親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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秋のG1戦線があるから週末が楽しみで仕方ない。


目標を決めよう

 正直な話、シャロのことは嫌いだった。

 

 俺が辿った史実を基にしたウマ娘。

 良くも悪くも、俺の馬生はいろんなことがありすぎた。

 初手から母親を亡くすし、現役中に父親と育ての母、気にかけてくれたオーナーが亡くなった。

 

 また同じような気持ちを味わうのか。そう思うと、気が気でなかった。

 俺と同じような気持ちになってほしくない。悲劇を味わってほしくない。

 最初の頃は、そう思っていた。

 

 だが、シャロはそうならなかった。

 

「おかあさま、おかあさま! ぼくにはね、しゅごれいがいるんです!」

「まぁ、守護霊さんが?」

「うん! あのねあのね、ぼくとおかおがそっくりなの! おねえさまができたみたい!」

「……そう。それは良かったわね」

 

 母親は亡くなっていない。

 シャロの母親は生きている──俺とは違って。

 

 ほっとした反面、暗い気持ちが湧き上がる。

 どうして俺とは違うのか。そう思わずにはいられない。

 

 簡単に言えば、醜い嫉妬だ。

 俺とは違って、シャロは母親に甘えることができる。

 病弱だったとしても、年に数回は会えるんだ。永遠に会えなかった俺とは違って。

 

 いや、嬉しいことだ。不幸じゃないんだから、喜ぶべきことなんだ。

 そんなこと分かってる。それが普通なんだって、俺だってそう思っているさ。

 

 だけど、だけど……どこか納得できない自分だっている。

 どうして俺とお前は違うんだ?

 同じメジロシャーロックなのに、どうして俺とは違うんだ?

 そう、思わずにはいられなかった。

 

(分かってる。俺の、醜い嫉妬でしかないって。自分が不幸だから、お前も同じくらい不幸になれっていう……反吐が出るほど醜い感情だ)

 

 そんな気持ちが出てくる自分が、嫌で嫌で仕方なかった。

 その矛先を、シャロに向けていた。

 我ながら、最低な奴だよ本当に。

 

 でも、シャロは。

 俺の気持ちなんてお構いなしに俺に懐いた。

 

「ロック、ロック! これは、ロックが書いたものですか?」

〈あ~、そうだな。俺が書いた奴だ。しまったな、片付けるのを忘れ〉

「とても素晴らしい理論です! このレース理論は、ロックが考えたのですか!?」

〈……どうなんだ? それ自体は俺の師匠達から教えてもらったものだし。でも俺が自己流でアレンジを加えてるし。まぁ、俺が考えたものでいんじゃね?〉

 

 その日会ったことを嬉しそうに報告し。

 俺が書き記したレース理論を筆頭に、ことあるごとに俺は凄いと持ち上げてきた。

 

「きっとロックは、とても強いウマ娘だったのですね。それこそ世界最強の座に届いた、時代を築いたウマ娘さんの霊! 合ってますよね?」

〈間違ってないのが困るな。世界最強とも呼ばれたし、時代も築いたし〉

「やっぱりです! この理論を実現できればきっと、僕もロックのような世界最強のウマ娘に」

〈やめろ。俺の理論は絶対に真似するな。ろくなことにならないからな〉

 

 純度100%の褒め言葉。混じりけのない気持ちを貰って。

 

「僕もロックのようなウマ娘になりたいです。どうしたらなれますか?」

〈俺を目標にするのはやめとけ。お前にはお前の道があるからな〉

「むぅ。僕はロックを素晴らしいウマ娘だと思ってますのに。では、僕がロックの素晴らしさを広めます! 具体的には、このノートを皆様にお見せすることで!」

〈別に見せてもいいけどよ。はぁ、まったく〉

 

 悪くないと思っている自分がいた。

 

 それでね、まぁ。

 我ながらチョロいとは思うんですけどね。

 褒められているうちに、思ったわけですよ。

 

(こんな良い子を嫌いとかいう奴正気か? そんな奴ぶん殴ってやるよ。俺だわ)

 

 嫌いになれねぇわコイツ、って。

 

 マジでチョロいと思う。

 醜い嫉妬を向けていた相手に対して、親愛の情を向け始めているのだから。

 俺のような道を歩ませたくない。俺が守らねばならぬ、ってな。

 

 でもさ~、本当に良い子なのよシャロ。

 メッチャ懐いてくれる親戚の子供みたいな。こう、可愛がりスキルを発動するような子。

 気づけば俺も虜になっていたよ。

 

「ロックの理論は本当に凄いですね。先生方の教えよりもずっと有益です」

〈うん。本当にそれ、家庭教師の前で言うんじゃねぇぞ。絶対に泣くから。大の大人が泣くから〉

「え? でも、ロックの教えの方が有益なのは事実ですし……」

 

 たまに畜生発言残すけど。

 まさかとは思うけど、岳さんの要素を追加してんじゃないだろうな? コレ。

 確かにあの人、たまにじゃないレベルで畜生発言残してたけど。

 

 だからってシャロにまで畜生要素を足すんじゃないよ。

 ラモーヌさんの要素まで出てんだから、もうお腹いっぱいだよ。

 

 

 いろいろとあるが、シャロに対する思いは複雑だ。

 同情から始まって、嫉妬を向けたと思えば、親愛の情が湧く相手。

 好き寄りではあるんだが、苦手なところもある。

 俺とは違う境遇に思うところがある……なんとも言えないウマ娘。

 

 だから正直、早く楽になりたかった。

 トレーナーがつけば、トゥインクル・シリーズを走れる。

 俺の期限はシニア級の1年目まで。

 そこまで経てば、俺はシャロの体から消えてなくなる。

 

 あの女神が決めた契約、約束事だ。

 間違いなく、俺は消える。どうなったとしてもな。

 

 だから、そこまでの我慢。

 そしたら解放される。シャロとお別れだ。

 来世がどうなるかは分からないが、少なくとも。

 

(いろいろありすぎて、疲れた。ウマ娘の世界も少しは堪能できたし、推しにも会えたし。もういいやと思ってる自分がいる)

 

 これでやっと楽になれる。

 

 

 だけど、まだ休めない。休むわけにはいかない。

 

 何故なら。

 

「これがロックのレース理論……確かに、凄いね」

「そうでしょう? トレーナーさんも分かりますよね、ロックの素晴らしさが!」

〈お前ら2人してなにしてんねん。製作者の前で楽しそうに読むな、恥ずかしい〉

 

 まだやるべきことが、残っているのだから。

 

 

 

◇

 

 

 

 トレセン学園某所、というかトレーナー室。

 シャロは無事にスカウトされ、トゥインクル・シリーズの出走資格を得た。

 

 今日は顔合わせ初日。

 トレーニング、というよりは懇親会みたいなものを開いていた。

 

 の、だが。

 

〈なんでよりによってやることが、俺のレース理論のノートを見せることなんだよ。もっと他にやるべきことがあるだろ〉

「え? だって……仲良くなるためにはこれが一番だと思いましたので」

〈嘘だろお前。てか、トレーナーもトレーナーでなに食い入るように見てんだ。おかしいだろ、ツッコめよ〉

 

 なぜかやっていることは、俺が書き記したノートを一緒に見る、というもの。

 そんなのいつでもできるだろ。仲良くなるためにすること違うだろ。

 

 百歩譲ってシャロはいいとしよう。

 トレーナーはおかしいと思わねぇのかお前。他にするべきことあるだろ。

 

 とはいっても、今の俺の声はトレーナーに聞こえない。

 どうすることもできないんだな、これが。

 俺は眺めるだけである。

 

「いや、本当に凄いよコレ。理想論ではあるけれど、これが実際にできるんだったら、それこそ無敵の走りだ」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう! やはり、トレーナーさんは分かってくださりますか。ロックの素晴らしさが!」

「あの時会ったあの子が、か。是非とも教えてもらいたいなぁ、彼女の理論」

 

 ……褒めすぎだろ。嬉しいけど。

 

 なんて始まりだったシャロとトレーナー。

 なんでだよ、と思ったが、2人からしたら意義はあったようで。

 

「僕の目標をよく知ってもらうためには、このノートを見せるのが一番だと思いました。ロックが作り出した完璧な理論……この理論を体現することが、僕の目標の1つです」

「トゥインクル・シリーズを走る上で、目標は大事だ。何を目的にして走るのか、明確にしておいた方がいい」

 

 どうやら目標を決めるため、らしい。

 だったら最初からそれ言えよ。なんで初手でノートを見せるところから始めたんだよ、シャロ。

 

 にしても、それが目標か。

 どうあっても、俺のレーススタイルに近づきたいらしい。

 

(……ま、その果てでシャロ自身のスタイルを身につけりゃそれでいいか)

「ロックは止めておいた方がいい、と言いますが。それでも、僕にとっての理想はロックのレースなのです。レースを支配する様はまさしく芸術。人々の心に残るものですから」

「どんなレースになるんだろうか。見てみたいよね」

「でしたら! じいやたちに頼んで映像を持ってきてもらいましょう! ラモーヌさん達相手に実践したものが、メジロ家には保管されておりますから!」

 

 あんまり否定しすぎるのもよくない。

 意固地になって、突っ走りかねない雰囲気がある。

 程々が良い、か。

 

 で、シャロの目標だが。

 これだけではない。もう1つある。

 大事なことが。

 

「もう一つの目標として、メジロの栄華を取り戻すことを目標にしたいと思っております」

「メジロの、栄華? それはやっぱり、最近のメジロのことが関係しているの?」

 

 メジロの栄華を取り戻す。そう宣言した。

 

 おそらくだが、こっちが本来の目標。

 何故なら、俺が辿った道そのものだから。

 

「最近では、ベイリーさんが朝日杯を制しましたが……現実として、メジロのウマ娘がG1で好走することが少なっております。とりわけ、天皇賞を始めとした大レースで」

「メジロブライトが春の天皇賞を制したけれど」

「それでも、かつての栄華からは程遠く。僕が目標とするのは、マックイーンさん達が走っていた時代。あの時代のメジロを、僕は取り戻したいのです」

 

 メジロの現状は、トゥインクル・シリーズの成績が不振気味。少しずつ落ち始めている。

 それを何とかしたい、と考えているのが今のシャロ。

 自分が先陣を切って、道を切り開く。かつての盛り上がりを取り戻す。

 後進達の先駆けになることを、目標にしている。

 

(ぶっちゃけ、俺自身は先駆けだったんだろうけど。後の時代がどうなったかは知らんからなぁ)

 

 あの活躍だったんだ。

 時代の先駆けになったことは、容易に想像ができる。後に続いたかどうかは分からないだけで。

 俺の知らないメジロのウマ娘がたくさんいたし、なんとなく予想はできるけどさ。

 

 ちなみにだが、こっちの世界のメジロは、別に没落なんてことにはなってない。

 あくまで成績不振。前の世界程深刻、ってわけじゃないのは救いか。

 

 とはいえ、シャロの目標は立派だ。

 こっちの目標なら、俺は両手を上げて応援する。

 だって見たいし、メジロ帝国。メジロが天下を取る姿を見たいんだよ俺は。

 

「メジロの隆盛、か。分かった。ならやっぱり、どんな人でも凄いと分かる目標を立てようか」

「はい、それがよろしいかと思われます。まずは、ジュニア級の頂点に立つことを目標にしましょう」

 

 そこから、シャロ達は大体の目標を立て始めた。

 ジュニア級は朝日杯を大目標に。

 クラシック三冠に春シニア、秋シニアの三冠。

 場合によっては海外遠征も視野に。

 ある程度の目標を決めて、今後のプランを練る。

 

「基本はこうなる、かな? 時代の先駆けになるにはやっぱり、クラシック三冠の内どれかは欲しいところ。特に、日本ダービーは絶対に欲しい」

「僕もそう思います。特に、これまでメジロのウマ娘はダービーを取ったことがありません。おばあ様がかける思いも、人一倍です」

 

 その中で重要度の高いものをピックアップ。

 目標に合わせた道筋を。

 時代の先駆けとなるためには、何が必要かを決めていく。

 

 ある程度の目標を決めた後。

 

「……うん、大体こんな感じかな? シャーロックの目標は」

「当面は朝日杯。ジュニア級王者の後は、クラシック三冠を目標に。ジャパンカップと有馬記念、どちらかにも出走。そして、無論」

「全部勝つ。その気概で挑む」

 

 決意表明。

 目標に決めたレースは全部勝つと、2人で宣誓した。

 

 いいねいいね。ここから始まる感満載だわ。

 

(俺と同じ道を辿るかもしれない。だが、辿らない可能性も当然ある)

 

 例を挙げるなら海外遠征。

 こっちだとしない可能性も大いにあるからな。シナリオの都合でやらないことが多いし。

 

 果たしてどんな道になるのか。

 ちょっとだけワクワクしている自分がいた。

 

 

 

◇

 

 

 

 ……それはそれとして。

 

「ロックは教えてくれないの? どうして理論通りのレースをしたらダメなのか、とか」

「はい! ロックはダメというばかりで、どうしてやってはいけないのかをいつも教えてくれません!」

 

 これは何だろうな、本当に。

 

「というよりも、ロックはいつもそうです! 肝心なことは教えてくれません。自分で考えた方がいい、お前の道を進んだ方がいいばかりで、その理由を教えてくれないのです!」

「う~ん。それはやっぱり、シャロがあまり頼りすぎないように、っていうロックの優しさじゃないかな? 多分だけど」

「だとしても! 教えてくれてもいいと思うのです!」

 

 プンプン怒っているシャロ。

 怖い、よりも可愛いが出てくる。猫の威嚇とか、そんな感じがするわ、相変わらず。

 

 トレーナーも苦笑い。

 

「まぁでも、ロックはあまり本音を話したがらない子、なのかな? 聞いている限り」

「はい! ロックは全然本音を話してくれません! オコです、オコオコです!」

 

 そんな一幕もあった。




いろいろと思うところはあるロック。ただ、今は目標に向かって。
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