シャロは、メジロシャーロックは不思議なやつだった。
気が強いわけじゃない、我が強いわけじゃない。自分優先じゃなくて、他を優先するようなやつ。
オスにしては珍しい、優しいやつだった。
最初の出会いは、調教の時。
オスが相手になるって聞いて、あたしは舐められないように自分を大きく見せることにした。
『生意気そうな面ね! あたしがコテンパンにしてやるわ!』
『えぇ……』
『なによ? なにか文句あるわけ? この、あたしに!』
今にして思えば、大分恥ずかしいことをしていたと思う。シャロも何言ってんだ? みたいな顔してたし。
あたしとしては舐められるのが癪だから。下に見られるのが我慢ならなかったから、とにかく自分を大きく見せようと必死だっただけ。
(オスはあたしたちよりも大きい。コイツも時期に、あたしより大きくなる)
大きくなったら威張り散らされる。なら今の内に、あたしの方が上だって意識をつけさせておこう。
あたしは将来を期待されている女王。女王として、期待に応えなきゃいけないから。下に見られるなんてこと、あっちゃいけないことだもの。
シャロにも威張り散らした。上下関係を分からせるために。
もっとも、シャロ相手にそんなものは不要だった。
『今日はよろしくお願いします、アドマイヤグルーヴさん。頑張らせていただきます』
『はい。いつも俺のためにって加減してくれてるんですよね? 加減してこれなら、本気を出したらもっと凄いんだろうなって。いつも思ってます』
『瞬発力勝負じゃとても敵わないですね。この末脚が、レースで勝つための秘訣ですか』
あたしのことたくさん褒めてくれるし、偉ぶったりしないし。
とにかく一緒にいて居心地が良かった。居心地が良くて、楽しかった。
オス相手だとどうしても縮こまっちゃうあたしがいたけど、シャロのおかげでなんとかなったもの。シャロがいなかったら、今のあたしはいない。断言できる。
……ただ、シャロはそういう性格だから凄く人気。優しくて速くて強いやつだから、よく話題になっていた。
おまけに目立つもの。他と違ってとにかく目立つ。人間たちが言うには葦毛、ってやつらしい。
あんまり見ないわけじゃないけど、他と比べても目立ちやすい。そう言ってた。
シャロは人気。あのスティルインラブですら、シャロにはぞっこん? ってやつだった。
『いずれ貴方からァ、シャロを戴くわァ。別にいいわよねェ? 高慢な女王様ァ?』
『いいわけないでしょうが! あんたは金輪際シャロに近寄るんじゃないわよ! シャロに悪影響だから、さっさとどっか行きなさい! 女王命令よ女王命令!』
『とりあえず俺を挟んで威嚇し合わないでくれます? てかグルーヴさん、端田さんが凄い顔で手綱引っ張ってますよ』
しかもあいつは、ちょ~っとシャロと一緒だからってことあるごとにあたしにケンカを売ってきた。
(なによなによ! あたしの方がシャロと一緒にいるんだから! あんたなんかよりもずっと一緒にいるのよ!)
『調子に乗らないことねスティルインラブ! シャロはね、あたしにぞっこん? なのよ!』
『え? いや初耳なんすけどそれ。どういう』
『……シャァロォ? どういうことかしらァ?』
『いや知りませんって。今初めて聞いたんですから』
まぁ? もっとも? あいつがなにを言おうが無駄。
シャロと一番仲良しなのはあたし。シャロの一番はあたしなんだから。
あたしが女王でシャロは家来。これはもう決まっていること。
今更、スティルインラブが入る余地なんてどこにもない。
スティルインラブだけじゃないわ。
『え~! 今日シャロじゃないのー!? やだやだー!』
スイープトウショウってやつも。
『ぐぎぎ……! このお昼寝スポットは譲れません……!』
ラインクラフトってやつも。束になってかかろうが、あたしの足元にも及ばない。
(あたしはシャロと一緒に、海外まで行ったんだもの! あたしが一番、あたしこそがシャロの女王! ふっふ~ん!)
「アドマイヤグルーヴ、ラインクラフトたちの方を見て得意げになってませんか? 端田さん」
「あぁ、はい。いいんじゃないですか? 大人しくしててくれるなら」
「諦めてる……」
シャロの一番はあたし。これは決定事項だもの。覆すことなんてできない。
「ほら、機嫌良さそうにしてますよね? なら大丈夫ですよ。気が立ってなかったら」
「アッハイ」
「さて、調教に行きましょうか。今日は久しぶりに、メジロシャーロックとの併せですから」
「ヒヒィン(シャロと一緒!? やったー)!」
「うわっ!? な、名前に出すだけでこれって。本当に好かれてるなぁ、メジロシャーロックは」
優越感ってやつね。
シャロは強くて優秀。人間たちがいつも口にしている。シャロは凄いって、完璧だって。非の打ち所がないって言ってる。
けど、違う。シャロは、本当のシャロは──自分の本心を見せないだけ。
あたしが気づいたのも、海外に行ってる時だった。
変な乗り物に押し込められて、着いた先で鬱憤を晴らすためにシャロと走っていた。
『しっかり着いてきなさいシャロ! あたしを退屈させないでよね!』
『はいはい、分かっていますよグルーヴさん』
その時は特に気にも留めてなかった。走る方が大事だったから。
その夜、放牧地で一緒にゆっくりする時間。シャロはあたしのやりたいことに付き合ってもらったから、シャロの方から休んでもらうようにした。
『あたしがしっかり見張っててあげるわ! 家来を先に休ませる……さすがはあたしね』
『別にいいんですけどね。まぁ、それならお言葉に甘えて』
シャロはすぐに寝た。反応しなくなって、微動だにしなくなる。
起きるまでの間、気晴らしに少し走ろうか。そう思っていた矢先のこと。
『……母さん』
『シャロ?』
寝ているはずのシャロから、母さんという呟きが聞こえた。
多分だけど、寝言だと思う。夢の中で母親に会っているとか、そういうの。
(夢で母親を求めるなんて、結構可愛いところあるじゃない)
なんて、思っていた。
それは間違いだったって気づかされる。
『置いてかないで、母さん……』
『シャロ? ど、どうしたのよ』
『おいて、いかないでっ』
夢の内容は分からない。けど、明らかに母親と会っている夢じゃない。
むしろその逆。母親が離れていくような夢を見ている。そう思わせるには十分すぎる寝言だった。
初めて見た。不安そうなシャロは。
いつも優しくて、周りのことを優先するシャロからは考えられない姿だった。
小さく見えて、儚くて、まるで子供のように母親を求めるシャロは、人間がいう完璧さには程遠い存在だった。
気づけばあたしは。
『大丈夫よ、シャロ。あなたの女王がここにいるわ』
走ることなんてどうでもいいと思って、シャロの側を離れないことを決意する。
ずっと側に、片時も離れないように。シャロの隣を陣取って動かない。
『不安がる必要はないわ。女王が側にいるのよ? 全く、こんなことするのシャロだけなんだから。幸せ者ね、シャロは』
シャロを安心させるために、あたしは少しも動かなかった。
しばらくしたら、シャロが起きる。
『あら、おはようシャロ』
『おはようございます、グルーヴさん。次はグルーヴさんの番ですよ』
『えぇ。しっかり見張ってなさい? シャロ。後、絶対側にいること! 離れたら許さないわよ!』
『はいはい、分かってますよ』
寝言のことなんて知らない、覚えてないみたいで。いつものシャロに戻っていた。
多分だけど、このことを知っているのはあたしだけ。シャロはみんなのいるところで寝たがらないみたいだし、特別ってやつなのかもしれない。
それだけシャロは、あたしに気を許している。
『ふふ。ねぇ、シャロ』
『なんですか? グルーヴさん』
そのことが、とても嬉しい。
『あなた、可愛いところもあるのね。なんだか得した気分だわ』
『……はっ?』
『じゃあ女王は寝るわ! おやすみシャロ!』
『いや、え、ちょ!? 何があったんですかグルーヴさん! 俺が寝てる間にいったい何が!?』
とっても良い夢が見れそう。というか見た。
シャロと一緒にいると、楽しいことがたくさんで嬉しくなる。
やっぱりシャロは、あたしの一番の家来ね。
◇
それからお家のお引越しがあって。かなりの時間が流れた。
新しいお仕事の方は、オスの相手をするらしく。出来ればシャロがいいなと思っていたけれど。
『なんだ、シャロじゃないのね』
『シャロくんならまだいないよ。でも、近いうちに会えるんじゃないかな~?』
『本当でしょうね? 嘘だったら承知しないわよ』
『ぼくにそんなこと言われても。あ~あ、シャロくん早くこっちに来てくれないかな~』
キングカメハメハってのが相手だった。別に構わないわ。仕事をするだけだもの。
でも、次はシャロが相手だった。
『お久しぶりです、グルーヴさん』
『久しぶりねシャロ! こんなにも早く来るなんて。やっぱりシャロは、あたしに会いたがっていたわけね!』
『……もうそういうことでいいんじゃないですかね』
嬉しかった。とても気分が良かった。
お仕事の僅かな時間だけ。それでも、久しぶりにシャロと会えて話せたから。
『離しなさいよ! シャロともっと一緒にいるんだから!』
『人間が大変なことになってるんで止めてあげてくださいね、グルーヴさん』
とっても、楽しかった。
次も、その次もシャロだった。連続でシャロに会えて、凄く嬉しかった。
『奇遇ねシャロ! またあたしに会うなんて、シャロはやっぱりあたしのことが大好きなのね!』
『会えて嬉しいのはそうですけど。人間側の都合』
『ふっふ~ん。やっぱり女王と家来は一緒じゃないと! あたしの側にいるべきなのよ、シャロは』
『ソッスネ』
お仕事でも、楽しいって思えたから。
でも、シャロと会えたのは4回だけ。4回のお仕事でしか、シャロとは会えなかった。
『あら? あんたは最初の』
『……はい。ぼく、です』
『なんか暗いわね。なにがあったのよ?』
その後は別の相手。たまにキングカメハメハが相手をすることもあったけど、違う相手がほとんどだった。
別に構いやしなかった。お仕事だし、そういうこともある。きっと、シャロとは連続しすぎただけなんだろう。そう思うことにした。
『知ってるかしら? シーザリオ。あたしはね、あのメジロシャーロックの女王なのよ! あいつは一番の家来で、あたしはあいつの女王! いつも一緒だったんだから』
『……グルーヴさん』
放牧地でいつものようにシーザリオと過ごす。オスの相手とか、その他諸々のことを。
あたしが話題に挙げるのは勿論シャロのこと。あいつがいかに素晴らしいやつだったのかを、シーザリオ相手に教えてあげてる。
『人間も、シャロのことを凄く褒めていたわ。いっつも褒めてて、褒めてない時がないくらい。それだけ凄い存在だったのよ、シャロは』
『グルーヴさん、シャーロックさんはっ』
『シャロは今頃何しているのかしらね~。女王を放っておくなんて、そんなの』
『グルーヴさん! シャーロックさんはもうっ!』
シャロの話をするあたしを、止めようとするシーザリオ。見ていられないとばかりに、必死に止めようとする。
でも、必要ないわ。
『シーザリオ』
『……グルーヴ、さん』
『言わなくていい。全部、分かっているわ』
『ぐるーヴ、さん……っ!』
本当は全部、分かってるから。どうして急にシャロがこなくなったのか。もう、察しはついているから。
傷つかなくていい。あたしに真実を報せるのを、キツいと思わなくていい。
全部、分かっているもの。
シャロは大きな存在だった。あたしだけじゃなくて、他の子達にとってもそうだった。
一緒のお家で過ごしていたらしい子達が、みんな暗かったって言ってたもの。シーザリオの相手だったシンボリクリスエスってやつも、暗かったらしいわ。
(こんなにも多くの子に影響を与えるなんて。やっぱりシャロは凄いわね。あたしの、自慢の家来だわ)
ってなると、ある程度察しはつく。シャロは、虹の橋を渡ったんだって。もう会えないんだって、すぐに理解できた。
(あたしを、女王を置いていくなんてっ。家来失格よ、シャロ)
本当は声を上げて泣きたい。なんであたしを置いていくのって、どうして向こうに渡ってしまったのって叫びたい。
周りのことなんて知ったことじゃない。周りに当たり散らして、暴れ回ってやりたい。
けど、しない。そんなことはやらない。
だってあたしは──メジロシャーロックの女王だから。あいつの誇れる女王でいたいから。
だからあたしは暴れない。当たり散らしたりしない。
(大丈夫よ、シャロ。あたしはしっかりやれてるわ。もう、癇癪を起こしたりもしないから)
『見守っていなさい、シャロ。あなたの女王として、あたしは誇らしく立ってやる』
シャロが、安心できるように。
それからいろんなことがあった。情報も、時代も。いろいろと移り変わる。
スティルインラブは、シャロがいなくなった翌年に、同じようにいなくなったらしい。
子供と離れ離れになった後、ひっそりと息を引き取ったって。
(シャロのところに、行こうとしたのかもしれないわね)
にっくきスティルインラブ。あたしから女王の座だけじゃなくて、シャロすらも奪い取ろうとした怨敵。
それでも……いなくなったらいなくなったで寂しい。アイツとももう会えないって分かると、寂しさが湧き上がってくる。
なんだかんだ、あいつと過ごす時間が悪くないと思っている自分がいた。
今のあたしは、お仕事を引退してとある場所にいる。メジロ、って子達がたくさんいる牧場に引っ越していた。
人間の間でいろいろと話があったらしい。詳しいことは分からない。シャロがいれば、きっと分かったんだろうけど。
ここでの生活は自由気まま。お仕事もないし、ゆっくりゴロゴロと出来る。
新しい友達もできた。子供の相手をするのも悪くない。
でも、ここに越してきて一番よかったのは。
『──なんだ、シャロ。ここにいたのね』
シャロの気配を濃く感じる場所。人間は、シャロのお墓だって言ってた。
両隣にある石の下には、シャロの両親が。さらに近くには、シャロの母親代わりだったのもいるって話。4つの石がある。
人間でも限られたやつしか入ってこれない。あたしたちの場合はなおさら。
あたしは、ここに入ることが許されていた。人間の計らいで、1日に少しの間だけ、ここにいることが許されている。
シャロのお墓の前で座る。
『シャロ。あたしは今も生きているわ。人間に迷惑をかけてない、あなたが誇れるような女王として振舞ってるつもり』
やることと言えば近況報告。その日会ったことを話したり、違う日のことを話したり。
『そうそう、ドーベルさんもまだまだ元気でね。今日も頑張ってるわよ』
お墓の前から少しも動かないで。シャロに今のあたしを報告していた。
どうして動かないのか。その理由は決まっている。
シャロが寂しがらないように。
(大丈夫よ、シャロ)
思い出すのは海外遠征のあの日。母親の名前を呼んでいた、あの日だ。
普段のシャロからはかけ離れた弱々しい姿。親を求める子供の姿が、頭に浮かぶ。
だから、安心させる。
(心配しなくてもいい。あなたの両親はここにいる。なにより、あなたの女王がここにいる)
『それでね、シャロ。ドーベルさんったら、あたしにも任せるようになって。女王としての箔がついてきたってところよ』
今日もシャロのお墓の前にいることで、あなたは孤独じゃないって教えてあげている。
遠く遠く離れた場所にいても、あたしたちは繋がっている。
だから大丈夫。
『シャロ。そっちで両親と仲良く過ごすのよ。あたしがいくのは、まだまだ先になりそうだわ』
あなたの女王は、今日も元気に過ごしている。