メジロシャーロックのトレーナーになってから、それなりの月日が流れた。
改めて思い知らされる。彼女の凄さを。
「メジロの寵児、ってのは伊達じゃなかった。そう思わされる毎日だよ」
「ま~そりゃあな。あんだけのスカウトがいたんだ。分かってたことだろ?」
「改めて、ってことだよ。あの子は本当に凄い」
数少ない、今も仲良くしてくれる同僚とご飯を食べながら。
これまでのことを振り返るつもりで。
メジロシャーロックがいかに凄いかを。
「シャーロックはさ、どんなことでも完璧にこなすんだ。俺が介入する余地がほとんどない。メニューの組み立て以外は、ほとんど彼女がやっている」
「っと、いうと?」
「レースの作戦立案とか。むしろ、俺の方が彼女に教えてもらっているよ」
全ての分野において完璧、隙がない天才ウマ娘。
メイクデビューはまだ開催されていないが、今走ったとしても勝てる。
そう確信できるほどに、完成度が段違いだ。
「メジロ家に保管されている映像を見せてもらったんだけど、アレは凄いよ。同世代のウマ娘なんて敵にもなってなかった」
シャロが見せてくれた、ロックのレース。
一部厳選したらしいけど、見事としか言いようがない。
まさしく、芸術と呼ぶに相応しいレースだった。
「へ~。どんなもんだったんだ?」
「まず、ペースが乱れないんだ。前を走って、競りかけられているのに、全くペースが変わらない。いや、それだけじゃないな……むしろ、ペースを乱してる」
「ペースを乱してる? それ、普通に不利になるんじゃ」
「普通なら、ね。でも、彼女は普通じゃない」
焦る周りを支配し、思うがままにペースを操る。
ハイペースを刻んだと思えば、スローを刻み。
スローに慣れさせたと思えば、急にハイペースへと切り替える。
「彼女、ハロンごとにペースを変えられるんだ。スローとハイ、交互に切り替えて走れる」
そう口にすると、同僚は驚いた顔で席を立ち上がった。
「はぁ!? うっそだろお前! いくらなんでもそりゃねぇよ!」
「落ち着いてくれ。周りが見てる」
「お、おぉ、わりぃ。いや、つってもお前、いくらなんでもそれはねぇだろ? どんだけ難しいと思ってんだ?」
まぁ、そんな反応になる。俺だって同じ反応をした。
普通ならありえないこと。とんでもない高等技術だ。
シニア級のウマ娘でもできるかどうか。それこそ、皇帝と呼ばれるシンボリルドルフぐらいならあるいは、レベルの技術である。
いくら天才とはいえ、デビュー前の子にできるとは到底思えない。
でも、現実なんだ。
ビデオに改竄された後なんてなかったし、そもそもする意味がない。
シャロが見せてくれたあのレース……ロックの方か。ロックが走っていた、って聞いてるし。
少なくとも彼女は、自在にペースを変えることができる。
それもただ変えるだけじゃない。相手に取って嫌なペースを刻んで、逃げることができるウマ娘だ。
「確かに難しい。普通は無理だ」
「だろ? いくらなんでも、信じられ」
「でも、事実だ。事実としてメジロシャーロックは、レース中にペースを自在に変えることができる」
「……なんつーか、逃した魚がでけぇって思い知らされてるわ」
表情が引き攣っている同僚。ひくひくしている。
気持ちは、とてもよく分かる。俺も、おんなじ顔をしていたから。シャーロック相手に。
「はぁ~、やっぱすげぇんだな、メジロシャーロックは。それでいて、自分でなんでもできるんだろ?」
「うん、なんでもできる。トレーナーなのに、俺の方が学ばせてもらってるよ」
恥ずかしい話だ、本当に。
新人なんて言い訳にならない。現時点のレース知識は、俺はシャーロックに劣っているだろう。
でも、今だけの話だ。
いつかは彼女に並び立つ。信頼するに足る、負けない知識量を得る。
そのために、勉強を続けているのだから。
「頑張るよ。シャーロックに相応しいトレーナーになれるように」
「トレーナーになったらなったで、大変なんだな。ま、頑張れよ。陰ながら応援しているぜ……いろいろと」
決意を新たにした、までは良いんだけど。
同僚は浮かない顔、というよりは、こっちを心配している。
その気持ちは、嫌というほど分かる。
というか、現在進行形で分からされている。
この場にいるのが俺と同僚だけで、俺達の周りには誰も座ってないことから。
ついでに、遠巻きから白い目で見られているのも加えて。
「相変わらずお前、嫌われてんな。シャーロックをスカウトしてから、ずっとだろ?」
「……正直、まぁ。気持ちは分からないでもない、というか」
「ま~お前の場合な。スカウト前のやらかしも加味して、余計にってとこもあるんだろうよ」
「全部俺が悪いから、この状況も受け入れるしかないよ。とやかく言えないんだ、本当」
……うん。結構辛い。
シャーロックをスカウトした後からか。
他のトレーナー陣から煙たがられているというか。
軽い嫉妬のようなもの? を受けている。
「お前に嫉妬しているだけだよ。新人ながら、あのメジロシャーロックを射止めたトレーナー、ってな」
「人気と彼女の実力を考えたら、分かるというか。それに、俺が前にやらかしたトレーナーだから、ってのもあるし」
「ま~アレがあったから、なんて与太話もあるな。事実無根だけど」
経緯はどうあれ、あの一件でインパクトを残していたのは事実。
影響があったかは、シャーロックにしか分からないけど。有象無象よりは意識されたことは確実なんだ。
だから仕方ないこととして、受け入れるしかない。
それに、嫉妬の中にはごもっともな意見もある。
「新人が導けるはずがない、荷が重すぎる……実際、その通りだ。俺はまだ、シャーロックの力におんぶにだっこだから」
「あんま気にするなよ? 経験がないんだから、仕方ないさ」
「いや、仕方ないで済ませちゃダメなんだ。彼女をスカウトしたからには、俺は彼女を導く義務がある」
「重く考えすぎだろお前。気持ちは分かるし、言いたいことも分かるけど」
新人という立場に胡坐をかかずに、頑張っていかないと。
すでに俺は、人生最大の幸運を掴み取った。
この運を生かすも殺すも、これからの俺次第。
絶対に、生かさないと。
「よし! また後で論文を読もう! 俺はもう行くよ。それじゃ!」
ご飯を食べ終えて、すぐさま席を立つ。
時間は一分一秒も無駄にできない。
即断即決。急いでやらないと!
「え、あ、おい! ……行っちまった。無理だけはすんなよー!」
背後から聞こえる同僚の声。
俺はカフェテリアを飛び出し、自分のトレーナー室へと急ぐ。
着いて、すぐにPCの電源を入れ。
「まずは、自分の目的に沿ったものから漁ろう。俺ができることは……トレーニングの改善、か。なら、効果的なトレーニングの論文を」
放課後までの時間が許す間。
自己研鑽の時間にあて続けた。
◇
あれから、学園の授業を終えたシャーロックと合流し。
論文を読むのは中断。トレーニングへと移る。
「これは……海外の論文ですね? 僕も読んだことがあります」
「うん。なにかの役に立つかなと思って、って、シャロも読んだことあるの?」
「はい。それこそ、トレーナーさんと同じように、何かの役に立つかと思いまして」
なんか、また彼女の凄さを分からされたような気がするけど。
でも、彼女と一緒に過ごすことで見えてくるものもある。
完璧さの裏側。おそらく誰も知らないであろう、シャーロックの姿について。
まず、彼女は自分一人で抱え込む質だ。
なんでもできる弊害、みたいなものだろう。あまり人を頼ることをしない。
「シャロ、俺の方でも荷物を持つから、なにも一人で持っていかなくても」
「大丈夫ですよ、トレーナーさん。この程度の荷物、僕一人でも持っていけますので」
「いや、前が見づらそうだし。転ぶかもしれないから、俺が半分持つよ」
「……分かりました。ぶぅ」
「膨れっ面で睨まなくても」
些細なことでもそうだ。
なんでも自分でやりたがる、というか。
とにかく人を頼ろうとしない。これがシャロの欠点とも言える部分の1つ。
そして、シャロはとにかく頑張りすぎてしまう。
「シャロ、また勝手に自主トレしてたね? 自主トレする時は申告してって、前に言ったよね?」
「はぁ。ですが、物足りなさを感じたので。それに、これといって疲労を感じません。では、問題はないと思われますが」
「物足りなさ、か。それは俺の見通しが甘かったせいだ、ごめん。だけど、出来れば申告してほしいんだ。俺の方でも調整できるから」
勝手に自主トレをしたり、負荷を増やしたり。
強くなるためとはいえ、ストイックすぎるというか。
休憩しているところを見たことがない。オフの日でも、自主トレをしていることが多い。
「……ぶぅ」
「ほら、可愛くぶー垂れてないで、トレーニングするよ」
いくらなんでも、使命感が強すぎる。
目標のためなら妥協を許さないというか、気を抜くことを知らないというか。
休みたがらないんだ、とにかく。動き続けることしかできない。
無茶をし過ぎて、倒れでもしたら大変だ。
「そうだ! 今度の休みは、仲の良い友達と一緒に遊んできなよ。ほら、アドマイヤグルーヴとかを誘ってさ」
「自主トレの方が有意義だと思いますが。メイクデビューもあるわけですし」
「そう言わずに。休むのもトレーニングの内! しっかり身体を休めて、本番までに体調を整えないと!」
だから、しっかりと目を光らせておく必要がある。
シャーロックが無理をしないように、こっちの方で調整しておかないと。
ただ、この2つはまだマシかもしれない。
場合によっては一番ヤバい欠点が、シャロには残っている。
「ロックはどう思われますか? 自主トレの方が大事ですよね? ……ロックも休めと言うんですか? まぁ、ロックが言うなら。ぶぅ」
これだ。ロックを頼りすぎる、というもの。
シャロにとって、ロックはよほど大きい存在みたいだ。
大抵の選択にロックを絡めるし、ロックの意見を尊重する。
信頼している、と言えば聞こえはいいけど。
(依存している、とも取れる。ロックの選択することに)
現に今も、自主トレを咎められてもロックの意見を聞いた。
もしロックが休むな、と言ったら、彼女は迷わず自主トレする道を選んだだろう。
俺の意見よりも、なによりも優先して、だ。
仕方ない。重ねた年月が違いすぎる。
(子供の頃から距離の近かった相手。信頼の差は天と地だ)
比べるまでもないこと。
俺の方が優先度が低いのは、当たり前の話。
まずは、信頼を積み上げるのが一番、か。
(シャロから信頼を勝ち取らないといけない。頼っても大丈夫だと思われるようにならないと)
「そうだ、シャロ。新しくトレーニング表を更新したから、チェックしてくれるかな? 君好みに調整できたと思うんだけど」
「拝見します……成程。スタミナではなく、パワーを重点的に。その意図はなんでしょうか?」
「今の君はパワー不足が目立つ。具体的には」
コツコツと地道に。
いつ頼られてもいいように頑張る。
それが、一番の近道だ。
「分かりました。では、そのようにいたしましょう。量もしっかりと増やしてある……ふふ、ありがとうございます」
「今急遽増やしたものだからね。負荷が足りないみたいだから」
「だから、ありがとうございます。僕のワガママを聞いてくださって」
レースに勝つのは大前提として、だ。
彼女に相応しいトレーナーになる。
彼女からの信頼を勝ち取る。
道は違えど、最後の目標地点は同じ。
努力を重ねていこう。
◇
……ただ、正直な話。
より深刻なのは、ロックの方だ。
(暇を見つけては、レース談義をしたり。何度か話す機会はあった。でも、彼女は自分のことを何も語ろうとしない)
何度か接してきたけれど、ロックは本当に何も分からないんだ。
自分のことを話さないし、聞いてもはぐらかされる。
シャロ以上に深刻なのが、ロックの問題だ。
そもそも、どうしてロックのことが知りたいのか?
理由は……バイオリンを演奏している時に感じる、悲しさだ。
(あれから何度か、ロックのバイオリンを聞く機会はあった)
素晴らしい演奏だ。プロ顔負けの技術に、思わず感動の涙を流すほど。
だけど、演奏から感じるのは──悲しみ。
痛々しさが隠し切れていない、何かを抱え込んでいるのが分かる姿。
気にならないはずがない。そもそも、ロックがどういう存在なのかも謎なのに。
(シャロは守護霊で納得しているみたいだけど、違う気がする。ロックは、ただの守護霊じゃない)
極めつけが、彼女が独自に開発したというレース理論。
普通の守護霊に、そんなものが開発できるだろうか?
俺は無理だと考えている。守護霊のやることではないのだから。
確実に、隠している何かがあるはずだ。
ロックの抱えている秘密。
それが、バイオリン演奏から感じる悲しさに直結している。
俺は、そう睨んでいる。
もっとも、今教えられることはないだろう。
理由は単純。信頼がないから。
じゃあどうするべきか?
(こっちも、やることは単純だ。とにかく、ロックから信頼を勝ち取らないと始まらない。話はそれからだ)
話してもいいと思われるほどに、俺がロックから信頼されればいい。
背中を預けられるような、弱みを見せあえるような関係になる。
秘密を知るには、そんな関係にならないと。
「よし、頑張るぞ!」
「気合いが入っていますね、トレーナーさん。共に頑張りましょう!」
「あぁ。俺も、シャロに負けていられないからね!」
シャロとロック。
2人からの信頼を得よう。
俺なりのやり方で。
トレーナー目標 シャロとロックから信頼を得る