親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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メジロシャーロックは愛されすぎている

 本当に俺は、良縁に恵まれていると心の底から思う。

 それ以外の要素が、終わっているとしか思えないが。

 それでも、お釣りが出るくらい。俺は恵まれている。

 

 

 種牡馬としてのお仕事にも慣れてきた。

 2年目に251頭、3年目に279頭、そして4年目に突入。

 4年目は282頭だった。どうして金額は年々上がり続けてるのに、数は増えてるんですかね。

 

(4年目で4000万の大台に乗るとは思わんかったわ。どないなっとんねん、俺の価値)

 

 俺の種付け金額、実に4000万である。ディープインパクトの全盛期に並んだ。

 まだ産駒走ってないのに、コレである。

 これでもし産駒が走ることが分かれば、どうなってしまうことやら。

 

 さて、4年目ということで、俺の産駒もぼちぼち走り始める頃。

 というか、実際にもう中央で走り始めているらしい。人間たちが話題に出していた。

 

 結果はというと──無事に新馬戦を勝利する馬がいた。

 しかも、それがメジロの馬。裕二さんが所有しているメジロを筆頭に、高い勝ち上がり率を叩き出している。

 まだあんまり走ってないとはいえ、これからに期待できる内容なんだとか。

 

(確か、最初に勝ちあがったのは……ドーベルさんとの子だっけか。名前は聞いてないから、分からんけど)

 

 後は、母父メジロブライトの子。

 こちらは新馬戦で勝ち上がり。内容も圧倒的なことから、将来が期待できるものだと話題を集めている。

 どうも、俺の不安は早々に払拭できそうだ。

 

 無論、メジロの子達だけではなく。

 俺の産駒はバカスカ走るわ、調教でも良いタイムを出してくれるわで絶賛されているらしい。

 

(母系統の強さを、しっかりと出してくれる。その上、サンデーの脚の脆さを補ってくれる、とか。いや、サンデー産駒の弱点を補うとか、やべー無法だな)

 

 これで気性も、大人しめの子が多いと来たもんだ。

 周りを振り回すことはあるが、それでも大人しい方だと。

 騎手としても、助かっているらしい。

 

 いやはや。これは、あれじゃないか?

 

(メジロの未来は明るいな~! メジロ帝国の建設、夢物語で終わらなさそうだ!)

 

 俺の子はたくさん走ってくれそうだな!

 

 メジロの馬には何頭か種付けしている。

 その馬が全頭走ってくれれば、賞金が稼げるわけだ。

 

 賞金が稼げれば、それだけメジロの牧場存続に繋がる。廃業しなくてよくなる。

 そもそも、俺が稼いだ金を蓄えているからな。当面は大丈夫だと、この前裕二さんが言っていたそうだ。

 

(種付けのお金って、どこに流れるんだろうな? 冷静に考えたら舎台と裕二さんだけど)

 

 種付けのお金じゃなくても、今でもグッズがたくさん出ている。

 そのグッズが売れ行き好調だからな。

 今でも競馬ファンだけでなく、競馬を知らない若者にも売れているんだとか。

 

(ドラマとかも作られた、って話があったな。我ながらドラマ性はばっちりだし、視聴率高そうだ)

 

 余談だが、アメリカで映画も作られているんだとか……知らないところで、俺の馬生がハリウッドデビューする未来もあるのか?

 つか、アメリカで走ったことねぇのに。なんで俺の映画が作られそうになってんだよ。

 

 今の俺は、放牧地でのんびりしている。

 珍しく俺だけ。ディープとかカメハメハは、後からやってくるんだろう。

 

 自分だけの時間を謳歌しようとする、そんな時だった。

 

 柵の方に人影が見える。

 見慣れた姿、俺が所属していたメジロの、オーナー。

 

「今日も元気そうですね、シャーロックは」

「はい。体調も問題なく、のんびりとしていますよ。他の馬にも慕われていて、ボスみたいに扱われています」

「ははは。昔は一匹狼気質だったので心配でしたが、今はたくさんの友達ができたみたいで。嬉しい限りです」

 

 喜多野裕二さんだ。朗らかな笑みを浮かべて、俺を見ている。

 

 また来てくれたのか、裕二さん。

 寝転がろうとするのを止めて、裕二さんの方へと歩いていく。

 

 近づいて、柵の方までやってきて。

 顔を近づけると、裕二さんも嬉しそうに笑顔になった。

 

「ヒヒン(また来てくれたんだな)」

「また来ましたよ、シャーロック。お前が元気そうで何よりだ」

「ヒン(元気だぜ)」

 

 俺を撫で回してくれる。めちゃくちゃ気持ちいい。

 

 実は裕二さん、俺が舎台に入厩した時から、時間を見つけては会いに来てくれるのだ。

 1ヶ月に一度、は言い過ぎだが、それなりの頻度で来てくれる。

 本業が忙しいだろうに、合間を縫って俺を労いに来るんだ。

 

 元気か、大丈夫か、みんなと仲良くやれているか。

 出てくる言葉はどれも俺を心配する言葉で。

 無事なことが分かると、笑顔で俺を褒めてくれる。

 

 ……正直な話、期待が重くなる時の方が多い。

 俺の産駒は間違いなく走るとか、シャーロックの子がデビューするとか。

 大々的に報道されて、それで結果が出せない、なんて思うと。

 気にしてしまう。俺のせいではないのに、どうしても気になるんだ。

 

 だけど。

 

「種付けのお仕事は、辛いかもしれない。けど、もう今年のシーズンは終わった。後はゆっくり休んで、ケガをしないように。それが、私の願いです」

 

 この言葉があるから、頑張れる。

 たとえ結果が出せなかったとしても、裕二さんは俺を笑って許してくれる、って。

 

「お前のために、牧場はいつまでも残しておくからな。お前が分かりやすいように、メジロの看板と一緒に」

「ヒヒン(マジかよ)!?」

「お、嬉しいみたいですね。分かりやすく喜んでいますよ」

「はは、その通りみたいですね。こりゃ、メジロの看板は下ろせないか」

「下ろすつもりもありませんよ。なにせ、ここ数年の不振が嘘のように、躍進し始めてきてますから」

 

 それに、メジロを残してくれる。そう言ってくれた。

 巌崎さんと相談して、継続の意向を固めたと。この先も、最低でも俺が種牡馬を引退するまでは残すと。

 そう決めたことを、語ってくれた。

 

 は、はは。

 俺の目標、達成したじゃねぇか。メジロの復活、メジロの牧場の存続、出来たじゃねぇか!

 

(火山、に関しては。こればかりはどうしようもない。自然の被害を抑えることなんて、無理に等しいんだから)

 

 それでも、どうにかする。

 約束してくれた。

 裕二さんは、メジロの牧場を残す意向で固める、って。

 

 なんというか、気が抜けたな。

 俺の目標が達成できて、一安心だ。

 

「泰敏さんの厩舎で面倒を見てもらっている子がね、こちらも素晴らしい馬でして。康夫さんも絶賛しているんですよ」

「……あの人の場合、シャーロックの産駒ってだけで褒めませんか?」

「う~ん、ちょっと否定しづらいですね。ですが、調教の併せで、素晴らしいタイムを出しているそうですから」

 

 未来は明るいな。

 

 あ、ちなみに康夫さんもたまにこっちに来てくれる。

 その時は嬉しそうに俺を見て。

 

「お~、お前は種牡馬の体つきになっても、気品があるな~! ホンマにええ馬や! さすがは俺が心底惚れ込んだ馬!」

 

 絶賛してくれる。何年経っても変わらないな、あんた。

 褒められて悪い気はしない。近づいて、顔を一舐めする。

 これが日常となっていた。

 

 で、来ると言えば。

 岳さんも来てくれた。俺とディープに会いに。

 

「2頭とも元気そうだ。こっちでも、2頭で併せて走ってるんだね」

「はい。ディープがシャーロックを振り回していますよ。シャーロックも、元がお兄ちゃん気質なんでしょうね。放っておけない、というか」

「栗東の頃からそうだったなぁ。こっちでも変わらないようで、なによりだ」

 

 俺達の様子を見て、微笑ましそうに笑顔を浮かべて。

 嬉しそうにしていた。安心しきった表情をしていたんだ。

 

 ……ただ、その岳さんは現在、大怪我を負ってしまっている。

 落馬事故。騎手には付きまとう問題とは言え、やはり心配だ。

 

(無事ではあるらしいが、油断はできねぇ。もう史実とは違う道になってるんだから)

 

 岳さんが無事という保証はない。

 だから、舎台から祈っていた。岳さんが復帰できることを。

 

 まぁ、その祈りはしっかりと届いたのか。

 

「岳さん!? お、お怪我の方は」

「はは、なんとか大丈夫ですよ。今日は、リフレッシュと、元気を貰いに」

 

 無事な姿を、俺達に見せてくれた。

 リハビリの合間に、俺達の姿を見て元気を貰おうと来たらしい。

 

 なら、と。

 俺は岳さんを慰める。

 元気を出せ、と。これからも頑張ってくれ、と。

 エールの意味を込めて。岳さんに頭を押し付ける。

 

「……うん。分かっているよ、シャーロック。頑張れ、ってコトだろう?」

「ヒヒン(そうだ。頑張ってくれよ岳さん)」

「勿論、頑張るさ。僕はまだまだ、こんなところじゃ終われないからね。君の子にも、乗らなきゃいけないから」

 

 頭を押し付けたら、にっと笑って。

 心配はないことをアピールしていた。

 

 岳さんは大丈夫だろう。

 大怪我をしても、現役復帰を微塵も諦めていない。

 

「まだ、凱旋門賞を獲れてないからね。凱旋門賞を獲るまでは、意地でも現役を続行するよ」

 

 とても頼もしい人だ。相変わらず。

 

 裕二さん、康夫さん、岳さん。

 それだけじゃない。俊之さんも、隈澤さんもだ。

 俺に関わってくれた人が、みんな会いに来てくれた。

 

 あの時と変わらない優しさで、俺を褒めてくれる。

 

(俺は縁に恵まれている。間違いなく言える)

 

 嬉しくて仕方なかった。

 

 

 と、まぁ。

 種付けの仕事は辛いし、嫌になることは多いけれど。

 どうにかこうにかやれている。些細な幸せを、噛みしめていた。

 

 

 そして、種付けシーズンも終わったある日のこと。

 放牧地で寝そべって。どうしたものかと考えていると。

 

『シャロさーん! 走ろ走ろ!』

 

 ディープがやってきた。

 いつものように、俺の名前を呼んで。うるさいくらいに鳴いて。

 俺のところに、一目散にやってきた。ついでに顔も舐めて。

 

 全く。本当に相変わらずだわコイツ。

 

『分かったから顔を舐めるな本当に。何度言っても直らねぇな』

『えへへ~』

『褒めてねぇよ。ったく』

 

 そんなディープだからこそ、ありがたみがあるというか。

 なんだかんだ、コイツと走るのは楽しい。気分転換になるし、お構いなしに引っ張ってくれるから、たまに助かっていることもある。

 

 ま、助からない日の方が多いけどな。

 無理やりだし、こっちの事情ほぼガン無視だし。

 

(それでもなんだかんだ走ってやるのは、ディープのことを憎からず思っているから、か)

『わーい! シャロさんとたくさん走るぞー!』

『はいはい。ったく、クリスエスさんがいないからって、全部俺の方に来るんだからよ』

 

 さて、今日も走るとするかね。

 カメハメハ達もその内来るだろうし、アイツらも誘って。

 みんなで走ろう。楽しく、な。

 

 

 

◇

 

 

 

 シャロさんと走る。それが、前のお家から続く楽しみだった。

 なんだかんだ言いつつも、いつも走ってくれる。

 僕と一緒に走ってくれるんだ。

 

 今日もシャロさんと走ろうとした。

 起き上がろうとしているシャロさんの顔を舐めて、走ろうと誘う。

 

『分かった分かった。走ってやるよ』

『やったやったー! わーい!』

 

 いつもみたいにOKしてくれた。

 シャロさんは、本当に優しい。

 

 ……なのに、どうしてかな?

 走ってくれる、っていったのに。シャロさんったらいつまでも起き上がらなくて。

 

『あれ? シャロさん?』

 

 寝ちゃったのか、僕の呼びかけにも反応しなかった。

 

 ちょっと待てば起き上がってくれる。そう信じて待ったけど……一向に起き上がる気配がない。

 やっぱり寝たんだ。も~、仕方ないなぁシャロさんは。

 

『シャロさ~ん。起きてよ~。起きて僕と走ろうよ~』

 

 また近づいて。顔を舐める。

 そうすれば起き上がるって、知ってるから。

 シャロさんは起き上がって、顔を舐めるなって怒って。

 そして、僕と走ってくれる。

 そう、信じていたから。

 

 ペロペロと舐める。

 シャロさんは、起き上がらない。

 

(凄く眠いのかな? でも、さっきまでは平気そうにしてたしな)

 

 もっと舐めよう。そしたらいつか、起き上がってくれる。

 僕と一緒に走ってくれる。楽しいことを、してくれるんだ。

 

 舐める。

 起きない。

 もっと舐める。

 全然起きない。

 

 ずっと顔を舐め続けているのに。

 シャロさんは、全然起きなかった。

 

 

 どれだけの時間が経ったのかな?

 

『あれ、何してるの? ディープ』

『あ、カメハメハさん』

 

 いつの間にか、カメハメハさん達がやってきた……ハーツさんもいる。

 シャロさんと仲の良い子達。いつも楽しそうにしている。

 

 とにかく、今の状況を説明しないと。

 

『シャロさん、一緒に走ってくれるって言ったのに、寝ちゃった』

『え、シャロくんが? は~、珍しいこともあるもんだねぇ。いつもなら走ってくれるのに』

『確かに珍しいな。コイツが寝ることを優先するのは』

 

 そしたら、カメハメハさん達もおかしいと思ってくれたみたい。

 でも、それはちょっとだけ。

 

『まぁ疲れてるんじゃない? シャロくん、ぼくたちのなかで一番お仕事の数が多いし。たまにはゆっくり休ませてあげれば?』

『え~……分かった』

『そんな嫌そうにしないでも。代わりにぼくが走ってあげるからっ?』

 

 疲れているんだろうと、休ませたらどうかと提案してきた。

 う~ん、本当は嫌だ。僕と走って欲しい。

 

 でも、シャロさんが疲れているのは本当かもしれないし。

 休ませた方がいいかもしれない。そう思って、渋々納得した。

 

 そんな時だった。

 

『……』

『どうしたの? ハーツ。シャロくんをジッと見て』

 

 ハーツさんが、ジッとシャロさんを見ていて。

 僕と同じように、顔を近づけて──その瞬間。

 

「ビヒヒヒィィィィィン!!」

 

 大きく、啼いた。凄く、びっくりした。

 

 カメハメハさんもびっくりしてる。周りの子達も、何事かとこっちを見ていた。

 

『びっくりした! もうハーツ、いきなり啼かないで』

 

 抗議の声を上げようとしたカメハメハさん。

 でも、ハーツさんは。

 

『カメハメハ! 貴様は今すぐ人間を呼んで来い! どんな手段を使っても構わん、とにかく人間を呼ぶんだ!』

 

 焦ったように、僕達を見ていた。

 

 分からない。カメハメハさんも分からないのか、ボーっとしてた。

 ハーツさんは今も焦っている。寝ているだけの、シャーロックさんの傍らで。

 

『いや、本当にどうしたの? ハーツ。意味が分からないんだけど』

『そのままの意味だ! とにかく人間を呼んでっ、あぁもういい! 俺が呼ぶ! クソ、なんで……なんで……っ!』

『いいから事情を説明してよハーツ! いきなりどうしたのさ!?』

 

 離れようとしたハーツさんを呼び止めて。

 ハーツさんは、今すぐにでも走りたいって衝動を我慢しながら。

 

『コイツ──明らかに様子がおかしい! いくらなんでも静かすぎる!』

 

 様子がおかしいって、言って。

 カメハメハさんも、それだけで事情を察したのか。

 

『そんな……嘘だよね? シャロくん、シャロくんッ!!』

 

 慌て始めた。ハーツさんと一緒に。

 

 おかしいな。シャロさんは寝ているだけなのに、大げさだ。

 きっとすぐ起き上がってくれる。起きて、僕と走ってくれるんだ。

 

『大丈夫だよ、カメハメハさん。ほら、こうして顔を舐めたら、いつもみたいに起き上がってくれるよ』

『っ、ディープっ』

『ほら、シャロさん起きてよ。カメハメハさんもハーツさんも来たよ? 心配してるよ?』

 

 顔を舐める。少しも動かないシャロさんの顔を、僕は舐め続ける。

 

『んだそんなに慌てて。なにかあったのか』

『ゼンノロブロイ! 今すぐ人間を呼べ! シャーロックがヤバい!』

『へ? は!? んだいきなり……ってもういねぇし!? 仕方ねぇ、俺が走れば人間が不審がって来てくれるだろ』

 

 起きてよ、シャロさん。

 みんな心配してるよ? シャロさんが全然起きないから、不安がってるよ?

 

 ねぇ、シャロさん。

 

『“親友”……“そうるめいと”っ。シャロ、シャロ!!』

『とにかく、動き、回るぞ! ロブロイ! 人間が、異常を、察知する!』

『分かってますよクリスエスさん! くそ、何だって……っ!』

 

 起きてよ、シャロさん。どうして起きないの?

 

「放牧地が慌ただしいな。なにがあった……え? しゃ、シャーロック?」

「寝そべってるだけ、じゃない!!」

「おい、今すぐ医者を呼んで来い! 代表もだ! とにかくできる限りの人員を集めろ!」

 

 人間さんも来たよ。来たのに、なんで起きないの?

 

 シャロさん。お願いだから。

 

「シャーロック、シャーロック!」

 

 お願いだから、起きてよ。

 

 

 その後は、よく覚えていない。

 覚えているのは、どれだけ顔を舐めても、シャロさんは起きなかったということ。

 

 そして、シャロさんを連れて行った人間さん達はみんな……暗い表情をしていたことだけ。

 

 

 

◇

 

 

 

 ──その日、世界中が悲しみに暮れた。

 

【メジロシャーロック死去。放牧地で急性心不全】

【世界を魅了したアイドルホース突然の死。9歳の若さで】

 

 2010年11月28日。ジャパンカップが開催されている裏で、メジロシャーロックが息を引き取ったというニュースが流れる。

 

 9歳。たった9歳だ。この世に生を受けて、9年しか生きていない。

 

「う、そ……だろ? 悪い夢、だよな?」

「そ、そんなの信じられるわけないし! 冗談にしても質悪すぎ!」

「嘘だって言ってくれよ! オグリが4ヶ月前に亡くなったばかりじゃねぇか!」

 

 あまりにも早すぎる死を、人々は受け入れることは出来ず。

 だが、舎台の代表の声明。

 

「メジロシャーロックは、放牧地で横たわっていて。獣医師の診断によると、心臓が活動を停止していた、と。原因は、不明とのことです」

 

 沈痛な面持ち。現実を受け入れられていない、そんな表情で、それでもなんとか説明をしなければと出てきた。

 声はかすれ、目は赤い。先程まで泣いていたのが分かる様子だった。

 誰一人として例外なく。メジロシャーロックの死を悲しみ、悼み。

 現実を飲み込もうと、必死だった。

 

 その姿にファンは、嫌でも認識する。

 

「あまりにも早すぎる……まだ、まだたったの9歳じゃねぇか!」

「ねぇ、これって種付けのし過ぎだったりしないの? じゃあ、舎台のせいじゃない!?」

「嘘だ、嘘だ! シャーロックが死んだなんて嘘だ!」

 

 メジロシャーロックの死を。

 受け入れざるを得なかった。

 

 

 それは、オーナーである喜多野裕二も同様である。

 

「……嘘、ですよね? 芳田さん。シャーロックが、亡くなったなんて」

 

 震える手。落とさないようにしているのが奇跡と言えるほど。

 なんとか理性を保ち、電話越しの相手に、震える声で応対している。

 

 だが、いつ緊張の糸が切れてもおかしくない。

 その場でへたり込みそうなほどだ。

 

「だって、あの子には数日前に会ったんですよ? その時は、とても元気そうに走っていたんですよ? なのに、亡くなっていたなんて。じょ、冗談にしても、質が悪すぎます」

《……本当に、申し訳ございません!》

「い、嫌ですね。そんなに謝らなくても。ただ一言、冗談だと言ってくださいよ。今なら許しますから」

 

 嘘であってくれと願う。きっと何かの間違いだと、震える声で縋る。

 舎台の代表である芳田は……何も言わない。

 無言。沈黙。それが、メジロシャーロックの死が現実であることの、裏付けとなる。

 

 喜多野裕二の涙腺が、決壊する。

 

「なん、な、なん、で。あの子、あの子は、ついこの間まで、元気だったのにっ!」

《ごめんなさい、ごめんなさい……!》

「どうして、ですか。なん、で、ですか! どうして、あの子が、まだ若い、あの子がっ」

 

 嗚咽。涙。止めることができない。

 

 メジロの牧場を、廃業から救った救世主。

 畳むことを考えていた喜多野裕二に、続けさせる判断をさせてくれた孝行息子。

 

 前オーナーの夢を叶えてくれた。

 たくさんの希望をファンに届けた。

 日本の夢を、凱旋門賞まで取ってくれた。

 

 彼の子は今中央で走っている。

 メジロで所有している彼の子も、順調に勝ち上がった。

 まだまだこれからだったはずなのだ。

 

 これからだったのに……メジロシャーロックは。

 

「どうして、シャーロックがっ!」

 

 亡くなってしまった。その現実を、受け入れることができない。

 

 電話は切った。今はもう、誰の声も聴きたくなかったから。

 一人残った部屋で、喜多野裕二は泣き続ける。

 メジロシャーロックの死を悼み、悲しみ、深い絶望の海に沈む。

 

「う、うぅ……っ。しゃーろっく……」

 

 どれだけの時間泣いたのか。きっと、一日中泣いていた。

 

 立ち上がり。泣きはらした顔で、真っ赤になった目のまま。

 

「せめて、せめてあの子が帰ってくる場所だけは……守らなくては。メジロの牧場だけは、何としても守らないといけない。でないと、美弥さんに合わせる顔がない」

 

 覚悟を決めた。メジロを残し続ける、と。

 

「メジロの名を、残し続ける。なんとしても、あの子が帰ってくる場所として。あの子が、分かるように。メジロの名を……残さなければ」

 

 悲痛ながらも、不退転の覚悟。

 メジロの名をなんとしても残す。メジロシャーロックの帰ってくる場所を、守り続ける。

 

 喜多野裕二は、そう決意した。

 

 

 また、メジロシャーロックの訃報はここにも。

 

「……メジロシャーロックが、亡くなった?」

「はい。繋養先の牧場で、心不全で亡くなったと。そう、報道されています」

 

 女王陛下。

 メジロシャーロックに特に惚れ込んでいた一人。

 

 彼のために繁殖牝馬を用意した。

 その牝馬と相性が良く、4回も種付けしたことは覚えている。

 牝馬側がシャーロック以外との種付けを許さないため、苦労をしたことも。

 

 現役時代は素晴らしい走りだった。

 思わず魅了されて、心底惚れていた。

 彼のためならば苦労は惜しまない。それだけの熱意だった。

 

 そんな彼が、生まれ故郷で亡くなった。

 

「そう、ですか。メジロシャーロックが、亡くなった……」

 

 深い悲しみに暮れる。

 目尻を抑え、今にも泣きだしそうな感情を、必死に抑えている。

 周りのSPは無力感に苛まれる。なにもできない、声をかけてあげられない自分達に。

 仕える主の深い悲しみを、癒すことができないのだから。

 

 どれほどの時間が経ったか。

 女王陛下は、顔をあげて。

 

「日本に、赴きましょう」

 

 たった一言だけ。そう告げた。

 

 断る気は一切ない。

 すぐに手筈を整えて、渡航の準備を済ませる。

 数日の間に準備を整えて、女王陛下の来日は実現した。

 

 メジロシャーロックの墓前。メジロの牧場に作られた石造りの墓。

 その前に女王陛下は立ち。静かに手を合わせる。

 

「……『向こうで安らかに。親愛なるメジロシャーロック』」

 

 悲しみを堪え、涙を流すまいとし。

 深く、長い時間。ずっと手を合わせていた。

 

 帰り際。オーナーである喜多野裕二から、あるものを渡される。

 

「メジロシャーロックの鬣です」

 

 亡くなったメジロシャーロックの鬣だ。

 お守りとして作られたものを、女王陛下に手渡す。

 女王は、震える手で受け取った。

 

「……『ありがとう、喜多野裕二さん。とても嬉しいわ』」

 

 お礼の言葉を伝える。お守りをぎゅっと握る。

 メジロシャーロックが側にいるように感じられて、温かさを感じた。

 

 後、もう一つ。

 

「『不躾なお願いがあるのだけれど、構わないかしら? 彼の尻尾の毛で、作りたいものがあるの』」

「……『分かりました。女王陛下さえよろしければ』」

 

 お願いをして。承諾してもらい。

 女王陛下は作った……彼の尻尾の毛で、バイオリンの弓を。

 

「彼のための曲を作りましょう。曲名はそうですね……【Dear Sherlock.】」

 

 メジロシャーロックのための、曲を作った。

 また、後年にこの曲名と同じ名前を競走馬に名付ける。

 アルトアイリーニの4番仔。メジロシャーロックのラストクロップに。

 その4番仔が凄まじい活躍を残すのは、もう少し後の話だ。

 

 

 あまりにも突然だった。

 管理していた舎台には、非難が殺到した。

 

 このことを教訓に、種付けは特に気を配るようになった。

 死因は突然死とはいえ、影響がない、因果関係が全くないとは言い切れないから。

 多すぎないようにと、制限を設けることにする……あまりにも、遅すぎる対応だが。

 

 23戦23勝。日本のG1を7勝、海外のG1を6勝のG1計13勝。

 数々の日本記録を塗り替え、レーティング144と世界最強の座に君臨した紛うことなき名馬。

 産駒が走り始め、これからという時期だ。

 

 9歳の若さで亡くなった。あまりにも早すぎる死である。

 悲劇的な馬生。競走成績以外、あまりにも恵まれていなかった彼の生涯と、早逝から人々は彼を指しこう言った。

 

 

──【神に愛されすぎた競走馬】、と。

 

 

 そして時は流れ。

 10年以上の長い月日を経て、彼の名前はとあるコンテンツで目にすることとなる。

 

《俺はメジロシャーロックと申します。どうか気軽に、シャロとお呼びください》

「かわ、かっこいい~! いや、かわいい~!」

「ついに来たんだな、シャーロックのウマ娘! 待ち望んでいたぞ!」

「待ってたぜ、この時をよぉ!」

 

 一世を風靡したコンテンツ。【ウマ娘プリティーダービー】で。

 

 

 また、彼の魂も。

 

「え? また死んだの? 俺。しかもまた心臓麻痺?」

「そうなるね。死因が一緒なんて稀だよ」

「嬉しくねぇよ神様」

 

 再び、自身を馬に転生させた神と対面していた。




次回からウマ娘編です。


Q.やたらディープがシャーロックの顔を舐めてる描写が多かったけどなんで?

A.これをやりたかったから
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