2002年の4月頃。牧場の放牧地へと足を運んでいた。
視線の先にはメジロコナンの仔、メジロコナンの2001──幼名を小白。今日も元気に走っている。
うん、元気でよろしいことだ。なにも問題はない。
(コナン。お前の仔は、元気に走っているぞ)
小白の走りに微笑ましさを覚え、今は亡きメジロコナンへと思いを馳せる。
メジロコナンの父はあのオグリキャップ、そして母はメジロラモーヌという、なんとも凄い血統だ。
今思い返しても、どうしてこんな配合を試そうと思ったのか? 喜多野は分からない。自分で指示しといてなんだが、理由を問われても曖昧な返事しかできなかった。
「いや、こう、なんというか……天啓? 凄い仔が出るぞ! みたいな。本当に、なんでやったのか私にも分からないんだ」
「あなたが分からなかったら我々も分からないんですよ喜多野さん!」
牧場のスタッフ全員に突っ込まれたのは良い思い出である。
肝心のメジロコナンの戦績はというと、未勝利戦を抜ける強さはあった。
ただ、条件戦は厳しく、重賞に出るのがやっと、といった感じの馬。特筆して強いと言える馬ではなかったのは確か。
とはいえ、父と母の影響から愛される馬であったのは事実。気性も穏やかでファン人気の高い、重賞未勝利ながらも幅広く認知されていた、そんな競走馬だった。
そのメジロコナンは一年前、たった一頭の仔を残してこの世を去った。あまりにも早すぎる死に、数日悲しみに暮れていたのを覚えている。
元々は双子の予定だったメジロコナン。身体が強い方ではなかったのと、双子の出産は馬にとってリスクが大きい。一頭は減胎処置*1が施され、現在のメジロコナンの2001だけが残った。
しかし、メジロコナンは出産の前に疝痛を患い危険な状態へ。それでも諦めず、獣医師である久能さんの力も借りて、どうにか母子ともに健康のまま出産を終えよう、と団結した。
結果は、懸命の治療も空しく。メジロコナンは亡くなってしまった。助けられなかった申し訳なさ、喪失感は何度経験しても慣れるものではない。
せめて遺された仔だけは長生きさせよう。目標を改め、スタッフ全員でメジロコナンの2001を小白と呼び、一日も欠かさず愛情を注ぎ続けた。
小白はすくすくと育った。健康そのものであり、母親代わりとして面倒を見てくれたメジロラモーヌとの仲も良好。
お互いに問題なく生活している中、離乳で別れ。特に大きな出来事もなく2002年現在、晴れて1歳馬となった小白はまもなく調教師へと預けられることになる。
馬体は健康そのもの。気性も悪いなんてことはなく、人の言うことに従順で利口な子。
馬具の装着に手間取ったことはなく、育成牧場でのトレーニングも好成績で文句のつけようがない。
非の打ち所がない完璧さ。もしかしたら、重賞を取ってきてくれるような競走馬になるかもしれない。名門メジロのオーナーブリーダーとして、太鼓判を押すほどの出来栄えだった。
ただ1つ、不安要素がある。
「小白はまた一頭で過ごしているのか」
「はい。他のコミュニティに馴染めないのか、一頭で走っていることが多くて」
「うぅん。孤独でいるのが好きなのか、はたまた怖がりなのか」
小白は他の馬と関わろうとしないのだ。特定のコミュニティに属さず、基本的に一頭で過ごしていることが多い。
なにをしているかというと、ひたすらに走っている。走るのが好きなのか、放牧地へ足を運んだ時は必ずと言っていいほど走っていた。
一頭で、黙々と。誰と走るわけでもなく、なにも気にしてないとばかりに一頭で。
サラブレッドは集団動物。孤独を好むのはほとんどいない。
数少ない例に、小白は入っているのかもしれない、か。
「他の馬と走ったりしていることもあるが」
「小白から絡むことはないに等しいですね。嫌ったり嫌われてたり、なんてわけじゃなさそうですけど」
「うぅん……本当に分からないな。そういう気性なのか、壁を作っているのか」
この不安要素が競走馬としてどう傾くのか。どちらにせよ、健やかに過ごしてほしいものだ。
放牧地で走っている小白から視線を外し、一枚の紙に目を落とす。小白が競走馬となるための資料。
馬名の欄には小白の競走馬としての名前であるメジロシャーロック。調教師の欄には──生江康夫。
「調教師は生江さんなんですね。あの人凄い熱の入りようだったなぁ」
「あぁ。メジロマックイーン二世だ! ぜひとも俺のところに! って、凄く迫ってきたよ」
「気が早すぎませんかね、それは」
「私もそう思う。ただまぁ、メジロマックイーン二世にはなってほしいと思うよ」
「あのターフの名優に並ぶのは高望みが過ぎるんじゃあ」
いや、まぁ。私もそう思っているが。
◇
あれから1年が経って俺も1歳馬ですよ。サラブレッドの年齢は誕生日で加算ではなく、1月1日で一斉に加算だ。これ豆知識。
んで、この1年の内にいろいろあったわけだ。その中で衝撃的なことを1つずつピックアップしていこう。
まずは喜ばしくないことから。楽しみは後に取っておく。
母親であるメジロコナンは、元々双子を受胎していたらしい。双子の予定だったけど、一頭は産まれる前に堕胎。
つまりはアレだ。俺には産まれてくるはずだった兄弟がいたわけだ。ウマ娘でいう、アドマイヤベガと一緒の境遇ということだね。
(神様、俺本当に前世で何もしてませんよね? なにか逆鱗に触れるようなことしましたかね?)
産まれた瞬間から業を背負いすぎだろ。カルマが溜まりすぎてるだろ。前世で何やらかしたらこんなことになるんだ。
競走馬の双子はリスクが高い。流産や死産のリスクもそうだし、無事に産まれることの方が稀だ。
メジロだとメジロアルダンがそうだった。双子の片方は死産だったらしく、無事に生まれたのはメジロアルダンだけ。
詳しい数値は覚えてないけど、双子が無事に産まれるのは低い確率なのだ。
だから、産まれる前に対処する。母子ともに健康に過ごさせるための、苦肉の策でもあるのだ。
あるんだけどさ。
『つっても、生まれた瞬間からヤバすぎるわ。割り切れるわけねぇだろこんなの』
それとこれとは話は別。理解して受け入れろと言われても無理。気づかぬうちになにかやらかしたんじゃないか? とがくがく震えるレベル。
なんでこんなに一極集中しているのか。どちらか1つだけでもヤバいのに、なんで2ついっぺんに来るのか。これが分からない。
もうこの件については触れないようにする。心と記憶の奥底に閉まっておこう。
次は血統に関してか。これはかなりびっくりしたわ。
父はメジロマックイーン。ウマ娘でも特に大好きな子です。
次に母父。なんと、あのオグリキャップである。母母はメジロラモーヌである。
どゆこと? なんでこの2頭を配合しようと思ったのか。
(別に危険な配合ではなかった気はするが。にしても冒険が過ぎるだろ)
オグリキャップは世紀のアイドルホース。メジロラモーヌは初代三冠牝馬。メジロマックイーンは名優。
その血を受け継いだのが俺、なわけで。
(凄いなこれ。ウマ娘ファンの俺大歓喜の血統だ!)
テンションは最高潮である。やったぜ。
さらには葦毛。父と母父、さらには母と一緒だ。今はちょっと黒いが、その内白くなり始めるはず。その時が楽しみだ。
ちなみに、それ繋がりなのか母親代わりを務めてくれたのがメジロラモーヌことラモーヌさんだった。
死んでしまった俺の母馬メジロコナンの代わり。俺が寂しくないようにと、牧場側があてがってくれた義母。
緊張したわ。ものすっごい強張ったわ。
まさか、親代わりがラモーヌさんになるとは思わなかったからな。しかも優しかったし。
『私と小白の仲を引き裂こうなんて……! 許さないわ!』
『落ち着いて! 落ち着いてくださいラモーヌさん! あなたにも覚えがあるでしょう!』
『知らないわそんなこと!』
優しすぎて離れる時大変だったけどそれは割愛。今も元気にしてるかな? ラモーヌさん。
小白というのは俺の幼名だ。由来は分からない。ラモーヌさんからは小白と呼ばれていた。
産まれのあれこれが判明、血統が判明。後は年代も判明した。
今は2002年。俺がデビューするのは来年だから、2003年デビューになる。
クラシックは3歳馬からの挑戦だから、俺が走るのは2004年のクラシック世代、ということになるな。
2004年世代か……キツいな。
(かなりタレント揃いの印象だ。ウマ娘だとスイープトウショウしかいないし、上も下もそこそこ充実してたせいか影が薄いけど)
この世代といえばダービー馬のキングカメハメハ。G1を5勝したダイワメジャーに、日本最強馬の一頭と名高いディープインパクトに土をつけたハーツクライ。
ざっと挙げただけでも層が厚い。というかこの世代は種牡馬成績もヤバい。主にキングカメハメハとハーツクライ。
最低でもこの3頭が立ちはだかる。日本競馬界に名を残すレベルの3頭を相手にしなきゃいけない。
同世代だけでもヤバいのに、上も下もヤバいときたもんだ。
(特に下、ディープインパクトが出てくるのが確定、ってのが辛いな。下手な出来事は全部かき消されてしまう)
ぶっちゃけた話、このディープインパクトをどうするか? が一番キツい。
なんせG1を数勝した程度では埋もれることが確定するからだ。
相手は無敗の三冠馬。加えてG1を7勝する上に、勝ち方がめちゃくちゃド派手な追込馬だ。ちょっとやそっとのことじゃすぐに埋もれちまう。
求められるのはディープインパクトに負けないほど印象的であること。なおかつキングカメハメハ達を相手に勝ち切ることだ。
(そのためには、三冠を取ることは絶対条件になってくるな。単冠、二冠だとディープインパクトの前に霞んじまう)
勝たなきゃいけない。クラシック最高峰の戦いである皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3つを。
この3つを勝たなければ、俺の名前はそのうち忘れ去られてしまうだろう。俺の望むような変化を起こせないかもしれない。
そうならないためにも、クラシック三冠を勝つのは必要か。
(メジロの馬主事業継続に関わって来るかは不明だ。でも、取れるならば取っておきたい)
今後にも影響するしな。三冠を取った種牡馬というのはそれだけで価値があるし。
とにかく、今後の目標は決まった。
『クラシック期の大目標は無敗のクラシック三冠! 夢はでっかくだ!』
ウマ娘やってるだけだと麻痺しがちだが、とんでもない目標だ。現在においてはまだシンボリルドルフしか達成していない大記録。たった一頭しか成し遂げていない大偉業を、俺は目標に据えている。
笑われるだろう。現実を見ろと言われるだろう。バカみたいな夢を抱くな、と怒られるだろう。
知ったことか。俺が望むことのためには、それくらいやらなきゃいけないんだ。
『とにかく今は走るぞ! 走って走って、スタミナをつける! それ以外のことは入厩してからでいいだろ!』
こっちはもう覚悟を決めている。やり通すと誓ったんだ。
メジロの馬主事業を継続させる。メジロコナンの名前を血統図に残す。
今更後戻りなんてできない。輝かしい未来のためにも、俺は頑張らなきゃいけない。
そのために鍛え続けた。とにかく牧場を走り回り、雪だろうと構わずに走り続けた。
まぁ、その結果というかなんというか。
「今日も一頭で、か。他の仔と仲良くしてほしいが」
「元々そういう気性なのかもしれません。もしくは、他馬との間に壁を作っているのかも」
喜多野さんやスタッフさんには心配をかけさせてしまった。
どうも俺が一頭でいる時間の方が多くて、いじめられているんじゃないか? と不安らしい。
(すみません。全然そんなことないです。むしろ仲は良いと思ってます)
確かに俺は一頭で走っているかもしれない。視察の時はそうかもしれないが、それ以外の時間ではちゃんと仲良くしてます。
つっても、不安にさせてるのは確かなんだよなぁ。
(たまには他の奴を誘うか)
辺りを見渡して、1つのコミュニティに混ざる。
『なぁ、今から一緒に走らねぇ?』
そう聞く。
会話はちゃんと成立する。この姿になってから馬の言葉が分かるようになった。大変便利に活用させてもらっています。
反応はというと。
『走るの? いいよ!』
『走ろう走ろう!』
『小白くんと競走だー!』
上々、というよりはテンション高い。嫌われてはいないだろ、多分。
その後は複数頭で競走。
その姿をしっかりと見ていたらしく。
「心配は杞憂だったかもしれないな」
「かも、ですね。仲は悪くなさそうです」
喜多野さん達の胸をなでおろすような声が聞こえた。よかったよかった。
競走の結果?
『やっぱり小白君はやいなー』
『今日もかてなかったよ』
『まぁな。毎日走り込んでるし。つっても、みんなも速いぞ。そのうち追いつかれちまうかもな』
俺が勝った。この辺はしっかりとね。
なんとか1年過ごした競走馬としての生活。そろそろ、あの季節か。
(調教師のところに入厩する季節。栗東か美浦か、どの調教師のお世話になるのか)
『つっても、生江さんだろうな。前俺のこと見に来た時、喜多野さんに詰め寄ってたし』
トレセンと呼ばれる場所に引っ越す季節。この牧場ともしばらくの間お別れだ。
競走馬としての本格的な道を歩むことになる。
期待半分、不安半分。ドキドキとした気持ちで、俺は一日一日を過ごしていた。
メジロシャーロック
父:メジロマックイーン
母:メジロコナン(架空馬)
母父:オグリキャップ
母母:メジロラモーヌ
……なんだこれ?