親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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仕事の終わりが遅いせいで間に合わん!(書き溜めすればはNG)


トレセンでの一日

 あれからさらに月日は流れ。俺はメジロの牧場を離れ、関西の栗東トレセンで暮らしている。

 時が過ぎるのはあっという間だな。ラモーヌさんと暮らしていたのが昨日のように思える。

 

(それは言い過ぎか)

 

 何はともあれ、今日は栗東での一日だ。ここに来てから2ヶ月、もう慣れたものよ。

 

 

 一日の始まりは朝日が昇りつつある早朝の時間から。

 俺の家である馬房で休んでいると、人が覗き込んでくる。ここのスタッフ、厩務員だ。

 

「シャロ~。調教の時間だぞ~」

「ヒヒィン(待ってました)!」

 

 これが合図だ。馬房の中でいろいろと装着し、準備は万端。

 厩務員に手綱を引かれて、トレーニング場へと連れていかれる。

 

 この時間を待っていたぞ俺は。目標のために、少しでも多くトレーニングしなきゃな。

 

「今日もやる気だな~シャロ。俺も嬉しいぞ~! ご飯も奮発してやるからな!」

「ヒヒン(いや、それはいいです)」

「運動した後のご飯は格別だよな~。分かる、分かるぞシャロ!」

 

 ちなみに、さっきから俺のことをシャロと呼んでいるのは厩舎のスタッフさん。名前を草薙涼真(くさなぎりょうま)さんといい、俺を担当するスタッフさんだ。

 これがかなり若い。20代って聞いたかな? 日焼けした肌に体育会系みたいな顔つきのイケメンだ。俺は心の中でリョーマと呼んでいる。どこかの王子様かもしれん。

 身の回りのお世話は大体リョーマがやってくれる。馬房の掃除とか餌をくれたりとか。いつも助かってます。

 

 リョーマに連れられてトレーニング場へ。

 待っていたのは、眼鏡をかけた壮年の男性。

 

「テキ、シャロを連れてきました!」

「おう、お疲れさん。ウォーミングアップは?」

「軽く。いつでも走れます」

「うんうん。ちゃんと覚えとるようやな」

 

 調教師の生江康夫さん。俺を競走馬として育てている人だ。みんなからはテキと呼ばれている。

 

 生江さんは凄い。数々のG1馬に携わってきたし、俺の父であるメジロマックイーンも管理していた人だ。

 ウマ娘だとステイゴールドもこの人が管理してたし、なんなら目下の問題であるディープインパクトもこの生江さん。未来の三冠馬を育て上げるお人である。

 調教師としての腕は疑いようがない。こりゃあ俺も強くなるかもしれん。

 

 もっとも、俺の印象は。

 

「いや~、今日もえ~え馬体やシャーロック。これは走るで!」

「分かります、分かりますよテキ! やっぱり良い馬ですよねシャロは!」

「そうや。お前も分かっとるな草薙!」

 

 俺のこと大好きな面白おじさんである。この人いつもこんな調子なんだよな。

 口を開けば俺を絶賛。いずれはメジロマックイーン二世に、なんて周りに触れ回っているみたいだ。

 

(悪い人じゃないし、俺の素質を認めてくれる良い人ではあるんだが)

 

 熱意が凄いわ、いつものことながら。

 康夫さんの隣にいる調教助手、俊之さんはいつものことなのでスルーしている。なんならちょっと呆れが見えてんな。一応あなたの叔父ですよその人。

 

 嬉しい、嬉しいけども。俺の何がそんなに気に入っているのかよく分からん。

 

(ディープインパクトが来たらどうなるんだろうな? あっちもあっちで凄い馬だし)

 

 俺以上に愉快なことになったりしてな……それはそれでイラつくな。願わくば俺が一番であってほしい。

 

 康夫さんがいつものように俺を褒めていると、ジトっとした目で俊之さんが割り込んでくる。

 

「テキ、シャーロックを褒めるのもいいですけど、そろそろ調教始めないと。時間、間に合わなくなっても知りませんよ」

「おぉすまん、俊之。つい褒めたくなってしまうんや」

「気持ちは分かりますけど、しっかり素質を伸ばしてあげないと。どんな素質馬だろうと、活かすも殺すも俺ら次第なんですから」

 

 これもいつもの光景だ。

 康夫さんが俺を褒めてリョーマが便乗。程々のところで俊之さんが仲裁し、朝の調教が始まる。

 栗東に来て長いからな。慣れたもんよ。まだ2ヶ月程度だけど。

 

 肝心の調教内容は普通。特別なことはなんもない。

 トレーニング場のコースを走ってタイムを測ったり。プール調教で泳いだりと様々だ。

 

 ぶっちゃけた話、特に面白みはない。部活の練習みたいなもんだからね。

 

『よし、今日も今日とて頑張るぞタイド!』

『なんでそんなに元気なのシャロは……僕は今から憂鬱だよ』

『なんで? 楽しいじゃん、鍛えるの』

 

 俺の場合は楽しいよりもやらなければ、の気持ちが強いけどな。

 目標に据えている無敗の三冠。並大抵の努力じゃ叶えることは出来ない。

 もう2歳馬、立派な競走馬なのだ。やれることをやっておかないと。

 

 ちなみに、俺と一緒に調教を頑張っているこの馬はブラックタイド。俺はタイドと呼んでいる。

 同じ歳で同じ厩舎所属ということで、俺はタイドと調教することが多い。

 多いどころじゃないな。大体はタイドと一緒だ。

 

 数が多い方が調教は捗る。俺としてはハッピーだ。

 タイドは違うのか、ものすごく憂鬱そうにしているけど。

 

『シャロと一緒だと、量が凄く多くなるし……終わった後のご飯が辛いよ』

『そうか? 俺からしたら全然だけど。てか、タイドは俺より量少ないだろ』

『絶対にシャロが多いだけだよ。他の子に聞いても、シャロの量は異常だってみんな言ってるよ』

 

 そんなことないと思うんだけどな。だって俺は特に疲労を感じないし。

 全然キツくない、は嘘だけど、問題なくこなせるレベルだ。餌も食べれるし。

 

 それに、量が異常なんてことはないだろう。同世代の他の馬と変わらないはずだ。

 

『他のやつらだって同じくらいこなしてるかもしれないだろ? 俺だけ多いなんてことはないだろ』

『いやいやいや……』

 

 タイドはなおも懐疑的。そうやって疑うのよくないぞ。

 

 俺のトレーニング量は普通だ。だって、あの康夫さんがやってるんだぞ。

 ケガしないラインを見極めて、限界ギリギリに調整しているはずだ。新馬がこなせる量に。

 

 だから多いなんてことは決してない。気のせいだよ気のせい。

 なぁ康夫さん。俺のトレーニング量が多いなんて、そんなことないよな?

 

「まだまだ元気だな、シャーロック。同世代の他馬よりも倍近い量をこなしてるのに」

「それだけシャーロックの素質が素晴らしいっちゅうことや俊之! 今日も頑張ってえらいぞ~」

「テキの言うように、本当に凄い馬だなお前は。将来が楽しみだよ」

 

 え、俺すでに倍近い量やってんの? マジかよ。

 いやいや、そんなまさか。俺のやる気をさらに焚きつけるための方便だろ? 騙されんぞ。

 

「他の調教師からも多い、と言われてますからね。ほら、こっち見てひそひそ話してますよ」

「せやなぁ。普通の量をこなすタイドと比べたら、大分多いしなシャーロックは」

「分かってるなら減らしっ、とはいっても、軽くこなしますからねシャーロック。今の量でも問題ない……いえ、増やすのも視野かもしれません」

「それもええけど、そうなった場合併せするのがおらんくなるのがなぁ。今もタイドがいっぱいいっぱいやし」

 

 マジか。俺のトレーニング量、他よりも多かったのか。

 全然こなせるからこれが普通だと思ってたわ。他の馬もこれくらい軽くこなしてると思ってたわ。

 けど、他ならない調教師の言葉だ。信憑性なんて俺の主観より何倍もある。

 

(マジか。いや、マジか)

 

 タイドの方を見る。いつもの数倍、ジトっとした目で見られていた。

 

『……僕になにか言うことあるよね? シャロ』

『誠に申し訳ございませんでしたブラックタイド様。二度と貴方様の言葉を疑いませんのでご容赦ください』

『別にいいけどさ……というか何その口調。やめてよ気持ち悪い』

 

 平身低頭で謝るしかない。この2か月間ごめんなタイド。俺の方に合わせた結果、大変な目にあってしまって。

 てか結構容赦ないこと言うなお前。俺が悪いとはいえ普通に傷つくぞ。

 

 余談だけど、調教では他の馬と関わる良い機会。

 同厩舎の先輩から他厩舎の馬まで。より取り見取りだ。

 

(もしかしたら、ウマ娘になってる馬もいるかもしれんしな。他の調教師間での交流もあるかもしれん)

 

 スイープトウショウとかと一緒に調教する日が来るかもしれん。俺牡馬であっち牝馬だからなさそうだけど。

 

 もくもくと調教をこなす俺。課題分をしっかりこなして、康夫さんから撫でられる。

 

「今日もお疲れさまやシャーロック。タイドもお疲れさん! 草薙、後のことをしっかり頼むで」

「はい、任せてください! 張り切ります!」

「あんまり大きな声を出さないでください草薙さん。馬の方がびっくりしちゃうので」

「すみません!」

 

 今日も調教は終わりだ。いや~、半日頑張ったな。

 

『お疲れ様タイド。早くっ?』

 

 帰ろう、と言いかけたが、タイドの姿が見えない。いつもなら俺の隣にいるのに。

 後ろの方を見たら、タイドの大分辛そうな姿が目に入った。

 

『ヒィ……、ヒィ……や、やっとおわったぁ……』

『本当にすまんかった』

 

 もう疑いようがない。俺のトレーニング量は他よりも圧倒的に多いらしい。付き合ってくれるタイドには足向けて眠れんわコレ。

 

 終わったら馬房だ。リョーマが寝床を整えてくれたり、蹄の掃除をしてくれたり。

 12時頃にもなればご飯。今日もリョーマがたくさん餌をくれる。

 

「いっぱい食べて大きくなれよシャロ!」

 

 ニッコニコの笑顔で飼葉桶を満杯にするリョーマ。

 嬉しい、嬉しいけどさ。もうちょっと量を加減してくれ。俺そんな大食いじゃないから。

 飼葉桶から溢れんばかりに入れるんじゃないよ。せっかくの草がもったいないでしょうが。

 つっても、俺は人の言葉を喋れない。伝えようがないから量は変わらないのだ。食べるけどさ。

 

 午後からは特に何もない。いや、本当に何もない。

 調教もないし、かといって馬房でこもりっきりというわけでもないし。

 引き運動で外に出るくらいか? その引き運動も、調教レベルじゃない。ジョギングする程度のもの。

 午後は基本的にのんびりだ。やることなくて暇だね。

 

 

 基本的にはこんな一日。簡潔に言うと順調に過ごしている。

 寝て、起きて、調教して。

 いろいろと検査して、掃除をしてもらって。

 ご飯食べて、また運動して。

 このサイクルの繰り返しだ。おかげで日に日に強くなっていってる、ような気がする。

 

 そんな俺も2歳馬。そろそろ、アレが見えてくる時期だな。

 

(新馬戦。クラシックへの挑戦も、全てはここを勝たなければ意味がない)

 

 競走馬にとって全ての始まり。誰もが通る道新馬戦。ここを勝つことが大事だ。

 勝たなければクラシックへの挑戦なんて夢のまた夢。重賞はおろか、その下の条件戦にすら出れない。

 

 なので新馬戦は超重要。なんとしても勝たなければ。

 

『目標に掲げているのが無敗の三冠だからな。新馬戦も負けられんぞっ!』

『なんか気合入ってるねシャロ。その気合、調教に向けないでよ?』

 

 そんな嫌そうにしないでくれタイド。分かったから。

 

 新馬戦とくれば、後は騎手だな。

 俺に騎乗してくれる人、もう決まっているらしい。この前康夫さん達が話しているのを盗み聞きした。

 

(向こうも快諾してくれたって言ってたな。康夫さん上機嫌だったし)

 

 調教している俺の姿を見て、二つ返事で了承したらしい。即答だったとか。

 

 嬉しいね。即答で受けてくれるとは。

 

(誰になるんだろうか? ちょっぴり楽しみだ)

 

 明日には対面するとのこと。今からワクワクするぜ。

 

 

 

 

 

 

 次の日。俺に乗ってくれる騎手との初対面。

 緊張する中、栗東のトレーニング場に現れたのは。

 

「初めまして。僕は岳、岳寛だよ」

「岳さんは日本一の騎手や。そんな騎手からも、才能を認められとる。お前も幸せもんやな~シャーロック」

 

 まさかのレジェンドジョッキーかよ。




レジェンドが背に乗ることに。
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