親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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皐月賞、決着

 ダイワメジャー。

 04クラシック世代を代表する一頭で、主にマイルから中距離で活躍した競走馬。

 ウマ娘にもいるダイワスカーレットの半兄*1に当たる存在だ。

 

 強さに関しては文句なし。G1競走を5勝した名馬で、種牡馬としても活躍。

 マイルでも活躍できるスピード、中距離でも持つスタミナ。

 両方を兼ね備えたマイラーだ。

 

 俺がいた時代における、皐月賞の勝ち馬。

 だからこそ、今回のレースは最も警戒していた。

 

(日本ダービーのことばっか考えていたわけじゃねぇ。まずは皐月賞を勝たなきゃ、日本ダービーもなにもねぇんだからよ!)

 

 最優先で対策を立てるくらいには。

 

 大前提で、ダイワメジャーはマイラーだ。

 スピードこそあるが、スタミナがあるわけではない。

 勝ち鞍も確か、2000mが最大だったはずだ。覚えてる範囲の話だけど。

 

 2000mまで。つまりこの皐月賞は、ダイワメジャーにとってギリギリの距離になる。

 

(なんとかスタミナが持つ距離、勝負できる範囲ってことだ)

 

 全力が飛んでくること間違いなし。

 ここまで走ったことがないし、ぶつかったらどっちが勝つかは不明。

 俺は絶対に勝たなければいけない。リスクのある勝負は出来る限り避けたい。

 じゃあどうすればいいか?

 

 簡単だ。相手に全力を出させなければいい。

 その為の布石はすでに打ってある。

 それが、1000mのロングスパートだ。

 

 本来なら、向こう正面は息を入れたい場所だ。

 最後の勝負所に向けてスタミナを蓄える、回復するための場所。

 俺よりも前を走って逃げていたメイショウボーラーも、きっとここで回復する算段だったんだろう。

 

 だが、俺がそうさせなかった。ロングスパートを仕掛けることによって。

 

(メイショウボーラーに息を吐かせない、ってのもあるが、最大の効果を発揮するのはダイワメジャーに対してだ)

 

 息を入れて休憩したいのに、俺が仕掛けたせいで嫌でも動かなきゃいけない。

 二択を迫られる。

 

俺に着いていってスタミナを消耗するか

俺を無視してスタミナ回復に専念するか

 

 俺からしたらどっちでもよかった。

 着いてくるなら消耗戦を仕掛けるだけ。

 無視するなら差を広げて届かないだけの差をつけるだけ。

 

 ダイワメジャーの騎手が選択したのは……俺に着いていくこと。

 その心理も分からなくはない。

 

(今までのレースで俺が追いつかれたことはない。時計が狂わないと知っているのだから、無理にでも追わなきゃいけないと分かっている)

 

 追わなかったら届くかボケする可能性があるんだから、そりゃ着いてくるよなって。

 俺が落ちてくることがないと知っている以上、その方がまだ勝率が高いんだし。

 

 結果として、ダイワメジャーは息を吐く暇がなく俺を追走。

 ずっと俺をマークしてきた。ペースは乱れていないが、俺のペースとダイワメジャーのペースでは勝手が違うだろう。

 スタミナの消耗は何時もより激しいはずだ。

 

 直に落ちる……なんて、甘い考えはしねぇ。

 

(んな甘い考えで落ちるんだったら、G1を5勝もしてねぇ。ここからだ、ここが一番の踏ん張りどころだ!)

『どけぇぇぇえええ!』

『誰がどくかよ!』

 

 最後の直線でダイワメジャーと競り合う。

 この状況に持ち込めたんだ。後は、俺の気合次第だろ!

 

《最後の直線で競り合う2頭! 内にメジロシャーロック、外にダイワメジャー! メジロシャーロックとダイワメジャーが飛び出している! 先行勢は崩れつつある、逃げていたメイショウボーラーは力尽きたか後退後退!》

《後方集団有利の展開ですね。続々と雪崩れ込んできましたよ!》

《しかし先頭は逃げていた2頭! メイショウボーラーは落ちたがこの2頭はいまだ落ちる気配なし! さぁ葦毛と栗毛の馬体がぶつかり合う! 1番人気の順当か11番人気の番狂わせか!? メジロシャーロックとダイワメジャーの2頭が競り合っている!》

 

 作戦は上手くハマった。

 おそらくだが、ダイワメジャーの体力は底を尽きかけているはずだ。

 2000m持つとはいっても、あくまで普通に走ればの話。今の状況はまるっきり違う。

 

(俺が普通じゃないペースに持ち込んだ。普通なら落ちてくる場面っ、なんだけどなぁ!)

『しつけぇんだよ! とっとと落ちろ!』

『うるせぇぇぇ! 西のやつにデカい顔されてたまるかぁぁぁ!』

 

 違うはずなのに、ダイワメジャーは追いすがってくる。

 俺を捉えようと、俺を追い抜こうと力を発揮してきやがる。

 

 分かるさ。アイツは今、根性で走ってるってな。

 負けたくない、勝ちたい。

 ただそれだけの思いで、コイツは今脚を動かしている。

 

 けどな、負けられないのはこっちだって同じだ。

 

(メジロの未来のため、存続のために)

『俺だって負けられねぇんだよ!』

『こ、なっ、くっそぉぉぉ!』

 

 俺にだって意地はある。負けたくない、勝ちたいって気持ちが。

 

《一進一退の攻防、しかしメジロシャーロック有利だメジロシャーロック有利だ! 内側を走り続けているメジロシャーロックが前に出ている! ダイワメジャーは苦しいか!?》

《メジロシャーロックは常に内側を走っていました。対してダイワメジャーは外! ここで内と外の差が響いてきましたね!》

《後続からはブラックタイドがようやく進出開始か!? 3番手争いは接戦、コスモバルクが3番手争いを制して突っ込んできた残り100m! 3馬身の差を覆せるかコスモバルク! 2頭は3バ身先にいるぞ!》

 

 メジロ復活のためにっ、俺はここでっ!

 

『負けてたまるかぁ!』

 

 絶対に勝つんだ!

 

《抜け出した抜け出した! メジロシャーロックが抜け出した! ダイワメジャーを振り切り! 追いすがるコスモバルクを突き放して! メジロシャーロックが今皐月のゴール板を駆け抜けたぁぁぁ! メジロシャーロックまずは一冠だぁぁぁ!》

《最後までしっかりと脚を残していましたね! 逃げてこれだけの脚を残していたのは、驚異的という他ないでしょう! おめでとうメジロシャーロック!》

《そしてこれが! メジロ初めての皐月賞制覇! メジロ初の偉業を成し遂げたメジロシャーロック、最後は泥臭く根性で決めました、岳寛が天高く人差し指をあげているまずは一冠です! 2着は半馬身差ダイワメジャー、3着はコスモバルク!》

 

 その気持ちが天に届いたか否か。

 はたまた、ダイワメジャーのスタミナが完全に底をついてしまったのか。

 

 どちらにせよ。

 

『俺の、勝ちだッ!』

 

 俺は皐月賞を勝った。

 

 

 

 

 

 

 勝った後の空気は格別だ。

 とんでもない歓声。俺の勝利を祝ってくれる声が、中山のいたるところから聞こえてくる。

 

「ようやったぞー、シャーロックー! お前に賭けてよかったわー!」

「泥臭い勝ちもいいぞー! 痺れたー!」

「お前競り合いにも強いのかよ! 逆に弱いところどこだよー!」

 

 俺も知らんわそんなん。しいて言うなら瞬発力じゃねぇの?

 

「次の日本ダービーもお前で決まりだー!」

「二冠、そのまま勢いで三冠頼んだぞ! ルドルフ以来の無敗三冠ー!」

「メジロ初のダービー馬だー!」

 

 すんごい期待されてるなおい。まだダービーは始まってもないのに。

 照れるぜ。

 

 と、ツッコミはさておいてだ。

 

(この歓声は、何度浴びても最高だ。つか、今日めちゃくちゃ人多くね? すげぇ人じゃん)

《これだけの歓声、これだけの観衆! 集まった10万人超えのファンが、メジロシャーロックの勝利を祝福しております!》

 

 足の踏み場あるんだろうか? それくらいの人が集まっている。

 初めて見たかもしれない。朝日杯の時よりもずっと多い。

 

 これが、クラシック競走。中央競馬の頂点の1つ、か。

 

(そこを勝った俺は、凄いってことだな!)

 

 これで7連勝。無敗の三冠に向けて、一歩前進だ!

 

 そんな時、ポン、と。頭に手を置かれ。撫でられる。

 気持ちよくて思わず目を細め、夢見心地の気分を味わう。

 

「お疲れ様、シャーロック。最後までよく頑張ったね」

 

 岳さんだ。俺のことを褒めてくれてる。

 

 いや~、嬉しいね。頑張った甲斐があるって

 

『ぢぐじょ~ぉぉぉ! まげだぁぁぁ~!』

 

 あぁ、うん。なんか聞こえてきたな。

 

 振り向く。そこにいたのは、ダイワメジャー。

 悔しそうに暴れ回っている。止めてやれ、上の騎手の人が可哀想だから。

 

 にしても、ダイワメジャーとの勝負、か。

 

(実際、かなりギリギリだったな、今回は)

 

 作戦に嵌めた上で、ダイワメジャーにとって不利な展開だったにもかかわらずあの競り合いだ。

 一歩間違えればこっちが負けていた。そう思わせるだけの気迫。

 やっぱり強かったな、ダイワメジャーは。

 

 そんなダイワメジャーだが、俺の視線に気づいたのか。

 

『やいやいやい!』

 

 めっちゃ近づいてきた。凄いガンつけてくるなお前。

 

『お前! 名前は!?』

『名前? メジロシャーロックだけど』

『シャーロック、シャーロック……あ! お前人間が言ってたやつだな!?』

 

 どうやら俺の名前を聞いたことがある様子。

 まぁ聞いたことぐらいはありそうだよな。一応世代の代表やらせてもらってるし。

 最優先で警戒されるだろうから、俺の名前はどこかで必ず出すはずだ。

 知っていてもおかしくはない、か。

 

『俺の方が強いと思ってたのに……っ! でも、次は負けねぇ! もう一度勝負だ!』

『いや、レースは終わ』

『終わってねぇ! もう一回だもう一回だ! もう一回だぁぁぁ……』

「メジャー、帰るヨ。それジャ寛サン、また。今度ハボクにも騎乗させてネ」

「はい、マルクさんまた。後それは無理ですね」

 

 そんなダイワメジャーはマルクと呼ばれた人に誘導されてどっか行った。

 なんというか、騒がしいやつだ。

 

 ウィナーズサークルへと向かう途中。岳さんは独り言のように呟く。

 

「この調子で、日本ダービーも頑張らないと。日本ダービーは美弥さんが欲しがっているタイトル……絶対に、何が何でも取る」

 

 決意表明。もう俺と走る次のレースについて考えている。

 

 切り替えが早い、と思うが、俺もそうじゃなきゃいけない。

 

(確かに皐月賞を勝った。クラシック三冠の1つで、取るだけでも種牡馬入りがほぼ内定するだけの価値がある)

 

 けど、俺の場合はそれだけじゃダメなんだ。

 浮かれている場合ではない。次の戦いはもう始まっている。

 

(俺の目標は無敗の三冠。今日みたいなレースを、俺は後2回勝たなきゃいけない)

 

 特に、次は日本ダービーだ。

 3歳競走の頂点。ここを勝った奴が世代の代表と呼ばれるほどの、名誉と権威があるレース。

 皐月賞以上に厳しい勝負を強いられることは間違いない。

 

 そうだ。浮かれてばかりじゃいられない。

 次も勝つんだ。絶対に。

 

(……いや、でもちょっとくらいは浮かれてもいいだろ、うん)

 

 欲求にすぐ負けそうになるけど。

 

 

 岳さん達に連れられ、ウィナーズサークルへとやってきた。

 すでに康夫さん達がスタンバっており、俺達が到着すると、すぐにインタビューが始まった。

 

「これで無傷の7連勝! シンボリルドルフ以来の無敗の三冠、その挑戦権を得ました。今のお気持ちは!」

「やっぱ嬉しいですわ。最高の気分ですね!」

「岳騎手、今回のレースで勝利のきっかけとなったポイントは!」

「ダイワメジャーが徹底的にマークしているのが分かっていたので、とにかくペースを崩さないようにと」

 

 俺に対するインタビューはない。

 当然だね。俺人の言葉喋れないし。あたりまえ体操。

 

 こういう時間は手持無沙汰だ、なんて思っていると。

 

「ありがとうっ、ありがとうね、シャーロックっ」

 

 しわくちゃの手が、美弥さんの手が。

 俺の頭を、顔を。優しく撫でてくれた。

 

 ……まずいな。

 

(さらに痩せ細っているんじゃないか? それに、声もっ)

 

 かすれ気味だ。体調がよろしくないって一発で分かるほど。

 なんでそんな状態で、と思わずにはいられない。

 

 お医者さんの許可は貰っているんだろう。

 病気の身、許可もなしに出歩くことが許されるはずがない。

 大丈夫と判断されたから、この場にいることは間違いないんだ。

 

 だけど、心配するだろこんなん。

 

(ずっと弱ってる。弥生賞前の時よりも酷いぞっ)

 

 俺に優しくしてくれる人が、俺に愛情を向けてくれる人が、少しずつ弱っていくのだから。

 

 俺にはどうすることもできない。

 医者じゃないし、神様でもない。

 ただの馬でしかないのだ。

 

 ただの馬である俺にできることは、たった一つだけ。

 

(レースで、恩を返すしかない)

 

 それしかねぇだろ。

 

 美弥さんはダービーを特別視している。

 昔、僅差で負けてしまったことを、今でも忘れていないそうだ。

 ダービーの称号を取りたい。それが美弥さんの悲願。

 

 なら、俺が取ってやる。

 俺が日本ダービーを取ってやる。メジロ初めてのダービー馬に、俺がなってやる。

 

 決意を新たにしている中、岳さんがこっちにくる。

 美弥さんの手を取って、移動を促した。

 

「そろそろ写真撮影なので、美弥さんもこちらに。シャーロックもこっちにね」

「あら、もうそんな時間かしら?」

「インタビューを早めに切り上げたので。一緒に撮りましょう」

 

 始まる写真撮影。

 康夫さんや美弥さんに裕二さん、そして岳さんと俺。

 一緒に写真を撮る。

 

 そんな状況で、岳さんが俺の体に手をやった。

 不思議と、その手には力が籠っているように思えた。

 

 俺にだけ聞こえる声で、岳さんは呟く。

 

「……シャーロック。絶対に勝とう。調教でも手加減しなくていい。前みたいに、遠慮なく暴走してくれ」

「ブルル(分かった)っ」

「僕も、いつまでも囚われているわけにはいかない」

 

 覚悟を決めたみたいだ。

 おそらく、美弥さんの状態を見て悟ったのだろう。

 もう、長くはないのだと。次の日本ダービーが、俺のダービーが最後のチャンスかもしれないと。そう思ったのかもしれない。

 

 だったら、俺も覚悟を決めないとな。

 

 

 次の日本ダービーは、絶対に負けられない。

*1
母は同じだが父が違う。父も同じ場合は全兄弟と呼ばれ、オルフェーヴルとドリームジャーニーが該当




皐月の冠はシャーロックの手に。次はウマ娘編。
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