次のレースは新潟ジュニアステークス。
8月の後半に開催されるレースであり、期間が少しだけ空いているのが現状。
普段の基礎トレは勿論するが、実戦経験を養うという意味でも、他のウマ娘との併走も選択肢に入ってくる。
デビューした、ってのもあるしな。練習試合と一緒で、多くの物を得られるだろう。
もっとも、問題は。
「ごめんね、シャロ。俺、あんまり他のトレーナーから良く思われてなくてさ……併走、断られたよ」
「げ、元気を出してください、トレーナーさん。僕は気にしておりませんので、落ち込む必要はありませんから」
〈やっぱ嫌われてんのな、トレーナー。そんな気はしてたけど〉
俺達と併走してくれる陣営がいない、ってことだ。悲しい現実を突きつけられてる。
理由としては主に2つ。
ド派手な勝ち方をしたデビュー済みのウマ娘であること。
トレーナー自体が周りからよく思われていないこと。
この2つが、併走を受けてくれない原因である。
(あんな勝ち方したんだ。ウマ娘の方はともかくとして、トレーナーとしちゃあまり走らせたくないよな)
ただでさえ、ジュニア級のレース選びは大事だ。
相手との力関係とか、諸々が大事になってくる。できるだけ、近い実力の相手と走りたいのがトレーナー心だろう。
それを踏まえた上で、シャロはというと?
ぶっちゃけ一緒に走らせたくはない、って意見に落ち着くはずだ。下手すりゃ自信を折られかねないし。
トラウマ植え付けられるのは勘弁だろう。そのうち戦うかもしれない、ってことには目を瞑るとして。
2つ目はそのままの意味。
スカウトする前後でいろいろあったせいか、トレーナーは周りから敬遠されている。
たまに学園で見かける時も、仲の良い同僚と話してるだけだし。
(なんだかなぁ。大の大人がなにしてんだ、って話ではある)
人の気持ちなんてそんなもんかもしれないが。
俺だって、関わりたくない相手には基本関わりたくないし。
絶対に必要、ってわけでもなければ、敬遠するのも仕方ない、ことかもしれない。
2つの理由から、俺達と併走してくれる陣営はなく。
今日も今日で、基礎トレに励む毎日だ。
「ごめんね、シャロ。君のために頑張ってはいるんだけど、どうにも結果に結びつかなくて」
「お気になさらないでください、トレーナーさん。いつかきっと、僕達と併走してくれる陣営が現れてくれます」
落ち込むトレーナーを励ますシャロ。
これで元気になってくれるといいんだが。
つか、アレだな。
(史実の方だと、俺は引っ張りだこだったんだけどな。なんかちょっと変わってんな、この辺)
俺はむしろ、他陣営からよく併走をしてくれ、と頼まれる側だったんだが。
気性難矯正が主とはいえ、普通のもやっていた。多すぎて、日数調整の方が難しかったまである。
だというのに、こっちでは併走してくれる相手がいないとは。
(微妙な差異、って奴かね。ま、なんにせよ)
おそらくだが、対戦相手がいなくなった部分をフォーカスしている、のかもしれない。
練習では引く手数多だが、本番はそうじゃなかったからな。現役後半は避けられ続けてたし。
そのせいがあるのかもしれん。真相は闇の中だが。
いないならいないで、出来ることをするしかない。
〈ないものねだりしても仕方ねぇし、トレーニングするしかないんじゃねぇの?〉
「それもそうですね、ロック。ではトレーナーさん、今日も始めましょうか」
「あ、うん。分かったよシャロ。それじゃあ、頑張っていこうか」
練習は大事。
にしてもこの分だと、他にも変わっていることがありそうだ。
良いことも悪いことも……未来のことも。
もしかしたら。
(レースで走ること、あるかもしれねぇか)
シャロが走るべきだから、俺が出る幕はない、なんて思っていた。
だが、そうも言ってられない時が来るかもしれない。
いざとなれば、俺が出ることも考えないとな。
願わくば、そんな時がこないことを。今の内に祈っておこう。
◇
練習終わりの夕暮れ。
本当なら後は帰るだけ、なんだが。
とある事情から、俺はトレーナー室にいる。
その事情というのが。
「だから俺は、基本的に逃げで走るとき以外は最内を走らない。最短経路を走った結果、閉じ込められるなんて事態を避けたいからな。注目されればされるほど、この傾向は強まる」
「成程……そう考えると、ロックの意見も理に適っているね。だけど、その分だけスタミナの消費が多くなると思うんだけど」
「ペースを調整するんだ。最初から仕掛ける地点を決めておいて、そこに至るまでにどれだけ体力を残しておくかを決めておく。後は、走り切るだけのスタミナを逆算すればいい」
トレーナーとの勉強会だ。練習後の恒例行事となっている。
初めは、トレーナーからの相談だった。
「ロックのレース理論、俺も聞いてみたいんだ。ダメかな?」
と、シャロにお願いしたことから始まり。
俺の理論を崇拝しているシャロは、二つ返事で了承。
「勿論構いません! トレーナーさんも、ロックの理論の凄さに気づいていただけたのですね!」
なんてことを言って、この時間が設けられた。俺の意思は無関係である。
抗議しようとも思ったが。
「やっぱり、ダメかな? ノート見せてもらってさ、凄い考えだなって思ったんだ。是非とも、理論の提唱者から話を聞きたくて。迷惑なら、素直に諦めるよ」
こんなこと言われたらね、断れませんわ。
尊敬、というか、凄いって言ってもらえたらね。教えざるを得ない。我ながら単純である。
教えることになった俺の理論、というよりは、岳さんとデルトリさんと隈澤さんの合わせ技。
3人から教えてもらったことを複合して、俺なりに構築したものを、トレーナーに教えている。
実際、出来ればほぼ無敵に近い走りだ。
攻略法がないに等しく、全てにおいて理想的なレース運びをすることができるだろう。
問題は……実行できる奴がいない、ってことだけ。
「そもそも、足切りのラインからして高いねこの技術。スピードは勿論必要だし、ステイヤー並みの心肺機能も必須。なにより、メンタルだ」
「まぁな。何をされても動じないメンタルじゃなきゃ、これは無理だ。同時に、シャロがいつも言ってる体内時計。コンマ1秒単位で変えられないと、お話にならん」
「聞けば聞くほど、完璧ではあるけど実践で出来るかどうかは別の話、みたいな理論だね。これは」
トレーナーの言う通りで、求められるものが多すぎるのだ、この理論。
そりゃ聞いた誰もが、所詮は理想でしかない走りなんて口にする。
出来るウマ娘がいないのだから。
「でも、君は出来るんじゃないかな? ロック。君は、この理論を完璧に実現できる。違うかい?」
「……なんでそう思った?」
「君が教える時、実感が籠っていたから。実際に体験したかのような、そんな口ぶりだったから。だから、君はこの理論を実現できるんじゃないかって、そう思ったんだ」
俺を除いて。
トレーナーの射抜くような目。
俺のことを疑っている、訳じゃないな。
「それに今さっき、俺は逃げで走るとき以外は、って口にしてたよね? つまり、君はどこかで走ったことがあって、その時から心掛けていることがある」
「……口を滑らしたか」
「これまでも、節々から感じていたよ。ロックはレースで走ったことがあるんじゃないか、って」
ほぼ確信だ。俺は理論を体現できる存在であり、実現可能にしたウマ娘。
ある程度確信がある、ってことか。
なら、はぐらかす必要はない。
「ま、その通りだな。この理論自体は、俺が実際に走ったことを基にしている。俺が可能にしてきたことを、改めて理論として提唱している、ってことだな」
「やっぱりそうなんだ……ってことは、ロックの実力って」
「凄いんじゃねぇの? 知らんけど」
「凄いどころじゃすまないような」
嘘を吐くことでもないし、正直に白状する。
てか、実際凄いどころじゃない。世界一にまで上り詰めた走りだし。自慢みたいになるから、あんま言いたくないけど。
さっきから口が開きっぱなしのトレーナー。
どんだけ驚いてんだこの人。面白くなってきた。
「ロックは理論通りのことができるんだ。いや、うん……凄いってレベルじゃないね!?」
「改めて驚くんだな、トレーナー。それ以外になんか言うことねぇの?」
「いや、えっと、そうだなぁ」
凄い以外の言葉が飛び出すのか。
ちょっとワクワクしながら待っていると。
「その、楽しかった? 走ってて」
「──はっ?」
「いや、強いのは分かるんだ。分かるんだけど、それで楽しかったのかな、って。ふと思って」
完全に予想外の方向から刺された。
楽しかったか、だと?
「この理論は完璧だけど、同時に1つの懸念点がある。実現するためには、ウマ娘の闘争本能を封じなきゃいけないことだ」
「……まぁ、そうだな。メンタル的な揺らぎをなくすためにも、ない方がいい」
「ウマ娘にとって闘争本能は大事だ。体の調子にも影響がある、って論文があるし、事実成績が落ち込む研究結果も出ている」
そんなこと、考えもしなかった……なんて、言えない。
「だから、その後のレースに影響が出るくらいならっ? ど、どうしたの? ロック。険しい顔をしてるけど」
「……」
「ご、ごめん! 気に障るようなことを言っちゃったね!? そ、その、今のは忘れてくれ!」
だって、それは。
(現役後半に、俺が直面した問題だから)
改めて振り返って、俺が抱いたのと同じ疑問だったからだ。
事実、楽しいか楽しくないかで言えば、楽しくはない走りだ。
勝ちたいだけなら話は別だが、機械のように走れと言われて、楽しいなんて思う奴はいない。
勝つために最適化された走りでしかないのだから。
でも、俺には必要だった。
絶対に勝つ走りが。メジロのために、負けられない走りが。
俺の目標のために、期待に応えるために──負けることは許されなかったから。
(今更、こんなことを思わされるとは。めんどくせぇ)
もう過ぎたことだ。
今うじうじしてても仕方ない。終わったことを嘆いても、どうしようもない。
「その、本当にごめんロック! ふと気になってさ。俺、気になったことはどうしても言いたくなってっ」
「いや、いい。気にすんなトレーナー。これはこれで、中々楽しい走りだったよ。走っていた俺が言うんだ、間違いない」
「そ、そうなんだ。でも、なら何で黙って」
「それよりも、だ。他にも聞きたいことあんだろ? 時間はもう少し残ってるし、理論の続きといこうじゃねぇか」
所詮、終わったことなんだから。
◇
ロックの雰囲気が、明らかに変わった。
俺の失言から、様子がおかしくなった。
(ふと気になった。ロックの理論は完璧だけど、穴があるって)
ロックが提唱する理論は、ウマ娘にとって楽しいものなのかどうか? という疑問。
そこに触れた瞬間、ロックの目に──悲しいって気持ちが見えた。
確かに、ロックの理論は素晴らしいものだ。
要求される値は全部が高いけど、実現すれば確実に勝てる走り。
負けることはほぼない。断言してもいいレベルに。
だけどそれは、走るウマ娘の気持ちを無視している、という違和感が拭えなかった。
勝つための走りでしかなく、闘争本能が大事なウマ娘にとって、酷な走りではないか? と。
おかしいことを言ってる自覚はある。
レースは勝つために走るものだし、楽しいって感情を挟む方が間違っているのは、承知の上だ。
それでも、やっぱり。
ある程度の感情がないと、つまらないのではないか?
違和感を拭うことができなかった。
(本能を抑え込んで、機械のように走れと言ってるようなもの。勝ちを望む子にとっては、喉から手が出るほど欲しい走りだ)
勝ったところで、その先はどうなのか? 果たして幸せと言えるのか?
その答えは、実現したロックにしか分からない。
ロックは、楽しかったと答えた。
でも、嘘じゃないか。誤魔化していることがあるんじゃないか。
(少しだけ目線が泳いだ。おそらく嘘で、本当は……っ)
「でも、これ以上聞くのは酷、か」
「あん? なにが?」
「いや、こっちの話だよ。それよりもさ、ロック自身の話は聞かせてくれないの? そっちにも興味あるんだけど」
「俺の話なんて、聞いても楽しくねぇよ」
今はまだ、踏み込めない。
ロックを怒らせてしまう。逆鱗に触れる可能性がある。
それは、避けなきゃいけないことだ。
(まだまだ足りてない。彼女からの信頼が)
今回はかなり踏み込んでしまった。
そのせいで、少しばかり心証が悪くなったかもしれない。
……いや、いい。
今はこれで。
(悲しいってことは、あの走りで何かあったんだ。それこそ、今のロックを形成するような何かが)
「そこをなんとか! 気になるんだよ。どういう道を進んだら、この理論に行きついたのか!」
「はいはい。そのうち話してやるよ」
シャロだけじゃない。ロックのことも、どうにかしてあげたい。
ロックもシャロと同じで、俺の担当ウマ娘。
走ってよかったと思えるような道を、俺は彼女に提示してあげたい。
俺はメジロシャーロックのトレーナーなのだから。
アルヴとかネオユニあたりに声かければ普通にやってくれそう。