体を動かすだけがトレーニングじゃない。
馬ではできず、ウマ娘ならできるものがある。
それが、レース観戦だ。
トレーナーと一緒に、京都レース場へと足を運んでいる。
今日開催されているメインレース。G1秋華賞。
グルーヴさんとスティルさんの、最後のティアラを賭けた戦いだ。
《各ウマ娘最後の直線コースに入りました。京都レース場最後の直線、一番最初に入ってきたのはマイネサマンサ、マイネサマンサが先頭で入ってきました! しかし外からスティルインラブ、アドマイヤグルーヴ! やはりこの2人だスティルインラブとアドマイヤグルーヴが入ってきた!》
「いけー! 頑張れー!」
主目的は応援だが、それ以外にも目的がある。
それがレース観戦。上のレースを観るのは、今後のためになるからな。
〈いいか? ただ観て応援するだけじゃねぇ。自分ならどの位置につけるか? どこで勝負を仕掛けるか? 外から俯瞰して、各ウマ娘の位置を確認するんだ〉
「はい。分かりました、ロック」
〈自分が実際に、レースで走っている姿をシミュレートしろ。その上で、どう勝つのかを想像するんだ〉
見て学ぶ、という奴だ。いろいろと考えながら観ることで、今後の成長に繋げることができる。
俺は出来なかった。出来なくて当然だけど。
そんなどうでもいい話は置いといて、秋華賞は大詰めだ。
外から上がるスティルさんとグルーヴさん。
中団より少し後ろから、鋭い末脚で上がってきた。
《スティルインラブ! アドマイヤグルーヴ! スティルインラブとアドマイヤグルーヴやはりこの2人だ! スティルインラブ優勢か? スティルインラブが優勢だ! 懸命に追いかけるアドマイヤグルーヴ! あと一歩まで追い詰めている!》
優勢なのはスティルさんの方。
内側につけた有利が、ここで働いている。
〈早めに仕掛けて内側につけた分、スティルさんの方が有利になった。グルーヴさんはスティルさんのさらに外。ロスがある分、グルーヴさんの方が不利になる〉
「……ですね。結果論ではありますが、仕掛けどころの差、ですか」
〈そんなところだ。それでも追いつきそうな辺り、脚を溜めてた分グルーヴさんの末脚が上なんだろうな〉
そして、勝負が着いた。
《勝ったのはスティルインラブ、スティルインラブです! ローズステークスの雪辱はここで果たす! アドマイヤグルーヴを下し、メジロラモーヌ以来のトリプルティアラを体感したのはスティルインラブ! 新たなトリプルティアラウマ娘の誕生です! アドマイヤグルーヴは2着です!》
スティルさんの勝ちで、秋華賞は終わる。
これでトリプルティアラ。ラモーヌさんに次ぐ形での戴冠だ。
拍手が起こる場内。スティルさんの勝利を、ファンが喜んでいる。
にしても、やっぱ強いな2人とも。
(あの末脚の鋭さは、お2人の強力な武器だな~。俺にはないもんだ)
〈グルーヴさんもスティルさんも、強いわやっぱ〉
「はい。僕はまだまだですね」
〈ま、お前も来年には同じステージに立てるさ。あの2人がいる場所に、な。これから頑張ればいい〉
シャロの刺激にもなった。
やる気が漲っているのが伝わってくる。今すぐにでも身体を動かしたいって、燃え上がってら。
「シャロ。レースはどうだった、って。聞くまでもないみたいだね。やる気に溢れてる」
「はい、トレーナーさん。僕はまだ至らぬ身であることを痛感しました。学園に戻ったら、すぐにでも」
「今から帰ったら、日が落ちてるから。さすがにトレーニングは出来ないからね」
トレーナーからやんわり窘められつつも、実りのある観戦になったな。
良いことだ。
ちなみに次の日。
「なぁアルヴ。何してんの? お前。シャーロックサンに抱き着いて」
「なんでもないわ。邪魔だからあっちに行ってなさい」
「いや、なんでもないことないだろその様で。レースで負けたのがそんなに悔しっ!? ッテェ! 抱き着きながら器用に俺の足を踏むなぁ!」
「あはは……」
グルーヴさんはシャロに抱き着いていた。負けたから慰めて欲しい、とばかりに。
一切そんなこと口にしてないけど。無言で近づいてきたうえに、無言で抱きしめてきたけど。
シャロも別に、拒みはしてないし。いいんじゃないですかね、別に。
◇
秋華賞の翌週もまた京都へ。
今度は菊花賞。ユニさんの三冠がかかったレースだ。
《第3コーナーを曲がって第4コーナー。ここで勝負を仕掛けるペルフェット、ネオユニヴァースがもっと前へ行きます。ゼンノロブロイよりも前に行くネオユニヴァース。ザッツザプレンディが仕掛けました、ザッツザプレンディが仕掛けた先頭に立ちますザッツザプレンディ》
〈よく見とけよ、シャロ。お前が来年走るレースだ〉
「芝の3000m菊花賞……最も強いウマ娘が勝つ、クラシック最後の冠」
〈あぁ。そして、お前の目標のためなら、絶対に勝たなきゃいけないレースだからな〉
このレースだけは、見逃すわけにはいかない。
クラシック路線に進む予定のシャロを思うなら、見に来なきゃいけないもんだ。
トレーナーから提案してくれて助かったよ。
「シャロ。京都の坂にはタブーとされる行為があるんだ。勿論、知っているよね?」
そのトレーナーも、ただ観戦するだけじゃない。
後学のために、シャロと一緒に学ぼうとしている。
実際に肌で体感することで。
トレーナーの言葉に、シャロは頷いた。
「存じています。京都の坂は、ゆっくり上ってゆっくり下る。これが定石であり、勝ち筋に一番近いとされている」
「そう。勢いよく行きすぎたら、最後まで走り切ることができない。このタブーを犯して勝ったウマ娘は、限られている」
タブーを犯したウマ娘として、代表的な例はやはりミスターシービー。
常識破りの追込戦法で、京都の坂でタブーを犯し。そのまま勝利したウマ娘。
3人目のクラシック三冠達成者。【ターフの演出家】とも呼ばれる、その人だ。
もっとも、ミスターシービーのような勝ち方ができるのは、よほどの規格外のみ。
並のウマ娘じゃ、そんな戦法取ることすらできない。
だが。
「ですが、定石に縛られるつもりは毛頭ありません」
「……と、いうと?」
「定石に縛られ、行動を狭めてしまうのは愚の骨頂。真の強者ならば、常識から外れようが勝てます」
そんなものは、人が勝手に作ったタブー。
人が決めた価値観に縛られるのは、行動を狭めるのと同義。
「もし必要に迫られれば、僕は躊躇いなくタブーを犯しましょう。勝つための道に繋がっているのであれば、僕は躊躇なく邪道に突っ込みます」
シャロは、そんなものに縛られるつもりはない。
人が決めたルールに、常識に。囚われたりはしない。
目標のためならば──常識破りの戦法すらも取り込む。
勝利に貪欲な姿、か。
いいんじゃねぇの、バチバチで。好きだぜ、そういうの。
トレーナーも、反対はしない。
「うん、その意気だよシャロ。シャロの言う通り、一つの道に固執する必要なんてないんだ」
「その通りです、トレーナーさん。あらゆる方面へと手を伸ばし、己の糧とする。より高みへと至るために、必要なことです」
「選択肢は多い方がいい。戦略の幅が広がるから、やれることは多い方がいい。その分、迷うリスクが大きくなるけど……望むところ、だろ?」
「えぇ。そうでなければ、ロックの走りを身につけるなんて、夢のまた夢ですから」
むしろ肯定する。時にはタブーを犯すことさえも。
シャロもトレーナーも、お互いに笑みを浮かべ。
改めて、レースの観戦へと戻った。
レースはというと、大詰めだ。
《ザッツザプレンディ先頭で入りました。最後の直線、先頭で入ってきたのはザッツザプレンディ、2番手ネオユニヴァース! 二冠ウマ娘ネオユニヴァースがザッツザプレンディを追う! ザッツザプレンディが逃げる! 追いつけるかネオユニヴァース! 追いつけるかネオユニヴァース!》
ユニさんは末脚を爆発させ、先頭へ追い付こうとしている。
ザッツザプレンディとの差を詰めようともがいているが……追いつけない。
1バ身から先が縮まらない。先頭に、追い付くことができない。
「スタミナも、末脚も残っていません。ユニさんの切れ味が、鈍っています」
〈ちゃんと気づいたみたいだな。そうだ、ユニさんはもう尽きかけている〉
それでも、ユニさんは意地で追いつこうとしている。
負けない、譲れない。
気迫が観客席にも伝わるくらいに、ユニさんは必死で走っている。
だが、ザッツザプレンディを捉えることは出来ず。
《三冠は無理か!? 三冠は無理かネオユニヴァース! ザッツザプレンディ粘る粘る! 外からリンカーンが飛び出してきたぁ! 外からリンカーン! 外からリンカーン! ネオユニヴァースに並んで、追い抜いて。ザッツザプレンディを捕まえるかリンカーン! ネオユニヴァースは3番手に落ちた!》
後方から末脚を伸ばしてきたリンカーンに追い抜かれ。
《ザッツザプレンディ逃げ切った1着ゥ! ザッツザプレンディ1着、ネオユニヴァースは3着! 2着はリンカーンだ! ネオユニヴァースは三冠ならず!》
ユニさんの三冠の夢は、終わってしまった。
会場内の一部からは、溜息が聞こえていた。
ウマ娘の耳は良いので、ごく一部のこういうのも拾ってしまう。
とはいえ、ほとんどの人が拍手で祝福していた。
「おめでとうザッツザプレンディー! 頑張ったー!」
「G1制覇おめでとーう!」
「ネオユニヴァースも惜しかったぞー!」
勝ったウマ娘は、涙を流しながら声援に応えている。
ユニさんは、空を見上げていた。
「……軌道は変わらず。ネオユニヴァースは“NUUK”で、波は変わらなかった」
落ち込んでいる、ようには見えない。傍目には。
ただ、なんとなく分かる。
(悔しいって気持ちは、確かにある。負けたくなかったって気持ちを、ユニさんから感じる)
負けて、悔しがっていると。
シャロも、勘づいたんだろう。
「ユニさん! お疲れさまでした!」
大きな声で、ユニさんに声援を送り。
ユニさんはびっくりして、視線を逸らし。
けれど、しっかりとこっちを見て。
「シャロの『応援』、とてもアファーマティブ。『嬉しい』だよ、シャロ」
手を振ってくれた。
これで菊花賞は終わり。
トレーナーと一緒に、帰路につく。
新幹線の中で、シャロはあくびをした。
「ふわ……」
「眠いの? シャロ」
トレーナーに顔を覗き込まれるが、シャロは慌てて首を振り。
「いえ、大丈夫です。この程度、問題なくこなせますので」
「駅に着くまでの間、寝ててもいいよ? 着いたら起こすから」
「いいえ、大丈夫です。トレーナーさんの迷惑になりますから」
頑として譲らない。眠いのを我慢して、必死に起きている。
〈別に寝ればいいだろ。我慢は体に毒だぞ〉
「ロックまで。トレーナーさんのご迷惑になりますから、絶対に寝ません。寮まで我慢します」
〈へいへい。頑固者だね、お前も〉
今日もシャロはいつも通りである。結局最後まで寝ることはなかった。
「別に寝てもよかったのに」
「ご迷惑になりますから。それでは、学園に戻りましょう、トレーナーさん」
「分かった。今日は早めに寝るんだよ、シャロ」
学園まで送ってもらい、寮につく。
部屋ではタイドが出迎えてくれた。シャロの姿を見るなり、心配そうに駆け寄ってくる。
「シャロさん、眠そうだね。昨日もトレーニングで、今日は菊花賞を観に行ってたんでしょ?」
「はい。さすがに疲れました……移動や観戦だけでも、疲労は溜まるものなのですね」
「人混みとかもあるから仕方ないよ。早くお風呂に入って寝ちゃおうか」
「そうします」
着替えを持って、お風呂へと直行するシャロ。
「ロック? ロックはいかないのですか?」
〈いかねぇよ。何度も言うが、俺は風呂場まで行く気はない〉
「お風呂嫌いなのはよくないですよ。汚いです」
〈風呂が嫌いなわけじゃねぇって毎回言ってんだろ。いいからはよ行って来い〉
相変わらず俺は着いていかないのか、と聞いてくるので適当にあしらい。
部屋の中で適当に過ごしていた。
正直ソヴリンティもどうなるかなんだよなぁ。