「きたんだが、あんたのトレーナー、いいやつだな」
「急になんだ? ステゴ。てか、会ったのかよ」
「あぁ。今日会いに行ってきたよ」
いつもの夜。ステゴとセッションをしていると、いきなり切り出された。俺のトレーナーが良い奴だと。
いつ会ったんだよとか、どこで会ったんだとか気になることがたくさん。気になることしかない。
「接点なくないか? シャロのトレーナーとお前」
「まぁなかったな。だが、なければ作ればいい。古来よりの常識だぞ?」
「お前の興味を惹きそうなことが分からん……あんまり深く突っ込む気はないけどさ」
ただ、ステゴは元からそういう奴だ。気まぐれで会うなんてこともあるだろう。
今回に関してもそうだ。メジロシャーロックのトレーナーだから一目見たい、それだけでしか
「今回に関しては、明確に目的があって会いに行ったがな。理由は一つ、あんたのことだ」
ないと思ったのに。真面目なトーンで、俺が関係していると口にしてきた。なんで俺なのやら。
「真面目になんでだよ。俺が関係しているって、どういうことだ?」
「そのままの意味だ。シャロのことだと過保護になるあんたが認めたトレーナー……気になるだろ? 単純に」
「誰が過保護だ。俺はあくまでより良いトレーナーについて欲しいだけだっつの」
「そういうとこが過保護なんだがな。ま、いいさ。そのおかげで分かったことがある」
楽し気に、愉快そうに。余程楽しめたのか、ステゴは隠し切れていない。
「あんたのトレーナーが良い奴だった、ってことだ。出会いを聞いた時には大丈夫か? なんて思いもしたが、存外熱いトレーナーじゃないか」
「出会いに関しちゃ、な。確かにヤバい奴だ。今となっては、俺もシャロもそんなこと気にしてないんだけど」
「少し会話しただけだが、なんとなく分かるよ。嘘を吐けない正直者でもあるな。ただ、私が一番気に入ったのは」
立ち上がるステゴ。ゆっくりと俺に指をさし。
「あんたのトレーナーはシャロだけじゃない、あんたのことも大事な一個人として接していたことだ。ただの多重人格ウマ娘としてではない、あんたも一人のウマ娘だと接している。そこが一番気に入った」
俺のトレーナーを気に入ったと言った。その理由に関しても、俺には心当たりがあった。
トレーナーは、俺を俺として接してくれている。シャロの別人格というだけではない、独立した一個人として俺に接するのだ。今ステゴが言ったように、多重人格として扱わない。
シャロはシャロ、俺は俺。トレーナーはずっと、俺をロックとして扱ってくれている。
(なんとなく分かるもんだ。当事者だからな)
でも、それがどうかしたのだろうか。気に入ったからといって、ステゴはトレーナーをどうする気なのか。
悪いことにはならないだろうが、聞いておかなきゃいけない。
「成程、な。で、それがどうかしたのか?」
「ん? あぁ、そうだなぁ」
何をするつもりなのか。ステゴにはどういう意図があるのか。万が一の場合には……牽制をしておかないと
「あのトレーナーなら、あんたの力になってくれる。そう思っただけだ」
「……そんだけ?」
「そんだけだぞ。何を考えているのかは知らないが、それ以上は考えていない。あのトレーナーは必ずあんたの助けになる……間違いなくな」
する必要ねぇなコレ。取り越し苦労だったわ。
にしても、俺の助けになる、ねぇ。
「俺の助けって、どういうことだ? もしかして、俺が模擬レースだとつまらなく思われてる原因の解明とかか?」
「ん~……それはどちらかと言えばおまけかな。私が言いたいのはもっと根本的なこと。あんたがこの世界を楽しめる助けになること、それさ」
「この世界を楽しめること、だと?」
ステゴ曰く、トレーナーは本音でぶつかってくる。その本音こそが、俺にとって必要なものではないか。今日の会話の中で、そう感じとったらしい。
どうしてそう思ったのかの理由は不明。ただの山勘とか、その程度の期待値だと言った。
「山勘って。もうちょっとなんかなかったのかよ?」
「そうとしか言いようがないからな。ただ、シャロだけじゃなくて、あんたにとっても必要なパートナーなりえる存在だ」
もうすぐ門限の時間。なのに俺とステゴは、練習場で話し続けていた。
寮長に怒られることよりも気になっていたから。ステゴの言う、俺にとっても必要な存在というのが分からなかったから。
(一体、トレーナーがなにを握ってるってんだ?)
もしかして、俺の知らないだけで凄い奴だったりするのだろうか。ステゴはそれを感じ取ったとか、そういうのだったりするのだろうか。
「言っておくが、別に凄い力があるとかそういうわけじゃないぞ。ロックみたいな真面目な頑固者には、あぁいうバカ正直なトレーナーが一番良いってだけさ」
「なんだないのか……てか、なんで俺とトレーナーどっちも貶されたの? 別に貶す必要なくない?」
「あっはっは」
なお、別にそんなことはないとバッサリ言われた。てか俺の考えていること読まれてるし。そんな顔に出てたか、俺。
ではどうしてか。気になっていたところに、ステゴは。
「あんたも、話してもいいんじゃないのか? 自分のことを」
「、っ」
「言いにくいのは分かる。聞いていて気分の良い話じゃないってことは、全部教えてもらった私も承知の上だ。けど」
真面目に、お茶らけた、飄々とした雰囲気を消し去って。
「話さないことには何も始まらない。あんたが抱えているもの、背負ってきたもの。その全てを話す覚悟を決めた方がいい。残された時間は、わずかなんだから」
警告してきた。俺を心配している、この先のことを考えての提案。
俺一人だけで抱え込んでも仕方がない。このまま行くと、取り返しがつかないところまで行きかねない。ステゴは俺に、そう警告しているんだろう。
ただでさえ時間が限られている。伝えるなら早めにした方がいい。それが、ステゴの忠告だった。
言っていることは分かる。ステゴのは正論だ。
だけど、それでも。
「……それ、は」
話すのには躊躇する。トレーナーに話してもいいものかと、足踏みしてしまう。
信頼しているとかしていないとか、そういうわけじゃない。トレーナーのことは一定信頼しているし、なにもかも疑っているわけじゃない。
それでも、話すかと言われたら話したくない。荒唐無稽な話なのもそうだし、なにより。
(万が一拒絶された場合が、怖い)
トレーナーのことを信じて話したとして、裏切られた時が怖い。
俺の話が信じられないとか言われたら、立ち直れる気がしないんだ。また、俺の期待が裏切られるのが怖いから。
だったらいっそのこと、何も話さずにいた方がいい。その方が丁度良い距離間で接することができる。
今の時点でも居心地が良いんだ。シャロもトレーナーに気を許しつつあるし、現状維持でも文句はない。俺が消えたとしても、きっと関係は維持できる。
だから、話すのに躊躇する。今が壊れることが、怖いから。
「まぁ、話すのも話さないのもシャーロックの勝手だ。私から話すつもりはない。この一件は」
ステゴも、俺の話についてはトレーナーに伝える気はないらしい。少しだけ安心した。
「そう、か。まぁ、信じてくれないだろうけどな。なんつーか、荒唐無稽だと思うし。我ながら」
「……あのトレーナーなら信じるだろうけどな。あんたの言うことだから。それにな、言ってたよ、あのトレーナーは」
俯いて、地面を見ていた俺の目に、ステゴの顔が映る。
「いつかきっと信頼を勝ち取ってみせる。あんたが自分から話してもいいって思えるくらいに、ってな」
「なん、だよ。それ。どういう」
「言葉通りの意味だ。あのトレーナーは、無理に聞き出す気はないって言っていた。タイムリミットがあることを仄めかしても答えは変わらない。あんたが話してくれるのを、じっと待ち続ける気らしい」
今日の会話を、トレーナーの気持ちを俺に伝えてくる。その時の会話内容と、トレーナーの考えを。俺に教えてくる。
「そりゃ怖いだろうさ。何を言われるのか分かったものじゃない、最悪の現実が待っていることだってある」
「……」
「それでも、踏み出さなきゃ何も始まらない。どんな挑戦だって、最初の一歩が肝心なんだ。分かるだろ? メジロシャーロック」
感じ取れるのは心配。変わらない、人生の先達としてのアドバイス。そんな気がした。
どう答えればいいのか。俺はどうするべきなのか。その答えは、すぐには出ない。
けど、時間は待ってくれなかった。
「さて、もうそろそろ帰らないとヤバいな。門限の時間を過ぎてしまう」
「っあ」
「さては、気づいてなかったな? いつもならあんたの方が先に気づくのに」
揶揄うようなステゴの笑み。さっきまでとは打って変わって、楽しそうだった。
「答えは今じゃなくてもいい。ただ、私から言えることはただ一つ……後悔しない選択をすることだ」
「後悔しない、選択っ」
「勇気の一歩を踏み出すことを祈っているよ、シャーロック。んじゃ、またな~」
手をひらひらさせて去っていくステゴ。その背中を見つめる。
小柄だ。140cm台の身長だから、俺よりもかなり低い。
でも、今はその背中が。とても大きく見えていた。
◇
次の日。トレーナー室にて、今後のレースについて打ち合わせをするシャロとトレーナー。
俺は側で見ているだけだ。口出しはしないし、そもそもできない。シャロ以外には。
「それで次走についてですが、トレーナーさんはどのようにお考えですか?」
「そうだね。俺個人としては、弥生賞の出走がいいんじゃないかって思ってる」
昨日の一件があったものの、別に顔が見れないとかそういうことはなく。
割と普通に見ることができた。思うことがないわけではないが、まだ我慢できるし。
それはいいとして、トレーナーは弥生賞を選択したようだ。
(皐月賞と同条件だし、安牌だな。一度同じ条件のレースを走るってのは、本番での有利に繋がる)
コース設計とか、一度走れたという経験は大きい。心理的な負担も少なく済むし、楽な気持ちで挑むことができる。
楽に走れるってのはいい。自分の実力を100%発揮できる状態、ってことだからな。
弥生賞を走るのは、今後のためならベストとも言えるだろう。
トレーナーの意見は弥生賞。では、シャロはというと。
「僕は、共同通信杯も悪くないと思います。日本ダービーと同じ東京レース場。距離こそ違いますが、今後の試金石にするという意味では、共同通信杯もいいと考えています」
共同通信杯。皐月賞のトライアルレースではないが、選ばれることが多いレースだ。
というのも、クラシックの頂点とも言われる日本ダービーと同じ、東京レース場開催だからである。
(東京レース場は実力がはっきり出る舞台、なんて言われてるからな。そんな場所でレースをすれば、自分の現在地点が分かる)
距離こそ違うが、先を見据えるなら走っていて損はない。それが共同通信杯だ。
てかアレだな。どっちも俺が走ったレースだな。具体的には岳さんに走らされたレース。
俺が自分でレースを組み立てられるようになるため、とかいう、公開調教じみた真似をされたもんだ。懐かしいな……この頃からあの人の畜生っぷりが浮き彫りになってきたんだけど。
(重賞の舞台で公開調教とか、俺はシンザン*1かっての。あっちよりも酷いわ)
俺はどっちも走ったが、トレーナー達の考えはというと。
「どちらかに絞りたいね。間隔が狭すぎるから」
「僕ならどちらも走れますけど」
「いや、見えない疲労が蓄積する可能性がある。それに、相手に情報を渡さないという意味でも、どちらかに絞った方がいいと思うんだ。どうかな?」
「成程……情報戦で優位に立つというのは重要ですね。となれば、どちらを走るかの選択になりますが」
1つに絞った方がいい、という考えだった。そりゃそうだわな。
俺が2つ走った理由も、自分でレースを組み立てられるようになるためだ。人と馬じゃ意思疎通は出来ないし、人間側で決めることが多い。
ただ、こっちでは言葉が通じる。お互いの考えをぶつけあうことができるのだ。
シャロにはシャロの考えが、トレーナーにはトレーナーの考えがある。
(2人で考えて出した結論だ。俺が口を挟む余地はねぇな)
それに、今のシャロは自分で考えてレースができるし。俺みたいなことをしなくてもいいってのがでかい。
現時点でも、同世代と比べたらレースへの理解度は頭一つ抜けている。尚更2つ走る意味は薄い、ってことだ。
悩んだ末に、2人の出した結論は。
「じゃあ、共同通信杯で行こう。先の日本ダービーを見据えるのと同時に、情報を隠すことができる。ただ、マークは集中するだろうから気をつけて」
「分かりました。心配はいりません、トレーナー。勝利をこの手に掴み取ってみせましょう」
共同通信杯。シャロの次走は──東京レース場芝1800mの共同通信杯に決まった。
てかウマ娘島2日目にしてくれ~!今からでもいいから~!