ウマ娘において、史実での繋がりは横だけではない。
縦の繋がり……つまりは、血統の繋がりでも発生する。
親子とか、爺孫とか。マックイーンとゴルシのコンビ、エアグルーヴとアドマイヤグルーヴの繋がりなんてものがある。
ただ、俺はこの縦の繋がりが全くもって分からん。
なんせ、俺の産駒の名前とか聞いたことがないし。聞く前に死んだからな。
数少ない知っている名前は2頭だけ。どちらもメジロの馬であり、将来を期待されていたからとよく話題になっていた。
おまけに、その内の1頭は葦毛。もう1頭はドーベルさんとの子。話題性は十分だ。
そもそもメジロだしな。どこかで会うだろうなとは思っていた。
……で、まさかとは思うが。
「シャーロックさま~! 今日もお麗しいですわ~!」
「優美ッ! 秀麗ッ! 端麗ッ! シャーロック様の美しさは陰ることなし! 全世界が首をたれ、跪くことでしょう!」
「間違いありませんわね、プレリュード! シャーロックさまは素晴らしいお方ですもの、思わず跪いてしまうのも仕方ありませんわ~!」
コレじゃねぇだろうな? 学園の廊下という往来に関わらず、シャロのことを崇拝している、この2人じゃねぇだろうな?
周りの視線が凄い。
何事だ、という視線に好奇の目。
間違いなく、この廊下で一番の注目を集めている。
当のシャロはというと、苦笑いだ。
気持ち的には嬉しいけど、ここでは止めて欲しい、でも強くは言えない。
そんな顔をしている。
うん、昔からこうとはいえさ、場所は選んでくれよお前ら。
「プレリュード、フェルマータ。お気持ちは嬉しいですが、さすがにここでは止めていただけますか? 皆様の視線がありますので」
やんわりと注意をするシャロ。
対する2人……メジロプレリュードとメジロフェルマータの2人は、心底不思議そうな顔をしていた。なんでだよ。
「不明ッ、疑問ッ、何故ッ! シャーロック様の素晴らしさを、あたしは賛辞しているだけですが! いつ、どこだろうと、シャーロック様は称えられるべきです!」
「褒められると嬉しいですわ。それがどこだろうと、間違いなく! なので、学園の廊下でも、我々はシャーロック様の素晴らしさを説いているだけですわ~!」
「……あはは」
まぁうん、無理だよな。分かってたよ。
この2人、史実で何をやらかしたのかは知らんが、感情の赴くままに行動する癖がある。
良くも悪くも、自分の気持ちに素直ってわけだ。
なので、衆人の目を気にしない。
周りが何と言おうと、自分の気持ちを素直に貫き続ける。
だからこそ、シャロも強くは言えない。美点でもあるから。
とはいえ、ここは学園の廊下だ。
「ですが、ここは学園の皆様の目がありますから。それに廊下です。なるべく、静かにしなければなりません。分かりますね?」
やんわりとお叱りの言葉。
2人の気持ちを尊重しつつも、ここでやるのはダメだと諭す。
なんというか、子を叱る親みたいだな。実際史実親子なんだろうけどさ。
「ですが、お気持ちは大変嬉しいです。いつもありがとうございます、プレリュード、フェルマータ」
シャロの言葉を聞いて、2人は嬉しそうな顔をした後。
「納得ッ! 合点ッ! 謝罪ッ! 分かりました、シャーロック様。次は中庭で褒めることにします! 周りの皆様もすみませんでした!」
「申し訳ありませんでしたわ~。シャーロックさまの素晴らしさを説くあまり、周りのことが見えておりませんでした。今ここで謝罪いたします」
「はい、よくできました。それでは、行きましょうか2人とも」
周りに謝罪のため頭を下げ。歩くシャロの後ろを着いていった。
とりあえず。
(この2人が外れ値なだけでよかったわ)
この2人以外にも、俺の産駒と思しきウマ娘達はいる。
メジロにもいるし、アドマイヤとか、なんなら他にも確認できた。
かなり慕われているからな、シャロ。横だけじゃなく、縦の繋がりも素晴らしい模様。
……うん。
(俺の産駒、大活躍したみたいで良かったわ。あの金額で活躍できなかったらと思うと、ぞっとするわマジで)
最高額4000万、シンジケート三桁億円が、最悪の結果にならなくてよかったと思う。マジで。
ざらにあるから怖いんだよ馬産って。高い金払ったのに、走らないなんてこと普通にあるんだから。
無事に走ってくれてたことが分かって一安心だわ。
こんな形で、自分の種牡馬としての成功を知るとは。
嬉しい限りである。
◇
学園での放課後は、基本的にトレーニングだ。
「それではロック。今日はどのようにしましょうか?」
〈筋トレ重視でいくぞ。昨日は走り込みだったからな。スタミナはそこそこついてきてるし、パワーをつけておきたいところだ〉
「分かりました。では、そのように」
トレーニングの指示は基本的に俺。
シャロの状態がよく分かるし、好不調や目に見えない状態変化も、俺には分かるからだ。
同じ体を共有しているわけだしな。こんなこともできる。
小さい頃からずっとやってきた。
シャロにとっての最適なメニューを組んだりするのは、結構楽しかった思い出。
ちょっとした先生になった気分だった。
とはいえ、だ。
俺は専門職じゃないし、そもそも勉強だってあまり好きじゃない。
レースの戦術は、個人的に面白いからやってきたが、勉強はあまりしたくないというのが本音。
できるだけ、好きなことをしていたい。人類皆同じこと思ってると思う。
だからまぁ、出来るだけ早い段階で欲しいんだよな、トレーナー。
(俺がやってるの、専門書とかネットの知識の聞きかじりだしなぁ。本当に強くなるためだったら、トレーナーが必要不可欠だ)
なんか、変なトレーナーが目立つからアレだけど、実際のトレーナー職ってのは超エリートだ。
ライセンスの取得は、日本最難関大学よりもさらに難しいし、狭き門として有名。万年人材不足だし。
そんな狭き門を突破したエリート中のエリート。それが中央のトレーナーだ。
当然、俺なんかよりも知識が豊富。
メニューの組み立てだって、ウマ娘にとって最適なものを組めるはずだ。
(なるべく早い段階で、トレーナーがついて欲しいんだが。シャロもシャロで強情だしなぁ)
〈なぁシャロ。今の内にトレーナーを見つけておかないか? 声自体はたくさんかかってるだろ?〉
だからこそ、シャロが強くなるためにトレーナーがついて欲しい。
それが俺の願いである。
だが、シャロもシャロで強情。
「いいえ、選抜レースで僕の走りを見てもらわないといけません。実戦での強さを見てもらって、その上でスカウトをしてもらいたい。それが、僕の考えですから」
〈別にそんなことしなくても、お前なら大丈夫だと思うがなぁ〉
「ダメです。そもそも、基本的にはスカウトレースを通して、僕達はスカウトしてもらうのでしょう? ならば、その慣例に倣うべきかと」
〈それ基本はってことだからな? 別にそれ以外の理由でスカウトされても、全然いいんだからな?〉
必ず選抜レースは走る、と言って譲らない。
スカウトの声はたくさんあるのに、絶対に走ると言っているのだ。
誰に似たんだよその強情さ。
シャロはかなりの声をかけられている。
名門メジロということに加えて、メジロの中でも特に才能溢れるウマ娘。
誰がスカウトするか、誰がトレーナーとして選ばれるのか。日夜話題になっているらしい。
ソースはメジロシンフォニーという、メジロのウマ娘である。
より取り見取りの立場。新人からベテランまで、誰もがシャロに注目している。
(俺よりも良いトレーニング組めるだろうし、強くなるんだったら、早い段階でトレーナーは欲しい)
そう思うわけだ。あくまで俺個人の意見としては、な。
でも、シャロの意見が間違っていないのも事実。
変なのがトレーナーになっても困るし、相性が合わずに弱くなる可能性もある。
悪い例の代表格が、ゴールドシチーの最初のトレーナーか。
(あぁいうのがトレーナーになって困るしな。悪影響になりかねん)
焦らず、じっくり見つけたいというシャロの気持ちも、十分に理解できる。
強くなるため、なんて俺は言っているが、相性悪かったら強くなれないわけだし。
どっちにもメリットがあって、デメリットがある。そんな感じだ。
その上で、俺が選ぶのは。
〈ま、お前が決めたことなら文句は言わねぇよ。選抜レースを走って、お前の実力を知ってもらって。相性の良いトレーナーがついたら万々歳だからな〉
「はい、その通りです……別に、ロックが選んでもいいのですよ? ロックが選んだなら、間違いがありませんから」
〈断る。前にも言ったが、トレーナーはお前の判断で選べ。俺は絶対に関与しない〉
「分かっていますよ。そんなに強く否定しなくても」
シャロの判断だ。
俺が選んだってどうしようもない。シャロが選ぶべきだ。
トレーナー選びは競技者人生を左右する。
トゥインクル・シリーズで活躍できるかどうかにおいて、トレーナー選びは重要な項目の一つだ。
さっきも言ったように、相性が悪かったら弱くなる、なんてことになりかねないからな。
トゥインクル・シリーズを走るのは基本シャロ。
だからこそ、大事なのはシャロが選んだトレーナーであるということ。
俺の方でも見定めるつもりではあるが、シャロの意思を尊重しなければならない。
それに、シャロは俺に信頼を置きすぎている。
身から出た錆とはいえ、定期的に釘を刺しておかないといけない。
いつまでもいられるわけじゃないのだから。
〈大事なことだからだ。前にも言ったが、あまり俺を頼りすぎるなよ。俺の判断が絶対なんてことはないんだから〉
「心配性ですね、ロックは。ロックの判断が間違っていること、なかったじゃないですか」
〈それがダメなんだよ。そもそも、お前は俺ありきで問題を考えすぎる。俺がいなくなったら〉
「ロック。それ以上は許しませんよ。また、僕の前からいなくなる、なんて冗談を言うんですか?」
〈……へいへい。分かりましたよ〉
つってもこれだからなぁ、シャロの奴。どうしたらいいのやら。
(直接的じゃないが、俺がいなくなる可能性は何度も教えてきた。それを聞いてもシャロは、俺がいなくなることはないと断言し切っている)
なんつーか、頑固だ。本当に。
真面目で、ストイックで。意見を曲げないことがある。
意見を曲げない、じゃないな。俺がいなくなることを信じたくない、ってところか。
子供の頃からずっと憑いて、もはや半身のように大切な片割れ。
そんな片割れがいなくなることを、信じたくない。逃避している、のかもしれない。
直接、言ってしまえばいいんだが。
(神様に言われてるから、俺はそのうち消えるぞ、なんて言ってもなぁ。信じてもらえるわけないし)
俺の頭がおかしくなったんか? と心配されるわ。
つか、なんなら心配されたわ。頭大丈夫ですか? って。憐みの籠った目のセット付でよ。
余計なお世話だよ。三女神様がそんなことするはずない、って意見も分かるけどさ。
逆の立場になったらどうかって?
いや、信じるわけねぇだろ。電波か何かだと思うわ。
……答え出てんな、うん。
とにかく、シャロは俺に依存気味だ。
大半の選択に俺を絡めてくるし、重要な場面でほぼ必ず俺の意見を聞いてくる。
それはちょっとまずい。自立する機会を失ってしまう。
確定でいなくなる身としては、避けなきゃいけない事態だ。
(これまで通り、それとな~く促すのがいいか。対応間違えたらバチクソにキレるけど)
慎重に事を進めなければ。
さて、トレーニングをやっているのだが。
「シャロ、トレーニングか? なら、私も手伝おう」
声が聞こえてきた。とても聞き覚えのある声が。
シャロと俺が振り向く。
その先にいたのは──葦毛のウマ娘。
「オグリさん、お久しぶりです! お仕事の方は?」
「大丈夫だ。今日はおやすみだからな、一日中シャロに構えるぞ!」
「あ、あはは。ありがとうございます。嬉しいです」
オグリキャップ。笠松のシンデレラ、葦毛の怪物と名高い、アイドルウマ娘だ。
シャロと一緒に、耳をピコピコさせている。
尻尾もブンブンしてるし、会えたのがよほど嬉しいんだろう。
うん。
(シャロを気に入ってるからなぁ。母父だから、当然と言えば当然か)
これも血の繋がりである。
俺としては、目の保養になるので最高。
まさしくWin-Winと言える。
もっとも、尊い場面が見れたので。
「おーい、誰か~! またアグネスデジタルさんが砂になってるよ~! 手伝ってー!」
「またなんだね。今度は一体何を……あ~、シャーロックさんとオグリさんか。じゃあ仕方ないか」
「眼福だよね~。分かる分かる」
今日もどこかでデジタル殿が尊死している。
見慣れた光景として処理される姿は、ちょっと面白い。
トレーニングにオグリさんが加わり。
シャロも嬉しそう、オグリさんも嬉しそうということでね。
「シャロ。ここはな、ググっ、と踏み込んで、バーっ! って進むんだ。地面をバーンっ! って蹴り上げる感じだ!」
「あはは……分かりました。こうです、ねっ!」
「そうだ、凄いぞシャロ! シャロは天才だな!」
今日も学園は平和である。
いろいろと考えることは多い。目下の最優先はトレーナー探し。