正直な話、シャロのことは嫌いだった。
俺が辿った史実を基にしたウマ娘。
良くも悪くも、俺の馬生はいろんなことがありすぎた。
初手から母親を亡くすし、現役中に父親と育ての母、気にかけてくれたオーナーが亡くなった。
また同じような気持ちを味わうのか。そう思うと、気が気でなかった。
俺と同じような気持ちになってほしくない。悲劇を味わってほしくない。
最初の頃は、そう思っていた。
だが、シャロはそうならなかった。
「おかあさま、おかあさま! ぼくにはね、しゅごれいがいるんです!」
「まぁ、守護霊さんが?」
「うん! あのねあのね、ぼくとおかおがそっくりなの! おねえさまができたみたい!」
「……そう。それは良かったわね」
母親は亡くなっていない。
シャロの母親は生きている──俺とは違って。
ほっとした反面、暗い気持ちが湧き上がる。
どうして俺とは違うのか。そう思わずにはいられない。
簡単に言えば、醜い嫉妬だ。
俺とは違って、シャロは母親に甘えることができる。
病弱だったとしても、年に数回は会えるんだ。永遠に会えなかった俺とは違って。
いや、嬉しいことだ。不幸じゃないんだから、喜ぶべきことなんだ。
そんなこと分かってる。それが普通なんだって、俺だってそう思っているさ。
だけど、だけど……どこか納得できない自分だっている。
どうして俺とお前は違うんだ?
同じメジロシャーロックなのに、どうして俺とは違うんだ?
そう、思わずにはいられなかった。
(分かってる。俺の、醜い嫉妬でしかないって。自分が不幸だから、お前も同じくらい不幸になれっていう……反吐が出るほど醜い感情だ)
そんな気持ちが出てくる自分が、嫌で嫌で仕方なかった。
その矛先を、シャロに向けていた。
我ながら、最低な奴だよ本当に。
でも、シャロは。
俺の気持ちなんてお構いなしに俺に懐いた。
「ロック、ロック! これは、ロックが書いたものですか?」
〈あ~、そうだな。俺が書いた奴だ。しまったな、片付けるのを忘れ〉
「とても素晴らしい理論です! このレース理論は、ロックが考えたのですか!?」
〈……どうなんだ? それ自体は俺の師匠達から教えてもらったものだし。でも俺が自己流でアレンジを加えてるし。まぁ、俺が考えたものでいんじゃね?〉
その日会ったことを嬉しそうに報告し。
俺が書き記したレース理論を筆頭に、ことあるごとに俺は凄いと持ち上げてきた。
「きっとロックは、とても強いウマ娘だったのですね。それこそ世界最強の座に届いた、時代を築いたウマ娘さんの霊! 合ってますよね?」
〈間違ってないのが困るな。世界最強とも呼ばれたし、時代も築いたし〉
「やっぱりです! この理論を実現できればきっと、僕もロックのような世界最強のウマ娘に」
〈やめろ。俺の理論は絶対に真似するな。ろくなことにならないからな〉
純度100%の褒め言葉。混じりけのない気持ちを貰って。
「僕もロックのようなウマ娘になりたいです。どうしたらなれますか?」
〈俺を目標にするのはやめとけ。お前にはお前の道があるからな〉
「むぅ。僕はロックを素晴らしいウマ娘だと思ってますのに。では、僕がロックの素晴らしさを広めます! 具体的には、このノートを皆様にお見せすることで!」
〈別に見せてもいいけどよ。はぁ、まったく〉
悪くないと思っている自分がいた。
それでね、まぁ。
我ながらチョロいとは思うんですけどね。
褒められているうちに、思ったわけですよ。
(こんな良い子を嫌いとかいう奴正気か? そんな奴ぶん殴ってやるよ。俺だわ)
嫌いになれねぇわコイツ、って。
マジでチョロいと思う。
醜い嫉妬を向けていた相手に対して、親愛の情を向け始めているのだから。
俺のような道を歩ませたくない。俺が守らねばならぬ、ってな。
でもさ~、本当に良い子なのよシャロ。
メッチャ懐いてくれる親戚の子供みたいな。こう、可愛がりスキルを発動するような子。
気づけば俺も虜になっていたよ。
「ロックの理論は本当に凄いですね。先生方の教えよりもずっと有益です」
〈うん。本当にそれ、家庭教師の前で言うんじゃねぇぞ。絶対に泣くから。大の大人が泣くから〉
「え? でも、ロックの教えの方が有益なのは事実ですし……」
たまに畜生発言残すけど。
まさかとは思うけど、岳さんの要素を追加してんじゃないだろうな? コレ。
確かにあの人、たまにじゃないレベルで畜生発言残してたけど。
だからってシャロにまで畜生要素を足すんじゃないよ。
ラモーヌさんの要素まで出てんだから、もうお腹いっぱいだよ。
いろいろとあるが、シャロに対する思いは複雑だ。
同情から始まって、嫉妬を向けたと思えば、親愛の情が湧く相手。
好き寄りではあるんだが、苦手なところもある。
俺とは違う境遇に思うところがある……なんとも言えないウマ娘。
だから正直、早く楽になりたかった。
トレーナーがつけば、トゥインクル・シリーズを走れる。
俺の期限はシニア級の1年目まで。
そこまで経てば、俺はシャロの体から消えてなくなる。
あの女神が決めた契約、約束事だ。
間違いなく、俺は消える。どうなったとしてもな。
だから、そこまでの我慢。
そしたら解放される。シャロとお別れだ。
来世がどうなるかは分からないが、少なくとも。
(いろいろありすぎて、疲れた。ウマ娘の世界も少しは堪能できたし、推しにも会えたし。もういいやと思ってる自分がいる)
これでやっと楽になれる。
だけど、まだ休めない。休むわけにはいかない。
何故なら。
「これがロックのレース理論……確かに、凄いね」
「そうでしょう? トレーナーさんも分かりますよね、ロックの素晴らしさが!」
〈お前ら2人してなにしてんねん。製作者の前で楽しそうに読むな、恥ずかしい〉
まだやるべきことが、残っているのだから。
◇
トレセン学園某所、というかトレーナー室。
シャロは無事にスカウトされ、トゥインクル・シリーズの出走資格を得た。
今日は顔合わせ初日。
トレーニング、というよりは懇親会みたいなものを開いていた。
の、だが。
〈なんでよりによってやることが、俺のレース理論のノートを見せることなんだよ。もっと他にやるべきことがあるだろ〉
「え? だって……仲良くなるためにはこれが一番だと思いましたので」
〈嘘だろお前。てか、トレーナーもトレーナーでなに食い入るように見てんだ。おかしいだろ、ツッコめよ〉
なぜかやっていることは、俺が書き記したノートを一緒に見る、というもの。
そんなのいつでもできるだろ。仲良くなるためにすること違うだろ。
百歩譲ってシャロはいいとしよう。
トレーナーはおかしいと思わねぇのかお前。他にするべきことあるだろ。
とはいっても、今の俺の声はトレーナーに聞こえない。
どうすることもできないんだな、これが。
俺は眺めるだけである。
「いや、本当に凄いよコレ。理想論ではあるけれど、これが実際にできるんだったら、それこそ無敵の走りだ」
「ふふ、そうでしょうそうでしょう! やはり、トレーナーさんは分かってくださりますか。ロックの素晴らしさが!」
「あの時会ったあの子が、か。是非とも教えてもらいたいなぁ、彼女の理論」
……褒めすぎだろ。嬉しいけど。
なんて始まりだったシャロとトレーナー。
なんでだよ、と思ったが、2人からしたら意義はあったようで。
「僕の目標をよく知ってもらうためには、このノートを見せるのが一番だと思いました。ロックが作り出した完璧な理論……この理論を体現することが、僕の目標の1つです」
「トゥインクル・シリーズを走る上で、目標は大事だ。何を目的にして走るのか、明確にしておいた方がいい」
どうやら目標を決めるため、らしい。
だったら最初からそれ言えよ。なんで初手でノートを見せるところから始めたんだよ、シャロ。
にしても、それが目標か。
どうあっても、俺のレーススタイルに近づきたいらしい。
(……ま、その果てでシャロ自身のスタイルを身につけりゃそれでいいか)
「ロックは止めておいた方がいい、と言いますが。それでも、僕にとっての理想はロックのレースなのです。レースを支配する様はまさしく芸術。人々の心に残るものですから」
「どんなレースになるんだろうか。見てみたいよね」
「でしたら! じいやたちに頼んで映像を持ってきてもらいましょう! ラモーヌさん達相手に実践したものが、メジロ家には保管されておりますから!」
あんまり否定しすぎるのもよくない。
意固地になって、突っ走りかねない雰囲気がある。
程々が良い、か。
で、シャロの目標だが。
これだけではない。もう1つある。
大事なことが。
「もう一つの目標として、メジロの栄華を取り戻すことを目標にしたいと思っております」
「メジロの、栄華? それはやっぱり、最近のメジロのことが関係しているの?」
メジロの栄華を取り戻す。そう宣言した。
おそらくだが、こっちが本来の目標。
何故なら、俺が辿った道そのものだから。
「最近では、ベイリーさんが朝日杯を制しましたが……現実として、メジロのウマ娘がG1で好走することが少なっております。とりわけ、天皇賞を始めとした大レースで」
「メジロブライトが春の天皇賞を制したけれど」
「それでも、かつての栄華からは程遠く。僕が目標とするのは、マックイーンさん達が走っていた時代。あの時代のメジロを、僕は取り戻したいのです」
メジロの現状は、トゥインクル・シリーズの成績が不振気味。少しずつ落ち始めている。
それを何とかしたい、と考えているのが今のシャロ。
自分が先陣を切って、道を切り開く。かつての盛り上がりを取り戻す。
後進達の先駆けになることを、目標にしている。
(ぶっちゃけ、俺自身は先駆けだったんだろうけど。後の時代がどうなったかは知らんからなぁ)
あの活躍だったんだ。
時代の先駆けになったことは、容易に想像ができる。後に続いたかどうかは分からないだけで。
俺の知らないメジロのウマ娘がたくさんいたし、なんとなく予想はできるけどさ。
ちなみにだが、こっちの世界のメジロは、別に没落なんてことにはなってない。
あくまで成績不振。前の世界程深刻、ってわけじゃないのは救いか。
とはいえ、シャロの目標は立派だ。
こっちの目標なら、俺は両手を上げて応援する。
だって見たいし、メジロ帝国。メジロが天下を取る姿を見たいんだよ俺は。
「メジロの隆盛、か。分かった。ならやっぱり、どんな人でも凄いと分かる目標を立てようか」
「はい、それがよろしいかと思われます。まずは、ジュニア級の頂点に立つことを目標にしましょう」
そこから、シャロ達は大体の目標を立て始めた。
ジュニア級は朝日杯を大目標に。
クラシック三冠に春シニア、秋シニアの三冠。
場合によっては海外遠征も視野に。
ある程度の目標を決めて、今後のプランを練る。
「基本はこうなる、かな? 時代の先駆けになるにはやっぱり、クラシック三冠の内どれかは欲しいところ。特に、日本ダービーは絶対に欲しい」
「僕もそう思います。特に、これまでメジロのウマ娘はダービーを取ったことがありません。おばあ様がかける思いも、人一倍です」
その中で重要度の高いものをピックアップ。
目標に合わせた道筋を。
時代の先駆けとなるためには、何が必要かを決めていく。
ある程度の目標を決めた後。
「……うん、大体こんな感じかな? シャーロックの目標は」
「当面は朝日杯。ジュニア級王者の後は、クラシック三冠を目標に。ジャパンカップと有馬記念、どちらかにも出走。そして、無論」
「全部勝つ。その気概で挑む」
決意表明。
目標に決めたレースは全部勝つと、2人で宣誓した。
いいねいいね。ここから始まる感満載だわ。
(俺と同じ道を辿るかもしれない。だが、辿らない可能性も当然ある)
例を挙げるなら海外遠征。
こっちだとしない可能性も大いにあるからな。シナリオの都合でやらないことが多いし。
果たしてどんな道になるのか。
ちょっとだけワクワクしている自分がいた。
◇
……それはそれとして。
「ロックは教えてくれないの? どうして理論通りのレースをしたらダメなのか、とか」
「はい! ロックはダメというばかりで、どうしてやってはいけないのかをいつも教えてくれません!」
これは何だろうな、本当に。
「というよりも、ロックはいつもそうです! 肝心なことは教えてくれません。自分で考えた方がいい、お前の道を進んだ方がいいばかりで、その理由を教えてくれないのです!」
「う~ん。それはやっぱり、シャロがあまり頼りすぎないように、っていうロックの優しさじゃないかな? 多分だけど」
「だとしても! 教えてくれてもいいと思うのです!」
プンプン怒っているシャロ。
怖い、よりも可愛いが出てくる。猫の威嚇とか、そんな感じがするわ、相変わらず。
トレーナーも苦笑い。
「まぁでも、ロックはあまり本音を話したがらない子、なのかな? 聞いている限り」
「はい! ロックは全然本音を話してくれません! オコです、オコオコです!」
そんな一幕もあった。
いろいろと思うところはあるロック。ただ、今は目標に向かって。