その日、学園のカフェテリアで衝撃的な光景が広がっていた。
「う、うそ! そんなこと、ありえるの!?」
「初めて見たよ私……絶対やらなさそうなのに」
「明日は雨でも降るのかな?」
見た者は震え、自分の目がおかしくなったのかと目を擦る。
信じられない。嘘じゃないのか。そう口にしたくなる光景。
生徒だけではなく、カフェテリアの職員すらも驚いている。それだけの事態が起きていた。
中でも特に驚いていたのはタマモクロスだ。
「おいおい、嘘やろ……ウチの目がおかしなったんか?」
「いいえ、おかしくなってませんよタマちゃん」
「あたしにも同じ光景が見えてるぜタマ。一体全体、こりゃどういうことでい!」
一緒にご飯を食べていたスーパークリーク、イナリワンらと一緒に、信じがたい光景に目を見開いている。
わなわなと震え、3人で頬を引っ張り合う始末。夢じゃないので当然痛い。
周りからすれば何をやっているんだ、と言いたくなる。
しかし、それほどまでに信じがたいのだ。目の前の光景が。あまりにも理解し難い。
そう。あのオグリキャップが。
トレセン学園の食糧を食い尽くすとまで言われる、食いしん坊の彼女が。
「シャロ。ご飯は大事だ、凄く大事だ。体は資本だってよく言うからな。だからいっぱい食べるんだ。ほら、私のご飯を分けてあげよう」
「あ、ありがとうございます、オグリさん。ですが、オグリさんのご飯が足りなくなってしまわないでしょうか?」
「私のことは……だ、大丈夫だ。心配はいらない。とにかく、私のご飯を分けよう」
「オグリが、オグリが他のウマ娘にご飯を分けてるやってぇぇぇ!?」
「タマちゃん、さすがに大声で失礼だと思いますよ?」
他のウマ娘に、自分のご飯を分けているのだから。
思わず大声をあげるタマモクロス。
カフェテリアが混んでいるとはいえ、自分の名前を叫ばれて気づかないわけがない。
タマモクロスの方を向いて、頬を膨らませるオグリキャップ。
怒っているのだろうが、どことなく愛嬌を感じる表情だ。
「タマ。さすがに私でも、困っていたらご飯を分けるぞ。心外だ」
「別に僕は困っていませんでしたけど……」
「いや、シャロは別だ。シャロはこれからだから、とにかく食べないといけない。私が食べさせてあげよう」
「だ、大丈夫ですので」
カフェテリアで見れた驚きの光景。学園一の食いしん坊がメジロのお嬢様にご飯を分けている、想像もできなかった景色だった。
◇
やっぱり、他のみなさんから注目されていますね。
カフェテリア中の視線が僕達に集まっているのが分かります。
山盛りのご飯がありますし、ちょっと恥ずかしいですっ。
「あー、オグリ。あたしらもここで食べていいか? ちょいといろいろ、聞きたいことがあるしよ」
「イナリか。シャロはどうだ? 大丈夫か?」
僕の顔を窺うオグリさん。別に構いませんのに。
(僕が関わると過保護と言いますか。どうしてでしょうか?)
こういう時、ロックが起きてたら教えてくれるんですけど。どうしてオグリさんが過保護なのか? って。
ロックは今寝ているから反応しません。無理に起こすのは申し訳ありませんし。
ロックのことはいったん置いておいて。食事を共にするのに問題はありません。
こくりと頷きます。
「僕は構いません。お食事は、多くの方々でいただいた方が美味しいですから」
「ん。大丈夫みたいだ。みんなで食べよう」
「ホンマに珍しいもんが見れとるわ……あ、ここ座らせてもらうで」
空いている席にみなさん座ります。それぞれ持ってきたご飯を机に……机に置けないですね。
「す、すみません。今片づけますね」
「すぐにどかそう」
置こうとしているみたいですけど、テーブルに所狭しと並べられているお料理の前に若干諦めていました。
急いで片します。オグリさんが独特なお食事方法で、皿を空にすることで。
「どういう食い方してんでいオグリ」
「お行儀が悪いですよ~? メっ! です」
「皿ごと食って皿だけ吐き出すんはもう行儀関係あらへんやろ」
改めて、タマモさん達とお食事をご一緒することになりました。
さぁ食事を、とはならず。
元々ここに来た目的、気になっていたことを突っ込んできました。
「まさかあのオグリがなぁ。自分のご飯を他人にあげるなんて思わんかったわ」
「タマは私をなんだと思っているんだ?」
「学園一の食いしん坊言われとるやろがい。まぁすまんかったわオグリ。オグリのこと誤解しとった」
たしかに、想像できないかもしれませんね。
タマモさんの言うように、オグリさんは学園一の食事量を誇っています。
目の前の光景が証明でしょう。6人で囲むことができるテーブルを埋め尽くす料理のほとんどは、オグリさんが注文したものですから。
ただ、その料理は僕のために、と注文してくださったものなのですが。
せっかくのご厚意、無碍にするわけにはいきません。
用意してもらったものは、しっかりと完食しなければ。
「しかも、シャロちゃんですよね? あのメジロの」
「はい。メジロシャーロックは僕ですね」
「は~、あんまし想像できねぇな。オグリとメジロのご令嬢が一緒に飯食ってるなんて」
食べている間も、僕とオグリさんの関係を聞かれ続けました。
どういう経緯で知り合ったのか? に始まり、普段はどうなのか? や遊びに行ったりするのか? と、お友達かどうなのかを知りたいみたいです。
その質問は、はいと答えましょう。
「オグリさんは僕にとてもよくしてくださるんです。今回のお食事もそうですし、トレーニングのご指導もしてくださるんです」
お食事だけではありません。遊びにも誘ってくださいますし、何よりトレーニングも見てくれます。
基本的にメジロの皆様と練習する機会が多い僕ですが、それだけではいけません。
ロックも常に言っていました。メジロのみんなだけじゃなくて他とも一緒にやった方がいいぞ、と。
ロックの言葉は正しい。僕にはない視点をくれる、いつも僕を導いてくれる。
(僕が成長していると実感できるのは、ロックのおかげです。ロックは凄い)
だから、とても信頼しています。ロックは正しい、って。
っと、今はロックのことじゃありませんね。オグリさんのことです。
トレーニング、という言葉に反応するタマモさん達。興味津々みたいで、とても目を輝かせています。
「そらまたええなぁ! 具体的にはどう教えてくれるんや?」
あ、その、う、う~ん……何と言ったものでしょうか?
いえ、とてもお世話になっています。なっていますが、どう教えてくれるのか、と言われると少々困ったことに。
(ロック、ロックー!? 助けてくださーい!)
心の中で叫んでも返事が返ってくるはずがなく。
視線をタマモさん達に合わせることができません。な、なんと言えばいいのでしょうっ。
そんな時、オグリさん助け舟を出してくれました!
「あぁ。グッ! と踏み込んでガッ! と蹴り上げて、グワーッ! って走るんだ! 私はそう教えているぞ!」
あれ、これは助け船なのでしょうか? 事態はあまり好転していないような。
あ、あぁ! タマモさん達の表情が大変なことになっています! 呆れと驚きが混じっているような、少し何とも言えないようなお顔をしております!?
「オグリちゃん、さすがにそれで教えているというのは」
「何故だ? シャロはこれで理解してくれているぞ?」
確かに、事実僕は理解できます。
オグリさんはこう考えているのではないでしょうか? こういうことを伝えたいのではないでしょうか?
僕なりの考え方を伝えたところ、オグリさんは何時も満足そうに頷いています。
つまり、理解はできている、ということです。
とはいえ、周りから見たらそうとは言えないのかもしれません。クリークさんも、どうしたらいいのか困っているみたいですし。
こ、ここは僕がフォローしないと!
「オグリさんの教えはとてもタメになっていますから。助かっています!」
「まぁシャロがそういうってことは、大丈夫ってことだろうが」
「ええんやないか? 当人の間で伝わっとるなら」
イナリさんはどことなく納得してなさそうでしたが、タマモさんが僕達の間で大丈夫ならいいだろうと、そう言ってくださりました。
その通りと思ったのか、それ以上イナリさん達は言及することはなく。この話題はこれで終わります。
よ、よし。これで万事解決ですね。
一時はどうなることかと思いましたが、僕だけでもどうにかなりました。
ふふ、ロックが見ていたら褒めてくれるでしょうか? 僕が活躍する機会、見逃してしまいましたね、ロック。
っと、そうでした。
オグリさんに教えられていると言えば、忘れてはいけないことがあります。
トレーニングだけではありません。あるものに対する、心構えのようなもの。
「それに、オグリさんは大切なことを教えてくださりました。期待に対する、心構えというものを」
「期待、ですか?」
「はい。周りからの期待にどう応えるべきか。オグリさんが僕に教えてくれた、大切なことです」
期待、です。
僕はメジロ家のウマ娘として期待されている。
レースでの勝利。普段の立ち居振る舞い。相応しい品格。
全てを高水準でこなすことを、僕は求められている。
苦に思ったことはありません。
期待されている、というのは僕ならばできる、と思われていること。
僕の実力を評価してくれているのですから。嬉しくないはずがありません。
ただ、オグリさんが教えてくれたのは。
「シャロ。期待に縛られるのはダメだ。囚われちゃいけない」
「はい。オグリさんは僕に、そう教えてくださいましたね」
周りからの評価で僕を縛ってしまうことはダメだと。僕にそう言ってくださったんです。
タマモさん達は驚いた表情の後に、どこか納得したような。そんな顔を浮かべました。
心当たりがあるんだと思います。
当事者であるみなさんは、僕よりもよく知っているから。
「周りからの評価は確かに大事だ。応援の声が力になる、私がそうだったから」
「……オグリちゃん」
「けど、だからといって自分を縛るのはダメだ。周りがこう言ってるから、自分はこうなんだって。決めつけたらダメだ」
あの時と同じように、真剣な表情。
先ほどのご飯を貪るウマ娘の姿はなく、時代を駆け抜けた【
「周りの声に耳を傾けて、その上で自分が納得するような走りを身につけるんだ」
「……ほーん」
タマモさんの感心しているような声。笑って、オグリさんの言葉を楽しみに待っています。
「自分の名前に、圧し潰される日が来るかもしれない。周りからの期待に応えられなくて、辛い日々が来るかもしれない」
「……へっ。ちゃんと先輩やってんじゃねぇか、オグリ」
「それでも」
最後の言葉は。教えてくれたあの日と変わらない、安心させる笑顔で締めくくる。
「キミはメジロシャーロックだ。どんな時でも変わらない、不安がる必要はない。キミを支えてくれる人は、ちゃんといるのだから」
僕は一人じゃない。ちゃんと相談できる人がいるんだって、そのことを忘れないでくれと。
オグリさんは僕に教えてくださりました。
「はい。オグリさんは僕にそう仰ってくださいましたね」
「……はは、なんだか恥ずかしいな」
照れくさそうに頬を赤くするオグリさんですが、そんなことはありませんよ。
「いいえ。とても大切なことを教えてもらいました。時代を創ったウマ娘、世紀のアイドルウマ娘様の大切な教えなのですから」
僕がそう口にすると、オグリさんは一層顔を赤くしました。
ふふ、恥ずかしがらなくてよろしいのに。
「や、止めてくれ。私はそんな大層なものじゃ」
「な~に言うとんのやオグリぃ! ウチは嬉しいで~? オグリもちゃんと先輩やれとるようで!」
「は~い、えらいオグリちゃんには~、よしよししてあげないといけませんね~」
「それクリークがやりたいだけだろ! なんにせよ、オグリにも良い後輩がいるじゃねぇか!」
タマモさん達にも言われて、さらに顔を真っ赤にするオグリさん。
微笑ましい光景ですね。近しい時代を彩った方々の仲の良さ。少し、嫉妬してしまいそうです。
そんな時でした。
〈あ~、よく寝た。シャロ今なにしてんの?〉
(あ、ロック。起きたんですね)
ロックが起きたみたいです。
眠そうな声で、今の状況を整理していました。
〈オグリキャップにスーパークリーク、タマモクロスにイナリワン……シングレメンツが一堂に会してる。何だここは? 天国か?〉
相変わらず、何を言っているのかはよく分かりませんけど。
また拝んでいますね。ロックは仲良さそうな光景を見ると、いつも拝んでいます。
何かの儀式なのでしょうか? でも、真似するのはやめとけ、って言われましたし。どういうものなのでしょう?
大体の状況を把握したのでしょう。
〈このメンツで飯食ってたのね。で、何話してたん?〉
話題は何だったのかと、聞いてきました。
(オグリさんとどういう関係なのか、ですよ。ご飯を分けてくれたので、みなさん気になったみたいです)
〈気持ちは分からんでもない。食欲魔神とか言われてるしな〉
(後は、オグリさんにトレーニングを見てもらっていることとか。この前教えられたことをみなさんにも共有していたんです)
〈あの擬音だらけの指導な。理解はできたが、周りからは不思議な顔で見られてたやつ〉
当時のことを思い出して、少しだけ懐かしさに浸ります。
ここ最近のことなので、浸るものでもありませんが。
あ、そうだ。
(ロックはどうですか? 期待について、どう考えていますか?)
〈期待についてだ~? んなこと俺に聞いてどうすんだよ?〉
訝し気な顔をしていますが、僕は忘れていません。
以前この話題になった時、はぐらかされたことを。
(この前は眠いと言って教えてくれなかったじゃないですか)
〈いやあん時は実際眠かっただけだし。はぐらかそうとしたわけじゃない〉
(だから、いま教えてくださいませんか? ロックは期待されることを、どう感じているのか?)
僕とロックは同じ。
僕にかけられる期待は、ロックも同じようにかかっているも同然。
ロックは以前そう言っていました。
今の状況、メジロ家のウマ娘として期待されている僕に、ロックはどう思っているのか?
気にならないはずがない。
〈期待、ねぇ〉
でも、ロックのことだから僕と同じ
〈嫌いだよ〉
(……えっ?)
〈嫌いだよ。期待するのもされんのも。俺は大嫌いだ〉
出てきたのは、信じがたい言葉。
今まで見たことがない表情で、吐き捨てるように。
忌々しそうに、ロックは呟いて。
そんな顔、僕は一度も見たことがなくて。
(ろ、ロック?)
戸惑っている僕に、ロックは。
〈な~んちゃって。うっそぴょ~ん〉
からかうように、笑いました。
舌を出して、悪戯が成功した子供のように笑う。
じょう、だん? だったのでしょうか?
〈んな深刻そうな顔すんなよ。嘘に決まってんだろ嘘に〉
(ろ、ロックっ)
〈ま~普通だな。期待されたら応えなきゃならんし、それが心地良く感じる時もある。ま、人並の感想しかないっつーこった〉
軽い調子のロックに、僕はそれ以上言及することができませんでした。
いえ、避けたというのが正しいでしょう。
(ロック……)
〈んな不安そうな顔すんなって。オグリたちが心配してんぞ?〉
「どうかしたのか? シャロ。もしかして、まだ足りないのか!? 今すぐ追加の注文を」
「やめーやオグリ。絶対ちゃうから」
嘘と言いました。期待されるのが嫌いというのは嘘だと、ロックは言った。
でも、それならどうして。
「だ、大丈夫ですオグリさん。なんだかお腹が空いてきちゃっただけですので」
「ほらタマ! やっぱりお腹が空いているんだ! 待っててくれシャロ、今すぐ追加を」
「落ち着けいオグリ! まずはここの飯を食ってからにしろいべらぼうめ!」
最後。ちらっと見えた、ロックの表情。
嘘のようには思えませんでした。本心から言っているように見えました。
〈……期待されるのは嫌いじゃねぇよ。これは嘘じゃない。ただ、俺にも分かんねぇんだ〉
凄く、寂しそうな顔をしていましたから。
メジロシャーロックのヒミツ①
実は、推理小説を好んで読むが、犯人が誰かを真面目に考えすぎて読む手がしょっちゅう止まる。