親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

126 / 145
注目のトレーナー選びさん。


トレーナー選びは慎重に

 トレセン学園の放課後現在。

 俺は、大変な現場を目撃している。

 

「君の走りに惚れた!」

「は、はぁ。ありがとうございます?」

 

 当事者、シャロ。明らかに困惑している。

 相手はトレーナー。襟元のトレーナーバッジが輝いている。

 興奮気味に詰め寄ってるな。シャロの走りを気に入ったみたいで。

 

(だとしても、初手で惚れたって言うとはなぁ。周りを見ていないのか、後先のことを考えていないのか)

 

 俺からしたら、大分無謀なことしてるなこの人、って印象しかないが。

 相手のことを知ったうえでやっているのか、それとも知らずにやっているのか。

 どちらにしても、この現場をラモーヌさんとかに見られたらヤバい。主に目の前の命が。

 

(ま、あの人今日は用事でいないから大丈夫だろ。オグリさんもいないし、セ〇ムは働かないはずだ)

 

 シャロは、悪いとは思ってないみたいだ。

 褒められているだけだし、悪いようには言われてないからな。

 唐突過ぎて困惑しているけど。

 

 

 どうしてこうなったのか。

 事態は少し前にさかのぼる。

 

 

 

◇

 

 

 

 シャロはいつものようにトレーニングをしていた。

 俺が組んだメニュー通りに、選抜レースも近いから気合いを入れて。

 

〈今日もギャラリーが多いな。やっぱ、お前が注目株みたいだぞ〉

「ありがたい限りですね。皆様の期待に応えられるように、選抜レースは頑張らなければなりません」

〈あんま頑張りすぎんなよ。ケガや病気でもしたら、元も子もねぇぞ〉

 

 シャロを見ながら、観客席の方へと目を向ける。

 いつも以上に集まったトレーナー陣。その視線はシャロへと注がれている。

 他のウマ娘もいるのに、注目しているのはシャロ一人だけだ。

 

 声も聞こえてくる。そこそこ離れているのに聞こえるのは、ウマ娘の耳が良いおかげだろう。

 

「次の選抜レース、メジロシャーロックも出るらしい。ついに、彼女のスカウトが解禁されるわけだな」

「待っていたわ、この時を! やっと、メジロが誇る天才をスカウトできるんだから!」

「チャンスは平等。誰がかの【メジロの寵児】を射止めることができるのか……無論、私のつもりだがね」

 

 壮年のトレーナーに、女性トレーナー。

 中にはチームで実績をあげているトレーナーまで、シャロの練習を見ている。

 

(ちらほらと、アニメや漫画のトレーナーが見えるな。アプリのトレーナーは、顔グラがないから分からんな)

 

 有名チームのスカウトまで来そうな勢いだな、こりゃ。

 学園のトレーナーほぼ全員。それくらいの数が集まっている。

 

 周りのウマ娘も、最初こそ何事かと思っていたみたいだが。

 

「あ~、今日シャーロックさんいるのか。ま、そうだよね~。じゃなきゃこんな時に来ないよね~」

「でもでも、逆にアピールチャンスじゃない? 目の端にでも止まってくれれば、もしかしたらスカウトされるかも!」

「ポジティブだね~、あんた。ま、そんくらいの気持ちで行った方が楽かぁ」

 

 目的が分かると、あっさりと興味を失い。

 自分達の日常へと戻っていく。

 当たり前すぎて、もはや慣れきってるな、ありゃ。

 

(そりゃ連日のように来るからな、トレーナー陣。飽きもするか)

 

 お騒がせして申し訳ない気持ちが出てくるけど。

 

 ま、俺達にとっても関係ない。

 いつも通りのことを、いつも通りにすればいいんだから。

 

〈今日は思いっきり走ってもいいぞ。ペースのこともガン無視でいい、お前のやりたいように走れ〉

「分かりました。では、ラップ走でやりますね」

〈……お前がそれでいいなら、俺は構わん〉

 

 もはや慣れているからな。

 シャロも視線には慣れているし、注目されるのも慣れている。

 小さい頃からずっとそうだった。今更な話だな。

 

 しっかりと体をほぐして、走る準備を整えて。

 

「ッフ!」

 

 走り始める。

 

 今回はラップ走。1ハロンごとのラップタイムを、ブレなく走ることを目標にしている。

 俺の走りをしたいなら、絶対に身につけておきたい技術だな。

 正確な体内時計。ウマ娘としての本能を抑えるメンタル。どちらも求められる。

 これがなければ、俺の走りはどれも再現できない。それほどまでに大切なもの。

 

〈お、周りのウマ娘が触発されてきてんな。お前に並ぼうとしてんぞ~〉

「っ、わ、分かって」

〈おい、ブレてるぞ。この程度でブレるな〉

 

 俺も、精神的に揺さぶりをかける。

 大切な技術だからな。強くなるためにも必要なので、一切の妥協はしない。

 

〈そういえば、カフェテリアのメニューにアップルパイがあったな~。明日、食いに行くのもいいかもしれんな~〉

「……さすがにそれは。騙されませんよ」

〈やかましい。だったらブレなく走れ。メンタル的な揺らぎはねぇが、ラップタイムはズレてるぞ〉

 

 頑張れよー、シャロ。

 

 で、走り終わった後。

 今回の総評をしていた時だった。

 

〈今回も少しズレこんでいたぞ。コンマ1秒すらも妥協するな。体内時計ってのは、それだけ大切な技術〉

「あ、あの! ちょっといいかな!?」

 

 確認しているところに、割り込んできたのが一人。

 汗だくで、急いできたのが分かる人物。

 日の光に照らされて輝くトレーナーバッジ。中央のトレーナーってことは分かった。

 

〈……誰だ? この人〉

「はい。どうされましたか?」

 

 ただ、面識がないというか。

 今まで見たことがない。記憶力には自信があるが、少なくとも見に来た回数は0のはずだ。

 

(さすがに埋もれていたなら分からんが、少なくとも俺は見たことねぇ。初めてシャロの走るとこを見たのか?)

 

 反応がそんな感じだ。

 今まで見てきたなら、こんなにも興奮気味に詰め寄ることなんて無いだろうし。

 

 だとすれば、今まで興味を向けてこなかった新人か、それとも時間がなかっただけか。

 どちらにせよ、いつものようにやんわりと

 

「君の走りに惚れた!」

〈は?〉

「はぁ。ありがとうございます?」

 

 速報。シャロ、唐突に告白される。

 

 

 

◇

 

 

 

 経緯としては、こんな感じだ。

 にしても、公開告白じみたことをするとは。

 

(中々頭のねじがぶっ飛んでるな、この人。周りが見えていないのか?)

 

 周りのウマ娘はキャーキャー騒いでるし、トレーナー陣もざわざわしている。

 いや、殺気じみた視線を送ってるな。

 そりゃそうか。不可侵条約を破ったようなもんだから。

 

(別にスカウトしても断るだけで、気持ちを伝えるのがダメなわけじゃないしな。シャロも、その辺は特に言わないし)

 

 厳しく言わないのも、そのためだ。

 断るってだけで、スカウトの意思があることを伝えるのはダメじゃない。

 なんつうか、ルールの穴を突いているみたいな感じだけど。

 シャロが何も言わないってことは、そういうことだろう。

 

 で、肝心の奴はというと。

 

「その、走りがとても綺麗に感じたんだ。ちょっと見るだけのつもりだったのに、気づけば君に夢中になっていた」

「まぁ、ありがとうございます。褒められて、悪い気はしませんね」

 

 興奮気味にシャロと話していた。

 めっちゃ褒め倒してるな。余程シャロの走りが気に入ったと見える。

 周りの視線にも物怖じせず、自分の意見を伝えに来るとは。

 

(ただのバカか、それとも思いに一直線か。少なくとも)

 

 悪い奴ではなさそうだ。

 目もキラキラしている。憧れに対する目というか、純粋な気持ちというか。

 邪なものを一切感じない。

 心の底から、シャロのことを褒めている。

 

 ただ、この辺で助け舟を出した方がいいだろう。

 

〈シャロ、その辺で切り上げておいた方がいい。トレーナー達の視線、凄いことになってるぞ〉

「え? ……あ、本当ですね。すみません、トレーナーさん。少しよろしいでしょうか?」

「それにしても、まだデビュー前なのに凄く完成度が……え? どうしたの?」

 

 シャロに止められて、トレーナーはきょとんとしていた。

 気づいてない、みたいだなこれ。

 それだけ熱中していた、ってことか。

 

「その辺にしておいた方が、よろしいと思われます。他のトレーナーの皆様が、貴方のことを快く思わない目で見ていますので」

「えっと……ほ、本当だ! なんで!?」

「気づいておられないのですか? それとも、わざとですか?」

 

 ようやく視線に気づいたかと思えば、理由が分からないと来たか。

 うん、これ初めて見に来た奴だな。確信した。

 

「僕のスカウトには、ある種の不可侵条約みたいなものがあります。選抜レースまで僕はスカウトを受けない……常に、そう公言してきたので」

「えっと、スカウトしていたつもりは、ないんだけどな。でも」

「周りからはそう思われていないみたいですよ。この視線が、何よりの証拠です」

 

 苦笑いをするシャロが、観客席へと視線を向ける。

 つられてトレーナーが振り向いて、見る見るうちに青い顔になっていった。

 そりゃそうなるだろうな。あんだけ血走った目で見られてたら。

 

「や、ヤバいヤバい……! 確かに、メジロシャーロックにはスカウトの声をかけない方がいい、なんて言われていたけどっ」

「別に、そういうわけではないのですが。あくまで、スカウトされても選抜レースまでは断る、というだけであって」

「そ、その、ごめん! 詳しい話はまた今度にでも! 俺は今から先輩達の言い訳を考えるから!」

 

 青い顔のまま、観客席へと走っていった……死地に飛び込むとか、勇気あるな。

 

 去っていくトレーナーを見送りつつ、シャロは。

 

「面白い方でしたね、ロック。情熱的でした」

〈命知らずとも言えるがな。不可侵条約を知りながら突っ込んできたわけだから〉

「それだけ、僕の走りに感動してくれたのかもしれません。嬉しいですね」

 

 笑っていた。とても楽しそうに。

 

〈あ、そうだシャロ。今日の夜、体を借りるぞ。また演奏しに行く〉

「分かりました。いつものバイオリン、ですね?」

〈そういうことだ。頼むぞ〉

「ふふ。ロックの頼みなら、僕は断りませんよ」

 

 楽しそうならよかったよ。

 

 

 

◇

 

 

 

 暗くなった学園。

 みんなが寝静まった……なんて時間じゃないが、出歩いているのは少数だ。

 バイオリンのケースを引っ提げ、三女神像がある中庭へ。

 

「着いたか。んじゃ、早速」

 

 目的地に着いたら、ケースを空けてバイオリンを取り出す。

 弓も構えて、準備を整えて。

 

「……」

 

 奏でる。バイオリンを。

 誰もいない場所で、1人きりで。

 シャロも反応しない。俺が表に出ている間、アイツは出てこないから。

 

(どういうわけなんだろうな。バイオリンのメロディだけが、特別に感じるのは)

 

 この時間が、一番安らぐ。

 

 

 理由は分からない。

 クラシック音楽の趣味はないし、楽器なんて弾いたことは一度もない。

 バイオリンを好きになる理由は、0に等しかった。

 

 なのに、俺はどうしてかバイオリンの音色が好きだった。

 聞くだけで落ち着くし、奏でるだけで安らぐ。

 普段のもやもやも、抱えているものの重さも。

 

(バイオリンを奏でている間だけは、忘れていられる。何もかも忘れて、集中することができる)

 

 不思議な気分だった。

 

 俺自身が満足するための演奏。

 周りの環境音と一緒に、ちょっとした演奏会のようになっている。

 自分一人だけ世界に取り残されたような感覚。

 この時間が、心地良い。

 

 ……ただ、客が来たようだな。

 

(一人、か。少なくとも、ステゴじゃねぇな)

 

 ステゴだったら、ハーモニカを演奏しながら来る。

 音が混じってないから、ステゴではない。

 

 となれば、別の誰か。

 スティルさんの可能性がそれなりに高い、か。

 

(あの人は、たまに学園を抜け出して走ってるからな。その帰り道、なんてこともある)

 

 もっとも、学園の人なら誰でも可能性はある。

 警備員なんて線もあり得るからな。

 

 バイオリンの演奏をしながら、声をかける。

 

「いるのは分かっていますよ。どなたですか?」

 

 視線は向けない。

 あくまで存在を認知していることだけを伝える。

 ちなみに、この口調はシャロを真似たものだ。ややこしいことになるのも勘弁だし。

 

 これで逃げるようなら、別に追わない。

 追いかける必要はないし、聞かれたら困るもんでもないからな。

 

 それはそれでいいんだが……どうも、客の方は違うようだ。

 

「えっと、メジロシャーロック、だよね?」

「あなたは……昼間のトレーナーさんですね?」

 

 姿を現す。

 出てきたのは、放課後シャロの走りに感動していたトレーナーだった。

 

 たまたま通りかかったか、もしくはバイオリンの音を聞いてやってきたか。

 とりあえず、演奏を止める。

 

「どうされましたか? バイオリンの音が気になって、ここまで来てしまったように思えますが」

 

 そう聞くと、トレーナーは照れくさそうに頬を掻いた。

 図星、ってところか。

 

「あっはは。ズバリその通りだよ。帰り道に演奏が聞こえてきて。気になったからここまで来たんだ」

「それはそれは。ご迷惑だったでしょうか?」

「とんでもない! 凄く良い演奏だったよ! 俺には良し悪しの細かい部分は分からないけど、プロに勝るとも劣らない腕前だった!」

 

 相変わらず、純粋な好意をこちらにぶつけてくるな。

 褒めることにためらいがない。思ったことを、素直に口に出してくる。

 

 短所にもなりえるが、少なくとも。

 

「ふふ、ありがとうございます。ですが、さすがにプロの方には及びませんよ。僕のはあくまで、趣味の範疇ですから」

「いやいや、そんなことないよ! 凄く良い演奏だった! 断言してもいい!」

 

 俺としては、好感が持てる人物だ。

 

 いやー、やっぱ褒められると嬉しいね。

 こう、頑張ろうって気持ちになれるから。

 

 どんな考えがあるかは分からないが、気分が

 

「あ、もう一ついいかな?」

 

 いい、なんて思っていたら。

 不思議そうな顔をしたトレーナーが、俺を見ていた。

 

 なんだ? 何があったんだ?

 

「構いませんが、どうされましたか?」

 

 ひとまず聞こう。

 話はそれからでも遅くはな

 

「えっと……昼間会った時と、なんとなく雰囲気が違う気がするんだけど。本当にメジロシャーロック、なのかな?」

 

 コイツ意外と鋭いな。




情熱的なトレーナー。なお殺意の視線。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。