親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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ちょっとテンポが早いかもしれない。


始まりの皐月賞

 

 

第64回 皐月賞

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1マイネルマクロス牡312

1
2メジロシャーロック牡3
1

2
3コスモサンビーム牡34

2
4カリプソパンチ牡318

3
5フォーカルポイント牡36

3
6キョウワスプレンダ牡310

4
7ブラックタイド牡3
2

4
8メイショウボーラー牡37

5
9ミスティックエイジ牡39

5
10アポインテッドデイ牡317

6
11グレイトジャーニー牡315

6
12マイネルブルック牡38

7
13メテオバースト牡314

7
14ダイワメジャー牡311

7
15マイネルデュプレ牡313

8
16ハーツクライ牡35

8
17スズカマンボ牡316

8
18コスモバルク牡3
3

 

 

 

 

 

 

 雲一つない晴天に恵まれ、中山競馬場には多くの人が押し寄せている。

 

「今日は皐月賞の日や! こないなレース、現地で見んと損やで!」

「桜花賞はどうだったよ? 俺は外れたわ~」

「1番人気が順当に勝ったな。ま、皐月賞も順当になりそうだけど」

 

 例年以上の人。足の踏み場もないほど、とまではいかないが、かなりの客入りを見せている。

 いつもの競馬仲間と話し、時には知らない人間とも会話が続く。

 

 その話題は1つ。メジロシャーロックだ。

 

「陣営も太鼓判、実績も文句なし! 勝ち方も問題なしだ。こりゃ、皐月賞はメジロシャーロックで決まりだろ」

「むしろメジロシャーロック以外ありえないレベル。俺は軸にする予定」

「楽しみだな~。今日も逃げんのかな? シャーロック」

 

 葦毛の馬。出走馬の中では飛び抜けた実績を誇っており、最終追い切りのタイムもいつも通りと、推さない理由がないほどの出来栄えだ。

 

 さらにはパドック。ここでもメジロシャーロックは目を惹く。

 

「相変わらず輝かんばかりの馬体! これはもう本命は決まりだな」

「いや~、相変わらず凄い出来栄えだ。しかも、弥生賞から増減なしだろ?」

「弥生賞でプラス2キロで今回も492だから*1っ、そうだな。今回は増減なしだ」

「太りすぎず痩せすぎず。ええ感じや!」

 

 体重の増減はなし。仕上がりも万全。

 

 問題が見受けられない。問題がないのであれば、勝つのは当然。

 そう受け取り、ファンは発走の時を待つ。

 

 馬主席には、メジロの総帥喜多野美弥の姿があった。

 近頃体調を崩しがちであり、心なしか顔が白く感じる。

 

 今回も医者に無理を言ってここにきている。

 そのことが分かっている喜多野裕二は、内心気が気でない。

 

「現地で観たい気持ちは分かりますけど、大人しくしていた方がいいのではないですか?」

「大丈夫よ裕二。お医者様からの許可は貰ってあるし、今日は体調が良いの。それに、シャーロックの晴れ舞台。現地で応援する以外の選択肢はないわ」

「……危険になったら、すぐに病院に戻りますよ」

 

 メジロシャーロックの走りを楽しみにしているのが分かる。

 メジロの期待の星。それを抜きにしても可愛い我が子のような存在だ。

 現地で観る以外の選択肢はない。そのために、中山競馬場を訪れたのだから。

 

 傍らに裕二を待機させ、中山競馬場のコースに視線を送る。

 視線の先にはメジロシャーロック。今は返し馬をしているところだ。

 

 祈るように手を組む。

 

「頑張ってね、シャーロック」

 

 その呟きに、裕二は静かに頷き。

 同じように祈った。

 

 

 今回の大本命はメジロシャーロックだ。それは間違いない。

 倍率は驚異の1.1倍。もはや単勝元返しに迫る勢いだ。

 それだけの期待を背負い、負けるはずがないと思っている。

 

 ただ、忘れてはならない。

 完璧な状態だからと言って勝てるわけではないことを。

 ちょっとした油断で負けることがあるのが、クラシック競走なのだと。

 

 レースに絶対はないのだから。

 

 

 

 

 

 

 さて、と。ついにこの日がやってきたな。

 

(クラシックの第一戦、皐月賞。これまでも本番、ここからが本番って感じだ)

 

 より一層、負けるわけにはいかない。ここでコケるわけにはいかない。

 

 とはいえ、勝つことの難しさも分かっている。

 馬も人も気合いを入れてくる。絶対に勝つために、負けられない思いを背負って。

 

 それがクラシック競走。中央競馬でも特別視されるG1レースだ。

 

(これまでの重賞の記憶は、全部さっぱり忘れた方がいい。今から戦う相手は全員、実力未知数の相手だ)

 

 負かした相手は成長してくる。走ったことがない相手は当然警戒。

 油断はしない。絶対に。

 

 なので、知り合いがいても極力知らんぷりだ。

 

『ようやく、ココ(レース)で会えたなシャーロック』

 

 なんかハーツがこっちにガンつけてるけど無視だ。

 

『今日ここで、本気のお前に勝ってやる。調教で手を抜いたこと、後悔させてやるぞ』

 

 いや、手を抜いたわけじゃないって。お前に気分良く走ってもらうためにだな。

 

『おい、無視をするな。他の馬に目を向けて、俺のことなど眼中にないってことか? あまり舐めるなよ!』

 

 無視させろや。なんでお前こっちに絡んでくるんだよ。

 

《返し馬ですが、ハーツクライがメジロシャーロックに絡みに行ってますね。鞍上も必死に抑えています》

《何が起きたのでしょうか? 少し心配です》

 

 せっかく人が話しかけないようにって決めてたのによ。お前からしたら知ったこっちゃないだろうけど。

 

 ここで無反応だと更に詰めてきそうだし、仕方ないか。

 

『舐めてねぇよ。ちょっと気合入れてただけだ』

『ほう、それは悪かった。だが覚えておけ。今日のレース、勝つのは俺だと』

『抜かせ。俺が勝つ』

 

 それだけ言ってアイツは返し馬に戻った。

 ……それ言うためだけにわざわざ俺のとこ来たのかよ。騎手に逆らってまで。嘘だろお前。

 

 これには上の岳さんも苦笑いだよ。

 

「あはは……調教で走った時以来、目をつけられてるねシャーロック」

(本当だよ)

 

 パフォーマンスに影響があるもんじゃないからいいけどさ。

 

 出走する馬の中には見知った顔もいる。

 これまでのレースで走った奴、コスモバルクやコスモサンビームの姿もあった。

 当然、タイドもいる。馬房が隣同士なので会ったりするが、レースで会うのは初めてだな。

 

(……さて、と)

 

 最後に一頭。栗毛の馬を視界に収めた時。

 ファンファーレが聞こえてきた。出走の時間がやってくる。

 

(俺は1枠の偶数番だから、もう少し後の方だな)

 

 とはいっても、そこまで時間を食うわけじゃない。

 ゲート入りもすんなり終わっているし、俺の出番はすぐ来る。

 

「それでは次、1枠2番のメジロシャーロック」

 

 係員の誘導でゲートへ。狭い空間に収まる。

 

 俺の気持ちは、不思議なほど落ち着いていた。

 

(調教の暴走は2週間前には止めておいた。ノーマルの状態に戻してある)

《今、大外枠のコスモバルクがゲートに入りました》

 

 これまでのことに問題はなく、しっかり走ることができれば勝てると踏んでいる。

 

(自分の走りを貫くだけ、だな)

《全馬ゲートイン完了。遥かなるクラシックの頂、その第一戦を制するのは誰か? 期待を背負う1番人気メジロシャーロックの動きに注目です!》

 

 待って、待って。

 

 ゲートが開いた。

 反射的に体が動く。とにかく前に出ろと本能が叫ぶ。

 

 綺麗にスタートを切ることができた。いつも通り、いやいつもより少し早いような気がする。

 

《第64回皐月賞が今スタートしました! 揃って綺麗なスタートを切ります18頭、1枠2番のメジロシャーロックが序盤からぐいぐい押してくぞ! 最内枠のマイネルマクロスはいかない、マイネルマクロスは控える!》

《2番のメジロシャーロックの動き出しが早かったですね。無理に行くよりも控える判断をしたのでしょう》

《内からメジロシャーロックがスーッと伸びていく。並ぶように8番のメイショウボーラーこちらも逃げる構えだ。メイショウボーラーに続いて14番のダイワメジャーが外から来た、ダイワメジャーは先行策、コスモバルクはどうか?》

《大外枠でしたからね。ここはまず静観の構えでしょう》

 

 皐月賞が始まった。

 

 

 序盤は好調。隣の馬は早々に控えたため、俺が最内のポジションを獲得する。

 最内を走るなら、やることは1つだ。

 

(このままラップ逃げで走るか。おそらくだが、他も死に物狂いで追ってこないはずだ)

 

 いつも通りのラップ逃げ。レコードから逆算した、1ハロンごとのタイムを測りながら走る。

 

《最内から上がっていくメジロシャーロック。隊列の一番前はやはりこの馬メジロシャーロックだ。葦毛の馬体が悠然と上がっていきます。競りかけてくるかメイショウボーラー、無理にはいかない》

《前に行く素振りを見せていますね。鞍上の副永がいくなと手綱を引いています》

《メイショウボーラーの後ろ3番手の位置にダイワメジャー。ダイワメジャーはこの位置、コスモバルクはいき足悪かったか? 4番手集団の外につけています》

 

 俺の体内時計も中々鍛えられてきたからな。

 主に背に跨っている人のスパルタで。

 

「良いペースだ、シャーロック。12秒台前半をキープしよう」

(おーけい。任せとけい)

 

 結果として、武器を1つ手に入れたからいいけどさ。

 

 さて、第1コーナーを曲がっているが、この辺りでメイショウボーラーが無理に前を奪いに来た。

 

『先頭は俺だ! 負けてたまるか!』

 

 別に先頭に固執したいわけじゃない。行きたければどうぞ。

 

《第1コーナーを曲がります。先頭はここでメイショウボーラーに変わりました。メイショウボーラーがペースを握る。2番手メジロシャーロックはすぐ後ろの位置。ダイワメジャーはメジロシャーロックの後ろにつけました》

《後続もメジロシャーロックのペースについていくようですね》

 

 メイショウボーラーが先頭を奪った。

 何頭か連れて前に行くのがよかったのだが、そう上手くはいかんか。

 

(俺のラップ逃げはバレてる。気性的な問題でもない限り、俺についていくのが丸いと思っているはず)

 

 そりゃ俺が正確に時間を刻むんだ。

 俺についていけばおおよそのタイムが分かるし、馬に無理をさせることがない。

 

 これはまぁラップ逃げの明確な弱点か。俺より能力が劣っていたら何の意味もない、って落とし穴があるけど。

 その辺は織り込み済みだろう。しっかり計算に入れて、自分たちなりのペースを貫いてくるはずだ。

 後は馬の気性との相談。できなかった場合の例が、今俺の前にいるメイショウボーラーだ。

 

(折り合いつかず、か。こっちとしては好都合だ)

《第2コーナーを回ってまもなく向こう正面。メイショウボーラーが飛ばしていきます。2馬身のリードを取ってメイショウボーラーが先頭だ。2番手にはメジロシャーロック、1番人気のメジロシャーロックはここにいる》

《後続はメイショウボーラーにつられず、メジロシャーロックのペースで走っていますね》

《3番手はダイワメジャー、メジロシャーロックのすぐ後ろにつけている。3番のメテオバースト、2馬身離れて5番手の位置にコスモサンビーム内にカリプソパンチ、コスモバルクはこの位置だ》

 

 よしよし、問題なく走れているな。

 

(メイショウボーラーはあのペースだと自滅。とはいえ、どこかで折り合いをつけてくるはずだ。そうならないためにも)

「12秒台前半だ。そして、徹底的にマークされている。なら、仕掛ける場所は」

 

 上では岳さんがブツブツと喋っている。

 仕掛ける場所について考えているんだろう。

 

 岳さんはどこで仕掛けようとしているのか?

 俺は、どこで仕掛けるのか?

 

(仕掛ける場所はっ)

 

 向こう正面に入った。

 見据えるのは、向こう正面の先。

 10のハロン棒。

 

(残り1000mだろ!)

「1000m付近。ここから仕掛ける」

 

 は、レジェンドと思考が一致してるわ。

 以心伝心、って奴なのかね? 偶然かも知らんけど。

 

 このままのペースで走ってもいいが、いろんな可能性を考慮してロングスパートを仕掛けるのが正解だ。

 先頭こそメイショウボーラーだが、今の俺はすぐ後ろ、逃げの位置。

 先行勢は俺よりもいくらか後ろにいるだろう。

 

 弥生賞と何ら変わらん。

 やるべきことをやって、こなすだけだ。

 

《向こう正面も半分を過ぎました。残り1000m、前半のタイムは59秒1とかなり早い時計だ。メイショウボーラーはここで落ち着きたいところですがそうはいかないぞメジロシャーロックがじわじわ上がってきた!》

《ペースアップしましたね。仕掛けるのが早くないでしょうか?》

《2馬身のリードをじわじわ削ってきた! メイショウボーラーに一息つかせないメジロシャーロック! メジロシャーロックが先頭へ襲い掛かろうとしている!》

 

 差を詰める。メイショウボーラーも追いつかれまいと粘っているが。

 関係ない。今はただ、ペースを11秒台後半で走ることを決めている。

 

「今が11秒9。12秒を切ったよ」

 

 とにかく先頭へ。後ろから足音が聞こえるが、今は構わない。

 

(さぁて、追いつくか!)

 

 第3コーナーの中ほどで追いついた。

 メイショウボーラーの騎手のぎょっとしている顔がちょっとだけ見えた。

 そりゃ驚くよな。まさかここから仕掛けるとは思わんだろうし。

 

(1000mロングスパートみたいなもんだ。逃げ馬がやってんだから焦るし驚くだろうよ)

《第3コーナーを半分過ぎたところでメジロシャーロックがメイショウボーラーを捉えた! メイショウボーラーを抑えてメジロシャーロックが先頭だ2番手に陥落メイショウボーラーっ、いや3番手だ3番手だ、ダイワメジャーが2番手追走先頭はメジロシャーロックだ!》

《速いペースで流れているのに、ここでさらに早くしますか! これは後方勢にとっては辛い展開ですね!》

《後方ではブラックタイド、まだ動かないかブラックタイド。後方勢はまだ控えているぞ、間に合うかどうか!》

 

 11秒台後半で走る。

 俺のラップタイムはほとんど狂わない。

 岳さんの手綱も持ったまま。問題がないって証拠だ。

 

 メイショウボーラーを抑えて先頭へに立って走る。

 前に誰もいないって感覚は悪くない。

 その分風をモロに受けるが、些細なことだ。

 

(後はこのまま、キープしたらっ!?)

 

 逃げ切れる、なんて考えていたら。

 

 来た。猛烈な気配が。

 ずっと近くにいた存在が、1馬身ほどのリードをずっと保っていた奴が来た。

 

『誰だろうと負けられるかぁぁぁ! テメェもぶちのめしてやらぁぁぁ!』

 

 凄まじい気迫と一緒に、俺と同じペースで走ろうとする馬。

 逃がさないとばかりに差を詰めてきた。

 俺の隣に、俺に並ぼうと迫ってくる。

 

(マジかよ!? 下手すりゃ自滅だぞ!)

 

 誰かは分からない。栗毛の馬ってことだけは判別が出来る。馬の視界って凄い。

 

 

 ……いや、嘘だな。

 誰かなんて分かっている。

 つーか、一頭しかいない。

 

 俺を徹底的にマークして、俺のペースで巡行して。

 第4コーナーを目前に控えたこのタイミングで追いつこうとしているのは。

 

(ダイワメジャーっ!)

 

 コイツしかいない。

 

 別に見たことがあるわけじゃない。なんなら面識もない奴だ。

 でもな、知ってんだよ俺は。

 2004年の皐月賞馬がどういう風に勝ったのか、とんでもない素質の馬だとか。

 どの距離が得意なのか。俺のペースだろうと、問題なくついていけることとか。

 

 全部知っている。そう、知っているからこそ。

 

(やっぱり、俺をマークするよなぁ! さぁ、勝負の舞台は整ったっ)

《最後の直線を前にしてダイワメジャーが並ぼうとしている! ダイワメジャーがメジロシャーロックに並ぼうとしている! メジロシャーロックとダイワメジャーの2頭が最後の直線先頭で入ってきた! ここから2頭の争いになるか!? 3番手にはメイショウボーラーとメテオバーストだ!》

《2頭の競り合いですね! さぁ、メジロシャーロックはここからですよ!》

《中山競馬場に押し寄せた10万以上の競馬ファン! 10万を超える大歓声に迎えられて、メジロシャーロックとダイワメジャーが最後の直線先頭で入ってきたぁ!》

(お前はここで、競り落としてやるよ!)

 

 対策を講じてきたんだからな。

*1
共同通信杯の時に490キロ。弥生賞は492キロで今回も492キロ

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