新潟ジュニアステークスが終わって数日。
トレーナーがメジロ家を訪問したり、シャロの見張りを頼まれたり。
まぁいろいろとあった。これといっためぼしい変化はないけど。
で、本日。
シャロの次走が決まったということで、トレーナーとの打ち合わせが始まる。
「次走はデイリー杯を考えてる。新潟ジュニアステークスよりも、さらに上の重賞だ」
「G2、ですね。分かりました。では、デイリー杯でいきましょう」
次走はデイリー杯。俺も走ったことがあるレースだ。
アレだな、俺が史実で走ったレースを踏襲しているな。
(デイリー杯。新潟の時もそうだったけど、ある意味インパクトが強いわこの2つは)
主戦騎手である岳さんが、重賞という場で俺を鍛えていたレースである。
冷静に考えて、重賞を調教の舞台にするって頭おかしいだろ。
走れるだけでも上澄み、勝つってなったらそれはもう難しいレースだ。
決して調教にするための場所ではない。前哨戦として、調子を整える場としては使われるけども。
(だから畜生って呼ばれるんじゃないか? あの人。インタビューでも言ってそうな気がするし)
実はG2とかG3は公開調教してました、とか言ってる場面が容易に想像できる。
岳さん良い人なんだけどな。良い人なんだけど、畜生なんだよなあの人。
「それでは、デイリー杯の出走を目標に頑張りましょう。トレーニングも、今日から再開ですよね?」
「そうだけど、俺を睨まないでくれるかな? 仕方ないだろう、レース疲れを残さないためなんだから」
目標が決まったところで、改めてトレーニングを。
その前に、シャロはトレーナーを睨んでいた。
膨れっ面に頑張って目を細めてますよ感漂うので、子供が怒ってるようにしか見えないが。
「僕は大丈夫だと言ってますのに。トレーナーは僕を信じていないんですか?」
「少なくとも、勝手に自主トレをするような子は信じれないかな。昨日だって、俺がロックに見張りを頼まなかったら練習してただろ?」
「……それでは! トレーニングをしましょうか! 時間は待ってくれませんよ!」
「露骨に話題を逸らしたね」
最終的に、話題を逸らして練習へと向かうシャロだった。
練習の合間、話題はレースのことに。
「そうだ、シャロ。今度レースを観に行かないか?」
「レース、ですか?」
「あぁ。シャロにも良い影響になるから、是非とも観に行きたいレースがあるんだ」
トレーナー曰く、見て学ぶという意味でも観戦したいレースがあるらしい。
シャロも興味を惹かれたのか、トレーナーの言葉に耳を傾けている。
観戦を提案するレースだが、心当たりがあった。
(十中八九、コレってのがあるな)
「秋のG1戦線。特に、菊花賞は観にいって損はないと思う。なにせ、三冠ウマ娘が誕生するかもしれないからね」
「菊花賞、ですか」
出てきたのは菊花賞。予想通りのレースだった。
クラシック三冠の最終戦。
秋の京都で開催される、芝3000mの長距離レースだ。
将来出る的な意味でも、観に行って損はないだろう。
勿論、それだけじゃない。
今回の菊花賞は、三冠が掛かっている。
「ユニさん、ネオユニヴァースさんが出走するレース、ですよね? クラシック二冠ウマ娘の」
「その通り。三冠レースを観に行くのもそうだし、仲が良かっただろう? だから、応援の意味も込めてどうかなって」
「そうですね……」
皐月とダービーを制した二冠ウマ娘。ネオユニヴァースの三冠が。
宝塚記念では負けたものの、依然として高い評価を得ているユニさん。
偉業に王手をかけている、ってのもあるだろう。
それを抜きにしても、ユニさんは強い。期待が集まるのは当然とも言える。
強いなら、シャロにとっても有益になること間違いなし。
見て学ぶ。これも大事なことだ。
「なら、行こうと思います。ユニさんの応援もしたいですし、ユニさん程のウマ娘から学ばせてもらえる、良い機会ですから」
「決まりだね。菊花賞の日は空けておいて。俺も、予定は空けておくから」
「分かりました……それと、次のトレーニングはいかがいたしましょうか? すでに指定の量を終えてしまいましたが」
「えっと、それじゃあ次は」
シャロは、ほとんど悩まなかった。
菊花賞の応援に行くことを決め、トレーナーも同意。
10月に開催される菊花賞。ユニさんの応援に行くことになる。
にしても、菊花賞か。
(……前の週が秋華賞なんだよな。グルーヴさん辺り、なんか言ってきそうな気がすんな)
応援に来てくれ、なんて言う柄ではない。
ないんだが、シャロが関わると話が別になるのがグルーヴさんだ。
普通に言ってきそう。やる気出るから応援に来てくれ、って。
〈つっても、普段があの態度だからな~。言わないか? さすがに〉
「何の話ですか、ロック? 何が言わないのでしょうか?」
〈いや、グルーヴさん。秋華賞応援に来てくれ~、とかはさすがに言ってこないかな、って〉
「確かに、菊花賞の前の週は秋華賞ですね」
〈秋華賞も、観に行って損はないと思うぞ。そもそも、G1レース自体が損はない。必ず力になるはずだ〉
グルーヴさんじゃなくても、スティルさんはどうなるか。
あっちは言いそう、とも言い切れない。
なんせトレーナーがいるから。こっちだと、トレーナーに熱視線を向けてる姿をよく見るし。
(シナリオ考えると、あんま良い感じがしないが)
今はまだ大人しい。
走るってなると、あの紅が出てくるが。まだマシな方だ。
「スティルさんも出ますし、アルヴさんも出る……うむむ、どちらを応援するか、悩みますね」
〈選択には気をつけろよ。下手すりゃ引き裂かれるぞ、お前〉
「怖いこと言わないでくださいよ。どうして僕が引き裂かれるんですか?」
〈世の中に走らない方がいいこともある〉
スティルさんのトレーナーが、どういう人なのかは分からない。
なので現状、どっちに転ぶかが不明。
(……どっちに転んでもいいように、心の準備だけはしておくか)
備えておくに、越したことはない、か。
さて、当面はこれで大丈夫か。
「来週は併走を組んだんだ。同世代や近い世代の子じゃなくて、申し訳ないんだけど」
「構いません。それに、メンバーはラモーヌさんなんですよね? でしたら、学びになることがたくさんありますから。僕としても嬉しいです」
「うん。この機会に、たくさん学ばせてもらおう!」
さらっとラモーヌさんとの併走が組まれたけど。何してんだあの人。
◇
練習終わりのトレーナー室。
少し早めに切り上げたから、寮に戻るには早い時間だ。
なら、やるべきことは一つ。
「飽きないね、お前も。そんなに面白いか? 俺の理論」
「勿論! いろんな学びがあるから飽きないよ!」
「そりゃよかったよ」
トレーナーとのレース談義である。もはや恒例となってるな、これ。
前に、気まずい空気になったことがあった。
俺のレース理論を体現したとして、楽しめているのかどうか? というトレーナーの疑問である。
あの時答えることができず、トレーナーも失言だったとひたすら謝り倒したあの日。
少しは引きずるかと思ったが、そんなことはなかった。
(トレーナーも話題にしないし。ありがたい限りだ)
それでもまだ、俺のことについて聞こうとしてくるけど。
俺のことなんか知ってどうする気なんだか。
シャロのトレーナーなんだし、シャロのことを聞けばいいのに。俺も喜んで答えるし。
(俺も担当ウマ娘だから~、なんてな)
俺も担当ウマ娘だから、俺のことも知りたい。
ちょっと言いそうだ。
容易に想像できることが、なんだか面白かった。
俺のレース理論は粗方話し終えた。
では、今は何を話しているかというと、岳さん達の理論だ。
俺が教えてもらったことをそのまま、トレーナーに伝えている。
「凄いなぁ。君は、学園のトップトレーナーの考えにも精通しているんだね」
「あ、いるのか。この理論と同じ考え方の人」
「うん。サイレンススズカのトレーナーをやってる人だよ。この学園でも、一番って言える人じゃないかな?」
楽しそうに聞いているから、こっちとしても教え甲斐があるんだよな。
だからだろうか。たまに話しすぎる時がある。
「バ群の真ん中からでも、レースのペースはコントロールできる。微細な動きで、周りのウマ娘を動かしたりしてな」
「仕掛けるふりをする、ってこと?」
「そういうことだ。ちょっと前に出る素振りを見せるだけでも、警戒せざるを得ない。そいつが強ければなおさらだ」
俺が過去のレースで体験したことを、トレーナーに話したり。
その時俺達がどう捌いたのか、事細かに教えている。
最初こそ、俺のレース理論が気になるからで始まったこの時間。
トレーナーだけじゃない。俺自身も楽しんでいる。
(岳さんとかも同じ気持ちだったのかね? なんでもかんでも吸収してくれる俺に、同じように接していたのか)
「……あの後、大丈夫だったんだろうか? 岳さん」
「どうしたの? ロック。なにかあった?」
「いや、なんでもねぇ。こっちの話だ。で、これは別の話になるんだが」
我ながら、単純なものだ。
ただ、話すのはレースのことだけ。
それ以外のことは喋っていない。
面白い話ではないし、心配をかけてしまうから。
なんでか、トレーナーは知りたがっているけどな。
あぁ後。
レース談義以外にも、この時間にやることがある。
「で? またバイオリンの演奏を聴くか? トレーナー」
「お願いしてもいいかな? 勿論、ロックが良ければだけど」
「俺程度の演奏でよければ、喜んでやってやるよ。時間余ってるし」
バイオリンの演奏だ。
なんでも、時折聴きたくなるらしい。
減るもんじゃないし、たまには演奏しないと腕が鈍る。
どこで演奏しようが変わらないんだから、トレーナーに聴かせてもいいだろう。
「んじゃ、用意するよ。ちょっと待っててくれ」
「うん。楽しみだな、ロックの演奏」
「はいはい」
ついでに、褒められるし。褒められて悪い気はしない。
トレーナーとの仲は良好といえるだろう。
「相変わらず、上手だねロック。君の演奏は、聴いていて凄く心地いいよ」
「そりゃどうも。素人演奏にそこまで言ってもらえて、嬉しい限りだ」
「素人だなんてとんでもない! 俺はクラシックとか、オーケストラとか聴かないから比べられないけどさ。シャロの演奏は凄く上手だってことだけは分かるよ!」
「はいはい」
こうして、普通に話せているのだから。
この時間も悪くない。俺なりに楽しめている。
「小さい頃からバイオリンをやってたんだよね? シャロから聞いたよ」
「アイツ、俺のことになるとなんでも喋るな。口を閉じておくべきか?」
「シャロもロックの凄さを分かって欲しいんだよ。悪気はないと思うから、許してあげて」
「安心しろ。そこまで本気で怒ってるわけじゃない」
少しだけ、居心地が良かった。
ちょっと絆されているロックである。