第64回 皐月賞
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 牡/牝 | 人気 |
1 | 1 | マイネルマクロス | 牡3 | 12 |
1 | 2 | メジロシャーロック | 牡3 | 1 |
2 | 3 | コスモサンビーム | 牡3 | 4 |
2 | 4 | カリプソパンチ | 牡3 | 18 |
3 | 5 | フォーカルポイント | 牡3 | 6 |
3 | 6 | キョウワスプレンダ | 牡3 | 10 |
4 | 7 | ブラックタイド | 牡3 | 2 |
4 | 8 | メイショウボーラー | 牡3 | 7 |
5 | 9 | ミスティックエイジ | 牡3 | 9 |
5 | 10 | アポインテッドデイ | 牡3 | 17 |
6 | 11 | グレイトジャーニー | 牡3 | 15 |
6 | 12 | マイネルブルック | 牡3 | 8 |
7 | 13 | メテオバースト | 牡3 | 14 |
7 | 14 | ダイワメジャー | 牡3 | 11 |
7 | 15 | マイネルデュプレ | 牡3 | 13 |
8 | 16 | ハーツクライ | 牡3 | 5 |
8 | 17 | スズカマンボ | 牡3 | 16 |
8 | 18 | コスモバルク | 牡3 | 3 |
◇
雲一つない晴天に恵まれ、中山競馬場には多くの人が押し寄せている。
「今日は皐月賞の日や! こないなレース、現地で見んと損やで!」
「桜花賞はどうだったよ? 俺は外れたわ~」
「1番人気が順当に勝ったな。ま、皐月賞も順当になりそうだけど」
例年以上の人。足の踏み場もないほど、とまではいかないが、かなりの客入りを見せている。
いつもの競馬仲間と話し、時には知らない人間とも会話が続く。
その話題は1つ。メジロシャーロックだ。
「陣営も太鼓判、実績も文句なし! 勝ち方も問題なしだ。こりゃ、皐月賞はメジロシャーロックで決まりだろ」
「むしろメジロシャーロック以外ありえないレベル。俺は軸にする予定」
「楽しみだな~。今日も逃げんのかな? シャーロック」
葦毛の馬。出走馬の中では飛び抜けた実績を誇っており、最終追い切りのタイムもいつも通りと、推さない理由がないほどの出来栄えだ。
さらにはパドック。ここでもメジロシャーロックは目を惹く。
「相変わらず輝かんばかりの馬体! これはもう本命は決まりだな」
「いや~、相変わらず凄い出来栄えだ。しかも、弥生賞から増減なしだろ?」
「弥生賞でプラス2キロで今回も492だから*1っ、そうだな。今回は増減なしだ」
「太りすぎず痩せすぎず。ええ感じや!」
体重の増減はなし。仕上がりも万全。
問題が見受けられない。問題がないのであれば、勝つのは当然。
そう受け取り、ファンは発走の時を待つ。
馬主席には、メジロの総帥喜多野美弥の姿があった。
近頃体調を崩しがちであり、心なしか顔が白く感じる。
今回も医者に無理を言ってここにきている。
そのことが分かっている喜多野裕二は、内心気が気でない。
「現地で観たい気持ちは分かりますけど、大人しくしていた方がいいのではないですか?」
「大丈夫よ裕二。お医者様からの許可は貰ってあるし、今日は体調が良いの。それに、シャーロックの晴れ舞台。現地で応援する以外の選択肢はないわ」
「……危険になったら、すぐに病院に戻りますよ」
メジロシャーロックの走りを楽しみにしているのが分かる。
メジロの期待の星。それを抜きにしても可愛い我が子のような存在だ。
現地で観る以外の選択肢はない。そのために、中山競馬場を訪れたのだから。
傍らに裕二を待機させ、中山競馬場のコースに視線を送る。
視線の先にはメジロシャーロック。今は返し馬をしているところだ。
祈るように手を組む。
「頑張ってね、シャーロック」
その呟きに、裕二は静かに頷き。
同じように祈った。
今回の大本命はメジロシャーロックだ。それは間違いない。
倍率は驚異の1.1倍。もはや単勝元返しに迫る勢いだ。
それだけの期待を背負い、負けるはずがないと思っている。
ただ、忘れてはならない。
完璧な状態だからと言って勝てるわけではないことを。
ちょっとした油断で負けることがあるのが、クラシック競走なのだと。
レースに絶対はないのだから。
◇
さて、と。ついにこの日がやってきたな。
(クラシックの第一戦、皐月賞。これまでも本番、ここからが本番って感じだ)
より一層、負けるわけにはいかない。ここでコケるわけにはいかない。
とはいえ、勝つことの難しさも分かっている。
馬も人も気合いを入れてくる。絶対に勝つために、負けられない思いを背負って。
それがクラシック競走。中央競馬でも特別視されるG1レースだ。
(これまでの重賞の記憶は、全部さっぱり忘れた方がいい。今から戦う相手は全員、実力未知数の相手だ)
負かした相手は成長してくる。走ったことがない相手は当然警戒。
油断はしない。絶対に。
なので、知り合いがいても極力知らんぷりだ。
『ようやく、ココ(レース)で会えたなシャーロック』
なんかハーツがこっちにガンつけてるけど無視だ。
『今日ここで、本気のお前に勝ってやる。調教で手を抜いたこと、後悔させてやるぞ』
いや、手を抜いたわけじゃないって。お前に気分良く走ってもらうためにだな。
『おい、無視をするな。他の馬に目を向けて、俺のことなど眼中にないってことか? あまり舐めるなよ!』
無視させろや。なんでお前こっちに絡んでくるんだよ。
《返し馬ですが、ハーツクライがメジロシャーロックに絡みに行ってますね。鞍上も必死に抑えています》
《何が起きたのでしょうか? 少し心配です》
せっかく人が話しかけないようにって決めてたのによ。お前からしたら知ったこっちゃないだろうけど。
ここで無反応だと更に詰めてきそうだし、仕方ないか。
『舐めてねぇよ。ちょっと気合入れてただけだ』
『ほう、それは悪かった。だが覚えておけ。今日のレース、勝つのは俺だと』
『抜かせ。俺が勝つ』
それだけ言ってアイツは返し馬に戻った。
……それ言うためだけにわざわざ俺のとこ来たのかよ。騎手に逆らってまで。嘘だろお前。
これには上の岳さんも苦笑いだよ。
「あはは……調教で走った時以来、目をつけられてるねシャーロック」
(本当だよ)
パフォーマンスに影響があるもんじゃないからいいけどさ。
出走する馬の中には見知った顔もいる。
これまでのレースで走った奴、コスモバルクやコスモサンビームの姿もあった。
当然、タイドもいる。馬房が隣同士なので会ったりするが、レースで会うのは初めてだな。
(……さて、と)
最後に一頭。栗毛の馬を視界に収めた時。
ファンファーレが聞こえてきた。出走の時間がやってくる。
(俺は1枠の偶数番だから、もう少し後の方だな)
とはいっても、そこまで時間を食うわけじゃない。
ゲート入りもすんなり終わっているし、俺の出番はすぐ来る。
「それでは次、1枠2番のメジロシャーロック」
係員の誘導でゲートへ。狭い空間に収まる。
俺の気持ちは、不思議なほど落ち着いていた。
(調教の暴走は2週間前には止めておいた。ノーマルの状態に戻してある)
《今、大外枠のコスモバルクがゲートに入りました》
これまでのことに問題はなく、しっかり走ることができれば勝てると踏んでいる。
(自分の走りを貫くだけ、だな)
《全馬ゲートイン完了。遥かなるクラシックの頂、その第一戦を制するのは誰か? 期待を背負う1番人気メジロシャーロックの動きに注目です!》
待って、待って。
ゲートが開いた。
反射的に体が動く。とにかく前に出ろと本能が叫ぶ。
綺麗にスタートを切ることができた。いつも通り、いやいつもより少し早いような気がする。
《第64回皐月賞が今スタートしました! 揃って綺麗なスタートを切ります18頭、1枠2番のメジロシャーロックが序盤からぐいぐい押してくぞ! 最内枠のマイネルマクロスはいかない、マイネルマクロスは控える!》
《2番のメジロシャーロックの動き出しが早かったですね。無理に行くよりも控える判断をしたのでしょう》
《内からメジロシャーロックがスーッと伸びていく。並ぶように8番のメイショウボーラーこちらも逃げる構えだ。メイショウボーラーに続いて14番のダイワメジャーが外から来た、ダイワメジャーは先行策、コスモバルクはどうか?》
《大外枠でしたからね。ここはまず静観の構えでしょう》
皐月賞が始まった。
序盤は好調。隣の馬は早々に控えたため、俺が最内のポジションを獲得する。
最内を走るなら、やることは1つだ。
(このままラップ逃げで走るか。おそらくだが、他も死に物狂いで追ってこないはずだ)
いつも通りのラップ逃げ。レコードから逆算した、1ハロンごとのタイムを測りながら走る。
《最内から上がっていくメジロシャーロック。隊列の一番前はやはりこの馬メジロシャーロックだ。葦毛の馬体が悠然と上がっていきます。競りかけてくるかメイショウボーラー、無理にはいかない》
《前に行く素振りを見せていますね。鞍上の副永がいくなと手綱を引いています》
《メイショウボーラーの後ろ3番手の位置にダイワメジャー。ダイワメジャーはこの位置、コスモバルクはいき足悪かったか? 4番手集団の外につけています》
俺の体内時計も中々鍛えられてきたからな。
主に背に跨っている人のスパルタで。
「良いペースだ、シャーロック。12秒台前半をキープしよう」
(おーけい。任せとけい)
結果として、武器を1つ手に入れたからいいけどさ。
さて、第1コーナーを曲がっているが、この辺りでメイショウボーラーが無理に前を奪いに来た。
『先頭は俺だ! 負けてたまるか!』
別に先頭に固執したいわけじゃない。行きたければどうぞ。
《第1コーナーを曲がります。先頭はここでメイショウボーラーに変わりました。メイショウボーラーがペースを握る。2番手メジロシャーロックはすぐ後ろの位置。ダイワメジャーはメジロシャーロックの後ろにつけました》
《後続もメジロシャーロックのペースについていくようですね》
メイショウボーラーが先頭を奪った。
何頭か連れて前に行くのがよかったのだが、そう上手くはいかんか。
(俺のラップ逃げはバレてる。気性的な問題でもない限り、俺についていくのが丸いと思っているはず)
そりゃ俺が正確に時間を刻むんだ。
俺についていけばおおよそのタイムが分かるし、馬に無理をさせることがない。
これはまぁラップ逃げの明確な弱点か。俺より能力が劣っていたら何の意味もない、って落とし穴があるけど。
その辺は織り込み済みだろう。しっかり計算に入れて、自分たちなりのペースを貫いてくるはずだ。
後は馬の気性との相談。できなかった場合の例が、今俺の前にいるメイショウボーラーだ。
(折り合いつかず、か。こっちとしては好都合だ)
《第2コーナーを回ってまもなく向こう正面。メイショウボーラーが飛ばしていきます。2馬身のリードを取ってメイショウボーラーが先頭だ。2番手にはメジロシャーロック、1番人気のメジロシャーロックはここにいる》
《後続はメイショウボーラーにつられず、メジロシャーロックのペースで走っていますね》
《3番手はダイワメジャー、メジロシャーロックのすぐ後ろにつけている。3番のメテオバースト、2馬身離れて5番手の位置にコスモサンビーム内にカリプソパンチ、コスモバルクはこの位置だ》
よしよし、問題なく走れているな。
(メイショウボーラーはあのペースだと自滅。とはいえ、どこかで折り合いをつけてくるはずだ。そうならないためにも)
「12秒台前半だ。そして、徹底的にマークされている。なら、仕掛ける場所は」
上では岳さんがブツブツと喋っている。
仕掛ける場所について考えているんだろう。
岳さんはどこで仕掛けようとしているのか?
俺は、どこで仕掛けるのか?
(仕掛ける場所はっ)
向こう正面に入った。
見据えるのは、向こう正面の先。
10のハロン棒。
(残り1000mだろ!)
「1000m付近。ここから仕掛ける」
は、レジェンドと思考が一致してるわ。
以心伝心、って奴なのかね? 偶然かも知らんけど。
このままのペースで走ってもいいが、いろんな可能性を考慮してロングスパートを仕掛けるのが正解だ。
先頭こそメイショウボーラーだが、今の俺はすぐ後ろ、逃げの位置。
先行勢は俺よりもいくらか後ろにいるだろう。
弥生賞と何ら変わらん。
やるべきことをやって、こなすだけだ。
《向こう正面も半分を過ぎました。残り1000m、前半のタイムは59秒1とかなり早い時計だ。メイショウボーラーはここで落ち着きたいところですがそうはいかないぞメジロシャーロックがじわじわ上がってきた!》
《ペースアップしましたね。仕掛けるのが早くないでしょうか?》
《2馬身のリードをじわじわ削ってきた! メイショウボーラーに一息つかせないメジロシャーロック! メジロシャーロックが先頭へ襲い掛かろうとしている!》
差を詰める。メイショウボーラーも追いつかれまいと粘っているが。
関係ない。今はただ、ペースを11秒台後半で走ることを決めている。
「今が11秒9。12秒を切ったよ」
とにかく先頭へ。後ろから足音が聞こえるが、今は構わない。
(さぁて、追いつくか!)
第3コーナーの中ほどで追いついた。
メイショウボーラーの騎手のぎょっとしている顔がちょっとだけ見えた。
そりゃ驚くよな。まさかここから仕掛けるとは思わんだろうし。
(1000mロングスパートみたいなもんだ。逃げ馬がやってんだから焦るし驚くだろうよ)
《第3コーナーを半分過ぎたところでメジロシャーロックがメイショウボーラーを捉えた! メイショウボーラーを抑えてメジロシャーロックが先頭だ2番手に陥落メイショウボーラーっ、いや3番手だ3番手だ、ダイワメジャーが2番手追走先頭はメジロシャーロックだ!》
《速いペースで流れているのに、ここでさらに早くしますか! これは後方勢にとっては辛い展開ですね!》
《後方ではブラックタイド、まだ動かないかブラックタイド。後方勢はまだ控えているぞ、間に合うかどうか!》
11秒台後半で走る。
俺のラップタイムはほとんど狂わない。
岳さんの手綱も持ったまま。問題がないって証拠だ。
メイショウボーラーを抑えて先頭へに立って走る。
前に誰もいないって感覚は悪くない。
その分風をモロに受けるが、些細なことだ。
(後はこのまま、キープしたらっ!?)
逃げ切れる、なんて考えていたら。
来た。猛烈な気配が。
ずっと近くにいた存在が、1馬身ほどのリードをずっと保っていた奴が来た。
『誰だろうと負けられるかぁぁぁ! テメェもぶちのめしてやらぁぁぁ!』
凄まじい気迫と一緒に、俺と同じペースで走ろうとする馬。
逃がさないとばかりに差を詰めてきた。
俺の隣に、俺に並ぼうと迫ってくる。
(マジかよ!? 下手すりゃ自滅だぞ!)
誰かは分からない。栗毛の馬ってことだけは判別が出来る。馬の視界って凄い。
……いや、嘘だな。
誰かなんて分かっている。
つーか、一頭しかいない。
俺を徹底的にマークして、俺のペースで巡行して。
第4コーナーを目前に控えたこのタイミングで追いつこうとしているのは。
(ダイワメジャーっ!)
コイツしかいない。
別に見たことがあるわけじゃない。なんなら面識もない奴だ。
でもな、知ってんだよ俺は。
2004年の皐月賞馬がどういう風に勝ったのか、とんでもない素質の馬だとか。
どの距離が得意なのか。俺のペースだろうと、問題なくついていけることとか。
全部知っている。そう、知っているからこそ。
(やっぱり、俺をマークするよなぁ! さぁ、勝負の舞台は整ったっ)
《最後の直線を前にしてダイワメジャーが並ぼうとしている! ダイワメジャーがメジロシャーロックに並ぼうとしている! メジロシャーロックとダイワメジャーの2頭が最後の直線先頭で入ってきた! ここから2頭の争いになるか!? 3番手にはメイショウボーラーとメテオバーストだ!》
《2頭の競り合いですね! さぁ、メジロシャーロックはここからですよ!》
《中山競馬場に押し寄せた10万以上の競馬ファン! 10万を超える大歓声に迎えられて、メジロシャーロックとダイワメジャーが最後の直線先頭で入ってきたぁ!》
(お前はここで、競り落としてやるよ!)
対策を講じてきたんだからな。