ついにこの日、終わりを迎えた。
「よし、これで今期分の種付けは終了だな。お疲れ様、メジロシャーロック。後はゆっくり、馬房で休もうな」
そう、種付けシーズンの終わりである!
今は8月の初め。いつものお仕事を終えて、馬房に戻る時のことだ。
スタッフさんから、今期の種付けが終わりであることを教えられたのである。やったぜ。
(ついに、ついに解放される! 我が世の春が来たぁぁぁ!)
大変だった、すげー大変だった。
一日2、3回が当たり前。4回やる時だってあったし、その度に精魂尽き果てそうになった。
なんとか餌をたくさん食べて、放牧地で走って運動して。
体調を維持しようと、崩さないように頑張っていた。
結果、どうにかお仕事を完遂することができたのである。
長かったなぁ、本当に。
(2月からちょこちょこ始まって。4月から5月がマジでヤバかった。本当に、本当に)
『苦労が報われた……報われてねぇよここからが本番だろうが』
一瞬、よくやったぞ自分と褒めそうになったが。
まだ何もよくなかった。産駒が走ってすらいないし、そもそも生まれるかどうかすら未定なのだから。
「は~い、シャーロック。馬房に戻ろうね~。今日はシャーロックが大好きな、つがるのリンゴもあるからね」
「ヒヒィン(やったぜ)!」
でも、今は終わった喜びを噛みしめる。
後、大好物のリンゴが食えるのも最高。
ハッピーとハッピーが合わさって、超ハッピーだ!
他の奴らも、今日で種付けの仕事が終わりみたいで。
『あ~、やっと終わったよ。これであとはのんびりできるね』
『いくら“らぶ”でも、“キツい”だよ』
『……』
『ハーツ、大丈夫か? お前』
放牧地はパラダイス。
懲役から解放された気分だ。仕事だけど。
ディープの奴も、今日で種付けが終わりなのを悟ったのか。
『シャロさん走ろ走ろ! 思う存分走ろ!』
『わーかったから顔を舐めるなお前は』
『相変わらず、懐かれてるねぇシャロ君』
『……微笑ましい、だな』
めちゃくちゃ動き回っている。
今までの鬱憤を晴らすかの如く、走り回っていた。
にしても、アレだな。
アイツも大分肥えてきたな。小柄なのも相まってか、分かりやすい。
(かくいう俺も、現役時に比べたらな。かなり増えてるって言われてたし)
悪いことではない。種付けのことを考えたら、むしろプラスだ。
体力を持たせるためにも、脂肪を蓄えておくに越したことはない。
今年だけじゃなくて、来年もあるわけだからな。
適度に運動しつつ、しっかりと肥えなければ。
つか来年、来年かぁ。
どうなるんだろうな、マジで。
(間違いなく、今年と同じくらいはつけられそうだし。増額して、少しは抑えられないかなぁ)
『……無理だな』
『なにが? というか、あっちでディープが呼んでるよ。行って上げなよ』
『シャロさん早く早くー!』
未来のことにちょっと絶望しつつも。
ディープと一緒に走り回る。クリスエスさんやカメハメハ、ハーツもついてきたりして、ちょっとしたレース模様だ。
この時間は楽しい。癒しだ。
でも来年は、また種付けなんだよなぁ……。
(よし、考えるのはやめておこう。半年は先の話なんて知らねぇ)
口に出すのもやめておこう。ディープ達が露骨に嫌な顔するだろうから。
今はただ、走ることを楽しむ。
心が洗われるわ、本当。
◇
種付けシーズンが終わって数ヶ月。もうすぐ年末って時だ。
「いや~、凄いですよね、シャーロック。今年の受胎数を見せてもらったんですけど」
「確かに凄かったな。種牡馬としても優秀だな、シャーロックは」
「馬産家の人達はありがたい限りでしょうね、シャーロックの存在は」
日課となった盗み聞き。
今回の話題は、受胎した牝馬の数らしい。
当たり前の話だが、種付けをしたからといって、100%受胎するとは限らない。
不受胎の可能性もあるわけで、その場合は種付けの金額を払わなくてもいいことになっている。
一般的には70%とかだったか? ゴールドシップなんかは特に優秀だったらしいが、70はあればありがたい限りだろう。
で、その受胎率。
俺は優秀な数値を叩き出したのか、声で喜んでいるのが分かる。
はてさて、一体どれくらいなのか。
「275頭に種付けして、内221頭ですからね。かなり優秀ですよ、これ」
「約80%だからな。とんでもない数値だよ、まったく」
「シンジケート株の馬は、全馬無事に受胎したみたいで。本当に良かったです」
思ったより優秀な数値だった件。マジかよ。
てか待て。俺今年275頭も種付けしてたの? やたら多いとは思ってたけどさ。
(平均がどれくらいか分からんけど、とにかく多いってことだけは分かるぞ! ヤバすぎだろ!*1)
その中の80%が受胎なのは、良い情報だ。
後はどれだけ走ってくれるかである。ここがいっちゃん大事だからな。
いや、それも大事だけどさ。
俺のお仕事の数どうなってんの?
多いとは思ってたよ。思ってたけどさ、いくら何でも多すぎだと思うんですけど。
「それにしても、やっぱり多いですね。シャーロックの種付け数。ウチでトップの数ですよ」
「ディープインパクトで215、キングカメハメハが216だからな。ダントツで多い」
やっぱ多いじゃねぇか。あの2頭より多いってマジかよ。
その理由は、分からなくもないが。
「希少血統、というのが絡んでいるんだろうな。実績と人気が文句なしなのは当然として、ヘロド系なのが要因の一つだ」
「キングカメハメハの種付け数が多いのも、非サンデーなのが理由ですもんね。さらに希少なシャーロックの場合だと、増えますよね」
「そういうことだ。酷だが、こればかりはどうしようもない」
はい、今会話に出てきた通りだ。
そりゃ後世に残そうと必死になるわな。
(これでヘロド系が復活すれば、血統のラインが1つ増えるってことだからな。特に、サンデーが幅を利かせているこの時代じゃ、ありがたみが段違いのはず)
こういう話になると、真っ先に出てくるのがセントサイモンの悲劇。
活躍馬を輩出しすぎたせいで、血の偏りを招いてしまったアレ。これは防がないとだ。
主流のラインが1つ増えるに越したことはない。選択肢の幅が広がるわけだし。
なので仕方ない。仕方ないが、来年もとんでもねぇ数種付けされるんだろうな、これ。
なんて、思っていたところに。
「一応、来年度はシャーロックの種付け料金、増額予定らしい。まだ産駒が生まれてすらいないのに、凄いことだよ本当」
「あまりにも数が多すぎるから、ですか? やっぱり、凄い人気ですね。引退してもこれだけの人気なんですから」
俺の種付け金額、どうも上がるらしい。
数が多いから、それをさらに絞るためのものだと。
これは嬉しいな。
(普通、初年度から増えることはねぇからな。それだけ、緊急事態なのかもしれんが)
金額が増えれば、躊躇する陣営も出てくる。
数が減ることは間違いないな。
来年はちょっと楽が出来るかもしれない。
ここで問題なのは、どれだけ上がるか、だ。
この場合は、200万とか300万とか。
あまり極端に上がることはない、はず。
「次年度は2500万で考えているらしい。初年度から500万アップだ」
「2500万、ですか。これで落ち着くでしょうか?」
「正直、厳しいだろうな。喉から手が出るほど欲しい種だろうし、これで収まるとはとても」
ご、500万アップでもダメそうなのか。普通は凄いことなんだけどな。
(てか、2500万って。ディープの全盛期が確か、4000万だろ? それに近づきつつあるって、どういうことだよ)
俺はまだ2年目だぞ。産駒も走ってねぇのに2500万ってやばすぎるだろ。
需要があるってレベルじゃない。むしろ怖くなってきたわ。2500万でも減少が見込めないことも。
「欧州どころか、アメリカも目をつけているからな。オーストラリアもどうか、なんて言ってる。気が早い話だが、もう後継の話題が出てるくらいだ」
「いやいや! まだ初年度の種付けが終わったばかりですよ!? いくらなんでも、気が早すぎますって!」
「それだけ期待されているんだよ、シャーロックは。活躍できなかったとしても、種馬としての需要はあるだろうし」
……本当に怖くなってきた。
(舐めてたわ。まさかそこまでとは思わんかったわ)
需要に対して、供給が見合っていない。
今の俺の状況は、大体そんな感じだ。
この頃のヘロド系ってなると、やっぱりトウカイテイオーか。
そのトウカイテイオーも、中々の歳だしなぁ。活躍馬を輩出しているとはいえ。
ってなると、俺に需要が集中するわけで。
初年度だってのに、もう産駒が望まれているわけだ。
気が早いってレベルじゃねぇぞ、産まれてもねぇよ。
舎台の人達も、頭を抱えてそうだよな、これ。
(種付け頭数を絞りたくても、絞ることが見込めない。いっそのこと、大幅増額なんてこともありそうだが)
「一応、3000万にすることも検討しているらしい。それでも、ほとんどの馬産家が殺到しているらしいが」
「さ、3000万で殺到って。聞いたことありませんよ、2年目で3000万に突入しそうな馬」
「3000万で済むなら喜んで払う、だってさ。ほとんどがそう答えたらしい。上も、頭を悩ませていたよ」
実際、頭が痛いみたいだし。何かすみません。
にしたって、こうなると別の問題が浮上してくるな。
産駒が走ったと仮定して。下手すれば第二のセントサイモンになりかねん、という問題が。
(そこは上手く調整するだろうけど、こんなにも多いとさすがにな。制限することも視野に入れてそうだ)
さすがにあのレベルまではいかんだろうが、多く流れるのもそれはそれで問題。
後世のためにも、舎台の人達には上手く調整するだろう。
それはそれとして、俺の種付け数もうちょっとどうにかならんか?
「受胎率も良い、これといった問題点も見当たらない、むしろ気性難牝馬の相手ができる……貴重なんてもんじゃないな」
「本当に、神様に愛された馬ですよね~。メジロシャーロック」
「あぁ。二物も三物も与えられた、現役時代に神と呼ばれたのも不思議じゃない馬だよ。おまけに、愛嬌もあって可愛いしな!」
「あ、分かります! リンゴをあげると、本当に嬉しそうな顔しますよね~!」
「分かる、分かるぞ。だからついついあげたくなっちゃうんだよな!」
なんかほっこりしているのは置いといて、だ。
あぁ、うん。そりゃ減らすに減らせねぇよなぁ。
(体調的にも悪い影響はない。となれば、種付けを止める理由が見当たらない、ってことだしな)
とはいえ、さすがに制限をかける気がするけど。
初年度から200後半は、ヤバい。後のことを考えたら、もうちょっと絞った方がいいはずだ。
受胎率がいいことが分かったわけだしな。なおさらだ。
後は、本当に俺の体調問題だけ、か。
(絶対に、崩すわけにはいかねぇな。心配かけさせることになるし)
しっかり気を配って、出来る限り自分で管理しておかなければ。
餌をもりもり食べて、運動もしっかりやって。
いつの時代も、基本に忠実に。これが大事だ。
今回の話題は、これで終わりみたいだ。
「それじゃ、仕事に戻るとするか。そういや、シャーロックに関しては、ファンイベントもやらないらしいぞ」
「へ~。やっぱり、お客さんがめちゃくちゃ集まるから、ですか? というか、それしかないですよね?」
「ま、そういうことだ。後は、シャーロックがストレスを抱え込まないようにだな。人に囲まれると、多少なりともストレスになる。それに……ここだけの話」
最後はファンイベントに関して。
引退後の馬に触れあえる系の奴だ。
牧場見学とか、そういうのだな。
種牡馬によってはあるらしい。人気の高い馬は、かなり多くの人が集まるんだとか。
ディープとか俺、凄そうだな。現役時代から人気ヤバかったし。
あれ? でも、俺はそういうのやってない気が
「シャーロックの場合、大事になる可能性があるからな。ファンが暴走して、なんてなりかねん」
「人気が高すぎるのも考えものですね。ま、そんなことしたヤツは私たちで八つ裂きにしますけど」
「八つ裂きで済むものか。生きていることを後悔させてやる」
怖っ。怖いよ。やりすぎだろいくらなんでも。
俺だけないな~、なんて思ったら、そんな事情があったのかよ。
ありがたいけどさ、怖いよいくらなんでも。
これで会話は本当に終わり。
「さて、と。今度こそ仕事に戻るか。休憩も終わりだし」
「ですね。この後も頑張るぞ~!」
スタッフさん達は仕事へと戻っていった。
うん、いろんなことが判明したな。
(来年度以降は変わってることを祈ろう。それしかできないともいう)
相手も変わるだろうし、さすがに2年連続で同じ相手、なんてことはないだろう。
次年度が楽しみである。
◇
んで、2年目の種付けだが。
数は減るには減った、が。あまり変わらんかった。
240とか、その辺。
ついでに。
『奇遇ねシャロ! またあたしに会うなんて、シャロはやっぱりあたしのことが大好きなのね!』
グルーヴさん。
『ウフ、ウフフ……よろしくねェ、シャァロォ』
スティルさん。
『さぁ、今度こそわたくしと一緒に来てもらうわよ! 拒否権はないわ!』
アイリーニ。
なんであんたら3頭は今年も俺なんだよ。別の相手用意してやれよ。
多すぎてビビるわ。