いつもの栗東トレセン。新しい練習相手が見つかったり、タイドが若駒ステークスを勝ったりと、いろいろ起きている中で俺は考えていた。
岳さんから言われたこと。次の共同通信杯では、俺にレースを一任する、って言葉だ。
言葉の意味はそのままだろうな。いつもならいろいろと指示してくれるけど、次のレースはしない。
俺が考えて、自分でレースを作る必要がある。
(本当に俺に対する期待が上限叩いてんじゃね? シンボリルドルフと同レベルのことを求めてるとかさぁ!)
とはいえ、やるしかないのが現状。
岳さんも自分で言った手前、全てを俺に任せるはずだ。
なんで分かるかって? それくらい思い切りいいと思うから。後やると言ったからには絶対やるだろうし。
調教中も何も指示しないんだぜ? 調教でやらないんだから、大体は察しつくだろ。
ただ、悪いことばかりじゃない。
俺にとってはチャンスでもある。
(勝ち方を選べるからな。岳さんは王道の競馬を走らせそうだが、俺が自分で考えて走るってなると話は別になる)
その理由が勝ち方だ。俺としては、ずっと先のことを考えるなら、出来る限り派手に勝ちたいってのが本音だ。
どうして派手に勝ちたいか? これは観客、競馬ファンの印象に関わってくる。
新潟2歳と朝日杯の比較が一番分かりやすいか。
新潟2歳の時は王道の競馬。好位抜出からの盤石な競馬、勝つべくして勝つ戦い方をしていた。
対する朝日杯は差し。後方から一気に差し切る関係上、王道よりは多少リスキーな戦い方になる。
だが、派手だ。見ていて気持ちが良いし、不利な状況からの逆転勝ち、ってのは印象に残る。
ファンとしても応援したくなるのは後者。
地味な強さよりも、派手な強さの方がより際立つからな。そりゃそうなるって話。
んで、より印象に残るんだったら、朝日杯みたいな勝ち方を選びたい。
あの時は観客の声援も段違いだったからな。そもそも客入りが多いってのはあるが、熱の入りようが違った。
(出遅れからの差し切り勝ち。新馬戦以来のインパクトに残る勝ち方、なんて言われてた)
ってなると、人気のために後方からレースをする……ってのは、したくねぇんだよなぁ。
派手ってのは分かる。印象に残るってのは間違いない。
けどね、別の懸念事項があるんですよ。
成績が不安定になるとか、そんなもんじゃない。もっと大きな問題が浮上しましてね。
後方競馬を選択した場合、どうしても立ちはだかる壁がある。
それがなにかって? 来年出てくる日本近代競馬の結晶さんです。
(後方からレースして、ディープインパクト以上に印象に残る勝ち方をしろと? どんな無理ゲーだよバカ野郎。できるわきゃねぇだろ)
来年には無敗の三冠馬、日本近代競馬の結晶とまで言われたディープインパクトが出てくるのだ。
ディープは後方からの追込を得意としていた。その勝ち方は、あまりにもド派手。
あわや転倒、落馬からの勝ちとか、長距離で見せた異次元の勝ち方とかたくさんある。
もし俺が差しと追込を選んだ場合、絶対にディープと比較される。断言してもいい。
その比較で俺が負けてしまった場合、人気という側面で負けてしまう。
(クッソ、やっぱりディープがノイズ過ぎる! 近い年代どころか、前後の世代なのが本当に終わってる!)
じゃあ王道の競馬をするか? それも無理だ。
次年度に出てくるのは不利な状況から一発逆転する、派手派手な競走馬。
よしんば俺が三冠馬になって、直接対決でも勝ったとしても、人気の面で必ず負ける。
なんで分かるかって? 歴史が証明してるからだよ。シービーとルドルフの関係性とか。
も~嫌だ。どう足搔いても来年の三冠馬が邪魔すぎる。
ちょっとでも時代が違えばなぁ、なんて思ったりするが意味はない。
(……前がナリタブライアン、後ろがオルフェーヴルの時点でどっちも無理だわ。つか、三冠取ろうとしている時点でもうアレだわ)
だって三冠馬ってもれなくバケモノ揃いだし。
どこと前後の世代になろうが、終わってること間違いなしである。
勝つだけじゃダメ、印象に残る勝ち方をしないといけない。
後ろからの競馬はしたくない、ディープ以上にインパクトのある勝ち方はできないから。
なんともワガママなことだが、俺がやらなきゃいけないのはそういうことだ。
考えることが多すぎるが、これを達成しなければならないのが俺。目標のために、障害は乗り越えなければならない。
だが、実はあるのだ。すでに俺は答えを見つけている。
印象に残る勝ち方で、なおかつディープとは被らない場所。
加えて三冠馬の中で誰も勝ったことがない勝ち方が。まだ三冠馬が誕生していない脚質が存在している。
(やりますかね。岳さんにもいろいろ教えてもらったし)
『明日はもうレースか~。頑張るか』
準備は整えた。後は本番で実行に移すだけである。
◇
2月8日の東京競馬場。天候に恵まれ、太陽が見守る中、メインレースの共同通信杯を迎える。
客入りはいつも以上に多い。今日はG1の開催日だったか? と錯覚するほどに、多くの人で賑わっていた。
いつもの重賞以上に人が多い理由。それはメジロシャーロックが出走するからだ。
「お、朝日杯からプラス1キロ増加の490キロか。ええ感じの馬体や!」
「今日も輝いているように見えるな。それに、毛の色が落ちてきて白くなってきてる」
「白くなると、ますますオグリキャップに見えてくるな~」
新馬戦の頃はまだ黒かった馬体が、今はどんどん白く、灰色になってきている。
その毛色からオグリキャップを連想する人は多く、これだけでも見に来てよかったと口にするファンもいるほど。
オッズは当然のように1番人気。倍率1.1倍と、とんでもなく期待されている。
「2歳王者の最初のレース。どんな勝ち方をしてくれっかな?」
「そりゃあもう、朝日杯の勝ち方を期待するっきゃないっしょ! ありゃ本当に凄かったんだ!」
「クソ~、俺も生で見たかったー! その日何で行かなかったんだよ~!」
ついでに朝日杯のような差し切り勝ち。とりわけ豪快な勝ち方を期待されていた。
パドックで絶賛されていたメジロシャーロック。
東京競馬場の芝に降り立ってもまだ、観客のざわつきは収まっていなかった。
「ほら見てみぃ、未来の三冠馬やで」
「おいおいさすがに言いすぎ。けど、三冠取れるだけの力はあるよな」
「こっから有力馬がちらほら出てくるからな~。でも、筆頭は間違いなくシャーロックだろ」
「出自も凄いらしいぜ? メジロシャーロック。応援したくなるよ本当に」
興奮冷めやらぬ中、ゲート入りが進む。
一頭、また一頭とゲートに入れられ、まもなくレースが始まることを実感する。
《東京競馬場メインレース、共同通信杯。晴天に恵まれ、芝の状態も良馬場の発表。1800mの距離を優駿達が駆け抜けます。1番人気は4枠4番のメジロシャーロック、2歳王者の始動戦はこの共同通信杯からです》
《現在4戦4勝の無敗ですからね。期待が高まりますよ!》
実況と解説も興奮気味だ。
最後の馬がゲートに入り、一瞬の静寂が競馬場を支配する。
静かな空気が支配する。あれほど騒がしかった喧騒が止み、誰もいないかのような静けさが訪れる。
そんな空気を切り裂いて、ゲートが開いた。
《大外枠のマイネルデュプレがゲートに収まりました。全馬態勢が整って今っ、スタートしました!》
収まっていた馬たちが一斉に駆け出す。
騎手の指示で飛び出す馬、狭い空間からいち早く抜け出したい馬、様々だ。
注目のメジロシャーロックはというと、好スタート。朝日杯のように出遅れはない。
どのように走るか注目されていた。また豪快な差しを見せてくれるのか、それとも新馬戦のような大差勝ちをしてくれるのか。
期待するファンの目に入ったのは……普通の走りだった。
《スーッと内枠から抜け出すビッググラス、外から併せるメジロシャーロック、9番のボブビーストと10番のアポインテッドデイ。メジロシャーロックは4番手、先頭はビッググラスが握るのか? ペースを握るのはビッググラスだ》
新潟2歳ステークスで見た好位抜出。先行の位置で走っている。
後ろに下がろうとはしない。かといって、大きく差を広げて逃げようともしていない。
いつもの前傾姿勢ではあるが、それ以外は普通。語るべきところのない、期待に沿わない走りだった。
ファンが抱いたのは少しの落胆。またお決まりの競馬か、と気落ちする。
「頑張れー、シャーロックー!」
「負けるんやないでー! お前に賭けとるんやからなー!」
まぁ勝てるならそれに越したことはない。
負けるよりはよっぽどマシ。馬券が紙くずに早変わりするよりはずっといい。
残念な気持ちを抱えながらも、ファンは応援の声と野次を飛ばしていた。
その後もメジロシャーロックは普通のレースを展開している。
変わったことと言えば、先頭に立って逃げていることぐらいだ。
《先頭で走りますメジロシャーロック。向こう正面の途中からメジロシャーロックが先頭に変わりました。東京競馬場名物大欅を超えて、葦毛の馬体が逃げています》
《悠々と逃げていますね。問題はなさそうです》
《追いかけるビッググラス、その差は3馬身。ボブビーストとアポインテッドデイが並んでいます。ブラックコンドルも加わり4頭が先行集団。その後ろも固まって、います。後ろも固まります。メジロシャーロックだけが抜け出している形だ》
淡々と逃げているメジロシャーロック。少しの派手さは感じるが、まぁ普通なのが観客としての印象。
必死さがあるわけではない。冷静に動いており、前で走る奴がいないから前走ってます、と言わんばかり。
別に無理して先頭に立たなくても走れますよ、と見える。他の逃げ馬とは違う。
「普通やっちゃな~。もっと差をつけて逃げんかい!」
なんて野次が飛ぶくらいには普通だった。
もっとも、そんな野次を気にすることはなく。
メジロシャーロックは淡々と走る。勝利に向かって。
レースが進む中、シャーロックの背に騎乗している岳寛は驚いていた。
思わず笑みが零れ、走りを称賛する。
(やっぱり君は凄い子だよ。まさか……ラップ逃げをするなんてね)
気づいている。シャーロックがやっていることに、その凄さに。
先ほどから1ハロンごとのタイムがブレていない。ほぼ正確に、11秒台後半から12秒台前半を刻み続けている。
誤差は精々0.数秒程度。あってないようなものだ。
ラップ逃げ。レコードタイムから逆算し、一定のタイムを刻み続ける走り方。
かつては二冠馬ミホノブルボンとその騎手がやっていたという、逃げの一種だ。
これを騎手とやっているのなら分かる。馬の操縦性と騎手の正確な体内時計があれば、十分実現可能な範囲だからだ。
しかし、シャーロックはラップ逃げを単独でやっている。
馬の気性と体内時計が備わってなければできない芸当。周りに並ばれても、問題なく走れる精神性。
たった一頭で、あらゆることを高水準で備えなければならない。それだけのことだ。
笑みが隠し切れない。きっと、周りが見たらびっくりするだろう。
(調教の時、紙を、文字を読めると知った。どういう時に喜ぶのか、それとも不機嫌になるのか。その理由に気づいた)
「良いペースだよシャーロック。ほとんど誤差はない」
褒めつつ、見据えるのは第4コーナーの先。もう最後の直線に入ろうとしていた。
(自分が望んだペースで走れたら喜ぶ、それ以外だと不機嫌になる。君は、自分でペースを作り出そうとしていた!)
ドキドキが止まらない。本当にこの馬はどこまで行くんだろうと、期待せずにはいられない。
賢いなんてものじゃない。中に人間がいるんじゃないか? と錯覚してしまうほどの規格外。
頑丈さ、素質、賢さ。全てを併せ持った神童。そんな馬に騎乗できるのは、なんて幸せなことか。
《第4コーナーを超えて最後の直線に入りました。先頭は依然として変わらないメジロシャーロック。メジロシャーロックが先頭です。後続が差を詰めようとしているぞ! 果たして逃げ切れるかどうか!》
鞭はいらない。
入れる必要がないほど完璧なんだ。理由がない。
ラストスパート。勢いづいて走る後続を後ろ目に見て確認。
問題ないと判断して、手綱を握ることだけに集中する。
ヒリつく空気。後ろからの圧は……一向に迫ってこない。
(当然だね。同じペースどころか、それ以上のペースで走っている。追いつくはずがない)
《メジロシャーロック捕まらない、メジロシャーロックは捕まらない! 逃げて逃げてその差が5馬身に変わる! もう東京の坂を超えた! 後は駆け抜けるだけ残り200m!》
問題なく走り抜ける。あまりにも盤石な、揺らがない勝利に安心感を覚えた。
最初こそ普通の走りだと思っていた観客。
ただ、さすがに逃げて5馬身も広げていたら普通から逸脱しているだろ、と気づく。
「うおおお! さすがやシャーロック! そんまま突き放せー!」
「やっぱこれだ、これがメジロシャーロックだ! いけー!」
差は一向に縮まらない光景を眺めながら、メジロシャーロックの馬体がゴールラインを通過した。
《メジロシャーロック盤石の勝利! 逃げてこれだけの強さ、最後に差を広げる圧勝劇! 最終的に6馬身差つけて勝ちましたメジロシャーロック!》
《悠々とした逃げでしたね~。あれだけ楽に逃げられたら、岳騎手も気持ちが良いでしょう!》
《2着はマイネルデュプレ、3着はアポインテッドデイ! 大外枠の2頭が2着と3着に入りました。しかしこれは強かったメジロシャーロック。年明け始動戦を、気持ちよく勝利で迎えました!》
《クラシックの大本命ですね! この勝ちっぷり、期待しかありません!》
圧倒。モノが違う。そんな言葉が出てくるほど、メジロシャーロックは当たり前のように勝った。
レースを終えた後、岳はシャーロックを撫でる。
「お疲れ様。僕の指示なしに、ラップ逃げを完遂できたね」
そう口にした瞬間、メジロシャーロックは嘶いた。
「ヒヒィィィン!」
嬉しい。ちゃんとできただろ。そう言いたげな嘶き。
頬が緩み、撫でる手を止めない。
「次も君に任せる。それ次第で僕は、皐月賞での走り方を決めるよ」
無傷の5連勝。きっとクラシックも好走してくれる。そう思わせる走りだった。
ファンはメジロシャーロックに惜しみない、賞賛の拍手を送る。
「やっぱお前だ、お前しか勝たん! メジロシャーロック最高ー!」
「次も頑張れよー! お前なら2000mでも余裕だー!」
「シンボリルドルフ以来の無敗三冠頼んだぞー!」
止まない応援の声。期待を乗せて、次も絶対にレースを観に来ると心に誓ったファンだった。
ちなみに後日。共同通信杯のラップタイムが明かされた瞬間、全然普通の勝ち方じゃなかったことに驚く競馬ファンだった。
「ほとんどブレてへんやん!? 恐ろしすぎやろあの馬!」
「いや、これは寛が凄いだろ。やっぱすげぇなぁ寛は」
「とんでもねぇな本当!」
過去最高にウマ娘熱が高まっている。やっぱライブは最高ゾイ。