シャーロックとの旅を終えた後、私は学園に戻っていた。
「あれ? 珍しいじゃんステゴ。アタシたちのハウスに戻って来るなんて」
「私の部屋でもあるからな。これは前にも言ったことがあるが」
「マジで遭遇しねーんだもん。川から砂金を見つける方が高いし」
「そこまではいかないだろ」
ゴルシは、久しぶりに会えて嬉しそうにしている。耳も尻尾も、忙しなく動いていた。
久しぶりの帰宅だからな。ちょっと申し訳なくなる。
そして、今からも。
「てかよ、帰ってきたんなら遊ぼーぜ! ジャーニーとか誘ってよ!」
「悪いなゴルシ。これから出かけなきゃいけないんだ。また今度、遊んでやる」
「エー!? いつもそんなこと言って……アタシの気持ちを弄んでるのね!?」
泣き崩れるゴルシ、だが。泣き真似だなこりゃ。
わざとらしすぎるし、なにより目薬がちょっと見えている。隠し切れていない。
申し訳ないが、こういうのを見るとちょっと微笑ましくなってくる。
「悪い悪い。埋め合わせはちゃんとするよ。それこそ、明日でもいい。約束しよう」
「フーン……大事な話があんだな?」
「分かるのか?」
「まーな。いつになく真面目な雰囲気だし、外せない用事があんだろ? それくらい分かる」
鋭い目。遊ぶふりを止めて、いつになく真面目な顔でこっちを見るゴルシ。
普段こそおちゃらけているが、察しは良い子だ。
真面目になるべき時と、そうでない時を使い分けている。今は、真面目な話だと理解している。
(賢いやつだ)
「あぁ。どうしても外せない用事だ。これからあるやつと、話しに行くつもりでね」
「それって誰よ?」
「そうだなぁ……」
気になって仕方ないのか、身を乗り出してくるゴルシ。
今は日も落ちた夜の時間。そんな時間に話す相手が、気になって仕方ないんだろう。
私が話しに行く相手は。
「自分の気持ちを素直に吐き出さない、悩めるウマ娘さ」
何を言っているのか分からない。そんな顔のゴルシを背にして。
私は寮の部屋を出た。いつものように、ハーモニカを持って。
あいつが、シャーロックがいるであろう場所に。足を運ぶことにした。
◇
やはり、シャーロックは運動場にいた。
(いつもの綺麗な音色だ。綺麗で、そして……悲しい旋律)
月明りに照らされて、バイオリンを奏でる姿は幻想的で。おとぎ話から切り出されたような、絵画の世界から飛び出してきたと言われても信じてしまいそうなほど。
手を出すことも憚られる、触れれば消えてしまいそうな儚さ。
誰も踏み入ることができない聖域に、シャーロックはいる。
ま、私にはそんなもの関係ない。
ハーモニカを取り出して、いつものように奏でる。シャーロックの旋律に、割って入る。
(いつものことだ。私達の出会いの合図)
しばらくの間、2人の演奏会を続け。
思い出したかのように、音が止まる。
「……で? 今回は何の用事だ、ステゴ」
「あんたと話がしたかった、ロック。シャロが寝ている今の内に話しておきたいことがあってな」
「シャロが寝ている時ぃ? 何を聞く気だよ俺に」
ロックは私の方を振り向いて、今日はどんな話をしようかと耳を傾ける。いつもと変わらないロックは、訝しそうに目を細めていた。
見当がつかないんだろう。シャロが起きていると都合が悪い話が、いつになく真面目な私に何を言われるのか、気になって仕方がないはずだ。
誤魔化すつもりはない、茶化す気も一切ない。
一直線に聞く。
「昨日、あんたの夢を見たよ」
「夢にまで見るとか、俺のことどんだけ好きなんだ」
「別世界のあんたの夢。メジロシャーロックが辿ったであろう道を、私は見た。理由は分からないけどな」
茶化そうとしたロックの顔が、一瞬で険しいものに変わった。敵意むき出しで、嘘かどうかを確かめるように睨みつけてくる。
臆さない。見つめ返して、退く気はないと視線で一蹴する。
「とんでもないな、アレは。期待に圧し潰される、ってのは初めての経験だった」
ロックは何も言わない。ずっと私を睨んで牽制している。
「それだけじゃない。愛してくれた存在が次々と消えていった……酷く、悲しさを覚える記憶だった」
その口を閉じろと言わんばかりに、鋭い目で私を見る。
「それでも、進まざるを得なかった。期待に応えるために、なにかのために、あんたは進み続けた。自分の気持ちに蓋をしてまで、心を殺してでも叶えたい願いがあった」
だが、止める気は一切ない。これ以上言い逃れができないように、誤魔化されないために。夢で見た内容を伝える。
「なぁ、教えてくれよメジロシャーロック」
「……」
「あんたは一体──なんのために走っていたんだ?」
怒りの表情で私を見るロックに、走る意義を問いかけた。
結局のところ、私が疑問に思っているのはそこだ。どうしてあんなになるまで走っていたのか、気持ちを失わなかったのか。
身内の不幸と期待という絶望。プレッシャーに押しつぶされそうになる日々の中で、なにが支えになっていたのか。
メジロシャーロックの原点はどこにあるのか。そのことがずっと気になっていた。
「ここまで言われて逃げるなんてないよな? 私は逃げても構わないが、何度でも同じことを聞くぞ」
「……何がお前を、そこまで駆り立てるんだ? ステゴ。別にいいだろ、俺のことなんて」
自嘲気味に吐き捨てるシャーロック。なにもかも諦めているような、嫌いな顔のシャーロックだ。
そこまで言われて、黙っていられるわけがない。
「二度と同じことを言うな、シャーロック。あんたのことがどうでもいいだと? ふざけるなよ」
驚いているシャーロックを前に、私は自分の気持ちをぶつける。
シャーロックに、友達に。私の、偽りのない本心を。
「私はあんたのことを友達だと思っている。友達が悲しい顔をしていたら、助けになりたいと思うのが当然の道理だ。あんただってそうだろ?」
「……そうだな。それが当たり前だ」
「あんたはずっと悲しい顔をしている。模擬レースでも、バイオリンを演奏している時もずっとだ。そんな顔をされて、黙っていられるわけがない」
助ける術があるのなら、私は助けたい。
理由は分からない。ただ、魂が突き動かそうとしている。
別世界のわたし、ではないなにか。別の叫びが、私とシャーロックを繋ぐか細い縁が、苦しむシャーロックを助けて欲しいと突き動かす。
今はただ、この叫びに身を委ねて。
「話してくれ、シャーロック。私にできることなら、手伝うことを約束する。なんでもだ」
「そこまでの覚悟を持ってるわけ、か。なにがお前を動かすんだ?」
「さぁな。少なくとも別世界のわたしじゃない。わたしじゃないが、あんたを助けたいと叫んでいる。私も同じ気持ちだ。だからこうして動いた」
今も悲しそうに私を見つめるシャーロックに、思いの丈をぶつけた。
冬の寒風が身体を襲う。そんなものは気にも留めず、私とシャーロックは向かい合う。
風で揺れる髪を抑えつけることもせず、ただ真っ直ぐに見つめ合って。
やがて。
「……俺の根負けだ。話す、話すよ。俺の原点を」
観念したように両手を上げるシャーロック。降参のポーズを取った後、自分のことを話し始めた。
門限が近づく中、要点だけをかいつまんで説明してくれるシャーロック。
夢で見た内容は間違っていないらしい。つまりは、夢で見た通りの道を歩んできたわけだ。
「その、辛かったんじゃないか? いろいろと」
「そりゃ辛かったよ。なんでこんなことに、どうしてこんなにも不幸な目に遭うんだ、って何度も思った」
やはり、シャーロックも辛かったらしい。
当たり前の話だ。あんなもの、普通耐え切れるわけがない。支えになるものがなければ、すぐにでも折れてしまう経験だ。
それでも、シャーロックが立ち上がることができたのは、メジロが関係しているらしい。
「俺は折れるわけにはいかなかった。俺の目標であるメジロの再興……そのためならいくらでも頑張れたからな」
「メジロの再興、か。つまりは、さらに前の世界では、メジロはなくなっているんだな?」
「そうだ。俺はその運命を覆すために走り続けた。メジロを繋ぐために、メジロ復活のためにな」
メジロの歴史を途切れさせないため。没落の運命にあったメジロを変えるために頑張り続けた。それこそが、メジロシャーロックの原点である、と。
「自己中な理由だろ? 自分が気に入っているものがなくなるのが嫌だから、ってのが行動原理だからな。高尚なもんじゃない」
「なんでだ? いいじゃないか別に。自己中結構、私はむしろ親近感がグッと湧いたよ。あんたにもそういう部分があって」
「良い趣味してるぜ、ったく」
呆れたように笑うシャーロックの顔は、少しだけ気が楽になったように見えた。
おそらくだが、吐き出せる相手がいなかったんだろう。身の上話を聞いている私でも、話すのは躊躇われる内容だ。
出来ることなら、話さずに墓場まで持っていきたかっただろうに。そこだけは申し訳なかった。
原点は分かった。なら次は、どうして悲しそうにしているか? だ。
これについても、シャーロックは教えてくれた。もう隠す意味はないと悟ったのかもしれない。
「道半ばでメジロの再興は叶った。なら次は、俺は何を目的に走ればいい? ってなってな。最初に頭に浮かんだのは、ライバル達と戦うってことだった」
「おっと、あんたまさかのレース狂いだったか。メジロラモーヌと一緒か?」
「どうだろうな。まぁ、だからこそレースを走っていた。その時にはもう、周りは俺と対戦することを回避するようになったけどな」
懐かしむように語るシャーロックの表情は、少しだけ悲しそうだった。
「それでも走り続けてくれる奴らはいて。そいつらと戦ったんだが……感じたのは、虚しさだった」
「……相手が弱かったから、って言いたいのか?」
「んなわけあるか! アイツらは強かった、戦った俺が一番よく知っている! そんなこと思うはずが、って、1回だけ似たようなこと思ってたわ……最悪だ、また思い出した」
「落ち着けよシャーロック。私が悪かったから」
激高する姿には、ライバル達をバカにする意図は一切感じない。間違いなく強い相手だったと主張する。
けど、レースで走ることが空しかった。その理由が自分でも分からないと答えている。
(レースのシャーロックを見たことがないから分からない。だが、併走を見る限りだと)
「あんたは別に、走ることそのものが楽しくないってわけじゃなさそうだもんな。本当に、分からないんだな?」
「分からねぇよ。てか、分かってたらこんなことになってねぇ」
本人が分からないんじゃ、私じゃ手の施しようがない。
併走、ってところにヒントがありそうだが、これだけじゃ分からない。実際のレースを見ないことには。
「あんた、レースで走るつもりはないのか? シャロの代わりに」
なんて提案をしてみるが、シャーロックは一蹴する。
「ねぇよ。俺が代わりに走ってどうすんだ? アイツのためにならねぇだろうが」
シャロのためにならないから、と。バカバカしいと私の提案を蹴った。
ま、そうだよな。この世界にいるのも、シャロのためと語ったのだから。成長を阻害するようなことはしたくないだろう。
可能性は0じゃないらしいが、確率は低いらしい。なら、賭ける意味はあるか。
全ての真相を語ってくれたシャーロック。
「まぁ、こんなところだ。俺の身の上話はな。面白くもなんともねぇ話だろ?」
「……あぁ、そうだな。あんたが口を割らなかったのがよく分かるよ」
確かにこれは、教えたくないだろう。信じてもらえるかも微妙だし、気が触れたと言われてもおかしくない。
別世界のわたしを知っている私だからこそ、簡単に飲み込むことができた。前提が分かっているからこそ、すんなりと入ってきた。
「あんたは、今も分からないんだな。レースで空しさを感じた理由が」
「あぁ、そうだ。今はもう、答えは出ないままでもいいと思っている」
なにもかも諦めたような顔のシャーロック。現状を打破することは出来ないと、全てを諦め受け入れようとしている。
だが、そんなことは私が許さない。
「あんたは、本当に真面目だな。遊び呆けて生きればいいだろうに、言われたことを真面目にこなそうと頑張っている」
「すげぇよく言われるよ。俺は真面目過ぎるってな。だけど、それが」
「だから私が、あんたが抱える空しさを取り除いてやる。空しさなんて感じないくらい、レースを楽しめるようにな」
驚いているシャーロックを無視して、宣言する。私がなにをするのかを、これから何をしようとしているのかを。
「これから先、アンタを楽しませる。タイムリミットまでの間に、あんたが心の底から笑えるようにしてやる」
「なに、言ってんだ? どうせ俺は消えるんだから、そのまま」
「ダメだ。そんなことは私が許さない。これからも積極的に関わるし、嫌だと言っても踏み込んでやる」
無理やりにでも近づく。嫌だと言われても諦めない。
「残された時間が少ないなら、その残された時間を目一杯楽しまなきゃ損だろ? だから私は、あんたを絶対に楽しませる。絶対にな」
笑って宣言する私に、シャーロックは俯いた。
表情は見えない。ただ、声は少しだけ掠れていた。
「なんで俺のために、そこまでする?」
理解ができない、どうして尽くしてくれるのかが分かっていない。そう言いたげだ。
理由、か。
別に高尚な理由なんて必要ない。こういうのは、自己中な理由でいいんだ。
シャーロックがメジロ家を救いたいと思ったのと同じように。自分勝手でいい。
だから。
「併走の時たまに、あんたの笑顔が見れるんだ。心の底から楽しいと思っている顔が」
「……っ」
「私はあの笑顔が見たい。あんたの笑ってる顔、好きだからな」
理由なんて、それだけで十分だ。
◇
それから、シャーロックとは別れた。
最後になんて言ったのか、どういう気持ちだったのかは聞かなかったことにした。野暮だからな。
ただ、私のやりたいことはすでに決まった。
「お、やっぱりここにいたかステゴ。寮長が心配してるぞ?」
「よう、トレーナー。あんたはやっぱり、私の居場所が分かるんだな」
「付き合い長いしな。なんとなく分かるさ」
前から歩いてきたトレーナー。道端でばったりと会った友達のような挨拶を交わす。
契約前からそうだった。どうもトレーナーは、私の居場所が分かっているかのように探し当てる。他は分からないのに、トレーナーは分かるなんて日常茶飯事だ。
波長が合っているのかもしれないな。
まぁ、今はいい。
「トレーナー。私はまだドリームトロフィーに移籍していなかったよな?」
「んあ? そうだな、まだトゥインクル・シリーズに籍を置いたままだ」
「ほうほう。そいつは好都合だ」
訝しげな視線を向けるトレーナーに、私は笑う。
「レースに復帰しようと思っている。また新しい旅をしようじゃないか、トレーナー」
トレーナーは何も言わない。良い、とかダメ、とか。一言も言わなかった。
ただ──私と同じように笑っていた。
多分この後【ステイゴールド電撃復帰!】みたいな記事が出回る。