メジロのおばあ様から言われたことが頭をよぎる。
「ステイゴールドさんを頼りなさい」
トレセン学園に在籍しているウマ娘、ステイゴールドを頼れ。
「彼女もまた、ロックに探りを入れているウマ娘です。きっと、貴方に有益な情報をもたらしてくれるでしょう」
ロックのことについて調べていて、俺達が知らない情報を持っている可能性が高い子。協力してくれるかもしれないウマ娘だ。
どうも、ステイゴールドもロックのことを不安に思っているらしい。探りを入れているのはそういう理由だ。
とはいえ、ステイゴールドはほとんど学園にいない。世界中を旅しており、戻ってくること自体稀。
それで大丈夫なのか? と思わなくはないけど、重大ではないんだろう。話として挙がっていないから。
とにかく、言われたあの日以降ステイゴールドを探した。学園中くまなく、隙間時間を見つけては捜索の時間にあてる。
方法はいろいろ。人づてに聞いたり、実際に自分の足で動いたり。やれることは精一杯やった。
結果は……年が明けても成果0。捜索は難航していた。
(仕方ないか。ステイゴールドのトレーナーしか、居場所は分からないみたいだし)
元よりシャーロックと他の仕事が優先、仕事の片手間にやっていた活動だ。成果0も、ある程度想像は出来ていた。
実際に成果がないって分かると、凹むけど。
肝心のステイゴールドのトレーナーにも聞いてはみた。
返事は、大体決まっている。
「今日はここにいると思うぞ。多分だけど、学園には戻ってこないな」
「学園に戻ってはいるけど、捕まらないと思うぞ。アイツ、久しぶりに帰ってきたせいでエアグルーヴに追いかけ回されてるからな。それどころじゃなさそうだ」
忙しくて会うことは出来ない、だった。忙しい理由の大半は、ステイゴールドの自業自得な気がしてならないけど。
もっとも、俺に口出しできる権利はない。
「ありがとうございます。また、日を改めてご挨拶に伺いたいと思います」
「おー……にしたって、なんでお前ステゴに会いたいわけ? こうやって、ほぼ毎日俺んとこに来てるけど」
「私の担当であるメジロシャーロックのことについて、ちょっと聞きたいことがありまして。ステイゴールドさんなら知っていると、お伺いしましたから」
「ふーん……ま、ステゴにはそれとなく伝えておく。ただ、色よい返事は期待すんなー。アイツは気まぐれだから」
「いえ。お手を煩わせているのはこちらですから」
丁寧に頭を下げて、お礼を言って退出する。毎回のことで、いつもと変わらない光景だ。
このまま見つかることなく終わる。そのことも覚悟していた。
……だったんだけど。
「やぁ、シャーロックのトレーナー。あんたが探しているステイゴールドは私だ」
「えっ、と。それは、分かるけども」
「なんだ? そんな変な顔をして。探し人に会えたんだぞ? もっと喜んでもいいんじゃないか?」
「ステゴが神出鬼没過ぎるせいだと思うけどな」
どういうわけか、ステイゴールドの方からやってきた。トレーナー室で仕事をしている時、突然に。自身のトレーナーと一緒に。
訳が分からない。あんなに捕まらなかったウマ娘が、突然やってくるだなんて。苦労がどうとか時間がどうとかよりも先に、困惑の方が頭に出てきた。
だけど、向こうはそんなことお構いなし。
「さて、あんたはどうやら私に聞きたいことがあるそうだな? メジロシャーロックのことについて」
早速とばかりに用件を切り出してくる。ゆっくりする間もなく、お茶もいらないとばかりに立ったまま。
飄々とした態度のステイゴールドと、申し訳なさそうに軽く頭を下げるステイゴールドのトレーナー。
あまり長く話すつもりはない。そんな意図を察する。
なら俺も、手短に済ませよう。
「そうだね。メジロのおばあ様曰く、君はシャーロックのことを探っているって聞いた。それも、ロックのことを」
「ロックのことも知っているんだな。担当トレーナーだから当然か」
「うん。俺は彼女達のトレーナーだからね」
「はは! 彼女達、か」
よく分からないけれど、ステイゴールドは笑っていた。どこがツボに入ったのかは分からない。
それも一瞬のこと。
「確かに、私はロックのことを探っている……いや、探っていた」
意味深に笑いながら、聞き逃せない言葉を口にする。探っている、ではなく探っていた。もう止めたかのような口ぶりだ。
ということは、ステイゴールドはもうロックのことを探っていない? どうしてだ?
その答えは簡単で、予想外過ぎるもの。
「ロックは私に全てを打ち明けてくれたよ。だから私は、あんたが知りたいであろう情報を全て知っていることになる」
「え、マジで? 誰も知らないらしいのに?」
「あぁ、トレーナー。こんなことで嘘は言わないさ」
ロックから全部聞いたから。なるほど本人に聞いたのであれば、全部のことを知っているだろう。探る必要もない。
ってなると、ステイゴールドは。
(ロックからかなり信頼されている。少なくとも、俺達に明かそうとしない真実を話してもいいと思えるほどに)
俺達よりも信じられる、って判断されたのか。
別に悔しいとかそういう感情はない。むしろ──ホッとした。
「さて、私はロックの全てを知っているわけだ。私を探し回っていたあんたのことだ。喉から手が出るほど欲しい情報も、私は握ってっ?」
「どうしたんだよ? なんか、笑ってるけど」
「あ、いやすみません」
ステイゴールド達の怪訝な表情が突き刺さる。申し訳ないと思うけれど、今はそれよりも。
「ロックに、自分の秘密を打ち明けられる友達がいることに安心したんです。彼女は、抱え込みすぎてしまう子だと思いますので」
「……へぇ?」
「吐き出せる相手がいてよかった。今心の底からそう思っています。どうかこれからも、メジロシャーロックと、ロックと仲良くしてほしい」
ロックのことで安心していた。ステイゴールド達が呆気に取られている気がするけど、ロックが信じてもいいと思える相手がいて良かったと思っている。
「なるほどなるほど。なかなか面白いやつだな、あんた。そして、ロックが少し気を許している理由が分かった気がするよ」
「えっと、彼女俺に気を許してるのかな? あんまりそんな気がしないけど」
「ガード固いからなあいつ。変なところで頑固というか、人を頼ることを知らないというか。まぁそれはいいんだ。重要なことじゃない」
気が変わったのか、ステイゴールドはソファに座った。相変わらず、こちらを不敵な表情で見ている。
「私はロックの情報を握っている。あんたが欲しいと思っている情報を全て、だ。それを踏まえた上で、あんたに聞きたいことがある」
それでも話の本題はすぐに。いつまでも横道には逸らさない。直球に聞いてくる。
「私から聞きたいか? ロックのことを、あいつの全てを」
「全て、か」
「あいつの正体とか、それ以外のこと諸々だ。あんたは私に聞きたいんだろう? だから探していた。違うか?」
ロックの正体を知りたくないか、と。
勿論、聞きたい。そのためにステイゴールドを探していたわけだし、目的がすぐにでも達成できる。
教えてくれるなら万々歳。ロックがどうしてあぁなってしまったかも分かる。
「ほらほらどうした? あんたの知りたい情報を、私は握っているんだぞ?」
悲しそうにしているのか、レースのことで何かあったのか。なにもかもが分かるはずだ。それだけの情報を握っている可能性が高い。
「すぐにでも食いつくべきだと、私は思うがな。さぁて、あんたはどうしたいんだ?」
俺の答えは、決まっている。
「──いや、教えてくれなくていいよ」
「……へぇ」
「いやいや、なんで? ステゴを探してたんじゃねぇの? 情報を聞き出すために」
それでも、ステイゴールドから聞く気はない。俺の答えだ。
興味深そうにこちらを見るステイゴールドと、理解ができないという目を向けるトレーナー。対称的な反応だ。
どうして聞かないのか。その理由は、たった一つ。
「ロックは君には、ステイゴールドには教えた。それは君を信頼してのことだ」
「あ~、まぁ、そうだな。ちょっとした裏技ではあるが、信頼はされてるな、うん」
なんかちょっと気になる反応をされたけど、言及はいい。俺が言いたいことは1つのこと。
「きっと、俺はまだ彼女に信頼されていないんだと思う。君ほどの信頼を得られていない」
「ほうほう。それでそれで?」
「君には話して、俺には話していない。なら俺は、ロックが話してもいいって思えるほどに信頼されてみせる。信頼したら話してくれる、その実例が君だから」
ここでステイゴールドからロックのことを聞き出すのは、ロックにとっても嫌なことだろうから。
「それに、君とロックの関係にも亀裂が入るかもしれない。君のことを信じて話したのに、あっさり俺に話したら信用問題に関わる。それは避けなきゃいけない」
「私とロックが友達だからか?」
「うん。それに、さっきも言ったように、吐き出せる相手がいてホッとしているんだ。一息つける相手がいて、安心している」
だから、聞き出す気はなかった。正確には、聞く気がなくなった。
信じてもらえれば話してくれる。ステイゴールドがそう証明してくれたのだから。
「でも、俺はメジロシャーロック達のトレーナー。シャロのトレーナーでもあり、ロックのトレーナーでもある。いつかきっと、君と同じになれるよう頑張るさ」
「……たとえ、タイムリミットがあるとしてもか? 悠長に構える時間がないと分かっていても、あんたは聞こうとしないのか?」
「勿論。そうなる前に、俺は彼女からの信頼を勝ち取ってみせるよ」
射抜く視線を送るステイゴールドに、自信満々に答える。もう、決めたことだから。
天を仰ぐステイゴールド。
何を考えているのだろう……なんて思っていた矢先のこと。
「あっはっはっは! これはっ、これは面白いトレーナーだなぁ! 私のトレーナーに負けず劣らずだ!」
豪快に笑い始めた。周りのことなんて気にしない、俺達の視線なんて知ったことじゃないとばかりに。
「いや? 中央のトレーナーは面白いやつばかりだったな。光るのもいるし、無人島に遭難するのもいる。ゴルシのノリについていけるのもいるからな」
「それごく少数だけどな。大体のトレーナーはまともだぞ」
「いや~笑った笑ったっ。あぁ悪い、別にあんたのことをバカにしたいわけじゃないんだ。ただ、面白くてな」
ひとしきり笑った後、目元の涙を拭った彼女は。
「良かったな。これで教えてくれなんて言ってたら、私は適当なことを言って逃げていたよ。トレーナーを連れてな」
「……へっ? それって、つまり」
「がっつくようだったら、な~んも教えずにさよならしてたってことだな」
衝撃的なことを打ち明けた。俺が教えてくれと言うようだったら、見切りをつける気だったと。
「だってそうだろ? 本人が誰にも話そうとしない秘密を聞き出そうとする。そんな相手を、あんたは信頼できるか?」
「ううん、出来ない。俺も同じ立場なら、教えないと思う」
「そういうことだ。だからちょいと揺さぶってみたんだが……予想以上に面白いことが聞けた。満足だよ私は」
教える気は最初からなかった、ってことか。なんというか、安心した。
(良い友達に恵まれたんだね、ロック)
何度目か分からない安堵の息が漏れる。本当に、良かった。
これで話し合いは終わり。結局情報は教えてもらえなかったわけだけど、これでいいと思っている。
「それじゃ、頑張れよ。個人的に応援している」
「うん、ごめんねステイゴールド。わざわざ時間だけ取らせちゃって」
「むしろ私の方こそ悪いな。頼れると思ったのに、結局はなんも話せないわけだしな」
「ロックのことが第一だからね。ステイゴールドが悪いわけじゃない。気にしなくていいよ」
トレーナーと一緒に、扉に手をかけて帰ろうとする。
その刹那。
「あんたなら、ロックを助けられるかもしれないな。真剣に向き合って、ロックのことも担当と口にしたあんたなら、きっと」
「っえ?」
「それじゃーなー……近いうちに、また会おう。その時は、いろいろと話せるといいな」
最後に気になることを告げて。俺が声を上げる前に去っていった。
うん。
「頑張るか、いろいろと」
気にはなるけど、それはそれこれはこれ。まずはシャロのことだ。
次走のこともあるし、クラシック三冠に向けたトレーニングもする必要がある。課題は山積みなんだから、こっちを優先的に取り組まないと。
光明は見えた。それよりもまず、ロックが自分のことを話せる友達がいたことが。何よりも嬉しかった。
さすがにね。本人の許可なく話せませんよ。