僕は、周りからメジロの寵児と呼ばれています。
「素晴らしい才能だ。彼女があのメジロの」
「メジロシャーロック。神に愛されたウマ娘とも呼ばれた、天才」
「今の時点でこれほどとは。メジロの未来は安泰ですな」
勉強はすでに高校生の分野まで手をつけ、レースに関しては負けなし。
芸術面でも非凡な才能を見せ、社交性も文句なし。
神に愛されたウマ娘。溢れんばかりの才覚を発揮し、これからの未来を牽引するであろうと、皆様口にしていました。
僕としては、皆様がそうであれと望むのであれば。
(そうしましょう。僕が、メジロの未来を創る。はるか先の、遠い未来まで続くメジロの栄光を)
やるだけです。
メジロの栄華のため、繁栄のため。
僕はメジロに、全てを捧げる気でいます。
だからこそ、日々のことでも妥協はしません。
「先生。次の範囲はどちらになりますか?」
「シャーロックお嬢様。少しご休憩をなさった方が」
「問題ありませんよ。これくらい、僕はまだまだこなせますから」
常に完璧に、気を緩ませることなく。
「……ダメですね。ラップごとの区間タイムにブレがあります。やはり、道は遠く険しい」
「失礼を承知ながら、シャーロックお嬢様。シャーロックお嬢様の現在のタイムも、十分立派でございます。少しはご自身を褒めても」
「いいえ。完璧とは言えないこのタイム、修正しなければなりません。また一から測り直しましょう」
未来を切り開くために、今できることをやっておかなければ。
「シャーロックお嬢様は今日もトレーニングを?」
「えぇ。とても真面目にこなしていますわ。休憩もしっかりと取っておられる……けども」
「心配ですわよね、やっぱり。いつもおひとりでいるし、たまには他の子とも交流した方がいいとは思うのだけれど……」
「大丈夫でしょうか? 仲が悪いわけではない、と思いたいですが」
止まっている暇は、ないのですから。
それに、僕には心強い味方がいます。
「シャーロックお嬢様。たまにはパーマー様達とお出かけをしたらいかがでしょうか? 今日はパーマー様もライアン様も、お外で遊ぶご予定ですので。是非ともシャーロックお嬢様も」
「いいえ、じいや。僕はトレーニングをする予定です。申し訳ありませんが、パーマーさんとライアンさんには断りの連絡を」
僕にしか見えない、僕だけが認識できる守護霊。
僕のためにって行動してくれて、僕の寂しさを紛らわせてくれた、信頼できる理解者。
〈いや、ダメだシャロ。お前はたまには息抜きをしろ。パーマーやライアンと一緒に、遊んで来い〉
「ですがロック、トレーニングは」
〈一日休んだくらいでどうもなんねぇよ。つか、子供は遊んでりゃトレーニングになる。今日は外だろ? 追いかけっこでもして遊べ〉
ロック。僕と同じ顔、姿をした、僕の守護霊。
男性のような言葉遣いが特徴的な、僕の……パートナー。
〈いいか? 強くなるためには休むことも大事だ。よく食べよく学びよく遊ぶ……これが強くなるための秘訣だ漫画の受け売りだけど〉
「そうなのですね。では、ロックが仰るのであれば。分かりましたじいや。パーマーさんとライアンさんに、すぐに向かうとお伝えいただけますか?」
「ほ、本当でございますか!? それは良かったです。早速、パーマー様とライアン様にお伝えしてまいりますね!」
足早に去っていく爺やをしり目に、僕はロックが浮いている方へと視線を向ける。
「これでよろしい、ですよね?」
〈そういうこった。こういう付き合いは大事だぞ? いざという時の学びにもなる〉
「成程。僕は一人で強くなることを目的としていましたが、それではダメ、と」
〈あぁ。周りに人がいればいるほど、学びの機会は増える。一人だと視野が狭まるからな、より多くの人と接して学ぶんだ〉
ロックの教えはとても大事です。なによりも優先すべきことだから。
正直なところ、語学や化学といった分野、学生の本分である勉強は僕の方が上です。
ロックはどうも、この手の分野が苦手なようですので。
〈にしても、お前よく理解できんな。微分積分とか、俺にはよく分からん〉
「そうでしょうか? 一度仕組みを理解すれば、後は応用するだけでどうにかなりますよ?」
〈その仕組みが理解できねぇんだよ俺は。やっぱすげぇわお前〉
「えへへ」
こればかりは、僕がロックに勝っている点。
とても誇らしい気持ちになれます。ふふん。
でも、レースという分野では。
僕は全くと言っていいほど歯が立たない。
僕には分からない、理解が及ばない領域に、ロックは到達している。
「それでロック、今度はいつノートにしたためてくれるのですか? ロックのレース理論!」
〈あんま急かすな。俺だって頑張って書いてんだよアレ。時間かかるからもうちょい待て〉
「約束ですよ? 絶対絶対、僕に一番最初に見せてくださいね!」
〈お前しか見てる奴いねぇだろ……いや、お前先生たちに見せてたなそういや〉
ロックの理論は素晴らしい。僕の理想です。
何度かロックの理論を、先生方にお見せしたことがあります。
返答は、決まっていました。
「確かに理論上可能かもしれませんが……体現するにはかなりの努力が必要になるかと。少なくとも、既存のウマ娘でこのようなことは」
「これは、シャーロックお嬢様独自の理論ですか? これは、あまりにも……完璧で隙がありませんね。実現できるかどうかは別でございますが」
「全てを高水準でこなすことができれば、あるいは。ですが、夢物語で不可能に近いと思われます。もし可能ならば、それこそ無敵のウマ娘になれるかと」
理論上は可能であり、もし再現できれば誰にも負けないウマ娘になれる、と。
その代わり途方もない努力が必要で、生涯を捧げる必要があるかもしれない、ということを。
確かに、そうかもしれません。
事実僕も、ロックの理論を体現するのは難しい、と感じていましたから。
(ペース計算に空間把握能力。常に冷静でいられる精神力に、絶え間なく動くレースを支配するゲームメイクが必要となる)
あらゆる点を高水準でこなさなければなりません。
前でも後ろでも、自らの思い描く通りの展開へ、引きずり込む力が。
周りを圧倒するだけの強さが必要になる。
その領域に、ロックは──到達している。
(やっぱり、ロックは凄いです。そして、そんなロックが)
〈まぁ、お前もいずれ出来るようになるだろ〉
凄いロックに、僕は認められている。
ロックのレース理論を実現することができると。無敵の走りを体現できると。
僕はロックに思われている。それが、とても嬉しい。
〈つっても、あんま気負いすぎんなよ。俺のはあくまで手札の一つ、お前にはお前の道がある〉
「頑張りますからね、ロック! いずれはロックの理論を実現してみせます!」
〈聞けよ。つか、止めとけ。あんまいいもんでもないから〉
ただ、ロックは理論を実現してほしくないみたいですけど。
教えはするけど、選択肢の一つ程度に留めておけと、いつも僕に言い聞かせています。
どうしてでしょうか? 理由を教えてはくれませんし、その時ばかりは珍しく、怖い顔をしますから。
(ロックは秘密にしていることが多い。レース関係では特に)
「どうしてダメなんですか? 僕もロックの理論を」
〈ダメだ。憧れるのもいい、目標にするのも構わん。だが、この理論だけってのは絶対にやめろ。ろくなことにならないからな〉
どれだけお願いしても、けんもほろろ。
優しいロックが拒絶する、数少ないこと。
理論を体現することは、ロックにとって嫌なことみたいです。
諦めた方がいいのかもしれない。
ロックの言う通りにした方が、良いのかもしれません。
ですが、僕は魅入られた。
僕が理想とするレースを、理論を。構築するためのものを見つけてしまった。
なら、実現したくなる、というのが性。
止められない衝動です。
(ごめんなさい、ロック。ダメと言われても僕は)
「分かりました。ここは素直に諦めます」
〈未来永劫諦めろ〉
僕はこの理想を実現してみせる。
芸術的なレースを、完璧な強さを身につけてみせます。
全てはそう──メジロの栄華のために。
メジロの皆様は優しく、とても素晴らしい方々ばかりです。
いつも一人でいるような僕にも構ってくれる、優しい方々ばかり。
「シャーロックもさ、いっしょにあそぼーよ! ね? パーマー!」
「うん、その方がたのしいって! ライアン!」
「わ、分かりました。それでは、お言葉に甘えて」
「そんなにかたくならなくていいのに。おにわの方であそぼう!」
いつも遊ぼうと、声をかけてくださるライアンさんにパーマーさん。
「きょうは~、お絵かきがいいと思いますの~。ドーベルも、そう思いませんか~?」
「ま、まぁ、ブライトがいうなら。しゃ、シャーロックさんも、どうですか?」
「構いませんよ。それでは、今日はお絵描きということで」
自分なりの歩幅で、歩み寄ってくれるブライトさんにドーベルさん。
そして。
「シャロ。こっちにいらっしゃい。アルダンもよ」
「は、はい、ねえさま……きゃっ!?」
「わっ! きゅ、急にどうされたのですか? ラモーヌさん」
「よくてよ」
僕とアルダンさんを膝に乗せて。満足そうにしているラモーヌさんと。僕と顔を見合わせて笑うアルダンさん。
「シャロさんも、たまにはやすんだ方がいいとおもいます。だから、ケーキをお持ちました。いっしょに食べましょう?」
「マックイーンさん、ですが……い、いえ、分かりました。分かりましたから、そんなに憮然とした表情をなさらないでください」
どうしてか逆らえない雰囲気がある、マックイーンさん。
他にも、メジロの方々は僕に優しくしてくれます。
使用人もそうです。僕達のことを大事にしてくれる。
お父様とお母様も外せません。
年に数回しか会えませんが、僕のことを常に気をかけてくれて。
会ってくれる日は、うんと愛してくれる。抱っこも、なでなでもしてくれる。
ロックに関しては、言うまでもありません。
どんなに寂しくても僕の側にいて、孤独を埋めてくれる大事な半身。
僕にいろんなことを教えてくれて、導いてくれる。
とてもお世話になっている、お姉様のような守護霊。
報いたい、力になりたい。
だから僕は、メジロに恩返しをする。僕が持てる力全てを使って、メジロに繁栄をもたらしてみせる。
それが僕にできることですから。
ちなみに、このことをおばあ様に話したら。
「シャーロック。貴方はまだまだ遊び盛りの年頃。メジロ家のことなど気にしなくてもよろしい」
「ですがおばあ様。それが僕の」
「とにかく、ライアン達と遊んでいらっしゃい。貴方を探していましたよ」
ぴしゃりと。叱られてしまいました。
僕にはまだ早い、と。そんなことは考えなくてもよいと、一蹴されました。
ロックにも。
〈ド阿呆。お前はまだそんなの考える歳じゃねぇよ。ガキんちょなんだから、遊んでりゃいいんだよ。その方が大人も安心するってもんだ〉
「む~……ロックもおばあ様と同じことを言うんですね」
〈当たり前だろうが。子供がお家のために滅私奉公します! とか言い始めたら気が気じゃねぇわ。お前はまだ、そんなこと考えなくていーの。周りの言ってる事なんか気にすんな〉
同じことを言われました。
そんなに変なことなのでしょうか?
まぁ、おばあ様とロックに言われたのですから、さすがに変なことなのでしょう。
「でも、ロックも僕と同じ歳じゃないですか?」
〈そりゃそうだな。それがどうした?〉
「なんというか、同い年に感じないというか。雰囲気がまるで違う、というか」
〈お前に言われたかねぇよ。どう考えても〇歳の雰囲気じゃねぇよお前は〉
だから今は、遊んだほうがいいのかもしれませんね。
僕は日々を順調に過ごしています。
目指すべきは中央。トレセン学園と呼ばれる、日本最大級のウマ娘育成機関。
ここに入学することが目標。
とはいっても、現時点で問題ないと言われています。
「学業においても、実技においても隙がありません。シャーロックお嬢様ならば、心配せずとも合格できますとも」
と、先生方からのお墨付きです。
学園の方は心配ありません。
今できることをしっかりとやって、積み重ねていけば。
自ずと学園への道は開かれる。繁栄の一歩を踏み出せるのですから。
故に、日々是鍛錬。
努力を欠かさず前へ。
何故なら僕は──メジロシャーロックですから。
〈おい、休めって言ってんだろうが。何度言えば分かるお前は〉
「うっ、ろ、ロック」
「休みなさい、シャロ。これはめいれいよ」
「ら、ラモーヌさんまで。分かりました、休みます」
「よろしい」
ま、まぁ? ちょっとは休んでもいいかもしれません。
しっかりブレーキしてくれる頼もしい存在がいる。