なんだかんだで、シャロのメイクデビューの日がきた。
にしても懐かしいな、メイクデビュー。俺の場合だと新馬戦か。
(頭真っ白になって逃げて、最終的に20バ身ぐらいつけたんだっけか?)
レース中のことは覚えてないが、レース後のことはよく覚えている。
俺が踏み出した最初の一歩。
メジロ家復活のために、がむしゃらに走っていたあの頃。
なにもかもが懐かしいもんだ。
観客の歓声も覚えている。
頑張れ、とか。これからも期待している、とか。
それはもういろんな声を貰ったもんだ。
新馬戦だから、俺を応援しているファンはまだまだ少なかったけどな。それでも嬉しかったよ。
今のシャロも同じだ。
いくら注目株とはいえ、ファンは少ない。阪神レース場の人も、そこまでいないはず。
いいんだ。最初はそんなもん。徐々に増えてくるってな。
あんまり人はいないだろう。そう思ってたよ……当日までは。
「聞いたか? 今日のメイクデビューに、メジロシャーロックが出走するらしいぞ」
「トレセン学園の選抜レースを大差勝ちしたらしい。これは、ついにスターが出てきたのかもしれんな」
「メジロラモーヌを思い出すよね~。どんな子なんだろう?」
現実は、かなりの客入りなんだけどな。
なんだこれ。いつものメイクデビューの倍以上はいるんだが。
なんなら重賞レベルの客入りだぞ。なにがあってこうなったんだよ。
「人多いな~。やっぱり、アレが影響してるのか?」
「だろうよ。なんせあのオグリキャップが注目してる子だぜ? しかも、本人も現地にいるかもしれないんだろ?」
「オグリに会えるかもしれない、ってなったら、来るしかないよな!」
はい、もう察したよねこれで。誰が原因か、よく分かったわ。
メイクデビューの数日前。
とあるテレビの特番にて、オグリキャップがゲスト出演をしていた。
それ自体は別におかしいことじゃない。
一世を風靡したアイドルウマ娘。タレントとしても有名だから、いろんなテレビに引っ張りだこなお人だし。
忙しいのだって、テレビやモデルが理由だ。オグリさんは本当に、アイドルウマ娘なのだから。
問題は、その特番内での発言だ。
「もうすぐ始まるメイクデビュー。新たなスターの原石が出てくるかもしれないですね、オグリキャップさん」
なんて、テレビの人が発言すると。
「そのことだが、ちょっといいだろうか?」
「はい。どうされましたか? オグリキャップさん。もしかして、気になる子がいたり?」
「あぁ。個人的にとても注目している子が、阪神レース場のメイクデビューを走るんだ」
食い気味に、身を乗り出したオグリさんが。
「シャロはな、凄いんだ! あ、シャロというのは、メジロシャーロックって子でな。この子が凄いんだ!」
「は、はぁ。具体的にはどう」
「可愛くて強いんだ! どんなことでもテキパキとやるし、私が教えたことをすぐに実践できる! 走りのフォームも私そっくりで、凄く力強いぞ!」
意気揚々と、興奮気味にシャロのことを語り始めた。
最初は微笑ましいな~、なんて考えていただろう司会の人。
身を乗り出して絶賛するオグリさんを前にして、ちょっと引いていた。
「シャロはな、凄いんだ!凄く強くて、可愛くて、後、強いんだ!」
「みんなもきっと応援したくなると思う。シャロは凄い子だから」
「私も現地に応援に行く予定なんだ。最近会えてないから、楽しみにしている」
ついでのように聞かされる爆弾発言。
隣にいたトレーナーの、え俺聞いてねぇんだけど? みたいな表情がちょっとツボる。
オグリさんはその後もシャロを褒め倒し。
視界の人が無理やり切り上げたら、不服そうに頬を膨らませ。
最終的に話題をぶった切って、その番組は終わった。
これが数日前の出来事である。
こんなことあったんだ。そりゃ注目されるよな。
しかも出てくるわ出てくるわ、シャロに関する情報。
今までのモノが全部ネットに放出され、結果としてこれほどの盛況を生み出した。
うん、俺の新馬戦とか比にならないくらい集まってんな。
多すぎるだろいくらなんでも。
トレーナーも、この状況に苦笑いしてんぞ。
「す、凄い人だ。やっぱり、オグリキャップに注目されるというのが効いてるんだろうな」
「私を呼んだか?」
「え? ……って!? お、オグリ」
「すまない、あまり大声を出さないでくれると助かる。トレーナーに無理を言って、ここまで来たんだ」
ついでに、変装しているオグリさんに会ってびっくりしていた。
何気にとんでもない確率だな、トレーナー。この人ごみの中で、オグリさんに会うとは。
「君は、シャロのトレーナーだな? いつもシャロがお世話になっている。シャロのトレーナーになってくれて、ありがとう」
「あ、あぁ。これはご丁寧にどうも。それで、どうしてここに、って、聞くまでもないことですね」
「シャロのレースを観に来たんだ。あの子の晴れ舞台だからな。どうしても、この目で見ておきたかった」
軽い雑談を交わす2人。
奇遇だし、このまま一緒に見ないか? とオグリさんの方から提案。
トレーナーは断らず、というより断ることができず。
オグリさんと一緒に、シャロのメイクデビューを見ることが決定した。
ちなみに、俺はその辺でぷかぷか浮いているだけである。
今のやり取りも、俺は横で聞いているだけ。
俺がなにを喋ろうが向こうには聞こえないし、向こうも俺がいるなんて思いもしないだろう。
(トレーナーは、シャロに憑いていると思うだろうしな)
実際は、トレーナーが控室を出ていった少し後に俺も部屋を出た。
緊張するなよ、とか、頑張れよ、って声をかけただけ。
それ以上のことは何もしない。基本、俺はレースに手を出すつもりはないからな。
シャロの成長の妨げにしかならない。後ウマ娘のレースを観客視点で見たい。
にしても、幽霊の体ってすげぇ便利。人の体とかすり抜けるし、場内のどこだろうと観戦することができる。
ちょっとズルしてる気がするけど、そこは特権ってことで。
席へと歩くトレーナー達の後ろをついていき。
気がつけば、シャロが走るレースの時間がやってきた。
天気は雨。視界が遮られるうえに、バ場の状態も稍重に変わったと発表されている。
(ま、別に問題はねぇな。俺、重いバ場が苦手とかそういうのなかったし)
シャロも別に苦にしない。
視界不良の中、どれだけ力を出し切れるかが焦点になるだろう。
出走するウマ娘が入場する中、シャロが登場。
姿が見えた瞬間、オグリさんは嬉しそうに手を振っていた。目立ったらダメなのに。
「シャロ、シャロー!」
「ちょ、まずいですって! ここにはお忍びで来てるんですよね? 目立っちゃダメですよ!」
「す、すまない。シャロを見るのが凄く久しぶりだから、気持ちが抑えきれなかった」
トレーナーに諫められ、しゅんとするオグリさん。ちょっと可愛い。
シャロはというと、こっちを向いた。
粗方の事情を察したのだろう。苦笑いを浮かべつつも、小さく手を振っている。
その姿を視界に収めた瞬間、オグリさんは大きく手を振り返した。
よっぽど嬉しいんだろうな。耳も尻尾も、忙しなく動いてるわ。
「見たか? シャロが私に手を振ってくれたぞ!」
「あ、あはは。よっぽど好きなんですね、シャロさんのこと」
「あぁ! 大好きだ!」
思わずほっこりするわ、うん。
てか距離の詰め方がエグいな。さっき会ったばっかのトレーナーなのに、もうここまで気を許すとは。
始まるまでの間、シャロの話題で盛り上がる2人、を眺める俺。
人だったら不審者だな。幽霊でよかったわ。
《態勢が整って今、スタートしました! 始まりました阪神レース場メイクデビュー芝1600m。誰がハナを取るか? メジロシャーロックが抜け出します。メジロシャーロックがハナを取っています》
それはともかくとして、レースが始まった。
シャロはというと、抜群のスタートで前へ。
真ん中の枠から勢いよく上がる。
さて、と。
(お手並み拝見といきますかね)
練習でできたことが、実践ではできない。
そんなことはざら。というか、普通は出来るもんじゃない。
メイクデビュー。本番最初のレースなら、なおさらだ。
その上で見たいのは、今のシャロがどこまでの実力なのか?
本番という舞台で、シャロがどんな強さを発揮するのか?
少しわくわくしながら、レースを見守る。
どんな結果を迎えるのか、楽しみだった。
◇
結論から言うと、シャロのレースは盤石だった。
《ハナを譲らない巡行、メジロシャーロックがぐんと伸びて最後の直線へと入ります。後続も必死に追いあげようとしていますが、これはメジロシャーロックの独擅場だ! 開いた差は推定10バ身、これはもうセーフティリードか!》
一度たりとも先頭を譲らず、後続を突き放すかのように巡行。
周りも必死に追いあげようとしているが、悲しきかな足りない。
絶対的なスピード。追いつくための速度が、後続の彼女達には足りなかった。
阪神レース場は大盛り上がり。
「す、すげぇ……これ、すげぇよ! 確かに凄い!」
「オグリキャップの言ってることは本当だったんだわ! あの子、一度も先頭を譲らずに駆け抜けてるわよ!」
「絶賛したくなるの分かるよ! 俺だって知り合いだったら絶賛する!」
「てかあのフォーム、本当にオグリキャップそっくりじゃん!?」
「あの低姿勢……力強い走りっ。オグリだ、オグリキャップが阪神レース場にいるぞ!」
口々にシャロを褒めたたえている。
分かりやすい強さ。逃げで、これだけの差をつけているのだからそれも当然か。
(派手で分かりやすいからな~、今のシャロ。人気も出るだろうよ)
レース内容には、トレーナーもオグリさんも大満足。
「シャロー! 頑張れー、シャロー!」
「そのまま逃げ切るんだー! シャロー!」
2人とも、我を忘れて応援している。
だが、周りは気にする余裕がない。シャロの応援に夢中で、近くにオグリさんがいることに気づいていない。
……というか、アレだな。
(なんか不自然なスペースがあるなと思ったら、ラモーヌさんとマックイーンも観に来てたんかい!)
ラモーヌさん達も観に来てたようだ。
オーラが凄い。あそこだけなんか、隔離されてるみたいにスペース空いてるし。
周りがすげぇ見てる。見てるけど、応援の方が大事と悟ったのか、知らぬふりをしている。
そりゃ信じられねぇよな。メジロラモーヌとメジロマックイーンが一緒にいるとか。
(……俺も知らないふりしとこ)
どうせ向こうからは見えないけどさ。
レースの方はというと、あれからさらに差を広げたようだ。
その差は15バ身、ぐらいか? いかんせん俺の目測だから参考にならん。
どちらにせよ、大差をつけて圧倒しているのは確かだ。
ここまで差が開いたら、番狂わせが起きることはなく。
《今メジロシャーロックが1着でゴールイン! 圧倒的な実力を見せつけて勝利しました! これがメジロの寵児、アイドルウマ娘オグリキャップイチオシの実力。新たなスターがこの阪神レース場で誕生しました! これから先、一体どのようなレースを走るのか? 注目が集まります!》
シャロがレースを制した。
よしよし、無事にメイクデビューを勝ったな。喜ばしいことだ。
(メイクデビューを勝つだけで、選択肢の幅がぐっと広がる。この1勝はかなりデカいぞ)
それを抜きにしても、やっぱりシャロが勝ったのは嬉しい。
気合いを入れていたしな。その気合が実ったようで、なによりだ。
なんて、浸るのは良いんだが。
「見たか? シャロが勝ったぞ! やったやった、シャロが勝ったんだ!」
「お、おち、落ち着いてオグリさん。そんながくがく揺らさないでっ」
……すまんトレーナー。
グロッキーになっているが、俺にはどうすることもできん。
幽霊だから触れることもできんし。なんとか耐えてくれ。
◇
ウィナーズサークルのインタビューでは、今後のことについて少し触れた。
「新潟ジュニアステークスの出走を予定しています」
「おぉ、いきなりの重賞挑戦ですか! やはり、この内容なら文句なしと?」
「はい、そうなります。年末の朝日杯を目標に、調整を進めていくつもりです」
俺の史実ローテをなぞる感じだ。
新潟ジュニアステークスからの朝日杯。
デイリー杯については、まだ不明なところが多い。行けたら行く、って感じか。
好意的な反応が多かった記者。
派手な勝ち方をしたんだ。その気持ちも、分からんでもない。
(メジロで大差勝ちとなれば、ラモーヌさんが真っ先に出てくるからな。メジロラモーヌの再来、なんて記事が出そうだ)
実際は知らんけども。
控室に戻って、ライブの準備をする。
ウマ娘ではウイニングライブがあるからな。
これもかなり大事なこと。勿論シャロも、歌って踊ることができる。
ライブの準備をしなきゃいけないんだが。
「やっぱり、上手くいかないものですね。ペースの調整、出来ていませんでした」
溜息を吐いて、今回のレースを反省していた。
どうも今日のレース、シャロ的には納得のいく出来ではなかったらしい。
「ペース、というと?」
トレーナーからの疑問に対し、シャロは。
「今回のレース、僕はペースを決めて走る予定でした。僕が目標とする芸術的なレース支配には、必要不可欠な要素ですので」
「それは、なんとなく分かるよ。でも、内容は凄く良かったと思うけど」
「いいえ。今回のラップタイムを見せてもらったのですが、ズレがありました。僕が目標としていたペースよりも早かったり、遅かったり。到底納得のいくものではありません」
「でも、初めてのレースだから上手くいかないのも」
慰めようとするトレーナーの言葉を遮って。
「それでは困るのです。初めてのレースであろうと、これと決めた目標を成し遂げられなかった。勝ったのは喜ばしいことですが、課題を達成できなかったのはいただけません」
課題が残っている、目標が達成できていない。
だから、喜ぶよりもまず、その課題を克服しなければならない。
そう言い切った。
確かに、ペースは乱れていた。
一定のペースを刻んで走るラップ逃げ。これを目標としていたようだが、出来なかった。
結構ガタついてたからな。観客席越しでも分かるほど。
だとしても、ストイックすぎるだろお前。
メイクデビューで、そこまで出来なくてもいいわ。というか、最初から出来たら怖いわ。
俺だってできなかった。そもそも、俺の新馬戦はもっと酷いし。ペースガン無視で逃げてたし。
トレーナーは、気圧されてるな。気持ちは分からんでもない
「……シャロの言い分も、分かるけど」
「でしょう? それに、ロックだって同じ気持ちのはずです。そうですよね? ロック」
おい、こっち見んな。
同意を求めるような視線を送るな。
俺は普通に勝って嬉しいとしか思ってねぇよ。そこまでストイックになれとか思ってないわ。
〈いや、普通にお前が勝って嬉しいとしか思ってねぇけど〉
「いいえ、そんなことはありません。まだまだ精進が足りない……ロックは、そう思っているのでしょう?」
〈お前の中の俺、どんだけ厳しいんだよ。そこまで厳しく接したことねぇだろお前に〉
「僕が目標としているロックのようなレース。まだまだ程遠いものだと痛感しました。次はもっと、しっかりとペースを守れるようにしなければ」
ダメだ、聞いちゃいねぇコイツ。
頑固過ぎるだろ。誰に似たんだお前。
あまりにもストイックすぎるシャロ。
だけど、トレーナーは。
「でも、今は勝ったことを喜ぼうか、シャロ」
朗らかな笑顔で、シャロの勝利を喜んでいた。
「……はぁ。それは、どういう」
「言葉通りの意味だよ、シャロ。今はまず、メイクデビューの勝利を喜ぼう。これで君は、いろんな選択肢を取れるようになった」
呆けた顔。訝し気な視線。
それらを無視して、トレーナーは嬉しそうにしている。
「確かに、課題を達成できなかったのは納得いかないかもしれない。シャロは真面目だから、余計にそう感じるんだろうね」
「その通りです。ただ一度の勝利で満足しているようでは、この先のレースを」
「でもさ」
気づけば距離を詰めていて。
トレーナーは、シャロの両手を包み込むように握りしめた。
「それが勝利を喜んじゃいけない理由にはならないよ。気負い過ぎて、溜め込むのは体に毒だ」
「……っ、それは、そうですが」
「今はとにかく喜ぼう。反省は、明日にでも取っておけばいいさ。今日くらい喜んだって、罰は当たらない」
優しく、諭すように。
気負うシャロを、説得した。
効果があったのか、シャロは少し考える素振りを見せた後。
「……確かに、そうかもしれませんね。今回は、トレーナーさんの方が正論、です」
「う~ん、そういうわけでもないんだ。シャロの言ってることも一理あるし、間違ってはいないよ」
「ですが、この時ばかりは喜ぶのが正解、ですね。ありがとうございます、トレーナーさん」
取り繕いではない、嬉しそうな笑顔を見せて。
今回の勝利を喜んだ。
なにはともあれ、一件落着か。
シャロのメイクデビュー勝利。
後日、いろんな人を巻き込んで、ちょっとしたお祭り騒ぎになったが。
それはまた別のお話だ。
素の能力値が高いわこの子。