夏休み休暇はない、と思ったがアレは嘘だった。
「夏の間は放牧や。しばらくメジロの牧場でゆっくりしてもらうで、シャーロック」
「十分すぎるほど頑張りましたからね。シャーロック、生まれ故郷でゆっくりしてくるんだぞ」
「うおおおぉぉぉん……シャロォォォ。元気でなぁぁぁ……」
「なんで泣いとるんや草薙。引退するわけやないし、今生の別れでもないやろお前は」
普通に休暇を貰えた。なんでも8月の中頃までは向こうで過ごしてもらうつもりらしい。
6月の初旬から8月中旬まで。
結構な期間の休暇だ。
(これも頑張ったご褒美、ってやつだな。康夫さんがそう言ってるし)
思う存分リフレッシュしてきますよ康夫さん!
後、リョーマは泣きすぎだ。永遠の別れみたいに泣くんじゃねぇよ。逆に心配になるわ。俺が。
で、このことはユニさんとかグルーヴさんにもしっかりと報告。
言わないと後で何されるか分からんからな。
『……てなわけで、しばらく俺は栗東から離れることになりますね』
『ん。ぼくも、“航路”が終わったら、“漂う”をする』
『レースが終わったら休暇に入る、ですね。ユニさんもお元気で』
『あふぁーまてぃぶ』
ユニさんも宝塚記念が終わったら休みに入るらしい。
てかアレだな。ユニさんってこの時期には放牧に出されていたはず。
宝塚記念を走れるってことは、地味に史実を超えてるな。
ユニさんとは何事もなく終わった。
そう、ユニさんとは。
肝心のグルーヴさんはというと。
『はぁ!? そんなの許さないわよ! 女王のあたしが残るんだから、家来のシャロも残りなさいよ!』
『んなこと言われても。もう決まったことですし』
『ぐぬぬ……分かったわよ。ただし、戻ってきた時覚悟しなさいよ!』
これである。最終的に納得はしてくれたが、やっぱ癇癪を起こした。
とはいえ、もう慣れたもんだ。宥めつつ今後も会う機会はあると諭して、どうにか説得成功。
次の調教の時もアレだ。その頃にはちゃんと戻っているだろう。
てか、この方本当に大丈夫なんですかね? 端田さんまた苦労することになりません?
(最近気苦労が増えてると聞くしな、端田さん。命運を祈っておこう)
なんの命運かは知らないけど。
それで休暇なのだが、特にこれと言って面白いことはなかった。
そりゃそうだ。育成牧場時代の知り合いがいたわけでもないし、かといって特筆すべき事件が起きたわけでもない。
本当にひたすらゆっくりしていただけ。
飼葉を食べて、太らないように走って。
「今日も走ってるな、小白は。本当ならゆっくりしてほしいのに」
「ありゃ太らないように、ってとこだな。休みすぎて感覚を狂わせないようにしてんだよ」
「んだな。本当に真面目なヤツだわい」
「けど、クラシック二冠ですからね二冠! しかもメジロが取れなかったタイトルを取ってくれて……! 嬉しいですよ俺は!」
「本当になぁ……けど、あの真面目過ぎる性格が災いしなきゃいいが」
秋の戦いに向けて、自分なりに調整したりだな。
調整失敗して、菊花賞やその前哨戦を落としました~、とか洒落にならんしな。
(ペース走もできるしな。今が大体12秒台前半のペースだから……もうちょいペース上げるか。11秒台後半を刻む感じで)
やれることはやっておきたいのである。
あぁでも、イベントはあるにはあったな。
久しぶりにラモーヌさんに会えたのである。俺の母親代わりで、魔性の青鹿毛と呼ばれたあのラモーヌさんに。
本当なら絶対に無理なことだ。
だって牡馬と牝馬だし。子育てのこととか、他の牝馬との兼ね合いもあるから、普通は近づけんはずである。
だが、そこは現・メジロの総帥である裕二さんの鶴の一声。
「シャーロックなら賢いから大丈夫だ。牝馬に襲い掛かったりはしない。なにより、ラモーヌ側も会いたいだろうからな。出来る限り、会わせてやりたい」
俺の賢さを信用してのことである。
ちょっと嬉しい。
この采配には牧場経営者、つまりはメジロの牧場の実質的総監督である巌崎さんも同意済みだそうな。
「ただでさえシャーロックはいろいろとあった。ラモーヌにも会いたいと思っているはずだ」
まぁ、うん。会いたいと言えば会いたいが。
そこまで心配されるようなことか? いや、生い立ち考えれば不思議でもねぇな。
そんなこんなで、リフレッシュ休暇中はラモーヌさんに会えた。
仔馬と一緒に、元気に過ごしているみたいだ。
最初は俺の毛色も落ちてきたし、すぐには分からんだろうな~、なんて思ってたけど。
『あら、小白! 随分と久しぶりね』
『なんで即バレしたんですか。あの頃から大分白くなったのに』
『私が小白のことを分からないなんて、あるわけないでしょう? ここには休暇? なら、ゆっくりしていくのよ。走ることを忘れて、たくさん甘えて頂戴ね?』
『この大きさで甘えるのはちょっと』
秒でバレた。すげぇや、ラモーヌさん。
あったことと言えばこれくらいか。
それ以外はほぼなし。レースのニュースとかを盗み聞きしたぐらいである。
「宝塚記念はタップダンスシチーが勝ったらしいな。ネオユニヴァースは3着だったらしい」
「いや~、後方からの追い上げが足りなかったか~。つっても、状態悪くなさそうだしな。次はいけるだろ」
「マーメイドステークスはアドマイヤグルーヴの5馬身差勝ち、か。ここはもう格が違うな~」
ユニさんは3着、グルーヴさんは見事1着を取ったらしい。
栗東に帰った時ドヤ顔されそう。本当にウマ娘と違いすぎる。温度差で風邪引くわ。
で、2ヶ月弱のリフレッシュ休暇を終え。
「お帰りぃぃぃシャロぉぉぉ!」
「気合入りすぎやろ草薙」
「草薙さん、シャーロックのこと気に入ってますからね」
無事に栗東に戻ってきましたとさ。戻ってきた途端抱き着かれたけど。
リョーマ、お前どんだけ俺のこと好きなんだよ。別にいいけどさ。
帰ってきたら軽く検査。体に異常がないか、念入りに調べられた。
「異常なしですね。すぐにでも調教再開できますよ」
「良かった良かった。にしても……デブってへんな。放牧前と変わらんというか」
「向こうでも走って絞っていたらしいです。ストイックですね、本当」
「は~。ホンマに真面目なやっちゃな~お前は」
検査結果は異状なし。康夫さんに撫で繰り回されるくらいには健康体だ。
異常がない、ということは?
そう、調教だ。
「明日はやらんけど、明後日にはできそうやな。明後日から調教や」
「分かりました。調教相手は?」
「新しい子とやな。お願いします! って、めちゃ頼み込んできた人がおるんや」
「あぁ、あの人ですね? ということは」
「……ま、そういうこっちゃ。どうなるかは俺にも分からんけど、シャーロックならなんとかしてくれるかもしれん。向こうもそれを望んどるやろうし」
その調教は、どうも新しいパートナーとやるとのこと。
グルーヴさんじゃないのか。かといって、ユニさんでもない。
(誰なんだろうな? 後ついでに、俺の隣の馬房はまだ空いてんのな)
一体どの馬と併せをすることになるのやら。
そして、タイドが去って以降空きっぱなしの隣の馬房には誰が入ることになるのか。
気になることは山積み。ちょっとワクワクしている自分がいる。
(つっても、相手は大概気性難って決まってるしな。もしかしたら、スイープトウショウだったりしてな)
そんなことを思いながら、調教の日を待ち続けた。
その結果が、これである。
「末本さん、今日はよろしくお願いしますわ」
「こちらこそ。受けてくれて感謝しかないっすわ。スティルとの併せ、お願いします」
目の前にいる栗毛の馬。
めっちゃこっちにガンつけてる馬の名は、スティルインラブ。
『……誰? 貴方は満足させてくれるの?』
『なんでだよ本当に。俺はサンデーホイホイかなにかかよ』
グルーヴさんの同期で、グルーヴさんから三冠牝馬の座を奪った、ウマ娘のやべーシナリオでお馴染みの方である。
◇
なんでだ、なんで相手がスティルインラブなんだ。
「どうも近頃の成績がパッとせんもんで。気性の悪化が原因の1つやし、どうにかせんと、って悩んどったんです」
「そこでウチのシャーロック、ですか。アドマイヤグルーヴの件もあるわけやし」
「そういうことっすわ。二冠馬に恐れ多い、ってとこっすけど」
「そちらは三冠牝馬やないですか。光栄ですよホンマに」
てかやっぱ気性難じゃねぇか。しかも、スティルインラブってサンデーの仔だろ?
俺はアレか? サンデーの気性難を押し付けられる定めになったんか? ふざけんなよ。
(まぁ、やれるだけのことはやるけどさ……にしても)
別に構いやしない。
ウマ娘にもいた馬だし、俺のテンションが上がっていることは確か。
問題は、さっきからずっと睨みつけているスティルインラブである。
こえーよ。俺まだなんもしてないよ?
なんもしてないのに、なんでそんなに睨みつけられるんだ俺は。
ジロジロと、というよりは射抜くように睨まれ。
満足したのか、放たれた一言は。
『……強そうね。退屈はしなさそうだわ』
バトルジャンキーかよ。あんたもあんたで違いすぎて風邪引くわ。
(いや、紅の方、って考えれば辻褄は合う、か? どっちにしても、これがあれになるのか)
不思議なもんである。
睨まれた以外は何もないので、調教を開始。
俺が前を走り、スティルインラブが後ろを走る。
元より後方待機策を得意とする馬。この形が一番いい。
スティルインラブはというと。
『待ちなさい……! 今すぐ喰らってあげるわッ!』
はっきり言おう。怖いわ。
なんでそんなガチで追って来てんだよ。上の人がやべーことになってるって。
「まだ、まだ抑えるとこだよ! 抑えて! 本当に!」
『ワタシの邪魔をするんじゃないわよ! かみ殺すわよ!』
どんな暴れ馬だ本当に。調教助手の人、腕が引きちぎれるんじゃねぇか?
そんくらいの勢いで手綱を引っ張っている。
勿論、こんな調子なので末本さんも渋い顔。
調教初日なのでこんなもんか、ってところではあるが、それはそれとして良い顔はしない。
「……どうだ?」
「み、見ての通りっすよ。ほ、本当に、一回の調教でもこうなっちまうんですから」
「うぅむ……けど、まだ初日。長い目で見ていかんと」
「そうですね。まだ初日なので、なんともいえないところがあります。これからも併せをして、それでもダメそうなら、という感じですね」
俊之さんは乗り気、なのか? ちょっと消極的な反応。
見て分かったんだろう。あまりの気性難っぷりが。
(制御できねぇ暴走機関車だからな。鞍上の指示なんて聞きやしねぇし)
古馬以降目立った活躍がないスティルインラブだったけど、この気性難が関係しているな。間違いなく。
調教が終わって、馬房に帰る頃。
スティルインラブはというと、あんまり機嫌がよろしくなさそうだった。
なんでかは分からない。俺が悪かったのか、それとも抑えられたのが気に食わなかったのか。
ま、なんにせよだ。
『スティルインラブさん』
『……なによ?』
『次もよろしくお願いしますね。多分、明日も俺だと思うんで』
よろしくの意味を込めて、挨拶しておこうか。
これからの調教も増えてくるだろうし。
こういうとこでしっかりしておかないとな。
スティルインラブの反応はというと、びっくりしていた。
顔、というよりは雰囲気的に。信じられない、みたいな反応してる。なんで?
(なんか、余計なこと言っちまったか? 俺やらかした?)
困惑している俺に、スティルインラブは。
『貴方は』
『はい? なんですか?』
なにか聞こうとしてしてきた。
一体、俺に何を聞こうとしているんだ?
けど、次の言葉が出てくることはなく。
『……何でもないわ。次もよろしく』
はぐらかされて終わった。
(なんだ。何を言おうとしたんだ? スティルインラブさんは)
とはいえ、聞こうとしても教えてくれないだろうな。
言わなかったってことは、そういうことだし。
仕方ない。別に影響があるわけじゃないし、このまま
『次は喰らってあげるわ。貴方の全てを』
怖いよ。何てこと考えてやがるこの馬。
今まで会ってきた中でもぶっちぎりの気性難じゃねぇか。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ。
好きで放置していたわけじゃないだろうけど。
でも、どことなく。
(なんか、嬉しそうだったな。俺の気のせいか?)
ちょっと柔らかくなってた、気がした。
こうして増えた調教相手、スティルインラブ。
次の調教ではどうなっていることやら。
……ついでに、なにか大事なことを忘れてるような気がするけど。
まぁいいか。
明日は仕事が忙しいです。