親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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無料ガチャ永遠にやってくんねぇかなぁ。


別れと背負うもの

 なんだかんだタイドとは長い付き合いだった。

 

『お、お隣さんか。俺はメジロシャーロック、よろしくな』

『どうも。僕はブラックタイドだ』

『ブラックタイドォ!?』

『そんなに驚くところあった?』

 

 初見はビビったわ。まさかブラックタイドがお隣さんになるとは思わんかったし。

 キタサンブラックの父であり、世界最強馬とも呼ばれたイクイノックスの祖父。

 孫世代にも活躍馬を輩出している、とんでもない名種牡馬がお隣さんだぞ? 驚かないわけがない。

 

『い、いや、悪い。ちょっといろいろあってな。まぁよろしく』

『うん、よろしく。シャーロックは』

『シャロでいいぞ。みんなそう呼んでる』

『なら、シャロで。これからよろしく』

 

 馬房が隣同士だから必然的に交流の機会は増え、放牧でも一緒だったから仲は良かった。

 放牧どころじゃない。新馬の頃の調教はずっとタイドだった。

 

『またシャロか……量が増えるからやだなぁ』

『んな嫌そうに言わなくてもいいだろ! つか、お前の調整だから! 俺のじゃないから! 普通の量だから!』

『冗談だよ、冗談。君と走るのは楽しいから、別に嫌じゃないよ』

『お、おう。そうか。なら調教の量も』

『それは嫌だ』

『あ、はい』

 

 同世代で一番走ったのはタイドだ。

 通常よりも量が多い俺の調教にも、なんだかんだ付き合ってくれて。

 凄く感謝している。一緒に調教してくれる馬の存在は貴重だから。

 

 楽しかった。悪くなかった。

 だからきっと、忘れていた。

 

 皐月賞を走り終わった後のブラックタイドが、どうなってしまうのかを。

 

 

 

 

 

 

 調教が終わって家に帰ってきた。

 隣の馬房には、いつものようにタイドがいる。

 

 元気は、ない。心なしか、しょんぼりしている。

 はは、それも当然か。

 

『なぁ、タイド』

『……なにさ? シャロ』

『お前、長いお休みに入るんだってな? 康夫さん達が言ってたぜ』

『……知ってたんだ』

 

 走るのが難しい状況に、追いやられているのだから。

 

 屈腱炎。競走馬にとっては不治の病とも言われる、なってしまったら終わりに近い病気だ。

 この病気で引退に追い込まれた名馬は数知れず。

 近い時代だと、アグネスタキオンにマンハッタンカフェも同様の病気で引退していたはずだ。

 

 別に、完全に走れなくなるわけではない。

 復活した例もある。可能性は0%じゃない。

 タイドもそっち側だ。屈腱炎を乗り越えてレースを走っていたはず。

 また走れるかもしれないんだ。

 

『まぁ、その、なんだ。頑張って治して来いよ? 治ったらまた一緒に走ろうぜ』

『……そうだね』

 

 だから、出来る限り笑顔で。元気にお別れしたいと思っていたんだけど。

 

 やっぱ、辛いな。仲の良かった相手が、ケガで長期離脱するなんてよ。

 ただでさえ美弥さんの一件が重なっている。精神的にも、弱ってるみたいだ。

 

『はは、ダメだな。お前がここからいなくなるって考えると、やっぱ寂しいわ』

『そう、なの? シャロはそういうの気にしないと思ってた』

『お前俺をなんだと思ってんの? 普通に心配するし寂しいと思うよ?』

 

 なおタイドの失礼な物言いで、ナーバスだった感情は完全に吹っ飛んだ。俺がそんな冷血な馬に見えてたのかよタイド。

 

 つか、思ったよりも冷静だなタイドの奴。もうちょっとこう、荒れるかと思ったのに。

 不気味なほど静か、っつーか。ダメなことを受け入れている、っつーか。

 

 ……まさか。

 

『もう走るのやめるとか考えてないよな? また、こっちに帰ってくるよな?』

 

 もう走る気力無くしたとか、そんなこと考えているのだろうか?

 

 ありえなくもない話だ。いろいろあって気力を無くした結果、走らなくなる馬はいるのだから。

 もしかして、タイドもそんな風に

 

『走るのやめるとか、そんなわけないでしょ。僕はまたこっちに戻ってくるよ。どれくらいかかるかは、分かんないけど』

 

 はい俺の気のせいでした。ネガティブなことばっか考えるもんじゃねぇな、本当。

 

『あ、そうなの? 俺の取り越し苦労だったかっ』

『変な心配してないで、シャロは自分のことを考えなよ。次のレース、大事なんでしょ?』

 

 しかもこっちが諭されてるし。逆だろ普通。

 情けねぇな、俺。

 

 ま、まぁ大丈夫そうだな。余計な励ましはいらんだろう。

 ホッと一安心だ。タイドの言う通り、頑張らないと

 

『シャロはさ、凄いよね』

『へ?』

 

 いけない、なんて考えていた矢先タイドから褒められた。

 

 なんだ、どういうことだ? 俺が、凄い?

 なんでいきなりそんなことを言い出したんだ?

 

 タイドとの壁越しの会話。戸惑う俺のことなんて、アイツには見えてないのだろう。

 

『この前のレースで一緒に走った。その時に思ったんだよ』

(皐月賞、か。そういえば、初めて一緒に走ったレースだったな)

『あぁ、シャロってやっぱり強いんだなぁ、って。追いつくことすらできなかった、改めて強いと思ったんだ』

 

 見えていなくても、楽しそうというか、嬉しいって気持ちが伝わってくる。

 きっと俺の嬉しいも、アイツには分かっているんだ。

 だって俺にも、アイツの嬉しい気持ちと──悔しいって気持ちが伝わってくるから。

 

『僕はこんな強い子と一緒に走ってきた。メジロシャーロックっていう、凄い子と走ったんだって、自慢できるよ』

『……何ならお前は調教パートナーだ。俺が強くなったのは、お前のおかげだな、タイド』

『本当? シャロがそう言ってくれるだけでも、僕は嬉しいよ』

 

 どうして悔しがっているのかは分からない。

 タイドもそこには触れないから。俺と一緒でよかったと、仲良くなれて良かったと言ってくれている。

 今はそれだけで、十分すぎるほど嬉しい。

 

『これからも頑張ってね、シャロ。次のレースは絶対に負けられないんでしょ?』

『……あぁ。死んでも負けられねぇ。何が何でも勝たなきゃいけねぇんだ。それだけ重い』

『シャロがそう言うって、よっぽどなんだね。ま、シャロなら大丈夫だよ』

 

 タイドとはもうすぐお別れ。

 明日にでも療養施設へと向かうだろう。

 最後の会話、にはならねぇな、多分。

 

 いや、きっとならない。

 

『これからも勝ち続けてさ、僕にずっと自慢させてよ。僕はあのメジロシャーロックのパートナーだったんだよ、って』

『は、任せとけ。お前を最高に輝くスターにしてやるよ』

『なにそれ? シャロって時々、なんて言ってるのか分からない時があるよね』

 

 また会える。きっと。

 

 

 それからは他愛もない話をしていた。

 

『最近はどうなの? アドマイヤグルーヴさんとは。前はよく一緒にいたけど』

『今でも多いぞ? つか、グルーヴさんが癇癪起こすから、俺が相手にならざるを得ないんだよ』

『好かれてるね。やっぱり罪だね、シャロは』

『どういう意味じゃお前』

 

 最近の調教事情とか。何でもない会話を楽しんだ。

 今生の別れじゃない。きっとまた会える。

 

『なぁ、タイド』

『どうしたの? シャロ』

 

 そう信じて。

 

『次会ったらさ、お前が体験したことを教えてくれよ。こっちも、俺に起こったこととか話すからさ。また、語ろうぜ』

『……うん、いいよ。またどこかで会えたら。その時はよろしくね、シャロ』

『あぁ、約束だ、タイド』

 

 俺達は時間の許す限り、会話を楽しんだ。

 

 

 次の日の朝。タイドは担当の人に手綱を引かれて、馬房を出ていく。

 

 別れの時だ。しばらくの別れ。

 

『シャロ!』

『っ、どうした? タイド』

 

 最後に一言だけ。タイドは。

 

『また、きっと会おうね!』

 

 笑って、そう言ったような気がした。

 だからこそ、俺も笑う。

 

『あぁ! きっと、きっとだ!』

 

 湿っぽい別れじゃない。

 笑顔で別れて、また会った時に笑い合う。

 

 そうなったら、嬉しい。

 

 

 タイドの姿が見えなくなるまで見送った後、改めて考える。

 

(アイツが自慢できるようなパートナーに、アイツが恥ずかしくないような馬になる)

 

 また、背負うことになっちまったな。

 期待された。タイドに、俺が強くなることを。

 

 構わない。力が湧き上がる感じがするから、嫌いじゃない。

 むしろ心地良ささえも感じる。

 タイドが、友達が期待してくれてんだ。

 だったら俺は、頑張らねぇといけないよなぁ!

 

「ヒヒィィィン(頑張るぜぇぇぇ)!」

「お、朝から元気いっぱいだなシャロ~! 今日も頑張ろうな!」

『おうよリョーマ! 気合い入れていくぜ!』

 

 ますます気合が入るってもんだ。

 

 日本ダービーまでの時間は長いようで短い。

 一日一日を大切にして、頑張るぞ!

 

 

 と、気合いを入れた調教の時間。

 今日はグルーヴさんだった。今日も、が正しいかも知らんが。

 

『きりきり走りなさいシャロ! あたしの発散に付き合うのよ!』

『いや、俺の方がレース近いんですけど』

『知らないわよ! あ~もう、あの不思議野郎め……! なによなによ! 自分の方がちょ~っと付き合い長いからって! 調子に乗るんじゃないわよ!』

 

 今日は会った瞬間から機嫌悪そうにしていた。耳を絞ってるし、不機嫌さを隠し切れていない。

 俺と会った瞬間に絞るのは止めたけど。機嫌がよくなったならなにより。

 

 けど、間違いなくなにかあったんだろうな。てか、不思議野郎で察しがついたわ。

 

『ユニさんと何かあったんですか?』

『大有りよ大有り! アイツ、レースで勝ったらこれ見よがしに笑ってきたのよ!? 許さないんだから!』

 

 ユニさんが笑った、ねぇ。

 あんまり想像つかねぇな。ユニさんって勝負でもドライな感じするし。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべる姿が想像できない。

 

(つか、それにしたってなんで勝ち誇ってんだ? なんか接点あるのか?)

 

 同じ世代だが、特に面識があるわけではなかったはず。

 一緒のレースも、グルーヴさんが走った大阪杯が初めてだったはずだし。

 

 なんだってそんなことをしたんだ? ユニさん。

 

『なにが、シャロは大親友よ! シャロはあたしの家来なのよ!? 勝手に大親友認定しないでもらいたいわね!』

『嘘だろ』

 

 それが理由かよ。え、なに? ユニさんそんなことで勝ち誇ってたの?

 

 ……いや待て。確かこの前の放牧で一緒になった時、妙に機嫌良さそうだったな。

 

(あん時も理由を聞いたな。確かユニさんの答えは)

 

 上下関係を分からせた、とかそんなことを言ってた気がする。

 あの時はよく分からんかったが、今になってようやく理解できた。上下関係ってそういうことかよ。

 

(俺に対する関係で優劣を決めてたのかよ。何してんだ)

 

 余談だが、1着はユニさんで2着はグルーヴさんだったらしい。

 クビ差。あと一歩、グルーヴさんの末脚が及ばなかったとか。

 

 ギリギリの勝負だったらしいが、ユニさんの勝ち。

 グルーヴさんは悔しそうだ。現在進行形で。

 

『シャロ! あんたはあたしの家来よね!?』

『まぁそうなんじゃないですか?』

『そうよね! あたしが一番だものね!』

『そうだと思いますよ』

 

 下手に言い訳するとまた癇癪起こしそうだし、適当に答えとこ。

 触らぬ神に祟りなしだ。

 

『ふっふ~ん。あの不思議野郎がなんて言おうが、あたしとシャロを引き裂くことなんてできないんだから。あたしは女王でシャロは家来。一番の家来よ。ここで二番目に偉いんだから!』

『本当に何言われたんですかグルーヴさん。まあいいですけど、もうすぐ走る時間ですよ』

『おっと、そうだったわね。気にしなくていいわ、シャロ。今日も頑張るわよ!』

『はいはい』

 

 おかげで上機嫌になったし、いいだろ別に。

 

「お~、ホンマにシャロとおるだけで機嫌が直ったな。来た時は耳絞って、えらい機嫌悪そうやったのに」

「本当ですね。これで調教大丈夫か? と思いましたけど、一安心です」

「すみませんすみません、本当にすみません……いつもお世話になってしまって」

 

 グルーヴさんの機嫌が直ったのを見て、愉快そうにしている康夫さん。

 そんな康夫さんに頭を下げている端田さん。

 端田さんの苦労が伺えるわ。

 

 

 調教は何事もなく終わった。

 いつものように仮想大逃げをして、グルーヴさんに付き合ってもらって。

 

『へぇ、シャロも中々やるようになったじゃない。女王としてあたしも鼻が高いわ!』

『ありがとうございます。つっても、まだまだ詰めないとですね』

『向上心もあるのね。その調子よシャロ!』

 

 お褒めの言葉を貰って、馬房へと戻ることに。

 

 馬房でお手入れしてもらって、餌を食べて。

 放牧の時間がやってきたら、カメハメハやハーツと一緒になる。

 ちなみに、ユニさんはいなかった。残念。ま、そんな時もあるさ。

 

『今ここで勝負しろ、シャーロック。この前の借りをここで返す』

『やだよ。走るのは別に構わんけど、本気出してやりたくないわ』

『ハーツは相変わらずだね。この前の負け、よっぽど悔しかったみたい』

 

 喧嘩を売ってくるハーツ。ホンマコイツなんなん?

 会う度会う度喧嘩売ってきやがって。俺のこと大好きかよ。

 

 さすがに本気で走らん。かけっこレベルの走りで対応する。

 そんな時、カメハメハが寄ってきた。

 

『ねぇ、シャロくん』

『あん? どしたよカメハメハ』

『多分だけどさ、近いうちにぼくら同じレースを走ると思うんだ』

 

 普段通りののほほんとした空気……じゃねぇ。

 殺気交じりの、闘志をこっちにぶつけてきやがった。

 俺の闘争心を、煽るように。

 

 一瞬気圧される。びくっ、てなった。

 それだけの圧だった。

 

『楽しみだよ。シャロくんと一緒に走るのが』

『っ、カメハメ、ハ』

『シャロくんは強い。全力で戦う日が──とても楽しみ。ぼくが勝つ時が、ね』

 

 挑発してきた。自分が勝つと、分かりやすく。

 

 ……上等じゃねぇか。乗ってやるよ、その挑発。

 

『レースでなら、本気で走るさ。ハーツもいることだしな』

『フン、当然だ。舐めた走りをするなら噛みつく』

『あはは、やっぱりシャロくんは凄いや。シャロくんの本気、レースでは見せてね?』

 

 俺含めて全員、バチバチに気合いが入っていた。




やる気が滾っておられる。
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