ある日の昼下がりのことです。
〈今日は外でロードワークな。ペースは俺の方で指示出すから、お前はって、アレは〉
「どうかしたのですか、ロック? って、あの方は」
放課後になったので練習しようと外へ。
ロックから指示を貰い、いざ走ろうとしていた時のことでした。
とあるウマ娘さんが目に入ります。
そのウマ娘さんとは……アドマイヤグルーヴさん、アルヴさんです。
(まさかこんなところで会えるだなんて、偶然に感謝ですね)
すぐにでも向かいましょう。あわよくば、一緒にロードワークを。
人数は多い方がいいですし、僕個人が一緒に走りたいですから。
一人で準備運動をしているアルヴさんのもとへ。
「アルヴさん。今お時間大丈夫でしょうかっ?」
「用件があるなら、手短にして頂戴」
〈相変わらず、アレがコレになるんだから半端ねぇよ。むしろアッチが特異点な気がするけど〉
こちらを一瞥して、冷たく言い放つ姿。これがアルヴさんの通常運転なので、今更気にすることはありません。
ロックは、何か思うところがあるみたいですけど……よく分かりませんね。なにが半端じゃないのでしょうか?
今はロックのことではなく、アルヴさんへ。
臆することなくこちらの気持ちを。
「ロードワークでしょうか? でしたら、僕も今からなんです。良ければ、一緒に走りませんか?」
驚いたように目を見開くアルヴさん。そんなに変な提案だったのでしょうか?
〈いや、こりゃアレだ。まさか自分が誘われるなんて思ってなかった、みたいなこと考えてんだろ。多分〉
(そう、なのでしょうか? これでも仲良くなったつもりなのですが……道は険しいですね)
〈これに関しちゃアドマイヤグルーヴの気性だ。気にするこたぁねぇよ〉
アルヴさんは是非とも仲良くなりたいお方ですから、この調子で話しかけましょう。
こう、僕の中の何かが共鳴するので。アルヴさんが嬉しそうだと、僕も嬉しいですから。
肝心のアルヴさんはというと、よく分かりません。
僕から視線を外したり、かと思えばチラチラと僕を見たり。
「……私と? ロードワーク?」
「はい。是非お願いできないでしょうか?」
最終確認するように、信じられない表情とセットで聞いてきました。
「貴方、よく私を誘うわね。前も、この前もそうだった」
「はい。アルヴさんと仲良くなりたいので」
「……フン」
さて、ロードワークを一緒にすることを許可してくれるのでしょうか?
ワクワクした気持ちで待っていると。
「ロードワークは一人でやった方が効率が良いらしいわ」
「え」
きょ、拒絶……そ、そんなぁ。
「当然ね。自分のペースで走れるし、何より無駄口を開かずに集中できる。ペースを乱されて、トレーニングにならないなんてまっぴらごめんだもの」
「そ、そうですかっ」
「ロードワークは一人が向いているわ。強くなるためには、馴れ合いなんて必要ないの」
アルヴさんはきっぱりと言い放ってっ。
そ、それに、僕と喋っている最中もずっとウォーミングアップ。
僕との会話なんて、片手間程度のことっ。
(悲しくなってきます。アルヴさんにとって、僕はその程度の存在なのでしょうか?)
〈落ち着け絶対にんなことねぇから。アイツの耳見てみろよ。ずっと機嫌良さそうにピコピコしてんだろ。誘われて嬉しいんだよアレ〉
ロックが何か言っていますが、聞こえません。
アルヴさんに断られたというのが、僕の中であまりにも大きい。
そうですか。アルヴさんは一人の方がいい、ですか。
なら、仕方ありません。邪魔をするのも忍びないですし、僕も一人で走りましょう……。
「そ、そういうことでしたら。ごめんなさい、気が回らず。僕も一人で走り」
「待ちなさい。どこに行くつもり? 一緒にロードワークするんでしょう?」
え、あの。なにやら、衝撃的な一言を言われているのですが?
今の口ぶりだと、僕は邪魔だからどっかいけ、一人でロードワークするんだから、と解釈していたのですが。
も、もしかして……違うんですか!?
「えっと、アルヴさんは一人でロードワークをするのでは?」
「は? いつ私が一人でやると言ったのかしら? 私はあくまで、一人でやる際のメリットを提示しただけよ」
「……え? それって、遠回しに断ってるということではないのですか?」
「何を言ってるの。一緒にやるのが嫌、なんて一言も言ってないでしょう?」
〈なんか、こっちはこっちで別ベクトルでめんどくせぇなこの人〉
ということは、もしかして!?
「ご一緒してもよろしい、ってことでしょうか?」
「……邪魔にならない範囲ならね」
そっぽを向かれましたけど、嬉しいです! アルヴさんと一緒に走ることができる!
「ありがとうございます。早速、僕も準備しますね。アルヴさんと走るの、楽しみです!」
「私なんかと走っても楽しくないと思うけど、手早くお願いするわ」
「そんなことありません。アルヴさんと走るの、楽しいですから」
「……全くもう」
早く準備運動を済ませないと。アルヴさんをお待たせするわけにはいきませんから!
それにしても、断られなくてよかったです。
アルヴさん、ただでさえ一人になろうとしている節がありますから。
そんなのは絶対にダメです。自分から、孤独の道に走ろうとするなんて。
(孤独は辛いし、寂しい。そんな気持ちをアルヴさんが味わうなんて、ダメですから)
僕はよく知っています。一人は寂しいんだって気持ちを。
だから、アルヴさんに同じ気持ちを抱いてほしくない。アルヴさんは、特別ですから。
〈は~ウマ娘同士の友情てぇてぇ。アグネスデジタル殿が尊死するのがよく分かるわ〉
(尊、尊死? よく分かりませんが、大丈夫なのですか? ロック)
〈あー大丈夫大丈夫。俺ほぼ死んでるみたいなもんだから〉
ロックはいつものように拝んでいました。尊い? とか良さみが深い? と、よく分からないことを口にして。
後、ロックのそれは大丈夫じゃないと思います。
お互いに準備を整えて、万全の態勢で学園の校門へ。
「それじゃあ行きましょう、アルヴさん」
「着いてこれなかったら置いていくから。そのつもりで」
「勿論です。アルヴさんの邪魔はしないように、気をつけて走りますので」
「……」
いざ、出発です。
◇
いつものロードワーク。一人で、孤独に、強くなるためにやるつもりだった。
馴れ合いなんて必要ない。一人でだってやれる、強くなれる。
誰かに言われても、私には必要ないものと切り捨ててきた。
でも、彼女は別。
「グルーヴさん。もう少しペースを上げてもらっても大丈夫ですよ? 僕は大丈夫ですので」
「そう。なら、遠慮なくあげさせてっ、貰うわ!」
「わ、速い! では、僕も!」
メジロシャーロック。メジロのご令嬢で、メジロの期待を一身に背負うウマ娘。
彼女だけは、私の領域に踏み込んできてもなんとも思わない。むしろ、心地良いとさえも思える。
一緒にいることが苦にならない。迷惑をかけてもいいんだ、って安心してしまう。
私にとっての特別な存在。それが、メジロシャーロック、シャロ。
どうしてそうなったのか? 理由は思い当たらない。
(私は孤児院で、相手は名門のご令嬢。正反対なのに、彼女に構われるのは心地良い)
境遇も似ていないし、むしろ嫉妬を向けてしまいそうな相手。
家族の愛を一身に受けて、不自由のない暮らしをしているかもしれないから。
だけど、気づけば彼女の笑顔が頭から離れない。
「大丈夫かしら? シャロ。しっかり着いてきているかしら?」
「大丈夫ですよ。これくらい、なにも問題はありませんから」
後ろを振り向けば、にっこりと笑う彼女の姿が目に入る。
……スゥー。
(は? 本当に美人過ぎるわ。こんな全人類を魅了するような笑顔を常時しているというの? こんなの人間国宝よどんな名画よりも価値のある、守るべき日本の宝。だから私が守らなきゃっ)
気持ちが抑えきれないわ。本当に、シャロが関わると私はおかしくなる。
出会った時からそうだった。
同じクラスで、隣の席で。
にっこりとほほ笑んだ彼女の姿が、頭から離れない。
「お隣、ですね。僕はメジロシャーロックと申します。よろしくお願いしますね、アドマイヤグル」
「アルヴでいいわ。よろしくシャーロックさん」
「へ? あ、はい。ではアルヴさん、と。僕のこともシャロで構いません」
アルヴ、と言った時の顔は今でも思い出せる。
嬉しそうに、はにかみながら笑って。
「アルヴさんのようなお方が隣でよかったです」
……
「私もよ!」
「ひゃあ!? きゅ、急にどうしたんですかアルヴさん!?」
いけない、欲望が漏れ出てしまったみたいね。
シャロを驚かせてしまった。反省しないと。
「ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたわ」
「は、はぁ。その考え事、というのは?」
「気にしなくても大丈夫よ。それより、そろそろ学園に着くわ。後の予定は?」
「えっと、いつものように」
事細かにこの後の予定を教えてくれるシャロ。
全く、私だからいいものの、そんな簡単に自分の予定をホイホイ教えるのはダメよ。私だからいいものの。
シャロはどこか無防備な節がある。だから、放っておけない。
ただ、そこまで心配はしていないわ。だってシャロには私がいるし……何より、彼女がいる。
(彼女にはもう一つの人格が、ロックがいる。彼女がいるなら、安心ね)
シャロが絶対の信頼を置く相手、ロック。
見た目はシャロと瓜二つ。見分けなんてつかないし、つくはずがない。
ロックはシャロとは違う。かなり警戒心が強い。
見た感じこそ飄々としているけれど、その本心を誰にも話さない。
隠し事をしているのはなんとなく分かる。本当に、なんとなくだけど。
警戒心が強いのは確か。信頼できるわ。
(……思えば、ロックの人格に会った時も突然だったわね)
あれは、ある夜のこと。帰りが遅くなった日。
ロックはヴァイオリンを奏でていた。とても見事な演奏で、思わず聞き惚れて立ち止まってしまうほどの腕。
一人で、誰に聞かせるわけでもない。
周りの草木さえの音も演奏の一部のような、心地良さに耳を傾けてしまいそうな。
周りには不思議なくらい人がいなくて、私だけがロックの演奏を独り占めしていた。
演奏が終わった後も、私はしばらく放心していたわ。それだけの演奏だったと、今でも記憶している。
「……おいおい、人の演奏をタダで聞いておいて、拍手もなしってのは寂しいなぁ?」
「っは!? き、気を悪くしたならごめんなさい。そ、その、凄く上手、だったわ。シャロ、さん?」
「はは、そいつはありがとよ。気を悪くしたとか、んなことは全然ないから安心してくれ、グルーヴさん」
ロックの声で正気に戻って、ある程度の事情を聞いた。シャロとロックのこととか、いろいろと。
教えていいの? と聞いても、ロックは少しも気にしていなかった。
「ま~なんつーか、グルーヴさんなんで。これからもよろしく的な? いろいろとお世話になること多そうですし」
去り際、ロックは。
「このことは秘密ですよ? グルーヴさん」
いたずらっ子のように笑い、口元に人差し指を当てる仕草がとても煽情的で。
……
「メロいわ! とても、とてもメロいわ!」
「何がですか!? ほ、本当に何があったんですかアルヴさん!?」
おっと、また欲望が漏れ出てしまっていたわね。気をつけないと。
とにかく、私、アドマイヤグルーヴにとって、メジロシャーロックは特別な存在。
一緒にいても苦痛じゃない、むしろ一緒にいたいとさえも感じている。
無言の時間が飽きなくて、空っぽだった私の心を埋めてくれるような、そんなかけがえのない存在。
総括して、シャロとロックのお誘いなら躊躇なく受けるような、そんな相手よ。
「ところで、これからも走る予定があるのかしら?」
「えっと、ロックが言うには、毎日のルーティーンとして走った方がいいって」
「なら、時間を教えてくれないかしら? 私も、一緒に走るわ」
今もこうして、図々しくもお願いしているのに。
シャロは少しも疑わないで、嬉しそうに顔を綻ばせて。
「本当ですか? アルヴさんが協力してくれるのでしたら、僕も嬉しいです」
「……全くもう」
こんなの、魅了されない人はいないわ。魅了されない人は人でなしね。
……ただ、そんな彼女だからこそ人気者。
「あれ? ユニヴァースさんですね」
「……ッチ」
「え、今舌打ちしませんでしたか? アルヴさん」
「気のせいよ」
周りのウマ娘も放っておかない。
今私達の目の前にいる、ネオユニヴァースさんが良い例ね。
彼女もまた、シャロさんと仲の良いウマ娘。
だから、シャロも躊躇いなく声をかける。
「ユニヴァースさん、奇遇ですね。なにかの帰り道ですか?」
「シャロ。アドマイヤグルーヴと“AMRT”していたの?」
「あまーと……あ、はい。一緒に走って、トレーニングをしていました」
感情の起伏が少ないネオユニヴァースさんだけど、分かる。
シャロと会えて喜んでいる。顔にはほほえみを浮かべて、再会を喜んでいるのが。
「スフィーラ、だね。“仲良し”はいいことだと、ネオユニヴァースは思うよ」
「はい。とても良いことです」
「今度は、ネオユニヴァースも、2人との“SMLA”を“要請”するよ」
「一緒にトレーニング、ですか。僕は構いません。アルヴさんはどうですか?」
「……シャロがいいなら、別に構わないわ」
特には感じないわ。えぇ。シャロの笑顔は私だけのものにしたいとかこれっぽっちも思ってない。
ただ、他のウマ娘との関りが多いとはいえ……彼女ともあるのは、少し不安ね。
視線を少しずらす。先には一人のウマ娘がこちらを覗き見ていた。
白いベールのウマ娘。スティルさん。
物欲しそうに、こちらに加わりたそうにしている。その視線はとりわけ、シャロに向けられていた。
意図は分からない。ただ、一心にシャロへと視線を向けている。
(何を考えているのか、分からない子)
混ざりたいならそういえばいいのに、と思わなくもない。
ご飯も一緒にすることがあるみたいだし、断らないのを分かっているのだから、素直に言えばいいのに。
まぁ、いいわ。
(不安はある。けど、今のところシャロに害は出ていないし、与えることもなさそうだもの)
今はただ、シャロと一緒にいる時間を共有しましょう。
この時間は、とても貴重なものだから。
地味に今後スティルとかかわりがあるかもしれない示唆。