と思ったけど自己解決した。ただの私の勘違いだった。
この前メイクデビューを走ったかと思ったのに、気づけば新潟ジュニアステークスの日が来た。
シャロは真ん中の枠番から出走。最初こそバ群に揉まれそうになっていたけど、気づいたら先頭に立っていた。
《ペースを握るメジロシャーロック。17人を引き連れて、メジロシャーロックの一人旅。気ままに走りますメジロシャーロック。後続は様子見でしょうか?》
《だと思いますね。まだお互いの実力は未知数ですし、じっくりと機会を窺っているんだと思います》
《前走では逃げに逃げて大差勝ちを収めたメジロシャーロック。今回は落ち着いた、ゆったりとしたペースで逃げています》
そのまま一定のペースを刻んで走る。ラップ逃げだ。
ラップ逃げ。クラシック二冠ウマ娘のミホノブルボンが使っていた、逃げの一種。
常に一定のラップタイムを刻んで逃げる。この時のタイムは、レコードタイムから逆算していることが多い。
ロック曰く、理論を実現するなら絶対に習得しておかないといけない技術だ。
勿論、とんでもなく難しい。
体内時計が完璧じゃないと実現できないし、周りに飲まれない胆力も必要になる。
(それに、レースの展開はメンバーによって変わる。逃げじゃなくなることだってある)
いかにして自分を律し、貫くことができるか。
どの走りにも言えることだけど、勝つためには簡単にいかない脚質だ。
シャロはというと。
《ここで動きます後続からアウトディスタンス、しかしメジロシャーロックの姿ははるか前。最後の直線先頭で駆け抜けるメジロシャーロックの姿は4バ身から5バ身は先にいます。メジロシャーロックが快調に飛ばして逃げる逃げる! これは後続追いつけるか!》
《仕掛けるのがちょっと遅すぎたかもしれませんね。ですが勝負は最後まで分かりません、ここから追いつけるかもしれませんよ!》
《逃げるメジロシャーロック、これはセーフティリードか! すでに差は5バ身開いています!》
完璧にこなしていた。
競りかけようとする子がいなかったのも影響してか、楽逃げが可能。
プレッシャーも何もないので、自分のレースに集中することができた。
こうなれば、シャロが負けることはまずないだろう。
同世代の中でも、突出した実力の持ち主。完成度が段違いだ。
「頑張れー! シャロー!」
それでも、万が一の負けがないように。
俺も力の限り応援する。シャロに勝ってほしいから。
観客も同じ気持ちなのか、応援の声が上がっている。
「いけいけー、メジロシャーロックー!」
「頑張ってー!」
「頑張ってくださいましシャロさーん! シャロさんならいけますわー!」
……なんか聞き覚えのあるような、メジロマックイーンみたいな声が聞こえた気がするけど。
きっと気のせいだろう。うん、気のせいだ。
盤石のレースを発揮したシャロは、その後追いつかれることはなく。
《新潟ジュニアステークスを制したのはメジロシャーロック、メジロシャーロックだ! メジロシャーロックが初重賞制覇! 初挑戦で、初制覇を成し遂げました! 2着との差は実に6バ身、これからが非常に楽しみなウマ娘です!》
《それにしても、逃げでオグリキャップを彷彿とさせるフォームは目を惹きますね~! ファンになっちゃいますよ!》
6バ身差で見事勝利を収めた。
「やった、やったー! おめでとうシャロー!」
初めての重賞でも、決して揺らぐことのないメンタル。
しっかりと仕事をこなしたと言わんばかりに、動じなかった。
こんなにも頼もしいウマ娘は、他にいないだろう。どっしりと座って見ることができる。
改めて、凄いウマ娘だな。本当に。
「やりましたわラモーヌさん! シャロさんが勝ちましたわよ! やりましたわねシャロさーん!」
「ふふ、しっかりと愛を届けたわね、シャーロック。誇らしいわ」
「凄いぞシャロ! シャロが一番だ!」
……メジロマックイーンだけじゃない。メジロラモーヌと、オグリキャップもいる気がする。
メイクデビューでもいたのに、また3人揃ってきたのだろうか。シャロのレースを観るために。
(愛されている子だなぁ)
もしかしたら、この先もレースを全通するのかもしれない。あの3人は。
客入りが毎回とんでもないことになりそうだ。
(今でもG1並の客入りなのに。実際にG1を走ったらどうなるんだろうか?)
「レース場がパンクしそうだな、な~んて」
今はとにかく、シャロの勝利を喜ばないと。
ファンに向かって手を振っている彼女。
俺の視線に気づいたのか、こっちを向く。
勝ちました、と言いたげな、誇らしげな表情に。
なんだか微笑ましくて、笑ってしまったのはここだけの話だ。
◇
新潟ジュニアステークスが終わった次の日。
トレーナー室で仕事を片付けつつ、考えるのはあの日のことだ。
ロックを怒らせてしまったかもしれないあの日。
踏み込み過ぎた、あの時のことだ。
(言い訳ができないし、話せなくなることも覚悟していた)
誰にだって、触れられたくない話題はあるだろう。
ロックにとっては、おそらくレース関連のこと。走りのことは、多分だけど聞かれたくなかったはず。
俺はその地雷を踏んでしまった。無意識とはいえ、許されないことだ。
「こういうとこなんだろうなぁ……直すべきなんだろうけど」
この先はしっかり注意しておくべきか、と。自分の反省はここまでにしよう。
今はロックのことだ。
あの後ロックは、不思議なほど変わらなかった。
いつも通りというか、レース談義もやってくれるというか。
俺への態度は変わっていない。不気味なほどに。
でも、態度は変わらなくても。
(前以上に、踏み込ませなくなった。自分のことを、話そうとしなくなったな)
前はのらりくらりと躱していたけれど、今は露骨に話題を逸らすようになった。
警戒しているんだろう。ロックのことを知ろうとする俺を。
自分のことを知られないように、言及を避けようとしている。
これまで積み上げていたものがなくなった、と取るべきか。
「自業自得だよなぁ、これ。迂闊過ぎた、本当に」
0になったわけじゃないけど、マイナスの印象を抱かれたのは確か。
無遠慮に聞き過ぎた。もっと慎重に行くべき、なのか。
またコツコツと一からだな、なんて考えているところに、扉をノックされる音が響く。
「はーい、どうぞー」
「失礼します」
聞き覚えのある声、というよりは、ほぼ毎日聞いている声だ。
メジロシャーロック。シャロが部屋に入ってくる。
「トレーナーさん。昨日のレースの反省会をしようと思いまして、トレーナー室へと足を運んだ次第です。今お時間は大丈夫でしょうか?」
「……昨日も反省会したと思うんだけど」
「昨日は簡易的なもの。今日はより詰めた反省会です。似て非なるものですから」
「相変わらず、ストイックだね君は。時間は大丈夫だから、始めようか」
トレーニングの催促ではなさそうだ。
反省会も反省会で、どうかと思うけど。ゆっくり休んで欲しいし。
とはいえ、シャロはかなりの頑固者だ。
強くなることに余念がないし、この反省会も絶対にやるという強い意志を感じる。
なら、無駄に問答するよりは素直にやろう。
昨日の資料を用意して、お互いにソファに座る。
「それでは、早速始めましょうか。新潟ジュニアステークスの反省会」
「うん。とは言っても、俺は言うことは昨日と一緒かな。満点に近い走りだったよ」
「はい。僕個人としても、ラップタイムも申し分なく。我ながら良い走りだったと自負しています」
始まる反省会、というにはポジティブな内容から始まる。
当然だ。なにせ、非の打ち所がない内容だったんだから。
シャロが誇らしげな顔をするのも、納得の出来だった。
「ですが、一度出来ただけでは意味がありません。今回の走りを継続出来てこそ、です。また、今度は違うポジションでもできるようにならなければ」
あ、元の真面目な顔に戻った。
それにしても、違う位置取りでも同じようなことを、か。
「そうなると、仕掛けるタイミングとかもまた変わって来るよね。それも覚えないといけない」
今回は逃げで走った。
でも、いつも逃げで走れるとは限らない。
マークが集中したら逃げることも難しくなるし、それこそ出遅れなんかで後方スタートの可能性も十分にあり得る。
練習で出来ないことが、本番で出来るはずがない。
だから練習をしておきたい、という気持ちは分かる。
分かるのだけれど。
「そうなります。出来れば、併走などで養っておきたいのですが」
「……最近、やってくれるって人達がいるんだ。でも、そのメンバーが、さ」
「なんとなく察しはついております」
苦笑いを浮かべるシャロ。彼女もまた察しはついているのだろう、俺が口にしようとする名前に。
相変わらず敬遠されている俺。
そんな俺でも、併走をしてもいいと言ってくれる人達がいた。俺、というよりはシャロがいるからだけど。
でも、そのメンバーが。
「さすがにメジロラモーヌやオグリキャップのようなレジェンド達とやるのは、ちょっと。気が引けるというか」
メジロラモーヌにオグリキャップ。果てにはメジロマックイーンと超豪華メンバーなことだ。
あの人達、シャロのレースに全通するだけではなく、協力までしてくれるのだ。
ありがたい。ありがたいのは分かるんだけど……恐れ多い。
時代を築いたレジェンド。【魔性のウマ娘】、【アイドルウマ娘】、【名優】との併走なんて、普通は実現できないだろう。
どれだけ愛されているんだ、シャロは。
「ラモーヌさんやオグリさんが凄く嬉しそうにしていたのは、それが原因なのですね、トレーナーさん」
「いや、シャロがレースで勝ったこともあると思う。この前も、ご飯に埋もれてたよね」
「オグリさんが祝勝会、というので。断り切ることもできず」
「気持ちは分かるよ。あんなに嬉しそうな顔されたら、断れないよね」
特に、オグリキャップとメジロラモーヌの溺愛っぷりは凄い。
学園でも噂になっているくらいだし。どういう接点であの2人が溺愛するような子がいるんだ、と注目を集めている。
2人に比べればマシだけど、メジロマックイーンも中々だ。
この前も、シャロと話している場面に遭遇したことがある。
その時の会話が。
「もし困ったことがあれば、私に相談してくださいまし、シャロさん。必ず、お力になると誓いましょう」
シャロのためならばどんな協力も惜しまない、である。
とにかくあの3人はシャロを溺愛している。
他のメジロ家のメンバーは程々だけど、別格レベルだ。
「君のことが、とにかく放っておけないらしいよ。真面目でストイックで、いつ倒れるか気が気でないからって」
ただ、その心配も納得がいく。
シャロは休みたがらないし、気づいた時には練習するような子だ。
片時も目を離せないだろう。心配する側としては。
そのことが分かっているためか、シャロも気まずそうに目を逸らす。
「そ、そんなことにはなりませんよ。えぇ、決して」
「なら、少しはストイックすぎるところを直さないとね。真面目は君の美徳ではあるけど、何事にも限度が必要だから」
「うぐっ。は、はい。承知しましたっ」
これで少しは牽制出来ただろうか。無茶をしないように、目を光らせておかないと。
反省会は終わり。
後は適当な雑談に
「そうでした、トレーナーさん。実はおばあ様がトレーナーさんと是非お話をしたいと。今度メジロのお屋敷に来ていただけませんか?」
「え? な、なんで?」
「僕のトレーナーということで、興味があると仰っていました。選抜レースの件についても、聞かせて欲しいと」
しよう、と思っていたのに。
ニコニコ笑顔のシャロの言葉に、俺の体中からどっと汗が噴き出す。
(せ、選抜レースの時だろ? それに、下手したら……それより前のことも聞かれる可能性が?)
嫌なことしか思い浮かばない。
というか、やらかしを考えたら、マジで覚悟しなければならない。
変わらず笑顔のシャロ。
「それで、いかがでしょうか? 日程はトレーナーさんに合わせますので、是非ともおばあ様とお話をっ? だ、大丈夫ですか? トレーナーさん。なにやら、お顔が青ざめておりますが」
「いいい、いや、大丈夫だよシャロ。そ、そうだね。すぐにでも向かうよ。明日にでも行こうかな。ははは」
「まぁ、そんなに早く。ふふ、楽しみだからって、そんなに急がなくても大丈夫ですよ?」
父さん、母さん。
どうやら俺は、死を覚悟しなければならないようです。
次回 トレーナーメジロ家へ逝く