リスタート
気づいたら、真っ白な部屋にいた。
いや、部屋ですらないな。先が見えない地平線、およそ現実のものとは思えない。
少なくとも、生きてきた中で見たことがない。そもそも、こんな場所があるのか? と言いたくなる景色だ。
で、この景色には見覚えがある。
「……まさかとは思うけど、また死んだの? 俺」
「そのまさかです、人、いえ馬の子よ」
「言い直すなよ、間違ってないけどさ。仮にも元人間だぞ?」
俺が馬に転生する前にも来たところだ。
人間としての自分が死んで、馬に転生することになった、始まりの場所。
目の前には、あの時の神様が。
怖いくらいの美人で、相変わらずの無表情を貫いている。
なんにも変わっていない、あの時のままの姿で。
とにかく、状況を整理しよう。
俺はまた死んでしまったらしい。
最後の記憶は、ディープと走るために起き上がろうとした、直前だ。その後の記憶がない。
「俺の死因って何です? なんつーか、見当がつかないんですけど」
「心臓麻痺です。人間だった貴方と同じ死因ですね。前世と今世で同じ死に方をする人間は稀です」
「嬉しくねぇよそんな希少さ。つか、また心臓麻痺で死んだのかよ俺」
死因は心臓麻痺らしい。またかよ。
なんだ、俺は心臓麻痺で死ぬ因果でもできてるのか? このまま来世も心臓麻痺でお陀仏か? そもそも転生できるかどうかも知らんけど。
「前世は突発的だったけど、今世に関しては明確な原因があるよ。自分でも分かってると思うけど」
「え、そうなん、そうなんですか? あいにくと心当たりが」
「重症だね。そういう性格だから、君は死んでしまったのだろうけど」
なんで貶されたの俺。分からないことがそんなにおかしいか?
「まぁいいや。心臓麻痺の原因は、ストレスだよ。いろんなストレスがかかって、君の体が耐えきれなかった」
「ストレスぅ? いや、その、ちゃんと発散してましたけど。走ったりして」
「君にかかったストレスは、そんな程度で解消できるほど甘くないよ。自分でも分からなかった? 年々、蝕まれていったのが」
なんだかんだ言いつつも、ちゃんと原因を教えてくれる神様。優しいんだよな、無表情だけど。
心臓麻痺の原因は、ストレスらしい。ストレスがかかりすぎて、俺は死んでしまったと。
ストレス、と言われても、別にそんなもの……。
「……」
「心当たりしかないよね。当たり前か。君にかかっていた期待は、それだけ巨大だったのだから」
神様の言う通り、心当たりしかなかった。
「君はたくさんの人間から期待されていた。勝つことを、血を残すことを、結果を出すことを求められた」
「うっ」
「無責任な期待、理解されない苦しさ、どんどん膨らむ淀んだ感情。爆発するのは時間の問題。遅かれ早かれ、君は亡くなっていたよ」
確かに、そうかもしれない。
期待に殺されたというのは、間違っていないんだろう。
「君は人間の期待に殺された。際限なく膨れ上がる期待に応えようと、頑張り続けた結果がコレ。発散することもできず、期待という空気だけを入れられて。なんともまぁ」
事実俺は、耐えきれなかった。
種牡馬入りした後は、ずっと頭の中で浮かんでは消えていた。
人に対する、暗い気持ちが。
楽しさを感じる日々の中でも、どこか虚しさはあって。
頑張って種付けし続けたけど、なんでこんなことしてんだろうな、って気持ちを抱かずにはいられない。
「周りの期待には応えたのに、自分の期待には応えてくれない。怒りたくもなるんじゃない?」
「……うるせぇ」
「君は正義の味方でも聖人でもない、ただの一般人の魂だ。物語の英雄みたいな思考になれないのは必然だよ。だって君は、他と変わらないんだから」
神様に言われたことは、正論で。
正論だからこそ、何も言い返せない。
だが、それでも。
「俺は、人々から愛されていた。愛してくれた人達の期待に応えたいと思うのは、悪いことか?」
愛されていたことは確かだ。
美弥さんや裕二さんといった、メジロの関係者。
康夫さんや岳さん、リョーマを筆頭とした、栗東の関係者。
舎台で俺のことを一生懸命お世話してくれた、スタッフの人達。
みんな俺を愛してくれた、大切にしてくれた。
ファンだってそうだ。いつも俺を応援してくれて、中には遠い国まで来てくれた人もいた。
そんな人の期待に応えたい。愛されているのだから報いたい。
そう思うのは、自然な感情のはずだ。
もっとも、神様はそうじゃないみたいだが。
「別に。私にとってはどうでもいいことだからね」
「はっ。相変わらず、薄情なことだ」
「そりゃあ神様だからね。人間がなにをするにしても、あんまり興味は湧かないかな」
すげぇ興味なさそうだ。無表情で、なんとも思ってないみたいな顔してる。
まぁ、これがデフォルトっぽそうだし。別にいいけども。
神様はそれ以上なにも言わなかった。
事務的に、これからのことを説明し始める。
「とりあえず、君はまた転生してもらうよ。次はウマ娘の世界にね」
「え、マジで!? あの世界に転生すんの!?」
さっきまでのことが嘘みたいにテンションが上がる。
だって、ウマ娘の世界に転生だぜ? ファンとしては、テンションが上がらずにはいられないだろこんなの。
「うん。これはもう既定路線だから」
「やったやった! きゃっほぉぉぉい!」
「喜んでもらえたようで何よりだよ。ま、条件付きだけどね」
「はっ?」
なのに、神様の一言で一気に気持ちが冷え込んだ。
条件付き? 条件付きとは、なんぞや?
「な、なんで条件付き? もしかして、めちゃくちゃハードル高かったり?」
「別にそんなことはないよ。ただ君は、とあるウマ娘を導いて欲しいだけ。そのウマ娘に憑依する形でね」
あ、あ~、なんだ。つまり、マンハッタンカフェのオトモダチみたいな感じね。
それならいい……いや、よくはねぇだろ。それって幽霊じゃねぇか。
「君が憑依する子は、因果律が凄いことになっててね。このままだとまずい、ってことで、急遽君をあてがうことになった」
「どんな子だよ。名前は?」
「メジロシャーロック」
「俺じゃねぇか! え、なに? どゆこと? もしかして、俺を基にしたウマ娘に憑依する形で転生すんの!?」
「端的に言えば、そういうことだね」
しかも、よりによって俺かよ。厳密には俺じゃないかもしれんけどさ。
「なんだってそんなことにぃ……別にいいじゃねぇかよ、そのまま転生させたってよぉ!」
「それは無理。だって君、今のまま転生させたらまた同じような、じゃなくて。君のせいで大変なことになってんだから。その尻拭いはしてもらわないと」
「それ本当に俺が原因なんだろうな!?」
なんか怪しいぞ。変なこと言いかけてたし。
もしかして、なにか別の目的が
「あぁ後。タイムリミットあるから」
「はっ?」
「聞こえなかった? 君にはタイムリミットがあるよ。そのタイムリミットまでに、目的を完遂させてね」
ちょっと待てや。こんな仕打ちを受けて、なお俺には縛りが設けられてるとでもいうのか?
ここまでくると、俺人だった頃に何かやったんじゃないかと思うんだけど。
罰当たりなことしたか? これでも結構信心深く生きてきたつもりなんだけどなぁ!
……まぁいいや。タイムリミットとやらの詳細を聞こう。
「で、そのタイムリミットってのは? ついでに、タイムリミットになるとどうなるんだよ?」
「タイムリミットは最初の3年間を過ごし終わるまで。君がやってたアプリゲーム、ウマ娘の育成ストーリーと同じ時間を過ごすまでだよ。あ、転生する時は子供からだから」
「えっと、つまり……シニア1年目が終わった後、ってことか?」
「そういうこと。そこがタイムリミットだね」
成程。つまりはシニア一年目がタイムリミット、ってことか。
子供、つまりは赤ん坊に転生するわけだから、割と長い期間ではあるな。
で。期間を迎えるとどうな
「タイムリミットを迎えたら──君はメジロシャーロックの体から消滅。お役御免だね」
「……はい?」
「聞こえなかった? タイムリミットになったら、君はメジロシャーロックの体から消えるんだよ。結果の是非に関わらずね」
あの、すみません。
「俺、あなた様の逆鱗に触れることをしましたか……?」
「いや、別に。でも君がやったことだから、君が尻拭いしないと」
「いくら尻拭いだとしても、あんまりすぎやしませんかねぇ!?」
なんだって次の転生もこれなんだよ!
なんで、なんでこんなにハードモードなの俺。マジで知らない間に逆鱗に触れただろコレ。
尻拭いだとしてもさぁ、消す必要ないじゃん。なんで残してくれないのマジで。
「なんで……なんで……」
「どうしてそこまで落ち込んでいるのやら。人間は分からないね」
「本当に人の心がねぇな! 神様だからだけどさぁ!」
悲報。来世もまたハードモードが確定した件。
……まぁ、いいかもしれねぇな。それでも。
(どうせまた、期待に応え続ける日々になるんだろうし。神様の言うように、耐えきれずに死ぬ可能性が高い。慈悲、みたいなもんだろう)
きっと、同じような道を歩むはずだ。
ウマ娘に転生したとて、競走馬の時と同じような感じで進む。
自分のことだ。自分が一番よく分かっている。
絶対に、そうするって。
だからある意味、これは慈悲だ。
苦しまなくても済むようにっていう、神様からの慈悲。
だとしたら、転生させる意味ねぇけど。最後に良い思いさせてやろうってことか。多分。
「あ、受け入れた? なら早速だけど、君を転生させるよ」
「あぁ、理解したよ。向こうの世界に送ってくれ」
「即決は好ましいね。それじゃあ、ちょっとした注意事項をまた伝えるよ」
良いのかもしれない。
先の見えない道に疲れ果てるくらいなら。
終わりが見えている道に、進む方が。
それからは、前に転生した時と同じような説明がされた。
一つ違った点は、特典のこと。
「君には特別な領域が使えるようにする。他の領域とは違う、異質なものをね」
「……対戦相手に危害が及ぶとか、そう言うんじゃないだろうな?」
「違うよ。君自身に影響を及ぼすものだ。別にデメリットもないし、存分に使うといい。ただ、最初の内は疲労で何日か寝込むことになると思うから、それだけ気をつけて」
詳細は転生後にまた教えるらしい。
どうやって教えるのかは、謎だが。神託でも送るのかね?
そして、やってくる浮遊感。
前にも感じたことのある感覚。転生の準備が終わった合図だ。
俺のウマ娘生活は、どうなることやら。
ま、終わりの見えている道だ。ある種気楽でいい。
意識が薄れる中、最後に見たのは。
「……君が気づくことを、祈っているよ」
見たことがない、無表情だった神様の──慈愛に満ちた顔だった。
◇
さて、彼はいったようだ。もう彼女になるけども。
不思議な人間だ。あぁまで真面目な人間は稀かもしれない。
転生前に目標を掲げ、達成した。覆したのだ。
メジロの牧場が廃業するという、運命を。
普通は出来っこない。それだけ、難しいことだった。
それでも彼は、成し遂げた。自らの力で、メジロの未来を切り開いた。
(愚直で、真面目だからこそできたんだろうね。目的に向かって一直線に進んだ結果だ)
だがその代償に……彼は、息の抜き方を忘れてしまった。
溜め込むことばかり憶えて、発散する術を忘れ。
気づけばどんどん溜め込んで。最後には死んでしまった。
9歳。馬の中でもかなり早い。
これもまた、人間の期待に応え続けようとした結果だ。
(恨みの感情もある、憎しみも覚えている。だけど彼は、表に出そうとしない)
後ろめたさがあるから。自分も悪いと思っているから。
理解できない思考だ。口にしてしまえばいいものを。
多少なりとも楽になる。発散すれば、気持ちだって楽になるのに。
彼は選ばなかった。自分が楽になることを。
そのせいで、彼は苦しみ続けている。
今もなお、囚われている。
馬生の時の記憶に。辛いはずの思い出に。
理解できない。なぜ救われようとしないのか。
理解はできないが──報われて然るべきだと思った。
人の感情など分からない。どうして彼が救いを求めないのか、私には理解できない。
ただ、彼は努力した。必死に、自らの目標のために頑張り続けた。
「その頑張りは、報われなければいけない」
これは、報われるための転生だ。
前と同じように転生しても、きっと同じことを繰り返す。
人々の期待に応え続け、己を律し、やがて死に至る。
そんなこと、許されていいはずがない。
「荒療治にはなるけど、これしかない。彼には、己を見つめ直してもらう必要がある」
本当は、因果律云々はなにも関係がない。
放っておいてもどうにかなるもの。尻拭いどうこう言ったけど、そんなものは方便に過ぎない。
全ては彼に見つめ直させるために。
息の抜き方を、ワガママを思い出してもらうために。
そのための舞台を整えた。
後は、なるようにしかならない。
「君の生に幸運があることを祈るよ、メジロシャーロック」
けど、きっと大丈夫。
苦難の果ての幸せを、彼は掴むことができるはずだ。
メジロの運命を変えることができた彼ならば……きっと。
あぁ、そういえば。
「終えた後のご褒美のこと、話したっけ? まぁ大丈夫でしょ、次会った時にでも言えば」
大事なことを伝え忘れた気がするけど。
些細なことか。伝えた気がするし。
なんか大事なこと伝え忘れてない?この神様。