少ないが、基本的に穏やかで怒ることはない。

 

『……お前は、凄い奴、だったらしいな。人間が、よくお前の名前を、口にしている』

『ここでも大人気なのか俺は。まぁ、嬉しいですけど』

『……そう、だな。人間に、褒められるのは、嬉しい』

 

 後、ボリクリ耳と呼ばれる部分が大変可愛い。

 

 次いで知り合ったのは、ゼンノロブロイか。

 ウマ娘だと大人しい子、って印象なんだが。

 

『あ~、だり~。ずっとゴロゴロしてた~いっ、て! め、メジロシャーロックゥ!?』

『お久しぶりです、ゼンノロブロイさ』

『なんだなんだ!? 人間どもはまた俺を走らせようとしているのか! そうはいかねぇからな!』

 

 こっちだと面倒くさがり屋、って感じだ。

 なんつーか、出来る限り動きたくない、みたいな。

 そんなぐーたらさを感じさせる。

 

『ロブロイ。お前も、たまには、走れ。運動しないと、悪影響、だ』

『うぇ~……まぁ、クリスエスさんが言うなら』

 

 ただ、クリスエスさんには頭が上がらないらしい。

 言うことを素直に聞く。上下関係がしっかりしていた。

 先輩と後輩の間柄なんだろう。確か、同じ厩舎だったはずだし。

 

(その点を考えると、俺とディープって先輩と後輩感がねぇな)

 

 どっちかというと、兄弟のそれだ。

 アイツには兄いるけど。タイドはまだ現役らしいが、元気にしているのかね?

 ここで応援の念を飛ばしておこう。届くか分からんけど。

 

 知り合いが増えて、交流もそれなりにあった。

 楽しい時間だったし、なんなら今でもやろうと思えば集まれる。

 

 楽しかった……そう、楽しかったんだよ。ほんの少し前までは。

 

 

 その楽しさがなくなったのは、種付けシーズンが到来してからだ。

 

「よし、メジロシャーロックの検査結果は問題なしだ。早速、お仕事のことについてなんだが」

「はい。僕が担当ですね?」

「そうだ。いいか? くれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も! 気をつけるんだぞ! 何かあってからじゃ遅いからな!」

「は、はい! 分かっています!」

 

 俺につく予定のスタッフさんに連れられて、お仕事の場所へ。

 

 ぶっちゃけ、最初はこんなもんか、で終わった。

 

「よし。それじゃあ、今日は後もう一件あるからね。頑張ろうね、シャーロック」

 

 2頭ほど種付けしたが、別に言うほど大変ではなく。

 

(カメハメハの奴、もしかして誇張してたな? 結構すんなりいけるじゃねぇか)

「おっとっと。まだまだ元気いっぱい、って感じだね。その調子で、明日以降もよろしく。特に君は期待されているから」

 

 これくらい楽勝だろ、勝ったなガハハ! とか、誰に対する勝利宣言だよ、みたいな状態だった。

 今にして思えば、この頃の俺は能天気すぎたな。

 たかが一日、お仕事を終えただけで。まだまだいけると勘違いしていたのだから。

 

 次の日も2頭。

 

『まだまだ大丈夫だな。やっぱカメハメハの誇張表現か』

 

 その次の日は3頭。

 

『一頭増えたが、まぁまだいけるわ。何とかなるって』

 

 次の日は2頭。次の日も2頭……。

 

『あ、あの。い、いつになったら休め、あ、休めない? あ、はい』

 

 ……。

 

『さ、さすがに、き、キツ……っ』

 

 ……。

 

 はい。

 

『一日単位で考えたら、そりゃ楽だろうよ。でもよぉ、何日も何日もってなったら、そりゃキツいだろうがよぉ!』

『何当たり前のこと言ってんの、シャロくん。まだまだ1ヶ月は残ってるよ? まだまだ頑張らないと』

『嫌だぁぁぁ! これならレース走ってる方が何倍もマシだぁぁぁ!』

 

 限界だわ。もー限界だわ。

 ぶっちゃけ舐めてたわ種付けのお仕事。楽にこなせるっしょー、とか考えてた過去の自分をぶん殴ってやりたいね。

 一年目でこれ? 来年以降どうなるんだよ、俺。今すぐにでも逃げ出したいってのに。

 

 グロッキーになっているのは、俺だけではない。

 寝転がっているディープもそうだし、ハーツに関しても。

 

『ふ、ふふ……! れ、レースよりも、き、キツ……っ』

『お前もお前で需要あるからな。俺とディープよりはマシとはいえ』

『シャロくん凄いもんね。一日2回が当たり前でしょ?』

『あぁ。助けてほしい』

『無理かな。ぼくも似たようなもんだし。ぼくも助けてほしい』

 

 俺にケンカを売る体力がないほどに、消耗し切っている。

 コイツの闘争心すらも削り取ってしまう……なんて恐ろしいんだ、種付け!

 

 まぁ、お仕事さえ終われば後は自由時間。

 そのお仕事に関しても、そこまで時間を取るようなもんじゃない。

 なんだかんだ、休んでいる時間の方が多いわけだ。

 

 それはそれとして。

 

『餌をしっかり食っとかねぇと。マジで体力持たねぇぞ、この仕事』

『本当にねぇ。食欲なくても、しっかり食べておかないと。今後に響いちゃうから』

 

 幸いにも、俺の食欲は落ちていない。

 栗東の頃、たくさん食わせてくれたリョーマには、感謝しなければ。

 アイツのおかげで、量を食えるようになったし。

 

『しかも、毎日リンゴくれるんだぜ? 栗東の頃は、レース終わりぐらいにしか食べれなかったのに』

『シャロくんの好物を知ってるからだろうね~。リンゴ大好きだもんね、シャロくん』

『おーよ。毎日食えるから幸せだわ』

 

 感謝だな、感謝。

 

 で、種付けのお仕事の話をしていると、必然出てくるのが。

 

『で、で? どう? アドマイヤグルーヴさんには会えた?』

『お前本当に下世話だな。グルーヴさんなら、割と早い段階に会ったよ』

 

 相手のお話である。

 気性とかもあるからな。ヤバい馬は本当にヤバいし。

 そして俺も、そのヤバい馬と会ったしな。海外の馬だけど。

 

『グルーヴさん、スティルさん、クラフトちゃん……まぁこの辺には会ったな。だが、一番印象に残ってんのは、海外の子だ』

『へ~。なんて子?』

『アルトアイリーニ、って言われてたな。なんでも、俺のためにって用意された子らしい』

『ひゅー! 人間でいうお嫁さん? じゃん! どんな子?』

 

 その子の名前は、アルトアイリーニ。

 女王陛下が俺のために用意した繁殖牝馬であり。とんでもねぇ気性難の牝馬だった。

 

 まず、のっけから衝撃だったからな。

 

『のっけから人間を引っ張りながらの登場だった』

『え』

『人間がな。2、3人がかりで抑えつけようとしてたんだ。全くの無駄だったけど』

 

 手綱を引っ張りまくって、人間のことなんてお構いなし。

 とにかく暴れ回っていた。発情期で興奮してたのかは知らんけども。

 

『俺は初めて命の危機を感じたよ。大丈夫か? 生きて帰れるか? ってな』

『シャロくんが言うってよっぽどだね。でも、こうして会えてる、ってことは』

『無事に済んだというか、むしろ俺がいた方がよかったというか』

『どゆこと?』

 

 不思議そうなカメハメハ。

 

『ぼくも“気になる”だよ。どういう子なの?』

 

 ついでにやってきたユニさん。

 微妙に疲れてるように見えるし、お仕事終わった後なんだろうな。

 

 さて、アイリーニの話、か。

 出会いが衝撃だったのも勿論だが、その後もだ。

 

『アイリーニはさ、俺が視界に入った瞬間、ぴたっ、って止まったんだよ。でさ、俺の方に一目散に寄ってきてさ』

 

 体格としては、俺より少し小さいくらい。

 牝馬の中では標準、って感じの子だった。

 大きすぎず小さすぎず。普通の体格ってとこだな。

 

 で、最初こそ警戒していたアイリーニだが。

 話しているうちにだんだんと警戒心を解いてくれて。

 

 最終的には。

 

『一緒に暮らしましょう、その方がいいわ、なんて言われてな。うん、気に入られたんだなって』

『まさかとは思うけど、本気で言ってる? シャロくん』

『現実逃避だよ。察してくれ』

 

 気に入られた、で済む段階ではなく。

 冗談抜きで連れ去られるところだった。アイリーニが俺の側を離れないもんだから。

 

『帰る時大変だったらしくてな。大丈夫だったんだろうか? 担当の人間は』

『まぁ“おーるぐりーん”だと思う。ひゅーまんは“DNGR”の回避が上手だから』

『キツい子の担当は慣れてるだろうしね。大丈夫だと思うよ』

 

 担当となった職員さんには黙禱しなければ。無事だろうけど。

 

 日本と海外。今のところは半々ぐらいのペースで種付けしている。

 やっぱ海外需要も高いのか、俺は。

 バイアリーターク系だから、当然っちゃ当然かもしれんが。

 

『需要がすげぇらしいからな、俺。そのせいで種付けの数が増えてんだけど』

『難儀だねぇ。人間さんの事情は、ぼくたちには分からないけど』

『だけど“らぶ”だよ。ひゅーまんは、ぼくたちが“らぶ”。ぼくたちも、“らぶ”』

『それはそうですね。俺も、凄く優しくされてますし。愛されているのが伝わっています』

 

 待遇もめっちゃ良い。

 そもそも、お仕事の時間よりも自由時間の方が多いからな。

 人間側も俺達を大事にしている。愛を持って接していることが伝わってくる。

 

 ま、シーズンが終わるまでの辛抱だ。

 俺の目標のためにも、必要なお仕事。

 我慢してやり遂げなきゃな。

 

『そろそろ放牧の時間終わりですね。じゃ、また次の放牧でな』

『うん。またね~、シャロくん、ってぼくらみんな近くの馬房でしょ』

『ふふ、“その通り”だよ、カメハメハ』

 

 明日も頑張ろう。

 

 

 

◇

 

 

 

 余談だが、俺にはシンジケート*1も組まれているらしい。

 女王陛下も所持しているし、勿論裕二さんもこの株を所有している。

 アルトアイリーニと、メジロドーベルがこの枠だった。

 

 そのシンジケートの金額はというと、三桁億を超えていたのだとか。

 怖いわこの業界。しかも、それで満口しっかり埋まってんだからやべーよ。

 ちなみにディープは40から50億ほどだとか。俺はその倍以上の金額を集めたことになる。

 

 で、俺の種付け料はというと。

 驚きの2000万。この時代に、2000万である。

 

(活躍馬も輩出してねぇってのに、なんで2000万も超えてるのやら。これでも低い扱いらしいし)

 

 将来どんな子が出るかは未知数。

 爆死の可能性もあるというのに、この時代で1回2000万の種付けだ。

 実績とか考えたら当然かもしれんが、集まるのかね……なんて思っていた時期が、ちょっとだけありました。

 

 殺到したらしい。それはもう、是非ウチの牝馬に種付けしてくれと。

 メジロシャーロックとの交配をと、舎台に依頼が殺到したそうだ。

 日夜電話やアポの予約といった、お偉いさんの対応に追われる始末。

 寝れない日もあったそうな。やばっ。

 

(日本からも海外からも、ひっきりなしだったらしい。うん、苦労をおかけします)

 

 それでもどうにか、今年分の募集を締め切って。

 来年からはさらに増額するか、なんて話も出ているんだとか。まだ産駒も走ってねぇのに。

 

(無敗の三冠、キングジョージとエクリプスステークス、春天を二連覇。総合成績23戦23勝の、G1を13勝……まぁ誰もが欲しがるわな。レーティングも、文句なしの144だし)

 

 欧州のどこだかが決めたレーティング。

 会社によって違いはあるが、どれも最高値を叩き出しており。

 なんと、あのダンシングブレーヴを超える144の数値が出ているんだとか。

 

 まぁ、ここまで期待されるとね。

 

『応えねぇと、だよなぁ』

 

 応えたくなるわけだ。人間の、期待に。

 ま、俺じゃどうしようもねぇけどな!

*1:
一頭の種牡馬を数十株の株式に分けて所有する形。1株で1回の種付け無料の権利がある




シンジケート→ヤバい
種付け金額→ヤバい
レーティング→ヤバい

結論 全部ヤバい
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