急に告白してきたトレーナーの一件から日が経って。
ついにやってきたわけである。
「選抜レース、僕は芝の1600mですね。気を引き締めていきましょう」
〈俺は観客席の方で見てるわ。お前ひとりだけど、頑張れよ〉
「大丈夫ですよ、ロック。僕が一人でもやれるってところ、見ててくださいね?」
シャロのスカウト解禁日、選抜レースの日が。
なんか、長かった気がする。ここまでくるのに。
(これでようやく、トレーナーがつくわけだからな。さすがに複数回出る、なんてことにはならんだろ)
あれだけのトレーナーがいたんだ。
勝っても負けても、一人や二人声をかけるだろう。
ま、選抜レースとはいえ勝っておいた方がいい。
ちょっとも緩まないように、対戦相手のリサーチも徹底してある……役には立たないかもしれんが。
理由? シャロの気合の入りよう。
「つ、ついに本番。僕が模擬レースではない、本当のレースを走る……っ!」
〈気合入ってら。ま~この先、芸術的なレースとかは置いておけ。お前のやりたいように〉
「見ててくださいねロック! ロックに認めさせてみせますから! 僕のレース、必ず見てくださいね!」
〈聞いてねぇし。つか、ちゃんと見るって。安心しろよ〉
なんというか、微笑ましいくらいに張り切っている。
うんうん、俺にもこんな時期があったわ。主に新馬戦。
本当ならNGだが、シャロは大丈夫だろう。
(少しずつ、精神が落ち着くようにコントロールしてある。波を抑えようとしているな)
走るんだったら、適度に緊張感があった方がいい。
力になったりするからな。なにも悪いことばかりではない。
〈ま、あんまり気負い過ぎず頑張れ。観客席で応援してっからな~〉
「はい。安心して、どっしりと構えていてください!」
〈おう。んじゃ、また後で~〉
この分なら大丈夫だろう。
シャロから離れて、観客席のある場所へ。
マンハッタンカフェがいるところへと、足を運ぶ。
向こうは俺が来たコトに気づいて、にっこりとほほ笑んだ。うお、眩しい。
「お疲れ、さま、です。ゆっくりと、話は、できましたか?」
〈伝えるべきことは伝えた。後はアイツが実力を発揮するだけだ〉
「ふふ、信頼、されて、いらっしゃるんですね」
〈情報を集めたが、よほどの例外がない限り、シャロが負ける可能性は0に等しい。後は、その例外が起きないことを祈るだけだ〉
カフェさんは俺が見える貴重なウマ娘。
元よりカフェさん自身も興味がある、というよりは、お友だちさんが興味があるので、この選抜レースを観に来ている。
で、そのお友だちさんは。
〈ロックちゃ~ん、あそこに混ざろうぜ~!〉
〈無茶言うな。下手したら怪奇現象扱い待ったなしだ〉
〈よき、ヨキ! 伝説刻もうぜぃ!〉
〈なんも良くねぇんだよなぁ〉
テンション高めに、選抜レースに嬉々として混ざろうとしている。
カフェさんも苦笑いの表情。お友だちさんがいきいきとしているから、嬉しそうではあるんだけど。
ちなみに、俺達がいる観客席だが。
「メジロシャーロックのレースをチェックしておかなければ。展開はどうなるか」
「内枠スタートなのね。逃げウマ娘と聞いているし、これは絶好の枠番よ」
「よ~し、絶対にスカウトするぞー!」
ほぼメジロシャーロック一色である。
トレーナー陣はほぼ、たった一人のウマ娘の話題に集中しているわけだ。
(元からだから、あんまり変わらねぇなコレ。他にも目を向けてやれよ、と思うが)
しかし、そこはちゃんとトレーナー。
別のレースもしっかり見ており、良い実力を発揮したウマ娘には、スカウトの声をかけていた。
走り終えたウマ娘達に、ちらほらと声をかけている姿が見られる。
〈オレとロックちゃんが走った方がはえーな!〉
〈何言ってんだお友だちさんは。ま、走る以上は負けねぇけど〉
「お2人が、走ると、大変なことに、なるので……やめて、くださいね?」
〈お友だちさんはともかく、俺は走らねぇよ。シャロの晴れ舞台を台無しにする真似は勘弁だ〉
なんにせよ、中々面白い奴もいるので楽しい。
シャロのライバルになりそうな子とか、純粋に良い走りをした子とか。
やっぱり、レースってのはいいな。ウマ娘同士のバチバチがたまらん。
〈ロックちゃんもバチバチしようぜぃ!〉
〈誰とだよ〉
〈オレと!〉
変なことを言ってるお友だちさんは無視するものとする。
いや、お友だちさん強いけどね。
しばらくレースを観戦していると、シャロの出番がやってきた。
2枠からのスタート。内寄りだし、シャロにとっては都合の良い枠番だな。
「逃げウマ娘、でしたよね? シャロさんは」
〈そうだな。どこでも走れるように仕込んであるが、基本的には逃げが強い〉
「……と、なれば。程々に、良い枠番である、と」
カフェさんの言う通り、逃げるにはまずまず。
最内ほどではないが、恵まれていると言ってもいい。
逃げで走る分には、という話になるが。
しばらく待っていると……あ、スタートした。
シャロは、先行争いの位置に混ざってるな。
〈さて、始まったな。位置的には悪くない〉
「……内側から、上がって、先行争い。退く気は、今のところ、なし、ですね」
〈退く理由がないからな。今はあの位置で正解だ〉
前でレースを動かしつつ、周りにもしっかりを気を配っている。
中々悪くない。教えた通りのことを、しっかりと実践できている。
……で、しばらく走っていれば嫌でも気づく。
「……強い、ですね。シャロさんだけ、次元が、違います」
〈ギャハハ! ジューリンだな!〉
〈完成度が群を抜いているからな。周りがプレッシャーを抱えている中で、ただ一人プレッシャーを強さに変えている〉
シャロと他の差に。凄い差が開いている、と。
先行争いを早々に終え、先頭に立って逃げたシャロ。
じわりと後ろとの差を広げ続け、その差はすでに10バ身を超えている。
圧倒。それ以外の言葉が出てこない。
隣にいるカフェさんも、口を開けて固まってしまった。
「ここまで、とは」
〈アイツならこれくらいはできる。メジロの天才児は伊達じゃねぇ〉
〈ロックちゃん得意げ! シャロのセイチョー、嬉しい、ウレシイ!〉
〈課題点、問題点を上げたらきりがねぇけどな。ま、選抜レースでそこまで求めねぇよ〉
つーか、俺だって最初からできたわけじゃない。
これから長い目で見ていきゃいいんだ。少しずつ、着実に。
願わくば、俺の走りの模倣なんて真似は止めて欲しいんだが……無理だな。
(アイツ、序盤はペースコントロールをしようとしてたな。もっとも、気性的に抑えが効かなくて止めたが)
選抜レースの舞台で、俺の走りを試そうとしていた。
結果的に、今はできないと悟って止めたが。
〈止めろつってんのに、どうして止めないのかねぇ。あんまいいもんじゃねぇぞ、俺の走りは〉
〈フーン。それ、どういう意味で?〉
〈他ならぬ俺がやってきたことだ。だからいいもんじゃないって分かる〉
開発者俺、みたいなもんだぞ。
正確には、岳さんとか隈澤さんとか、デルトリさんの理論が基にあるから違うけど。
なんにせよ、止めてもらいたいものである。
個人的な感情にはなるが
〈それ、ロックちゃんがさみしそーなのと関係あるの?〉
な、と、言い切る前に。
お友だちさんがこっちを見ていた。
相変わらず、顔は見えないけど。
〈……〉
〈ロックちゃん、オレと走る時はそーでもないけど。大人数、シャロの体使って走ってる時、基本つまらなさそーだし。それ、関係してんの?〉
ぎょろりと、俺のことを探るような目をしてるな、と雰囲気で分かる。
これまでの併走を、引き合いに出しながら。
鋭いことで。
〈別に、関係ねーよ。そもそも、俺でも完成させるのに手間取ったんだ。そう易々とできても困るしな〉
〈フーン。強情、ゴージョー! ギャハハ!〉
〈なにわろとんねん〉
「……もうすぐ、レース、終わりますよ」
おっといけない。
気づけばレースが終わりそうになっていた。
ゴールの瞬間を見逃すのはギルティ。シャロの晴れ舞台なんだからな。
でも、その前に。
観客席の様子をチラリと。
〈……わっかりやすいくらいうっとりしてんなぁ。誰も彼もが放心しかけてるわ〉
〈強さ、分かりやすいからな! シャロだけ、アットー的!〉
「はい。すでに、差は、20バ身近く、開いて、います。これだけ、強ければ。口を開けて、固まるのも、無理はありません」
放心、とまではいかないが。
シャロの強さに酔ってるな。
ま、選抜レースで20バ身差をつけてるんだ。
そりゃ酔いたくもなる。
てか、これアレだな。
(俺の新馬戦と一緒か。だからなんだ、って話ではあるけど)
俺も最初のレースでそんぐらいの差をつけてた。
頭真っ白で走ってたから、あんまり覚えてないけど。
シャロが同じだけの差をつけて走っている……そんだけだな。
20バ身も差が開いていたら、番狂わせなど起きるはずもなく。
《メジロシャーロック、メジロシャーロックだ! やはり強かったメジロシャーロック圧倒的! 大差で圧勝しましたメジロシャーロック!》
シャロは勝った。
なんでもないように、圧倒的な差を見せて。
「強かった、ですね。間違いなく、主役に、なるかと」
〈同世代の他がどうなるか、まだ分からないけどな。どちらにせよ、これで注目株の一人にはなった。嫌でも対策されてくる〉
〈ギャハハ! 敵、いなさそーだけどな!〉
〈分からんぞ。ここからシャロに比肩する奴が出てくるかもしれんからな〉
これでシャロは注目株。
トレーナー陣も大喜び、何だが。
「やはり素晴らしい逸材だ……! 私の手で、彼女の実力を伸ばしたい!」
「三冠だけじゃないわ。グランドスラムに、海外にまで手が届く逸材! 世界最強も夢じゃない!」
「凄い勝利だった。彼女だけ突出していた! メジロシャーロックの強さは本物だ!」
誰もがスカウトに行かない。
というか、レースの余韻に浸りすぎて誰も動けていない。
なんだそりゃ。不可侵条約まで決めてたくせに、いざとなれば動かんのか。
〈今動けば、いの一番にスカウトできるってのに。変な奴らだことで〉
「あれほどの、才能。どう、伸ばすか、考えて、いるんだと、思います。後は、レースの、内容。余韻に、浸って、いる」
〈機会の損失! モッタイねー!〉
誰が最初に動くのか、気になるところだ。
なんて、思っていると。
「メジロシャーロック!」
「あっ」
トレーナー陣の呆けた声をしり目に、空気を読まずに特攻を仕掛けたトレーナーが一人。
シャロに公開告白したアイツ。この前の夜、俺に会った……あのトレーナーだ。
息を切らしてる。急いできたんだろう。
周りが酔いしれる中、アイツだけが走り出していた。
「えっと、君のスカウトは解禁されてる、よね?」
改めての確認。本当にスカウトしても大丈夫か、というもの。
一度やらかしかけたからこその確認。誰からも文句を言われないように。
シャロはというと、にっこりとほほ笑んで。
「えぇ、大丈夫ですよ。もう選抜レースは走り終えました。僕へのスカウトは、解禁されています」
スカウトしても大丈夫と、そう口にした。
周りのトレーナー陣が慌てたように駆け出す。もう遅いってのに。
アイツは、あのトレーナーは。
「俺は、君が走る姿を見ていたい! 君の隣で、君の走りを目に焼きつけたい! 君の走りに惚れたんだ!」
「……うふふ。あの時と同じことを言うんですね、貴方は。僕の走りに、惚れたと」
「俺と一緒に、トゥインクル・シリーズを駆け抜けないか!!」
シャロをスカウトした。
いいね、青春を感じるね。
隣のカフェさんはぽかんとしてるし、お友だちさんは……どういう感情だ? その顔は。威嚇でもしてんのか?
〈シャロもロックちゃんもオレのもんだぞ! アァン!?〉
〈お友だちさんのモノになった覚えはねぇ。つっても、相変わらず情熱的なことで〉
「……前から、あぁだったんですか?」
〈前もあぁだったよ、あの人は。面白いだろ?〉
なんにせよ、スカウト一番乗りだ。
一番最初ってのは、良くも悪くも印象に残りやすい。
「貴方のお気持ち、伝わりました。ですが、他の方々の意見も聞いてからにしますね」
「うん、分かっている。君は、そういうウマ娘だから」
「ふふ。僕のことが分かっているような口ぶり、ですね。事実、その通りになった。不思議なお人です」
失敗すればヤバかったが、あのトレーナーは好印象を抱かせた。
とんでもないアドバンテージを獲得したわけである。
それに、今回のは明らかに他が悪い。
すぐに行けばよかったのに、レースに夢中で我を忘れていたのだから。
(これでほぼ決まったようなもんだな)
その後も、トレーナー陣からのスカウトを受けまくるシャロ。
「無敗の三冠すらも通過点だ、君にとっては。それだけの才能がある!」
「海外挑戦、凱旋門賞だって夢じゃない! 海外を主な舞台にするのも悪くないと思うの!」
「年間無敗のグランドスラム。まだテイエムオペラオーしか到達していない領域に、君は踏み入れることができる!」
口々にシャロとの目標を説明し、自分なら才能を伸ばせると豪語するトレーナーしかいない。
ベテランから中堅まで。面白みもなく同じようなことばかり。
シャロの走りそのものを好きだと口にしたトレーナーは、最初の一人だけだった。
(沖野さんとかおハナさんとか、ネームドトレーナーの姿は見えねぇな。不利を悟ったのか、それとも)
ま、別にいいか。
今この時においては関係ない。
粗方トレーナーからのスカウトを貰った後。
シャロは……一人の前に歩を進め。
「貴方だけは、僕の走りが好きだと言ってくれましたね? 目標にしたいレースではなく、海外挑戦でもなく。走りを好きだと口にしました」
最初にスカウトの声をかけたトレーナー。アイツの前で立ち止まって。
手を差し出した。
導くように、共に歩もうと無言で語り掛けている。
「僕のトレーナーは、貴方が良い。僕と共に、トゥインクル・シリーズを駆け抜けましょう」
その手を、アイツは。
「……あぁ! よろしく!」
取った。迷うことなく。
周りからの殺気が凄いことになっているが、もう覆すことはできない。
他ならぬシャロが決めたことだ。
誰にも口にする権利はないし、無理に止めようとしたら……ラモーヌさん達が飛んでくる。
〈観客席からラモーヌさんが飛び出していったな。他のトレーナー陣を牽制してら〉
〈ギャハハ! 溺愛、デキアイ! 気持ちは分かるゼェ!〉
「オグリさんも、飛び出しましたね。マックイーンさんも、豪華メンバーが、揃って、います」
シャーロックのセ〇ムが勢揃いだ。
こうなればもう終わり。覆すのは不可能になる。
そもそも、無理に覆そうとしたら、今度は理事長を敵に回すことになるけどな。
それにしても、ようやくか。
ようやく、シャロにトレーナーがついた。
(これでやっと、だな)
やっと──解放される。
ここから始まるんだ。
メジロシャーロックの、
ついにトゥインクル・シリーズの参加権を得たシャロ。次回は掲示板回。