トレセン学園の放課後現在。
俺は、大変な現場を目撃している。
「君の走りに惚れた!」
「は、はぁ。ありがとうございます?」
当事者、シャロ。明らかに困惑している。
相手はトレーナー。襟元のトレーナーバッジが輝いている。
興奮気味に詰め寄ってるな。シャロの走りを気に入ったみたいで。
(だとしても、初手で惚れたって言うとはなぁ。周りを見ていないのか、後先のことを考えていないのか)
俺からしたら、大分無謀なことしてるなこの人、って印象しかないが。
相手のことを知ったうえでやっているのか、それとも知らずにやっているのか。
どちらにしても、この現場をラモーヌさんとかに見られたらヤバい。主に目の前の命が。
(ま、あの人今日は用事でいないから大丈夫だろ。オグリさんもいないし、セ〇ムは働かないはずだ)
シャロは、悪いとは思ってないみたいだ。
褒められているだけだし、悪いようには言われてないからな。
唐突過ぎて困惑しているけど。
どうしてこうなったのか。
事態は少し前にさかのぼる。
◇
シャロはいつものようにトレーニングをしていた。
俺が組んだメニュー通りに、選抜レースも近いから気合いを入れて。
〈今日もギャラリーが多いな。やっぱ、お前が注目株みたいだぞ〉
「ありがたい限りですね。皆様の期待に応えられるように、選抜レースは頑張らなければなりません」
〈あんま頑張りすぎんなよ。ケガや病気でもしたら、元も子もねぇぞ〉
シャロを見ながら、観客席の方へと目を向ける。
いつも以上に集まったトレーナー陣。その視線はシャロへと注がれている。
他のウマ娘もいるのに、注目しているのはシャロ一人だけだ。
声も聞こえてくる。そこそこ離れているのに聞こえるのは、ウマ娘の耳が良いおかげだろう。
「次の選抜レース、メジロシャーロックも出るらしい。ついに、彼女のスカウトが解禁されるわけだな」
「待っていたわ、この時を! やっと、メジロが誇る天才をスカウトできるんだから!」
「チャンスは平等。誰がかの【メジロの寵児】を射止めることができるのか……無論、私のつもりだがね」
壮年のトレーナーに、女性トレーナー。
中にはチームで実績をあげているトレーナーまで、シャロの練習を見ている。
(ちらほらと、アニメや漫画のトレーナーが見えるな。アプリのトレーナーは、顔グラがないから分からんな)
有名チームのスカウトまで来そうな勢いだな、こりゃ。
学園のトレーナーほぼ全員。それくらいの数が集まっている。
周りのウマ娘も、最初こそ何事かと思っていたみたいだが。
「あ~、今日シャーロックさんいるのか。ま、そうだよね~。じゃなきゃこんな時に来ないよね~」
「でもでも、逆にアピールチャンスじゃない? 目の端にでも止まってくれれば、もしかしたらスカウトされるかも!」
「ポジティブだね~、あんた。ま、そんくらいの気持ちで行った方が楽かぁ」
目的が分かると、あっさりと興味を失い。
自分達の日常へと戻っていく。
当たり前すぎて、もはや慣れきってるな、ありゃ。
(そりゃ連日のように来るからな、トレーナー陣。飽きもするか)
お騒がせして申し訳ない気持ちが出てくるけど。
ま、俺達にとっても関係ない。
いつも通りのことを、いつも通りにすればいいんだから。
〈今日は思いっきり走ってもいいぞ。ペースのこともガン無視でいい、お前のやりたいように走れ〉
「分かりました。では、ラップ走でやりますね」
〈……お前がそれでいいなら、俺は構わん〉
もはや慣れているからな。
シャロも視線には慣れているし、注目されるのも慣れている。
小さい頃からずっとそうだった。今更な話だな。
しっかりと体をほぐして、走る準備を整えて。
「ッフ!」
走り始める。
今回はラップ走。1ハロンごとのラップタイムを、ブレなく走ることを目標にしている。
俺の走りをしたいなら、絶対に見につけておきたい技術だな。
正確な体内時計。ウマ娘としての本能を抑えるメンタル。どちらも求められる。
これがなければ、俺の走りはどれも再現できない。それほどまでに大切なもの。
〈お、周りのウマ娘が触発されてきてんな。お前に並ぼうとしてんぞ~〉
「っ、わ、分かって」
〈おい、ブレてるぞ。この程度でブレるな〉
俺も、精神的に揺さぶりをかける。
大切な技術だからな。強くなるためにも必要なので、一切の妥協はしない。
〈そういえば、カフェテリアのメニューにアップルパイがあったな~。明日、食いに行くのもいいかもしれんな~〉
「……さすがにそれは。騙されませんよ」
〈やかましい。だったらブレなく走れ。メンタル的な揺らぎはねぇが、ラップタイムはズレてるぞ〉
頑張れよー、シャロ。
で、走り終わった後。
今回の総評をしていた時だった。
〈今回も少しズレこんでいたぞ。コンマ1秒すらも妥協するな。体内時計ってのは、それだけ大切な技術〉
「あ、あの! ちょっといいかな!?」
確認しているところに、割り込んできたのが一人。
汗だくで、急いできたのが分かる人物。
日の光に照らされて輝くトレーナーバッジ。中央のトレーナーってことは分かった。
〈……誰だ? この人〉
「はい。どうされましたか?」
ただ、面識がないというか。
今まで見たことがない。記憶力には自信があるが、少なくとも見に来た回数は0のはずだ。
(さすがに埋もれていたなら分からんが、少なくとも俺は見たことねぇ。初めてシャロの走るとこを見たのか?)
反応がそんな感じだ。
今まで見てきたなら、こんなにも興奮気味に詰め寄ることなんて無いだろうし。
だとすれば、今まで興味を向けてこなかった新人か、それとも時間がなかっただけか。
どちらにせよ、いつものようにやんわりと
「君の走りに惚れた!」
〈は?〉
「はぁ。ありがとうございます?」
速報。シャロ、唐突に告白される。
◇
経緯としては、こんな感じだ。
にしても、公開告白じみたことをするとは。
(中々頭のねじがぶっ飛んでるな、この人。周りが見えていないのか?)
周りのウマ娘はキャーキャー騒いでるし、トレーナー陣もざわざわしている。
いや、トレーナー陣は殺気じみた視線を送ってるな。
そりゃそうか。不可侵条約を破ったようなもんだから。
(別にスカウトしても断るだけで、気持ちを伝えるのがダメなわけじゃないしな。シャロも、その辺は特に言わないし)
厳しく言わないのも、そのためだ。
断るってだけで、スカウトの意思があることを伝えるのはダメじゃない。
なんつうか、穴を突いているみたいな感じだけど。
シャロが何も言わないってことは、そういうことだろう。
で、肝心の奴はというと。
「その、走りがとても綺麗に感じたんだ。ちょっと見るだけのつもりだったのに、気づけば君に夢中になっていた」
「まぁ、ありがとうございます。褒められて、悪い気はしませんね」
興奮気味にシャロと話していた。
めっちゃ褒め倒してるな。余程シャロの走りが気に入ったと見える。
周りの視線にも物怖じせず、自分の意見を伝えに来るとは。
(ただのバカか、それとも思いに一直線か。少なくとも)
悪い奴ではなさそうだ。
目もキラキラしている。憧れに対する目というか、純粋な気持ちというか。
邪なものを一切感じない。
心の底から、シャロのことを褒めている。
ただ、この辺で助け舟を出した方がいいだろう。
観客席のトレーナー達の視線が、とんでもなく鋭いから。
〈シャロ、その辺で切り上げておいた方がいい。トレーナー達の視線、凄いことになってるぞ〉
「え? ……あ、本当ですね。すみません、トレーナーさん。少しよろしいでしょうか?」
「それにしても、まだデビュー前なのに凄く完成度が……え? どうしたの?」
シャロに止められて、トレーナーはきょとんとしていた。
気づいてない、みたいだなこれ。
それだけ熱中していた、ってことか。
「その辺にしておいた方が、よろしいと思われます。他のトレーナーの皆様が、貴方のことを快く思わない目で見ていますので」
「えっと……ほ、本当だ! なんで!?」
「気づいておられないのですか? それとも、わざとですか?」
ようやく視線に気づいたかと思えば、理由が分からないと来たか。
うん、これ初めて見に来た奴だな。確信した。
「僕のスカウトには、ある種の不可侵条約みたいなものがあります。選抜レースまで僕はスカウトを受けない……常に、そう公言してきたので」
「えっと、スカウトしていたつもりは、ないんだけどな。でも」
「周りからはそう思われていないみたいですよ。この視線が、何よりの証拠です」
苦笑いをするシャロが、観客席へと視線を向ける。
つられてトレーナーと俺も振り向くが……視線がやべぇ。
殺さんばかりの目をしている。思ってた数倍は凄い目をしてるわ。
血走ってるのもいるし。抜け駆けしてんじゃねぇ、みたいな感じだろうか?
事態を察したトレーナーも、青い顔をしている。
「や、ヤバいヤバい……! 確かに、メジロシャーロックにはスカウトの声をかけない方がいい、なんて言われていたけどっ」
「別に、そういうわけではないのですが。あくまで、スカウトされても選抜レースまでは断る、というだけであって」
「そ、その、ごめん! 詳しい話はまた今度にでも! 俺は今から先輩達の言い訳を考えるから!」
青い顔のまま、観客席へと走っていった……あそこに飛び込むとか、勇気あるな。
去っていくトレーナーを見送りつつ、シャロは。
「面白い方でしたね、ロック。情熱的でした」
〈命知らずとも言えるがな。不可侵条約を知りながら突っ込んできたわけだから〉
「それだけ、僕の走りに感動してくれたのかもしれません。嬉しいですね」
笑っていた。とても楽しそうに。
〈あ、そうだシャロ。今日の夜、体を借りるぞ。また演奏しに行く〉
「分かりました。いつものバイオリン、ですね?」
〈そういうことだ。頼むぞ〉
「ふふ。ロックの頼みなら、僕は断りませんよ」
楽しそうならよかったよ。
◇
暗くなった学園。
みんなが寝静まった……なんて時間じゃないが、出歩いているのは少数だ。
バイオリンのケースを引っ提げ、三女神像がある中庭へ。
「着いたか。んじゃ、早速」
目的地に着いたら、ケースを空けてバイオリンを取り出す。
弓も構えて、準備を整えて。
「……」
奏でる。バイオリンを。
誰もいない場所で、1人きりで。
シャロも反応しない。俺が表に出ている間、アイツは出てこないから。
(どういうわけなんだろうな。バイオリンのメロディだけが、特別に感じるのは)
この時間が、一番安らぐ。
理由は分からない。
クラシック音楽の趣味はないし、楽器なんて弾いたことは一度もない。
バイオリンを好きになる理由は、0に等しかった。
なのに、俺はどうしてかバイオリンの音色が好きだった。
聞くだけで落ち着くし、奏でるだけで安らぐ。
普段のもやもやも、抱えているものの重さも。
(バイオリンを奏でている間だけは、忘れていられる。何もかも忘れて、集中することができる)
不思議な気分だった。
俺自身が満足するための演奏。
周りの環境音と一緒に、ちょっとした演奏会のようになっている。
自分一人だけ世界に取り残されたような感覚。
この時間が、心地良い。
……ただ、客が来たようだな。
(一人、か。少なくとも、ステゴじゃねぇな)
ステゴだったら、ハーモニカを演奏しながら来る。
音が混じってないから、ステゴではない。
となれば、別の誰か。
スティルさんの可能性がそれなりに高い、か。
(あの人は、たまに学園を抜け出して走ってるからな。その帰り道、なんてこともある)
もっとも、学園の人なら誰でも可能性はある。
警備員なんて線もあり得るからな。
バイオリンの演奏をしながら、声をかける。
「いるのは分かっていますよ。どなたですか?」
視線は向けない。
あくまで存在を認知していることだけを伝える。
ちなみに、この口調はシャロを真似たものだ。ややこしいことになるのも勘弁だし。
これで逃げるようなら、別に追わない。
追いかける必要はないし、聞かれたら困るもんでもないからな。
それはそれでいいんだが……どうも、客の方は違うようだ。
「えっと、メジロシャーロック、だよね?」
「あなたは……昼間のトレーナーさんですね?」
姿を現す。
出てきたのは、放課後シャロの走りに感動していたトレーナーだった。
たまたま通りかかったか、もしくはバイオリンの音を聞いてやってきたか。
とりあえず、演奏を止める。
「どうされましたか? バイオリンの音が気になって、ここまで来てしまったように思えますが」
そう聞くと、トレーナーは照れくさそうに頬を掻いた。
図星、ってところか。
「あっはは。ズバリその通りだよ。帰り道に演奏が聞こえてきて。気になったからここまで来たんだ」
「それはそれは。ご迷惑だったでしょうか?」
「とんでもない! 凄く良い演奏だったよ! 俺には良し悪しの細かい部分は分からないけど、プロに勝るとも劣らない腕前だった!」
相変わらず、純粋な好意をこちらにぶつけてくるな。
褒めることにためらいがない。思ったことを、素直に口に出してくる。
短所にもなりえるが、少なくとも。
「ふふ、ありがとうございます。ですが、さすがにプロの方には及びませんよ。僕のはあくまで、趣味の範疇ですから」
「いやいや、そんなことないよ! 凄く良い演奏だった! 断言してもいい!」
俺としては、好感が持てる人物だ。
いやー、やっぱ褒められると嬉しいね。
こう、頑張ろうって気持ちになれるから。
どんな考えがあるかは分からないが、気分が
「あ、もう一ついいかな?」
いい、なんて思っていたら。
不思議そうな顔をしたトレーナーが、俺を見ていた。
なんだ? 何があったんだ?
「構いませんが、どうされましたか?」
ひとまず聞こう。
話はそれからでも遅くはな
「えっと……昼間会った時と、なんとなく雰囲気が違う気がするんだけど。本当にメジロシャーロック、なのかな?」
コイツ意外と鋭いな。
情熱的なトレーナー。なお殺意の視線。