トレーナーさんがついてから数週間の時が経ちました。
特にこれといって、日常に変化が起きたわけではなく。
「シャロさん、おはよう。今日もめろ、げふんげふん。今日も元気そうね」
「あ、おはようございます、アルヴさん。アルヴさんも、お元気そうで何よりです」
「スゥー、今日の課題、しっかりやってきたかしら? もっとも、シャロさんのことだからやってきてるでしょうけど……誰かさんと違って」
「な、なんだよ!? こっちを見るなよ~! 俺とシャーロックサンと比べんなって!」
「ま、まぁまぁ。アルヴさんにも、他意があるわけではありませんので……ところで、ルーラーさんは課題、やってきましたか?」
放課後、トレーナーさんのところに行くようになったぐらいで。
いつも通りの毎日を過ごしています。
変わらない日常こそがいい、のかもしれませんね。
「……やってない。お、お願い、シャーロックサン! 課題を見せてくれ~!」
「ハァ。ダメよ、シャロさん。どうせ、ボードゲームに熱中しすぎて忘れたとか、そんなオチよ。責任はルーラーさんにあるんだから、手助けをするべきではないわ」
「な、なんだよ、そんな分かってるみたいな口ぶりしやがって! 実際その通りだけどさぁ!」
「その通りなんですね、ルーラーさん。見せることは出来ませんが、時間の許す限り教えてあげますから。頑張りましょう? ルーラーさん」
今もそんな日を、僕は謳歌しています。
課題を忘れたルーラーさん、ルーラーシップさんに、課題を教えてあげようとしているところ。
アルヴさんは呆れた目を、ルーラーさんは救世主を見るかのような目で僕を見ています。
甘やかさないで、みたいな意図を感じますが、放っておくことは出来ません。
困っているなら、助けないと。
「しゃ、シャーロックサ~ン! ふっ、やっぱりシャーロックサンは神だな。どこぞの誰かさんとは違って」
「……そもそも、忘れる方が悪いんじゃない。シャロさんの優しさに甘えないで」
「まぁアルヴさん、いいじゃないですか。よく言いますよね? ダメな子ほど可愛いって」
「ぶふっ!」
「えっ? さらっと俺、ダメな子扱いされた?」
あれ? 救世主みたいな目をしていたのに、一瞬で信じられないものを見る目に変わった?
どうしてでしょうか? 何故だか分かりません。
〈そりゃ、ルーラーシップからしたら、いきなりダメな子扱いされたんだ。普通に傷つくだろ〉
「え? でも、課題をやってきていないダメな子なのは事実ですし」
ロックも呆れ顔。どうして分かってないのか、そんなお顔です。
僕からしたら、ロックの言ってることの方が分からないのですが。
「……帰ってふて寝してやる~!」
「ダメです。ちゃんと授業を受けていってください」
〈すげぇな。逃げようとしたルーラーシップの首根っこを即座に掴んだぞ〉
分かりませんが、逃げようとするルーラーさんを捕まえて。
席に座らせて、準備を整えます。
「ほら、やりますよルーラーさん。課題はそれほど多くはありません、しっかりと教えてあげますから」
「くそぉ……くそぉ……」
「しっかりやらないからこうなるのよ。反省することね」
この後無事、ルーラーさんは課題を終えました。
どことなく泣きそうになっていたのは、気のせいでしょうか?
いろいろと交流は増えてきておりますが、隣の席ということもあってか、アルヴさんとの関りが特に多いですね。
その繋がりで、アルヴさんに対抗心? を燃やしている? ルーラーさんとも交流が増え。
「シャーロックサン。朝のお礼として、今日は俺が奢ろうじゃないか。ついでに、ボドゲでもどうかな?」
「まぁ! それはいいですね。特に、ルーラーさんとの対戦成績は五分ですから。今日こそは、勝ち越してみせますよ!」
「フッ。そう来なくっちゃ……で、シャーロックサンが来るならお前も来るだろ? アルヴ」
「は? バカ言わないでくれる? シャロさんがいるからって、私が必ず来るみたいな言い方。まぁ? シャロさんがいるなら仕方なくよ、仕方なく」
「変に言い訳を重ねるなよ、めんどくさいな」
こうして、度々お食事を一緒にする仲です。
空き時間には、ルーラーさんがご用意したボードゲームを遊ぶ間柄。
対戦成績は五分五分。ルーラーさんの腕前は、素晴らしいものです。
この2人とお食事、というわけではなく。
「クルーメイトを希望」
「あ、あの、私も、是非ご一緒出来たら、なんて」
「なんというか、シャーロックサンといると、パーティメンバーが入れ食い状態だな。選り取り見取りだ」
途中でユニヴァースさんやスティルさんと合流。
結構な大所帯で食べることが多い。
僕としては、賑やかなのは大歓迎。
「構いませんよ。皆様で一緒に、お食事といきましょうか」
〈……改めて、とんでもねぇメンツだわ。アプリをやっていた身としては、感無量だろこの光景〉
楽しく、一緒にできたら。
それほど嬉しいことはありません。
孤独は、耐え難いものですから。
「さぁて、シャーロックサン。いつも通り、リバーシで勝負をしようじゃないか。もっとも、リバーシだけじゃない……チェスも並行して、だ」
「勿論、構いませんよ。さて、今日は勝ち越してみせましょうか」
「……相変わらず、この2人の勝負は異次元ね。違うゲームを並行してやるなんて」
「“驚く”だよ。でも、同時に“STDY”に活かすべきと、ネオユニヴァースは思うよ」
楽しい時間は、皆様で共有しないと。
◇
学園の授業が終わった放課後。
ここから、今までとは変わった時間を過ごしています。
向かう先は練習場なのは変わりません。
変わっているのは──一人ではない、ということ。
「あ、来たね、シャーロック」
「定刻通り、来ました、トレーナーさん。本日のメニューはどのように?」
「今日は坂路でみっちりと鍛えようか。坂路を3本、しっかりとやり切ろう」
トレーナーさん。
選抜レースを走り終えた僕に、一番最初にスカウトの声をかけてくれた人。
最初の出会いから、僕の走りに惚れたと言って。選抜レースでも変わらない思いを抱いていた、ちょっと面白い人です。
「分かりました。では、ウォーミングアップを済ませた後、坂路の方へと移ります。その後のメニューは?」
「いや、ひとまずは坂路のことに集中してほしい。後のメニューは追って伝えるよ」
「では、そのように。準備を進めますね」
どうも新人さんらしいですが、あまり関係はありませんね。
僕の走りに惚れたと言ってくれた、唯一の人ですから。
(目標を語るのではなく、一緒に考えてくれる方。ふふ、無意識かもしれませんが、好感が持てますよ)
だからかもしれません。
僕は悩むことなく、彼の手を取ったのですから。
ロックも、特に反対することはなく。
「そもそも俺は、お前が決めたトレーナーなら反対する気はねぇ。よっぽどアレな奴じゃねぇ限りな」
……と。前々から言っていた通りのことを、実行しました。
始まる僕らの二人三脚。いえ、ロックもいるから、三人四脚ですね。
3人で、トゥインクル・シリーズへと挑みます。
さて、そんなトレーナーさんですが。
「……相変わらず、俺から教えられることがほとんどないね。フォームのブレもないし、タイムも文句なし。非の打ち所がないよ」
「ありがとうございます。トレーニングは欠かさず続けておりましたので」
どことなく、自信を喪失しているような?
改善点がほとんどないのは良いことのはずですが……何故でしょうか?
「どう思いますか? ロック。どうしてトレーナーさんは、少し落ち込んでいるように見えるのでしょう?」
〈……二人三脚で頑張るところを、お前ひとりの力でどうにか出来ちまってるからだろ。教えられるところないんだから、トレーナーとして立つ瀬がないんだよ〉
「えっと、改善がないのは良いことでは? テストも、満点を取れば嬉しいですし」
〈それはあくまで、一人ならの話だ。テストは一人だが、俺達がやっていることは二人。協力プレイなのに、全部一人でやっても面白くねぇだろ〉
分かったような、分からないような。
とはいえ、僕が悪いかもしれませんし。
謝った方がよろしい、のでしょうか?
なんて、考えていると。
「でも、うん。そんな君だからこそ、むしろ俺の方が学ばせてもらう気概でいくよ!」
「は、はぁ。それでよろしいのですか?」
「うん。恥ずかしい話だけど、俺が至らないのは確かだ。何もかも足りないし、君に見合ってないと思われても仕方ない」
トレーナーさんは、急にそんなことを言い出しました。
至らない……別に、そんなことはないと思いますけど。
「だけど、俺も頑張るよ。君に見合うだけのトレーナーになってみせる。君を支えられるトレーナーになるためにね」
でも、そのお気持ちはとても嬉しいです。
僕の目標に、一緒に付き合ってくれるという宣言ですから。
「ふふ、頼りにさせてもらいますね? トレーナーさん」
「あぁ。バンバン頼ってくれ! まだ頼りないけどね」
〈あ~いい、良いよこれ。良い感じの熱血だよ。これこれ、こういうので良いんだよ。ウマウマもいいが、トレウマもイケる口だぜ俺は〉
ロックは変なこと言ってますが、隅に置いておきましょう。
こういう時のロック、絶対になにか教えてくれませんので。オコオコです。
それにしても、トレーナーさんの考えてくれたメニューですが。
(素晴らしいものですね。ロックが早くトレーナーを見つけた方がいい、と口を酸っぱくしていたのが、よく分かります)
ロックはよく、自分は聞きかじりの知識でしかメニューを組めないと言ってました。
だから、本職には劣る。上辺だけの知識だからと。
本当に強くなるのであれば、早めにトレーナーがいた方がいい。
それが、ロックの考えでした。
実際、ロックの言った通りです。
トレーナーの考えたメニューは僕用に作られていて、なおかつ効率的に組まれている。
(やはり本職、ということでしょう。素晴らしいものです)
トレーナーさんは、自分のことを至らないと結論付けている。
そんなことはありません。トレーナーさんの腕は素晴らしいもの、賞賛されて然るべき仕事。
「トレーナーさんのメニューは、素晴らしいですね。最高効率のメニューを組めています」
「そ、そうかな? 自分だとあんまりそんな気がしないけど」
「ご謙遜を。とてもよく練られたメニューですよ。少なくとも、僕には考えつかないようなことばかりですから」
褒められるべきことは褒める。
これが大事なことです。褒められて嬉しくない人など、いませんから。
トレーナーさんは、照れくさそうにしています。
頬を赤くして、本当に嬉しそう。
喜んでいることが伝わってきます。
「そう言ってもらえたら、嬉しいよ。頑張って作った甲斐があった」
「はい。頑張りましたね、トレーナーさん」
「は、はは。どっちが年上か、分からなくなっちゃうな、コレ」
「? 僕の方が年下ですよ?」
「いや、うん。なんでもないよ」
えっと、何故僕は年上と誤認されたのでしょうか?
褒めただけなのに……アレ?
〈気にすんな。お前は間違って……間違って……概ね間違ってないからな〉
「いえ、ロック。その言葉は気になるのですが? どういう意味ですか!」
結局、何だったのでしょうか。このやり取りは。
不完全燃焼です。
◇
あ、トレーナーさんと言えば。
「そうだ、シャロ」
「どうされましたか?」
帰り際、トレーナーさんが僕のことをシャロと呼ぶ。
となれば、後の言葉は決まっています。
「また今度、ロックと話しをさせてもらっていいかな? 彼女の話は実りがあるから、いろいろと聞いておきたいんだ」
ロックとの対話。トレーナーさんの望みです。
勿論、断る気は一切ありません!
「分かりました。では後日、日程をお願いします。空けておきますので」
「助かるよ。彼女のレース談義、素晴らしいからね。トレーナー顔負けだ」
「そうでしょうそうでしょう! ロックは素晴らしいですから!」
ロックの素晴らしさが伝わっているのです。
嬉しくないはずがありません。
ロックの良さが伝わっているのですから、僕も嬉しい。
理解者になってくれて、嬉しい限りです。
ルラちは可愛いねぇ。